映像2023.07.05

青木柚主演の「神回」は、コンペだからこそ生まれた作品。“青春×ループ”の仕組みで勝負

Vol.53
『神回』 監督
Kiichiro Nakamura
中村 貴一朗
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東映ビデオが2021年6月に立ち上げた才能発掘プロジェクト、「TOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」の第1回製作作品に選ばれた中村貴一朗監督の『神回』。 夏休みの教室で文化祭の出し物の打ち合わせを始める実行委員の樹(青木柚)と恵那(坂ノ上茜)。やがて樹の目の前が突然真っ暗になり、打ち合わせを始めた13時に時間が戻ってしまう。延々と13時からの5分間が繰り返される状況に気づいた樹はそこからどうにか抜け出そうとする。数え切れないほど同じ時間を繰り返すうちに樹の心は混乱を極めていく。 青春をテーマに描かれた本作が初の長編作品となった、中村監督のコンペにかける思いを、制作秘話とともに伺いました。

自分の中に残っている小さな思い出を捻出して製作

「TOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」に応募しようと思ったきっかけを教えてください。

今年、38歳になるのですが、22歳の頃から映画監督になるという思いを持って、毎年どこかしらに脚本を応募してきました。このプロジェクトをはじめて知ったときは、“青春”というカテゴリーながらも他のコンペとは違うと感じました。東映ビデオさんのこれまでの作品やプロデューサーである佐藤現さんの作品を観ると、自分が書く作品とマッチするのではないかなと思い、応募しました。

主人公・樹が13時からの5分間を永遠に繰り返すという設定はどうやって思いついたのですか?

自分が年を重ねて青春から離れてしまっている今、青春をテーマに映画をつくるためにできるのは、自分の中に残っている小さな思い出を捻出することだったんです。

僕は小学校や中学校の休み時間、5分くらいの間、机に突っ伏して休み時間が終わるのを待っているのが好きでした。決して寝ているわけではなく、頭はフル回転をしていて、「もしここで好きな女の子に話しかけられたらどうするか?」とか、「もしテロリストが入ってきたらどうなるか?」といった妄想ばかりをしていて……。
そのときの気持ちを思い出して、その5分が永遠に続いたらどうなるんだろう?と想像を膨らませたのが今回の作品です。

青春にタイムループというSF要素を組み合わせたことで、主人公の気持ちがどんどん明らかになっていくところはかなり斬新でした。

子どもの頃から「S-Fマガジン」(早川書房)を買っては、読者ページに原稿用紙4枚ほどの原稿を投稿したりするくらいSFが大好きで、だからその要素を入れたというのはあります。

とはいえ、やはり人の内面を描くのが映画の醍醐味であると思うので、それをどう引き出すかを考えました。基本、映画では外からの影響を受けて登場人物は葛藤し、内面が変化していくのが定番です。

今回はタイムループというシステムを使うことで、自然と主人公・樹の内面が浮き彫りになっていく仕組みでつくられています。5分という時間を繰り返す樹は外からの影響を受けることなく、ループを積み重ねることで自分の中にある複雑な気持ちを観客に露呈していく……。
このシステムに気づいたときは、これまでにないみせ方ができると思いました。

今回はよくあるタイムループものと違い、樹は状況から抜け出せないと分かると自殺しようとするなど負の行動をとるのが印象的でした。

僕はループものでよくある、良いことをしたり何でも解決しようとしたりする主人公たちの行動をみて、「すぐにエネルギーが切れてしまわないの?」「悪いことを考えないの?」といった感想を持っていたんです。

今回、樹には高校生ならではの悪い考えを持たせたり、行動させたりしています。そういった闇の部分を掘り下げることで樹の人間性を出せた気がしています。
5分刻みで樹の心は変わっていきます。やりたいことはあるけど叶わなかったり、罪悪感を抱いたり……。たくさん悩むのは17歳だからこそという気もしますし、そういった心に行動が伴っていかない状態を描くのに、タイムループというのはとてもいい仕掛けだと思いました。5分という時間の短さは学校から出られないちょうどいい時間で、青春の窮屈な感じや閉塞感を表現できたと思います。

プロジェクションマッピングを映画に使うことでエモさを表現できた

プロジェクションマッピングなどの映像テクニックを使って、学校から出られない閉塞感を表現している部分がありましたが、映画にプロジェクションマッピングを取り入れるアイデアはどのようにして思い浮かんだのですか?

