映像2023.12.06

杉咲 花が誰も知らない市子を熱演!人気舞台の映像化はどのように行われたのか

Vol.58
『市子』 監督
Akihiro Toda
戸田 彬弘
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JUMPEI TAINAKA FOTOGRAFIE

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監督の戸田彬弘(とだ あきひろ)が主宰する劇団「チーズtheater」の旗揚げ公演作品であり、「サンモールスタジオ選定賞2015」で最優秀脚本賞を受賞した人気舞台である「川辺市子のために」を映画化した『市子』。

抗えない境遇に翻弄されながらも、懸命に生きる女性の底知れない過去や人物像が第三者の目線から描かれる衝撃作。主人公の川辺市子を杉咲 花、市子の恋人で彼女の過去を紐解いていく長谷川義則を若葉竜也が演じる。

監督に映画と舞台の違い、リアリズムへのこだわり、クリエイターとして大切にしていることなどを語っていただきました。

人によって印象が変わる市子の存在を他者の証言やエピソードを紡いで構成し映像化

原作となる舞台「川辺市子のために」(15年)の初演から8年たっての映画化ですが、どのような経緯があったのですか?

ありがたいことに「川辺市子のために」は評判がよく、8年前、サンモールスタジオで行われた初公演中に再演が決まったり、その年の「サンモールスタジオ選定賞2015」の最優秀脚本賞を受賞したり、映像化のお話をいただいたりしていました。ただ、映像化を前提とせず演劇の特性を活かした戯曲づくりをしていたので、構造的に映像化は難しいのではないか?と思い断りました。

その3年後、今度は続編となる「川辺月子のために」と2本立てで公演するために改めて脚本を書き直していると、映像化のアイデアが浮かぶようになってきました。公演が終わったとき、本作のプロデューサーの亀山(暢央)さんから「何か一緒に映画を作りましょう」との話をいただいたので、面白いと言ってくださった「川辺市子のために」を映像化しようと決めました。

舞台に特化していたとはどのようなものでしたか?

特に具体的なセットを組まず、客席とキャストがそれぞれL字に座って真ん中にできた四畳半くらいの空間(ステージ)を囲むようにした、シンプルな舞台美術で。その中央のステージにいる市子に対して、証言者がさまざまな証言をしていくという舞台でした。周りの俳優が彼女のことを話すことで、ステージ上に市子がいるのに(存在が)抽象化され、なぜか実体がないように感じられていく作りで、市子という存在が誰なのかわからないこの作品には非常に効果的でした。

無駄な装置を置かずに、言葉と役者の肉体のみで作っていく世界は演劇ならではの手法で、映像だとあまり効果的ではないんですよ。映像は、市子を映してしまうとどうしても実体化されて抽象化されない。市子を描いているのに市子が掴めないように感じるためにはどうしたらいいのか、かなり悩みました。

出会った人によって違う印象を与えていて、本質が見えない市子を描く作品なだけに、映像化が難しかったんですね。

例えば、『桐島、部活やめるってよ』(12年)は、周囲の人が映画に現れない桐島の噂について話すことで、人間関係が展開していきますし、舞台「ゴドーを待ちながら」もやって来ないゴドーを待つという形で展開していきます。そういった物語の中心となる人物が最後まで登場しないという方法はやり尽くされているので、それとは違った方法で市子を映しているのに市子の実体がないように感じる映像にしたいと思っていました。そして考えたのが、他者の証言やエピソードを紡ぎ、それぞれの証言者の視点でドキュメンタリーっぽい撮り方で構成すること。市子の主観のシーンやアングルを作らないこと。これにより市子という人物は映っているのに、実体が掴めない存在になったと思っています。

ドキュメンタリーっぽい撮り方が思い浮かんだきっかけはあったのですか?

舞台を観た方が「黒澤明さんの『羅生門』(1950年)みたいだね」と言ってくれたことがきっかけでした。『羅生門』は証言者が変わっていくことで複雑化していく構成で、『市子』も証言構成を複雑化していけば、市子を追っかけているのに何が本当で何が本当ではないのかわからなくなるなと思いました。ちなみに映像では、証言者が見たものしか映さないようにすることを徹底しました。市子の情報は出てくるけど、あくまでも証言者から見た彼女だけで、最後まで市子が掴めないようにしています。

時代背景や住んでいる場所などリアリティを求めてキャラクターの存在感をクリアにする

ドキュメンタリーっぽい撮り方もしていますが、細部にまでリアリティを意識していたのでしょうか?

全編を通じてかなりリアリティを意識しました。撮影はオールロケで、建物や小道具は本物を使うことで説得力を持たせ、実際にその場に市子がいたように感じてもらえるような作りにしています。まぁ本当は舞台となる東大阪市で撮影したかったのですが、コロナの影響もあり許可が下りない建物が多く、それはできませんでした。建物にしても、物語の時代に本当に建っていたものを使っています。

描かれている時代背景もリアルですよね。

まず市子の年表を書いて、そこに実際に起こった事件や社会問題、ブームなどを書き込み、市子がどのような影響を受けて育ってきたのかを考えて台本を書いてきました。やはり人は社会に影響されるものだし、現実と市子を繋げることで観ている方は市子を近くに感じることができると思ったからです。フィクションだけどノンフィクションのように届けたい作品だったので、リアリティはこだわっていますね。

それはやはり市子という人物のバックグラウンドにある、社会問題について知ってもらいたいという気持ちが強かったからですか?

問題を解決するために撮った映画ではないですが、僕らの近くにある問題を知ることは大切だと思いました。実際に市子のような人は自分の近くにいると思うんですよ。この作品を観て、同級生にいたかも、すれ違った人がそうだったかも……と想像してもらうことが大事だと思います。また、この人はこうだとか、人をカテゴライズしがちですが、それは危険なことだと気づいてもらいたい。人によって捉え方は異なり、人は簡単にカテゴライズできないものだと知ってもらえたらと思います。

強烈なエネルギーがにじんでいるような杉咲 花さんの目が決め手でした

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実体が掴めない市子を演じた杉咲 花さんは、監督が手紙を書いて出演依頼をされたとのことですが、なぜ杉咲さんだったのですか?

構成の目処がついて市子を誰に演じてもらおうかと考えたときに、リアリティを出すために関西弁を流暢に話せる関西出身者のキャストがいいなと思いました。そこで関西出身者の俳優をリストにしたのですが、絶対にこの人だ!という方は見つからず……。そんなときに、NHKの連続テレビ小説「おちょやん」(20~21年)で関西弁を話していた杉咲さんを思い出しました。これまで杉咲さんの作品を観て来ていて、例えば『楽園』の強烈なエネルギーがにじんでいるような目の表情が市子に合いそうで。市子自体がさまざまな顔を見せるのでいろんな表情が出せて、強烈なエネルギーを感じさせる杉咲さんしかいないとお願いしました。

実際に杉咲さんと市子というキャラクターについて話し合ったのですか?

何度も台本を直したのですが、その度に読んで意見をもらいました。ただ現場では、市子について話をすることは余りなかったですね。初めの台本をお渡ししてから1年ほど過ごしていただいたこともあり、現場に来たときからもう市子を演じるモード全開で。撮影の合間も関西弁でしたし、期間中はずっと市子として過ごしていたんだと思います。

杉咲さんのファーストシーンはいかがでしたか?

学生時代の最初の恋人である田中宗介(倉 悠貴)とのシーンで、表情や声のトーンを含めて怖いなと思いました。杉咲さんっぽくないというか。表情も重いし生っぽくて。当時の市子の抱える闇がリアルに映っていると感じました。

―若いころの市子は強烈な印象がありますね。

市子にとって重要な意味を持つ団地でのシーンは、5、6分くらいセリフがなく、動きと目の表情だけなのですが、かなり緊張感があるシーンになっています。ずっと空気が張り詰めていて、どこか怖さを感じさせる雰囲気があって。実際、撮影も真夏の団地でクーラーもなかったのでかなり大変でしたが、本当にいいシーンが撮れたと思っています。

市子のことを知るために、いろんな人から証言を集めていく長谷川義則を若葉(竜也)さんが演じました。

キャラクターについてはあまり話さなかったですが、杉咲さんと若葉くんが一緒にいるときに、「2人にとっての居心地の良さはなんだろうね?」という話をしました。市子にとって長谷川は安心する穏やかな人だったはずですから。ちなみに長谷川は観客とともに市子の情報を知っていくための重要な役であったので、若葉くんはあまり台本を読み込まずに、情報を知ってリアクションを取ることを意識してくれていたようです。

舞台と映画を行き来することでいろんな表現方法を試すことができている

監督は舞台からキャリアをスタートしていますが、いつから映画に興味を持ち始めたのですか?

