映像2025.08.29

実写映画化『8番出口』川村元気監督が語る、海外も絶賛の“ループ空間”撮影秘話

Vol.78
映画『8番出口』監督
Genki Kawamura
川村 元気
拡大

拡大

拡大

累計販売本数190万本超を突破した話題のインディーゲーム「8番出口」。本ゲームの実写映画化でメガホンを取ったのは、『告白』『君の名は。』『怪物』など数々の映画を企画し、小説家としても『世界から猫が消えたなら』『四月になれば彼女は』『百花』などベストセラーを発表してきた川村元気氏だ。

ループする地下通路の中で、プレイヤーが奇妙な「異変」を見つけながら「8番出口」を目指すという、ストーリーのない独特な世界観。本作の実写化にあたっては、「異変」を目の当たりにしながら「2択を迫られる」地下通路をさまよう、二宮和也が演じた「名前のない主人公」へのこだわりもあったという。気になる製作の裏側を、キャリアの話と共に川村監督に尋ねた。

ゲーム「8番出口」実写化「ループする通路」と「異変」を映画としてどう解釈するか

原作ゲーム「8番出口」は多くのユーザーにも知られていますが、映画化のきっかけは?

本作の企画者であるSTORY inc.の坂田悠人プロデューサーに「めっちゃ面白いゲームで、映画にしたいです」とすすめられたのがきっかけでした。実際にプレイしてみたら「見たことのない映画になるかもしない」と直感しました。一方で「どうやって映画にしたらいいのかさっぱりわからない」とも思い(笑)。自分がイメージする特殊な手法を説明しても伝えるのが難しいので「自分で監督するしかない」と思って、プロジェクトを立ち上げました。

そのあと実写化できると確信できた、決定的な根拠もあったんでしょうか?

最後まで確信はなく、積み重ねでした。よく「ゲームを実写化する」と言いますが、本作ではゲームと映画の境目が曖昧な、新しい映画体験をつくりたいと考えていました。本作を鑑賞していただく映画館が、そもそもゲームの設定と同じ閉鎖的な空間であるというのも、ヒントになりました。イタリアの詩人・ダンテがかつて書いた「神曲」にある「煉獄」のような世界観も連想して、ストーリーの核となる「人が天国へ行くのか地獄に落ちるのか」、ひいては「どんな罪を問われるのか」というメタファーも織り込みました。カンヌでは、主人公が目指す「8番出口」の看板がスタンリー・キューブリック監督による『2001年宇宙の旅』のモノリスのように感じていた方もいました。

原作のゲームではストーリーがなく、誰もがよく見る地下通路で「異変」があるかどうかを見極めながら「8番出口」を目指します。実写映画として、原作の設定を見事に昇華している印象でした。

原作ゲームは常に「2択を求められる」ルール。それが僕たちの人生と重なりました。名もなき主人公が2択を繰り返して、やがて人生における“本当の答え”にたどり着く。映画づくりでは、ストーリーが先にあって映像表現を加えていくのが慣例ですが、本作では、空間のデザインやゲームのルールからスタートして、物語を後付けしていった。変則的な作り方でしたが、結果として誰も観たことのない作品に仕上がったと思います。

角を曲がって、また同じ地下通路が現れる。「8番出口」ならではの空間が実写でも再現されていて、不思議な感覚もありました。

詳しくは伏せておきたいのですが、様々な技術を集合させました。鑑賞した方はきっと「どこで何がどう繋がっているのか」と、混乱すると思います。これが僕がやってみたかった映像表現でしたし、誰かに説明するにも難しかったので「自分で撮りたい」と思う動機でもありました。

カンヌ国際映画祭の上映では「異変」への反応も上々

主人公の「迷う男」を演じるのは、嵐の二宮和也さん。キャスティングも、大きく注目されました。

二宮さんは撮影中もカットがかかるとすぐスマホでゲームをするような無類のゲーム好き。現実とゲームの境目を曖昧にした作品を表現するのに、これ以上の適任はいなかった。誰かがプレイしているのを見て楽しむ「ゲーム実況動画」のような空気感を、本作にもたらしてくれたと思います。

任天堂の宮本茂さんと対談した際「いいゲームは遊んでいても楽しいし、後ろから見ていても楽しい」とお話しされていたのが強く印象に残っていましたが、「8番出口」はまさにそういうゲームなんです。二宮さんの演技は、そんな「8番出口」の面白さを見事に体現してくれました。

二宮さんの演技も注目される本作は、第78回カンヌ国際映画祭「ミッドナイト・スクリーニング部門」の招待作品に。現地の反応はいかがでしたか?

想像以上でした。2300席分のチケットが即完売して、深夜0時上映開始の予定が1時に押してしまったにも関わらず、誰も帰らずに「今か、今か」と待ちわびていた。「いったい、何を見せられるんだろう」というサーカスのようなワクワク感に溢れていて、映画館でしか味わえない、映画の本質を見たような思いでした。

ルールさえ分かれば言葉を通じずとも理解できる、本作ならではの世界観も力になったのかと思います。

ループする空間で2択を繰り返す世界観は強く意識して、セリフを極限まで削りました。「世界で一番有名なループミュージック」ともいえるラヴェルの『ボレロ』を冒頭で使ったのは、世界各国で分かりやすくルールを伝える狙いがありました。地下通路で、画家・エッシャーによる“だまし絵”のポスターを用いたのも、同じ理由からです。

実際、現地で鑑賞された方々に意図は伝わっていましたか?

