演劇、映画でビビッドに伝える「戦争の記憶」、祈り続け思いを新たにする夏

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

今年も鎮魂と祈りの夏がやってきた。お盆という行事の季節だからでもあるが、広島そして長崎への原爆投下、そして敗戦を伴う終戦と、日本と日本人にとって忘れてはならない出来事が相次いだちょうど80年前から、日本人は祈り続けている。周年など分かりやすい区切りの年にだけ盛り上げるメディアに対する批判もないではないが、決して忘れてはならない出来事であったことは間違いない。だから私たちは毎年、思いを新たにする。例えば父の出征中に空襲で母を亡くして2人だけになってしまった兄妹が神戸の街をさまよう映画『火垂るの墓』を観る、例えば父を原爆の被害から助けられずに罪悪感を抱きながら戦後の日々を生きる娘を描いた舞台「父と暮せば」を観る、終戦後もその事実を知らずに2年間もガジュマルの木の上に隠れながら戦い続けた実在の日本兵の物語を描いた映画『木の上の軍隊』を観る。そして、戦争の日々から遠く離れた私たちが祈り続けること、毎年思いを新たにすることが決して無駄ではないことを知るのだ。今年はとりわけその機会が多くなりそうだ。(写真は、舞台「父と暮せば」の一場面。瀬戸さおり(左)と松角洋平=写真提供・こまつ座)『火垂るの墓』は、直木賞を受賞した野坂昭如の自伝的短編小説を原作にスタジオジブリの高畑勲監督が映画化した長編アニメーション。日本の敗色が濃くなった戦争の末期に神戸大空襲で母を亡くした14歳の清太と4歳の妹、節子が、兵庫県西宮市の親戚宅に居づらくなって防空壕を転々としながらさまよう物語だ。

太平洋戦争末期に、日本全国のさまざまなところで繰り広げられた悲劇的な光景の象徴だとして、1988年の公開以来、大きな支持を得てきた作品である一方、描き方や物語が悲惨すぎるとの指摘も少なくない作品。悲惨すぎるからという理由で放送されていなかったわけではないが、今年の8月15日には高畑監督が亡くなった2018年の追悼放送以来なんと7年ぶりに地上波で放送されることが決定しており、今年7月15日からは日本では配信されていなかったNetflixでも配信が始まっている。物語の主な舞台のひとつ神戸市では市内にある映画館で終戦80年の節目に向けて「戦争を知らない世代にもスクリーンで見てほしい」と8月2日まで上映されるなど、再び注目度が高まっている。今年夏に商業上映されたのは全国で他に1館だけだったとあって、大変貴重な機会となった。

稀代の劇作家、井上ひさしが舞台「父と暮せば」を書いて初演したのは1994年。父と娘で暮らしていた太平洋戦争末期に広島に投下された原爆の被害に遭い、たくさんの友達を失って、瀕死の重傷を負った父も助けることができずに自分だけ生き残ってしまったことが負い目になって、「私だけ幸せになってはいかんのじゃ」と、せっかくうまく行きかけている青年との恋愛も遠ざけようとしている娘の恋の応援団を買って出るため、父が亡霊となって戦後数年の自宅に現れるお話だ。

大らかで快活だった生前の父の性格や登場の理由もあって、ユーモラスな会話が続くが、見え隠れするのが、娘の心の闇。生き残ったことは祝福されるべきことのはずなのに、「死んだことが普通で、生きていることが普通じゃない」という原爆被害の想像を絶する現実に、娘の心にはパラドックス(論理的な矛盾)が起きているのである。

それでも「父と暮せば」は希望の物語。未来に何の保証もなくても前を向いて一歩を踏み出すのが人間の本能であるとでも言うように、闇の中でも希望へとつながる光はどこかに必ず見えている。

二人芝居という表現方法、亡霊の登場という井上戯曲には珍しいファンタジックな仕掛けを用いて描かれる戦争の悲劇と人間の希望の物語は、井上が旗揚げした「こまつ座」による初演のすまけい・梅沢昌代以降、辻萬長・栗田桃子コンビなどで再演が重ねられ、小劇場系やインディーズ系俳優による公演も続けられてきた

今年2025年には、こまつ座のいくつかの井上戯曲で腕を磨いてきた松角洋平・瀬戸さおりというフレッシュなコンビでの公演が7~8月に東京、茨城県つくば、山口県岩国で行われ、新しい歴史を刻んでいる。

井上が生前残したタイトルとたった2行のメモをもとに新進気鋭の劇作家、蓬莱竜太がひとつの戯曲として書き下ろした「木の上の軍隊」は2013年に初演された。沖縄本島近くの離島で、終戦と日本の敗戦を知らずにガジュマルの木の上で2年間も日本兵として戦い続けた本土出身の上官と島出身の新兵の物語。ガジュマルの木から動けない制約の多い設定のため究極の会話劇にならざるを得ず、初演から再演にかけて上官は山西敦、新兵は藤原竜也、松下洸平と演技派で鳴らす俳優が演じ、大きな成果を得た。

その舞台作品が堤真一・山田裕貴のコンビで映画化され、今年、映画『木の上の軍隊』として7月25日から公開されている。今年は戦後80年。それらに似たような戦争の体験を自らの経験として語れる人は年々少なくなっている。私たちの興味や関心も戦争の記憶から年々遠ざかっていっている。

語り部や体験者の証言のデジタル記録や戦争体験アーカイブ、焼け野原になる前の街の賑わいを再現するバーチャル・リアリティーなど、新しい技術も使って戦争の体験をなんとか現代に生きる人々に伝えようとする努力は続けられているが、心に直接ビビッドな体験として、登場人物たちの感情を伝えられるのは目の前で演じられる演劇や、総合芸術として音や光や言葉を届けられる映画をおいてほかにはないだろう。戦争から何年経っても、いや遠く離れたからこそ、エンターテインメントコンテンツの役割はますます重要になっているのだ。映画『火垂るの墓』は8月15日よる9時から日本テレビ系「金曜ロードショー」で放送。舞台「父と暮せば」2025年公演はすべて終了。映画『木の上の軍隊』は7月25日から順次全国で公開中。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年間のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライター、エディターとして独立し、ウェブ・雑誌・週刊誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・食・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会・アフタートークの進行、ナビゲート、作品審査(ミュージカル・ベストテン)・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略や広報戦略、文章表現のコンサルティングも。日本レコード大賞、上方漫才大賞ATPテレビ記者賞、FNSドキュメンタリー大賞の元審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に26回、「先月最も多く読まれた記事」に5回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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