職種その他2012.10.10

GHost – セネットハウスの青いドレスの女

London Art Trail Vol.4
London Art Trail 笠原みゆき
セネットハウス外観

セネットハウス外観

ロンドン大学本部の総合図書館を含む大学評議員会館、Senate Houseから。 セネットハウスは国立博物館(British Museum)の裏手に位置し、Charles Holdenによって設計された1930年代アールデコ建築で、建てられた当時はロンドンでセントポール寺院に次ぐ高さの建物。第二次大戦中は国の情報省としても使われ、当時そこで働いていたGeorge Orwellの小説“1984年”(Nineteen Eighty-Four)の真理省のモデルになった建物としても知られています。

今回のイベントは“GHost”、セネットハウスでの最終回(第10回)。GHostはMarcel DuchampのA Guest + A Host = A Ghostからきていて、招かれるもの(Guest)、招くもの(Host)を掛け合わせた造語。プロジェクトはアーチストでキュレーターのSarah Sparkesとロンドン大学で当時講師をしていたRicarda Vidalによって2008年に始動。ビジュアルアート+クリエイティブ・リサーチと題して、アーチスト、学術研究者、科学者、キュレーター等を巻き込み、レクチャー、協議会、展覧会、ワークショップ、映像スクリーニング、パフォーマンスイベントを様々な場で展開してきました。

セネットルーム

セネットルーム。
右手に立っているのがSarah Sparkes。左手奥の木の壁に隠し扉がある。

プロジェクトを通し現在Sarahは特別研究員としてロンドン大学に在籍。セネットハウスでも数多くのゴーストストーリーを収集してきましたが、中でもイベントの行なわれたセネットルームは青いドレスの女性の霊が現れるという噂の絶えないホゥンティド(haunted)ルーム。事実霊の出ると言われる位置の壁には隠し扉のからくりがあり、Sarahが研究を重ねているゴーストハンターとして世間を騒がせた心霊研究家Harry Price(1881~1948)の13,000の蔵書を抱えるハリー・プライス魔術書図書館もここセネットハウスにあります。(現在入館不可、蔵書の閲覧は可)

ハリー・プライス魔術書図書館。

ハリー・プライス魔術書図書館。
©Tom Ruffles ブログ“ハリープライス図書館の思い出”より

テーマはGhost Makers、ゴーストをつくりだすアーチスト達のプレゼンテーション。 ビクトリア王朝時代の心霊写真からヒントを得てアニメーションとパフォーマンスを交えゴーストのメーセッジを作り出すBirgitta Hoseaの“Medium”。持ち主のわからない20世紀半ばに撮影されたホームビデオの謎解きを霊能者、観客と共に行うGuy Edmondsの“Seance du Cinema”。空間からインスピレーションを得て観客と共に新たな記憶を創造するRosie Wardの“Artful Haunting”。

Rosie WardのBreathing Space ©Sarah Sparkes

Rosie WardのBreathing Space ©Sarah Sparkes

ここではRosieの作品について少し詳しく紹介します。印象に残ったのはNational Review of Live Art 2005に出展のBreathing Spaceという作品を制作した時の話。展示空間である16世紀のグラスゴー駅アーチ下の通路の下見の際、幼い女の子が天井から両手でぶら下がりこちらを凝視している映像が目に浮かび、これを基に作品を作り上げることに。

Rosieの作品理念はフランスの哲学者 Maurice Merleau-Pontyの "Phenomenologie de la perception" 知覚の現象学の知覚の優位性という哲学からきていて、例えば“雪 ”を最初に見た時、“雪”という存在を眼で見ることで名前のない“現象”としては知ることができるが、“雪”という言葉(記号)を知って初めて恒常的に認識出来るようになる。これはそれまで現象として見てきた“雪”というものが、言葉(記号)を知ることで同一言語下では共通した認識を得られるという考え方。映像の二重焼き付け、投写空間の交配、現場録音を行い、観客が映像、音声が録画、録音されたものであると理解しているにも関わらず、あたかもその場で現実に起こっていることであるかの様に感じられる作品を作ることを試みたといいます。

その後Rosieには作品の体験者から様々な女の子の霊に関するメーセージが寄せられ、2010年にこの作品を再度出展した際、観客のあるグループが通路に現れる女の子の霊について真剣に話し合っているのを実際に聞いて驚いたそうです。彼女が独りで作品を体験した時、自分で製作したのにも関わらず、女の子の霊がそこにいるような気がして怯えた自分に恥ずかしくなったとも。

情報伝達手段である新聞、ラジオ、テレビ、インターネット、霊魂の思いを伝える霊媒、絵を描く絵の具も紙も全て媒介、a medium。アート作品もまた、空間という存在と観客の知覚との間にある一つの媒介であるといえます。

イベントの後Sarahがぼそっと私に“一説には青いドレスの女は大学の警備員達がでっち上げたって話もあるのだよね。”そう言って青いドレスを着た彼女は夜の闇に消えて行きました。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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