「音楽の本質」見つめ直しミュージカル「Once」としても輝いたヒット映画

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

※写真はミュージカル「Once」の一場面。sara(左)と京本大我(写真提供・東宝演劇部)

ミュージカル映画が何年か経って舞台のミュージカルとして上演されるのは普通の流れ。しかし音楽映画となると、必ずしもそうではない。音楽の性質やアーティストの成長の過程に物語性があるかどうかなど、ミュージカル化には向き不向きがあるからだ。映画『ONCE ダブリンの街角で』は、30代になっても突破口の開けないストリートミュージシャンの主人公の男性ガイが、ある日の路上ライブで彼の音楽に惹かれたチェコ移民の女性ガールから励まされ、少しずつ成功の階段を上っていくストーリーで、派手さには欠け、むしろ音楽の本質を見つめ直す、内省的な面も多い映画。しかし、ミュージカルの作り手たちは、その核にある「本質」にこそミュージカルの魂があるとみて、この美しい物語をスケールの大きな忘れがたい作品に育て上げたのだ。やがて2011年にオフ・ブロードウェイで話題を呼んで、すぐにブロードウェイで成功を収め、世界中で上演されるようになったミュージカル「Once」は2025年、主演に京本大我という逸材を得て、日本各地で上演されている。 映画『Once ダブリンの街角で』は、アイルランドの首都ダブリンを舞台に、以前からバンド活動をしていた俳優でミュージシャンのグレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァが出演して製作し、2007年にアイルランドや日米など世界で上映された。

しかし「低予算のアイルランド映画」という訴求力の弱さから、各国の映画マーケットでの反応は鈍く、特に米国では当初、わずか2館でしか上映されなかった。しかし口コミで評判が広がり世界中で人気に。映画内でハンサードらが歌った「Falling Slowly」はアカデミー賞歌曲賞を受賞している。

しかし、ミュージカル化が一気に進んだわけではなかった。ミュージカル向きでない素材に多くの人がしり込みしたのだ。それでも企画が進み始めたのは、扱われている楽曲のレベルの高さ。音楽を好きな人ならば魅せられてしまう、命の輝きと心の底からの叫びがそこに込められていたからだ。

物語はシンプルで、内気で自分になかなか自信が持てないまま実家の掃除機修理業を手伝っているガイを、その音楽に惚れ込んだガールは自分の家の掃除機の修理を頼むことと交換にピアノの演奏をすると約束するなどして励まし続ける。

ガイは忘れきれない元カノがニューヨークに、ガールは夫がチェコに残っていることが明らかにされ、表面的にはラブストーリーに発展しないまま、物語は流れていく。

やがては、「いいものは必ず認められる」という原則の通り、ガイの繊細な楽曲と心の震えを綴った歌詞はダブリンの人々の心を捉え始める。

2人に巻き込まれていく周りの愉快な仲間たちや、それぞれの優しく子ども思いの親たちの人間的な情景も切り取りながら、みんなを素敵な場所に連れていく。

私もかつてバンドを組んで、音楽づくりをやっていたから感じることなのだが、いろいろと組み立て方を考えながら歌やメロディーを作る時もあれば、まるで涙のように胸の奥から湧いてきたものをそのまま歌にする時もある。

そんな「歌の生まれる瞬間」を分かっているミュージカルだなと感じた。歌やメロディーづくりの技巧ではなく、歌のもっと手前にある原初的な叫びに触れている作品なのだ。

日本版では、男性アイドルグループ「SixTONES」のメンバーとしての活動に加えて「エリザベート」での重要な役柄や、「ニュージーズ」での鮮やかな主演などミュージカルでの活躍で知られる京本大我が主人公ガイを熱演。素朴なメロディーに多彩ないくつもの感情を乗せながら歌い上げる姿は圧巻だった。

そしてガールには文学座のsaraが起用された。ストレートプレイでの演技はもちろんのこと確かな歌唱力からミュージカルにも引っ張りだこの若手の有望株だ。今年前半最大の話題となったミュージカル「梨泰院クラス」ではチョ・イソ役のダブルキャストに抜擢され、評判を呼んだばかりだ。このキャスティングは、「歌に魂を込められる俳優」という基準にかなったからに違いない。

ほかにも、「歌うま芸人」としてしられる、こがけん(けがのため当初は休演し9月25日に復帰)がガールの同居人のチェコ移民を、「卒業」のヒット曲を持ち歌手としても知られる斉藤由貴もガールの母を好演している。 ミュージカル「Once」は2025年10月4~5日に名古屋市の御園座で、10月11~14日に大阪市の梅田芸術劇場 メインホールで、10月20~26日に福岡市の博多座で上演される。これに先立って、9月9~28日に東京・日比谷の日生劇場で上演された東京公演はすべて終了しています。

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年間のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライター、エディターとして独立し、ウェブ・雑誌・週刊誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・食・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会・ナビゲート、作品審査(ミュージカル・ベストテン)・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略や広報戦略、文章表現のコンサルティングも。日本レコード大賞、上方漫才大賞ATPテレビ記者賞、FNSドキュメンタリー大賞の元審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に26回、「先月最も多く読まれた記事」に5回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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