狙い通りでした。ダンテの「神曲」からの引用について、「エッシャーの騙し絵」について、深読みしてくれるメディアもありました。一方では「ループする映像が面白い」「おじさんが怖い」と楽しんでくれた学生たちもいて、ディープな層からポップな層まで、レイヤーの異なる様々な観客が同じ映画館で体感してくれた。

僕にとって、それはエンターテインメントの理想形で、「深層と表層、両方から楽しめる映画体験」を形にできたと、手ごたえも感じられました。

劇中で驚かされる数々の「異変」にも、リアクションを取っていましたか?

すごく怖がっていました。映画館ならではの映像や音の仕掛けが功を奏したと思います。スマホやテレビでは、わずかでも停滞すると、鑑賞する側がすぐ離脱してしまいます。でも映画館はお金を払って、スマホも見ずに集中して観る。そこでは「今何を見せられているのか」と待つ時間を作り「なるほど」と驚かせる緩急が生きますし、スクリーンで観る映画の醍醐味を伝えられたのではないかと思います。

繰り返し観ていた「映画」の数々が原点に

映画プロデューサー、映画監督、小説家など、クリエイターとして数々の実積を重ねてきた川村さんですが、その原体験とは何だったのでしょうか?

もともと父親が助監督で、映画づくりの夢をあきらめた人だったんです。でも、僕には熱心に映画の魅力を伝えてくれました。実家には映画のVHSが何本もあったし、フェデリコ・フェリーニ監督の『道』や宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』、リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』と、ジャンルも作風もバラバラな作品を何度も観返していたのが、今の作風に繋がっているとは思います。

当時の体験が、今の作風に繋がっていると思われる理由は?

「ユニークな表現を追求する」という価値観が、自然とすりこまれたんです。先の監督以外にも、スタンリー・キューブリックやデビッド・リンチといった、映画の可能性を広げ続けるような作品に繰り返しふれて、気が付けばそこを目指して映画を作っているような気もします。

そうした土台があって、早くから「映画の世界で活躍したい」と進路を決めていたんでしょうか?

いえ、ただの映画ファンでしたし、プロの世界へ飛び込めるなんて考えていなかったです。大学卒業後に東宝へ入社しても、最初の仕事は映画館でのモギリでしたし、作る側に立てるとは思っていませんでした。ただ、社内の企画部署に「たくさん映画を観てきたし、おもしろいことを考えられるかもしれない」という思いから応募して、映画プロデューサーになれたのは大きな転機でした。

一貫した自身のテーマは人が「何をもって幸せを感じるのか」

川村さん自身のクリエイティブにおいて、柱にされているものは何でしょうか?

軸にあるのは「幸福論」で、人が「何をもって幸せを感じるのか」は一貫したテーマです。例えば、今回の『8番出口』でいえば、主人公の「迷う男」は、迷い込んだ異空間をサバイバルしていくうちに生きる意味を見出し、やがては「自分は何をもって幸せか」と考えはじめる。作品を問わずそんな瞬間を描くのは僕が一番やりたいことで、映画館で鑑賞した方が「ひょっとしたら、そこにいるのは自分ではないか」とハッとしてくださるのであれば、それほどうれしいことはありません。

将来、同じ気持ちを味わえるクリエイターになりたいと願う人たちに向けた、活躍するためのアドバイスも伺えればと思います。

学生向けの講演では「自分のやりたい分野にお金を使っていますか?」と、必ず問いかけます。答えを聞くと、お金を使っていない人が多くて驚くほどです。映画でも小説でも音楽でも、プロは「お金を払っていただく人たち」が喜んでくれるものを作るのが仕事。映画はたった数週間の公開期間に足を運んでくださる方の心を、いかにつかめるかが大事です。これだけ「無料」のエンタテインメントがスマホの中に溢れている中で、お金を払うのは本来「リスク」です。そして、リスクを取ってでも観にきてくださる方の心情は、自分がお金を払う側を体験していなければ分からない。将来の夢があるのならば、消費者として、ファンとして、お金を払って、なるべく多くのエンターテインメントにふれてほしいと思っています。

取材日:2025年7月2日 ライター:カネコシュウヘイ 動画撮影:指田泰地 動画編集:鈴木夏美

映画『8番出口』2025年8月29日(金)公開

監督: 川村元気
出演:二宮和也 河内大和 浅沼成 花瀬琴音 小松菜奈

原作:KOTAKE CREATE「8番出口」
配給: 東宝
脚本: 平瀬謙太朗、川村元気
音楽: Yasutaka Nakata (CAPSULE)、網守将平
©2025 映画 「8番出口」製作委員会

公式サイト:https://exit8-movie.toho.co.jp/
公式X:https://x.com/exit8_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/exit8_movie/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@exit8_movie

プロフィール
映画『8番出口』監督
川村 元気
1979年横浜生まれ。映画プロデューサー、映画監督、小説家。『告白』『悪人』『モテキ』『君の名は。』『怪物』など、数々のヒット作品を生み出す。2012年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。その後も小説『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』『私の馬』や、対談集『仕事。』『理系。』を発表。2022年には、自身の同名小説を原作とした『百花』で長編映画監督デビューを果たし「第70回サン・セバスティアン国際映画祭」で、日本人初となる最優秀監督賞を受賞。2025年8月29日に公開の映画『8番出口』は、カンヌ国際映画祭公式招待作品に選出。
公式HP  https://genkikawamura.com/
公式note https://note.com/genkikawamura

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP