映像2023.08.31

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第26回『正欲』

Vol.26
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
拡大

拡大

拡大

『正欲』

▶「多様性」という意味を今あらためて考え直す度:100

自分の中の価値観を再構築したい人にオススメ。

まず最初に、インパクトのあるタイトルだと思った。
ダブルミーニングというか、言葉のままありのままでもあるというか。
この映画のテーマは「生きていくための推進力になるのは何なのか」。
人間の三大欲求のひとつ、性欲に焦点を当てて、多様性という言葉が浸透したこの現代社会に一石を投じる、「多様性社会は誰もが生きやすい社会だ」という概念を、この作品は壊してしまった。痛みを伴う、衝撃作だった。

大学在学中の2009年に執筆した「桐島、部活やめるってよ」で、小説すばる新人賞を受賞し、作家デビューした朝井リョウの作家生活10周年記念作品であり、第34回柴田錬三郎賞を受賞した小説「正欲」が映画化。
『あゝ、荒野』(2017年)で国内の映画賞を席巻し演出力が高く評価される監督・岸善幸がメガホンを取り、
『あゝ、荒野』で岸監督と組み、本年(2023年)も『アナログ』(タカハタ秀太監督)、『GOLDFISH』(藤沼伸一監督)など、執筆作品が立て続けに公開される港岳彦が脚本を担当した。

【STORY】
横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月は、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也。学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子はそんな大也を気にしていた。同じ地平で描き出される、家庭環境、性的指向、容姿――様々に異なる背景を持つこの5人。だが、少しずつ、彼らの関係は交差していく。

この物語の中で性的指向における少数派の人々を描いている。
昨今、多様性という言葉をよく耳にするが、多様性という名の網の隙間からもこぼれ落ちて誰とも理解しあえないかもしれない人もいる。すべての人が、生きていくための推進力になるのは何なのか、というテーマを炙り出していく力強い人間ドラマになっていた。

この作品は正直なところ、誰もが共感できる作品ではないと思う。
しかし、そもそも共感するために作られた映画ではない。
この作品に登場するキャラクターたちの持つ指向は、少なくとも私の身の回りでは聞いたことのあるタイプのそれではない。正直なところ、私にはどうしても理解ができなかった。でも私が持ってしまったこの感覚の正体こそ、真実の裏面となる。

この映画の登場人物たちは、普通や当たり前という価値観に苦しんでいる。誰にも言えずにもはや理解してもらおうとすらも思わないくらいに”諦めている”。

正直、どの役も難しいし、とても繊細だが役者の熱演が素晴らしかった。2021年のデビュー20周年のタイミングで独立の道を選びフリーランスとなった新垣結衣さんがこの作品で挑戦的な役を選び取ったことは意義深い。明るい笑顔でお茶の間を国民的存在感であたためてきた新垣さんが、180度イメージを変容させる挑戦をしている。その辺りも、すごい。

また、今年出演作が続き変幻自在の芝居を見せてくれた磯村勇斗さんにも注目だ。 どの役も彼が演じると、途端に人間味があふれる。この映画で描かれた、磯村勇斗さん演じる佳道の指向に関しても、これまで知るよしもなかったのに、観終えた今では他人事とは思えなくなってしまう。

原作本のキャッチコピーに「もう読む前の自分には戻れない」というコメントが添えられていたのが印象的だったが、実際に映像化された本作をみて、自分の想像力の範囲がここまで狭かったのか……と自分に対する軽い失望で言葉が出なかった。稲垣吾郎さん演じる検事・啓喜のまなざしを通して想像したこともなかった、私にとっての「正しさ」が誰かを「傷つけている」かもしれないことにも気づかされた。

多様性、多様性、多様性……。よくよく思い返してみると最初は聴き慣れなかった多様性というフレーズが浸透しすぎた今、私自身がその言葉の意味について思考することを辞めてしまっていたことに気づく。もはや、理解できた気でいすぎてしまったことを突きつけられる。

でも、この映画に気付かされたのは多様性にも”枠”があり、多様性という考え方のさらに外側にいる、多様性という言葉にも守られなかった人々がいること。

人間関係も、言葉であっても、すべてのものごとは慣れてくると慢心してしまうことにも愕然とした。

「正欲」に登場する人物たちの苦しみに心を重ねることができなくとも、言葉の奥のある真実に思いを巡らせることをやめてはならない。
私たちの暮らす世の中での”正しさ”とは、マジョリティ(多数派)の正解であるだけということを意識し続けなければ、見えなくなり省かれてしまうものがあることを忘れてはいけないとかえりみながらも新たな扉を開けてくれた映画だった。

いまいる場所で立ち止まり、世の中をみつめる視点を再構築したいと考えている人に届けたい。

 

正欲

11月10日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香 山田真歩 宇野祥平 渡辺大知 徳永えり 岩瀬亮 坂東希 山本浩司

監督:岸善幸 脚本:港岳彦
原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)
制作:テレビマンユニオン
製作幹事:murmur
製作:「正欲」製作委員会
配給:ビターズ・エンド

https://www.bitters.co.jp/seiyoku/

©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会

Twitter: https://twitter.com/seiyoku_movie
Instagram:https://www.instagram.com/seiyoku_movie/
Facebook:https://www.facebook.com/SeiyokuMovie/

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。 映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。 映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP