映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第33回『i ai』
『i ai』
▶こちらの感受性までも磨かれる時間。マヒト度:100
私達の命の色、赤で綴られる青春映画。映画における色の引力を味わいたい人にオススメ!
間もなく春を迎えるこの季節、スクリーンを離れるころには不必要な雑音は消え、羽が生えたような気持ちになれる切なくも心に残る青春映画を届けたい。イチオシの作品をみつけた。
パンクバンド「GEZAN」のフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポーの初監督作品『i ai (アイアイ)』。日本の音楽シーンでの活躍だけでなく、文筆活動などでも注目を集めているマヒトゥ・ザ・ピーポーが監督を務め、第35回東京国際映画祭<アジアの未来部門>にも正式出品された本作は、マヒト監督の実体験をもとに作られた映画だ。満を持して、ようやく公開となる。
あらすじは兵庫県明石市を舞台に、主人公のバンドマン・コウと、コウが憧れるヒー兄、そして仲間たちが音楽と共に過ごし居場所を見つけていく様を描く。出会いと別れ、彼らの過ごした二度と戻らないかけがえのない時間が詩的な言葉とともに綴られていく青春映画となっている。
もう、ずっと沁みた。響いた。とにかく、アーティスティックな世界観の中にも大切な人との別れを描いた儚くて美しい物語で、特別な時間となった。
こんなにも誰とも繋がれる世の中なのに、この世界には声なき声がある。
SNSは進化したけど、形を変えて、孤独が人生に容赦なく牙を剥き、耳を澄ましても聞こえない心の叫びがこの世界には溢れている。
たくさんの犠牲があることを本当はもう知っていて、それを無視して、ぐるぐると回っている。
急に誰かがいなくなってしまうことに鈍感になってしまったこの世界で大切な人すらも失ったとき、わたしたちはどう生きたらいいのか…に、向き合い切った作品だと私は捉えた。
そして核心を突きながらも詩的さを内包した表現ととにかくたくさんめぐりあえる。
「勝つと負ける以外の結末もあるんや」
「空から海の匂いがしたら呼ばれてるんや」
「人間やるんはじめてやし、めっちゃむずいな」
なにげないのに、心に引っ掛かる台詞の数々。
それは高熱の時に摂取するアルカリイオン水のようにぐいぐいと全身に浸透していく。
見るのではなく、コトバを浴びる映画だったと実感する。
そんなコトバに触れていると劇的で、大げさなことでしか、心が動きにくくなっている私をこの映画がもう一度人間らしくしてくれた気がする。
また時間をおいて見たときには、1番刺さるセリフが変化するような予感もした。
誰かと語り合いたい。
そして、主演は3500人の中からオーディションで選ばれた、富田健太郎。
共演は、さとうほなみ、堀家一希、吹越満、永山瑛太、森山未來ら。
誰1人欠けても、この物語は成立しないほどに良い配役だったと思うが、特に印象に残ったのは数々の話題作に出演し、俳優だけでなくダンサーなど多ジャンルにわたり国内外で活躍をし続ける、森山未來さん演じるヒー兄の存在感は、やはり想像以上のものだった。
軽さと、切実さが絶妙に混ざり合い、気だるそうに歩いていても、その様は唯一無二の異様な輝きを放ち、命を雄弁に語っていた。
多感な時期のコウにとって、おそらく神の化身でもあったであろう”アニキ”の姿を捉えている。
表現の可能性を追求し続ける森山未來さんのキャスティングは震えるほどにピッタリだった。
そして今作も、マヒトのキーカラーである赤が印象的なのである。赤という色がもたらす立体感と映像美には鼓動がはやくなった。
赤は、いのちをイメージさせる色。
血の色であり、欲望の色であり、暴力の色であり、情熱の色であり、愛の色でもある赤を印象的に使う映画のワンシーンは時に姿を変え、絵画のように切り取られて記憶される。
ほとんどモノクロで構成されたスティーブン・スピルバーグ監督による不朽の名作『シンドラーのリスト』(1994年)でその後のシンドラーの心理と決断に大きな影響を与えた赤いコートの少女、映画『アメリ』(2001年)で主人公アメリの暮らすモンマルトルのアパートの、彼女の静かなる情熱を表現したかのような真っ赤な壁、また映画『シャイニング』(1980年)ではまるで建物が生き物のようにおもえた血のエレベーターなど。
私にとって赤が記憶から離れなくなるほど印象的だった映画はたくさんあるが、この『i ai』には忘れられない赤がとにかくたくさん溢れていることに目を見張った。とにかくたくさんの何気ない日常に赤が溶け込んでいる。
兵庫県明石市が舞台なだけに空や海とコントラストとなるように映える、幾多の赤は鮮烈な美しさだった。
赤が散りばめられたこの物語で、心揺さぶられる景色と出会ってほしい。
きっと、忘れられない景色と出会える。
帰り道には、横断歩道の「止まれ」にさえも敏感になっていた。
映画が色彩的な芸術でもあることを久々に体感させてくれた時間だった。
そして、コウを演じる富田健太郎さんが果てしなく素晴らしい。
私の、そしてあなたの幸せを、ただ一方的に願ってくれているかのような圧倒的なラストはこの映画を観てから何日経っても消えない。名シーンなんて言葉じゃ語れない。シーンですらないかもしれない。コウの言葉は魂を撫でる。
この映画は祈りのようなものであったことにようやく気づいた。
映画のスクリーンと現実の境界線が撹拌され曖昧になっていき、コウが映画ではなく、眼の前にいるような実感を持った。まだ思い出すと、微熱を帯びる。このラストは永遠に忘れない。
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『i ai』
3月8日(金)渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
富田健太郎
さとうほなみ 堀家一希
イワナミユウキ KIEN K-BOMB コムアイ 知久寿焼 大宮イチ
吹越 満 /永山瑛太 / 小泉今日子
森山未來
監督・脚本・音楽 マヒトゥ・ザ・ピーポー
撮影 佐内正史 劇中画 新井英樹
主題歌: GEZAN with Million Wish Collective「Third Summer of Love」(十三月)
プロデューサー 平体雄二 宮田幸太郎 瀬島 翔
美術 佐々木尚 照明 高坂俊秀 録音 島津未来介
編集 栗谷川純 音響効果 柴崎憲治 VFXスーパーバイザー オダイッセイ
衣装 宮本まさ江 衣装(森山未來)伊賀大介 ヘアメイク 濱野由梨乃
助監督 寺田明人 製作担当 谷村 龍 スケーター監修 上野伸平 宣伝 平井万里子
製作プロダクション:スタジオブルー 配給:パルコ
©STUDIO BLUE
(2022年/日本/118分/カラー/DCP/5.1ch)
■公式サイト:https://i-ai.jp
■公式X:https://twitter.com/iai_2024
■公式Instagram:https://www.instagram.com/i_ai_movie_2024/