グラフィック2020.07.15

28歳で仕事を辞めて単身渡英。約10年間も英国のデザイナーとして活躍できた理由とは?

Vol.41 兵庫
グラフィックデザイナー/Peachtree Design代表
Chinami Yokoyama
横山 千奈美
 神戸で暮らしながらイギリス、トルコ、ロシアなど世界各国の案件を手掛けているグラフィックデザイナー、兵庫県出身の横山千奈美(よこやま ちなみ)さん。短大でデザインを学んだ後、大阪の制作会社で約8年実績を重ねてイギリスへ。現地のデザイン会社で約10年を過ごしました。

在英日本大使館や英国の官公庁、グローバル企業など、数多くの名だたる取引先とどのように数多くの仕事をしていたのか? さらに、当時の生活や永住権を獲得しながらも帰国した理由、そして現在の仕事についてもお聞きしました。

 

楽しいことが最優先!気がつけばデザインの道へ。

デザイナーになろうと思ったのはいつ頃ですか?

実は短大を卒業する頃まで考えたことがなかったのです。私は兵庫県の赤穂という自然豊かな地域で育ち、幼い頃は外で遊んでばかりいました。また、神戸学院女子短期大学芸術教養科に進学したのも指定校推薦入試があったから(笑)。受験勉強をしないで済む方法を考えて、面接と小論文だけで受験できる進学先を選びました。ラクな方、ラクな方へと進んでいったタイプです(笑)。

進学した短大はいかがでしたか?どんなものを作られたのでしょうか。

短大時代は遊んだ記憶がほとんど(笑)。とても楽しい短大生活を送りました。しかし、卒業制作にだけは力を入れました。10号キャンバスのアクリル画で、サナギから蝶に成長する瞬間を描写しました。蝶は青虫からサナギになる際、体のほとんどがドロドロに溶け、そこから体を再構築して美しい蝶として羽ばたきます。青虫はとても苦手ですが「一度グチャグチャになったところから新しいものが生まれる神秘」に強く惹かれました。

最初に入社されたのはどんな会社でしたか?

洋菓子・和菓子のパッケージデザインや、デパートの店頭ディスプレイ、季節ギフトのデザインを手掛けるデザイン事務所でした。ここはデザイナー4人の小さな会社で、アシスタントデザイナーとして入社しましたが、比較的早い段階から案件を任せていただきました。また、当時は手書きからパソコンへと切り替わる過渡期で、デザインソフトの使い方もこの会社で覚えました。

ここでは4年働き、学ぶことも多かったんですが、気分を変えたくなり退職しました。それから1カ月ほど、同業者の知り合いの協力でフリーランスのように働き、彼らに紹介してもらった新しい会社へ転職しました。

仲間に支えられて次のステージへ移ったのですね。そこでもデザインの仕事を?

はい、印刷部を持つ100人規模の会社で、主に精密機器メーカーの企業案内や商品カタログを担当しました。すでにパソコンでのデザインに切り替わっていましたので、DTP特有のルールを覚えたり、印刷までの行程を経験したり。デザイナーとしての基礎知識はここで身についたのだと思います。4年勤務した後、イギリスに留学しました。

お金を貯めて憧れの英国留学。しかし半年後には資金ゼロ。

  英国貿易産業省のデザイン業務

ここで突然の渡英(笑)。いつから海外に興味を?英語は得意でしたか?

ものすごく英語が話せたとか、英会話に通っていたというわけではありません。イギリスに魅せられたきっかけは音楽。中学校時代、セックス・ピストルズ、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーなどのパンクバンドに出会い、すっかり夢中になってしまったのです。短大生になるとアルバイトをしては、通うように渡英していました。

2社目の会社に決めた理由も、イギリスへ行くための休みが取りやすそうだったからです(笑)。社会人になってからもイギリス好きは治まらず、入社面接のときから「いずれイギリスに住むんです!」と言っていましたし、ちょっと渡英してきます的なノリでお休みをいただいていました。

実はこの会社には、それまで有給を使って長期休暇をとる習慣がなかったんですが、私は先陣をきり「他の人も休暇を取っていいんだ!」って空気を作っていきましたね。3週間ロンドンに滞在してライブを楽しんだり、パブでの時間を満喫したりしました。ただあるとき「このままでは単なる英国旅行が趣味で終わってしまう」と気付いて貯金をスタート。2年で目標額に達したので留学を実行しました。

横山さんの軸は、デザインではなくイギリスだった?

昔から「やりたい」と思ったことはやらないと気が済まないタイプでした。イギリスで暮らすのも高校時代からの夢で、友だちは海外経験者やグローバル感覚のある人ばかりだったのですんなり受け入れてくれましたし、両親も「じぶんでお金を貯めたのだから」と快く見送ってくれました。真面目に語学学校へ通うつもりだったのですが、イギリスに住めたことがうれしくて遊び過ぎてしまい……。頑張って貯めた2年分の留学費用が半年で底をついてしまいました。

えっ!2年分の資金が半年で……どう解決されましたか?