実は最初から映画を作りたかったんです。大学に入って、演劇(コンテンポラリーダンス)の新入生歓迎公演を見てかなり衝撃を受けまして。演劇のイメージも変わり、そこからどっぷり浸かっていきました。ただ、映画を撮りたいという気持ちはあったので、学生時代から自主映画は撮っていました。

最初の方にもお話していただきましたが、舞台と映像は演出方法がかなり異なります。具体的に監督はどのような違いがあると感じますか?

演劇は言葉と役者の体から観客はその世界を取り入れていくと考えているのですが、映画はそれではなく、何が映っているかがその役目になると思っています。演劇と映画は違うものだと思っています。ちなみに僕は演劇と映画を交互に行き来することで、いろんな表現方法を試すことができていると感じています。ありがたいです。

舞台と映画の両方の面白さを知れるのは魅力的ですね。

どちらもできるのは気持ちがラクです。映画しかないと根を詰めてしまいますが、舞台があれば自然と映画から離れられるので、フラットに映画のことも考えられる。それは逆もしかりです。できれば、40:60くらいの割合で仕事をしたいかも。60が映画になることもあれば、舞台のときもある。緩やかにどちらの世界もやり続けられたらいいなと思っています。

クリエイターが大事にした方がいいことはなんだと思いますか?

最後までやり切ることです。これ、実は簡単のようで難しいんですよ。どんなことでも途中で止めては意味がありません。例えば台本を書いていて途中で面白くないと思っても、最後まで書き続けることで、反省点が見えてきたり、発見が出てきたりします。

あと1つ加えると、スタッフやキャストに敬意をはらうことです。色々な人生経験や価値観を皆さんが持っていて、そんな脳みそがたくさん集まるのだから、技術者だけではなく活かしていただかないともったいないですよね。リスペクトの気持ちを持ちながら一緒にクリエイティブすることが作り手としては大切だと思います。

気配りが得意ではなかったり、人を頼るのが苦手だったりする人もいると思います。

自分に余裕がないと気配りがおろそかになってしまうのはわかりますが、なぜ余裕がないのか、そしてわからないことがあるならわからないと言う勇気が必要だと思います。気持ちを隠したり肩肘を張ってしまったりすると、コミュニケーションはそこで終わってしまい、これまであった信頼もなくなっていきます。人に甘えるスキルは大事ですね。

取材日:2023年10月26日 ライター:玉置 晴子 映像撮影・編集:指田 泰地

『市子』

©2023 映画「市子」製作委員会 芸術文化振興基金

12月8日(金)テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

出演
杉咲 花
若葉竜也
森永悠希 倉 悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳
渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり

監督:戸田彬弘
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘 
音楽:茂野雅道
エグゼクティブプロデューサー:
小西啓介 King Guu 大和田廣樹 小池唯一
プロデューサー:亀山暢央
撮影:春木康輔 照明:大久保礼司 録音・整音:吉方淳二
美術:塩川節子 衣装:渡辺彩乃 ヘアメイク:七絵
編集:戸田彬弘 キャスティング:おおずさわこ
助監督:平波 亘 ラインプロデューサー:深澤 知
制作担当:濱本敏治 スチール:柴崎まどか
文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
制作:basil  制作協力:チーズ film
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023 映画「市子」製作委員会 
2023年 日本 カラー シネマスコープ /5.1ch/126 分 映倫 G

ストーリー

川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

プロフィール
『市子』 監督
戸田 彬弘
1983年生まれ。奈良県出身。劇団「チーズtheater」主宰。学生時代から、演劇活動を始めるかたわら、自主映画を制作。2014年に『ねこにみかん』で劇場デビュー。2015年に劇団「チーズtheater」を立ち上げ、旗揚げ公演の「川辺市子のために」が「サンモールスタジオ選定賞2015」で最優秀脚本賞を受賞して話題に。劇団では作・演出を務める。無駄な装置を置かず、言葉の力、役者の肉体、照明によって区切られた空間構成で作られた世界は、演劇ならではの表現を重視しているにも関わらず映画的だと評される。映画監督としての代表作として『名前』(18年)、『13月の女の子』(20年)、『僕たちは変わらない朝を迎える』(21年) 、『散歩時間~その日を待ちながら~』(22年)など。

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