それで「とにかくアルバイトをしなければ」と仕事探しを始めました。当時は今よりもビザがゆるく、学生でも働くことができました。しかもイギリスの日本人社会は比較的大きく、日本人が経営するデザイン会社もあります。そこで、日系の出版社とイギリス系のデザイン会社の2社に履歴書を送りました。

前者がパートタイム、後者がフルタイムの求人です。「行くなら日系の会社だろう」と思っていましたが、連絡があったのはイギリス系のデザイン会社。在学中のため、フルタイムの正社員として働くことはできません。相談したところ「パートタイムでOK」というお返事をいただき、働くことが決まりました。すごくラッキーでしたね。

アートディレクターとして世界中にデザインを発信。

在英日本大使館から依頼の日本のサブカルチャーを発信する冊子(2007年)

状況への適応と頑張り、感動しました…入った会社はいかがでしたか?

クリエイティブ部門に約10人の日本人チームがあり、そこへ加えていただきました。クライアントは、在英日本大使館や英国観光省といった官公庁や、世界中に名の知れたグローバル企業ばかり。やりがいはありました。

約1年半は語学学校と仕事を両立して頑張ったおかげで、卒業後には労働ビザを出してもらえて、フルタイムの正社員として雇っていただけたのです。普通はここで帰国するケースがほとんどですから、すごくすごくラッキーだったと思います。

憧れだったイギリスで正社員に!グローバル企業の仕事とはどのようものでしたか。

労働ビザ取得後、正社員になってからは、イギリスに本社を構える航空会社や、スイスの高級時計メーカーPatek Philippe、自動車メーカーなどの多岐にわたるデザイン案件に加えて、イギリス向けにデザインしたものを世界各国の仕様に作り変えるローカライゼーションの仕事もたくさん経験できました。たとえば中国版なら赤と金を多用しますし、同じ中国系でも上海や台湾では好むテイストが違います。

スイスの高級時計メーカーの冊子(日本語版ローカライゼーション)

さまざまな国のデザインにふれる経験はとても刺激的で、モチベーションが上がりました。アートディレクターとして企画から携われるようになったのも、すごくうれしかったですね。プレゼンテーションも経験。初めて英語でプレゼンをしたときは、口から心臓が飛び出しそうなほど緊張しました。

印象に残っている仕事についてお聞かせください。

クールジャパンの案件です。日本でクールジャパンが注目され始めた頃、在英日本大使館から「日本のサブカルチャーを発信する冊子を作りたい」とご依頼がありました。どんなものがお望みなのか何度も打ち合わせを重ねて企画。制作、納品に至るまでの行程をすべて担当させてもらいました。

イギリスの会社の雰囲気などを教えてもらえますか。

ラフな雰囲気でした。会社のイギリス人は上下関係がほとんどなかったです。ただ部署では日本人と働いているので就業・終了時間はきっちりしていましたよ。でもみんなイギリスが長い人たちなので日本ぽくはなかったです。金曜日にはよく早めに仕事を終えてビールを空けていました(笑)。残業はほとんどありませんでした。

有給休暇が取りやすいところも魅力です。ヨーロッパ人は休暇を大切にするので、好きなときに有給休暇を取ってよい環境が整っていました。私は長期休暇に加えて、3ヶ月に1度のペースで連休を取得。ヨーロッパ各国を周遊していました。

リーマンショックで独立。そして日本へ。

充実した毎日だったんですね。でもどうしてここを8年で辞めたのでしょう。

リーマンショックです。親会社が倒産し、クリエイティブ部門も閉鎖することになりました。あまりに突然すぎてライターの同僚と相談して、進行中の案件を2人で引き継ぐことにしました。しかし、仕事を続けるには法人化しなければなりません。知り合いのイギリス人に頼み込んで、別部署という形で会社に籍を置かせていただきました。

お聞きするだけで壮絶な状況ですね……。

過酷すぎて体調が悪くなりました。やりはじめると、法律関係はもちろんのこと、取引先に「案件を引き継いでよいかどうか」を申請するなど、手続きだけでも想像以上に時間がかかり、ストレスで帯状疱疹になるほどでした。離れてしまったクライアントもありましたが、2人で運営するには十分な案件が残ったのでほっとしました。

日本に帰ろうとは思いませんでしたか?

ちょうどこの頃、永住権も取れたのです。しかし、8年暮らせば憧れのイギリス生活は日常に。日本が恋しいという気持ちが芽生えていました。

独立した2年後に帰国されていますね。

気が付けば私も30代後半。イギリスではビザが厳しくなり、日本人社会も縮小へ。新規開拓できる気配はなく、将来に期待が持てなくなっていました。日を追うごとに「帰国するなら40歳までに戻ってフィールドを確立したい」という思いが強まり、住み慣れたイギリスを離れました。

じぶんに正直であること。それが道しるべになる。

帰国後に手掛けたデザイン①

10年ぶりの日本はいかがでしたか?お仕事は順調でしたか?

仕事を開拓するのに夢中でした。就職する気はなかったので、フリーランスで食べて行くために異業種交流会に参加したり、企業にメールを送ってみたり。一つ一つが新しい刺激でしたし、日本のビジネスシーン自体が新鮮に映りました。異業種交流会での出会いをきっかけに、呉服、美容、ウェディング、食品、建築など幅広い業界のデザインをお任せいただくように。身内からもご縁をいただき、兵庫県の官公庁や神戸市の案件に携わりました。

今もイギリスで暮らす同僚とも一緒に仕事をしています。彼女が立ち上げたポータルサイトのお手伝いをしたり、昔から続いている案件を請け負ったり。エディターさんのつながりで、トルコやロシアの情報誌も担当させていただきました。

帰国後に手掛けたデザイン②

帰国後に手掛けたデザイン③

日本と英国では、仕事のやり方に違いはありますか?

普段は感じませんが、チームを組むような大きい案件では、関わる人の多さと制作時間の長さに驚きます。イギリスは効率第一主義。必要最低限の人数でタイトに進めるのが一般的なので、さまざまな方にお伺いを立てる日本の制作スタイルに最初はカルチャーショックを受けました。

食品などのオリジナルパッケージデザインも請け負っている

今、仕事をするうえで大切にされていることは?

気の置けないメンバーと楽しい仕事をすることです。2年前に母が倒れて、しばらく地元の赤穂市に帰っていました。仕事を受けたくても受けられない状況でした。いつしかクライアントとのつながりは希薄に……。

昨年からは徐々に母の調子が戻ってきたので、仕事を再開したところです。フリーランスですから好きな仕事ばかりでは食べていけませんが、さまざまな経験を経て「じぶんの興味が湧く仕事に力を注ぎたい」と考えるようになりました。

今後の⽬標について教えてください。

「分からない」というのが正直な気持ちです。新型コロナウイルスの影響もあります。50代になれば感覚に変化も出てくるでしょう。デザインをしながら次のチャレンジを見つけたいと思っています。今からでも映像系には興味があって勉強しようかと思っています。

海外を知る関西の魅力についてお聞かせください。

世界に誇れる観光地がたくさんあることが魅力の一つだと思います。私はイギリスから友人が遊びに来たときは必ず高野山に連れて行きますね。外国人に大人気のスポットなんです。神秘的な日本を感じられる場所のようで「帰っても忘れられない。また行きたい」とラブコールが届いていますよ。

海外でデザインを学びたいと考えている方々にメッセージをお願いします。

行くしかありません。行くこと自体が挑戦です。その先にデザインがあると思えば、きっと一歩を踏み出せるはず。本で見るその国のデザインと、街中で見る日常的なデザインは異なります。現地でなければ触れられないアートに出会えるのは、とても面白い経験になるでしょう。

「じぶんに正直」は横山さんのテーマでしょうか?

今までもこれからもそうだと思います。じぶんにウソをついてやりたくないことをやれば、じぶんがしんどいだけ。迷ったらじぶんが進みたい方を選ぶ、それが「らしく生きる近道」だと感じています。

“好きな場所で働いて暮らすこと”も、じぶんらしく、ということですか?

じぶんの好きなところで暮らすのがよいのではないでしょうか。それが新しい土地ならば、楽しいイメージができるかどうかがとても大切。選択さえ間違えなければ、すばらしい未来が待っていると思います。

私は大好きなイギリスで10年も暮らすことができました。夢を実現できたのは8年のデザイン経験と運があったから。

帰国する時も「地元に帰ろう」ではなく、東京や沖縄など多くの選択肢の中から神戸を選びました。じぶんに正直になることが、一番大切だと思っています。

取材日:2020年5月13日 ライター:葉月 蓮
※オンラインにて取材

プロフィール
グラフィックデザイナー/Peachtree Design代表
横山 千奈美
1971 年、兵庫県赤穂市出身。デザイン事務所『Peachtree Design』代表。大阪でデザインスキルを磨いた後、28 歳で単身渡英。英国のデザイン会社でその手腕をかわれてアートディレクターとして活躍する。2010年に帰国。現在は神戸市で、グローバルな仕事ができるグラフィックデザイナーとして、関西のみならず国内外の案件を手掛けている。
URL: http://www.peachtreedesign.jp/index.html

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