以前、『GUNKANJIMA -Traveler in Time-』という短編映像を撮ったときにプロジェクションマッピングを使ったところ、普通の映像を流すのとは違った、エモーショナルな懐かしい感覚が入ってくる効果があることに気づきました。そしてそれを効果的に使えるのは広告ではなく映画かなとずっと思っていて……。今回、満を持して使用しました。最初の脚本ではプロジェクションマッピングを使うシーンはありませんでした。「カタルシスが少し足りなくない?」と指摘してくれた方がいて、ならば使ってみようと思いました。

プロジェクションマッピングだからこそ伝えられる感情があるんですね。

あると思います。タイムループを繰り返す中で、何が現実で何が非現実なのかどんどん分からなくなっていくので、映画の世界に没入させるのにはとても相性がよかったです。もちろんCGにお金をかけて、ファンタジックな世界をつくることもできるとは思いますが、登場人物の思いが伝わりにくく……。どこか制約がある感覚を表現するにはプロジェクションマッピングがぴったりでした。

制限された世界で人間性を出していく樹とそれに巻き込まれていく恵那。樹を演じた青木柚さんと恵那を演じた坂ノ上茜さんの存在感も光っていました。

青木さんには、樹はクラスで6番目くらいのキャラクターだと事前にお話しました。あくまでもクラスで真ん中くらいの人気で、やや頼りないところがある人物。だからこそ、本気で悩んでいろいろな行動をとってしまうのも不自然ではないんですよ。青木さんは見ていて応援したくなる人物だと思います。映画の最初の方で校庭を走るシーンがありますが、カメラを覗いていて「がんばれ!」と思ったくらいで。つい感情移入したくなるところが青木さんの魅力的な部分です。どこにでもいるような高校生の男の子、樹を見事に演じてくれたと思います。

恵那は、手の届かない憧れのクラスメートという存在で、芯が通っていて強い印象がある女の子です。優しすぎると樹が起こす行動を柔軟に受け止めて安心感を与えてしまうため、そうではなく、恵那にはあまり失礼なことができないという少しピリッとした空気を発するイメージを意識してもらいました。それを坂ノ上さんが魅力的に演じてくれて。本当に2人には感謝しています。

先ほどお話しいただいた青春×タイムループという仕組みとキャラクターのどちらが先に生まれたのですか?

キャラクターは後からついてきました。どういう作品をつくるか考えて、昔の自分を思い出して投影した部分もあって……。そもそもコンペだったので、ストレートな青春の作品は数多く応募されると思い、少し違う目立ち方をしたいと考えて、青春×タイムループという仕組みを考えてから物語をつくっていった感じです。コンペだからこそ生まれた作品だと思います。

「映画監督になりたい」という思いだけで、ここまで突っ走ってきた

これまでも何度もコンペに出されてきたとのことですが、広告業界で評価されている監督が映画監督にこだわった理由は何だったのですか?

22歳でソニーPCL株式会社という先端映像テクノロジーを扱うクリエイティブカンパニーに就職し、映像に携わった理由は、元々「センスだけに頼らない技術に裏打ちされた映画監督になりたい」という思いがあったからです。その気持ちは、仕事を始めた頃から今まで変わっていません。

入社してすぐの頃は、「2、3年で映画を撮れるのでは?」という甘い考えの時期もあったんですよ。ただ、入社後さまざまな案件を抱えながら進んでいくうちに、映画という軸すら忘れて映像に没頭していって……。とはいえそのような中でも、「映画監督になりたい」という思いは消えず、その思いをつなぎ止めるために1年に1本はコンペに脚本を出すことを欠かさず行っていました。

焦りのようなものもありましたか?

30歳を過ぎたあたりから、昔、映画学校で一緒だったメンバーが大きな作品を撮り始めたりしてどこか焦りのようなものを感じました。35歳くらいからジタバタして……。最初は自分のコミュニティや実績を武器に映画を撮ろうとチャレンジしたのですが、映画製作の実績がない僕にはなかなか難しかった。それならばと短編映画をつくって映画祭に出品したのですが、映画祭で評価されても長編につながることは自分の場合はありませんでした。今回、このプロジェクトで救われたというのが大きいです。

映画監督になるのを諦めないためにしていたことはありますか?

自分の中で40歳までという制限は設けていました。これくらいの年齢になると、なぜ映画を撮るのかという理由が、自分にしか分からないものになってきて……。映画を撮らなくても生きていけるし、家族など映画とは別のところに大事なものができてくる。だれも映画を撮れとはいわないんですよ。そのような状態で変わらず映画監督を目指すというのは結構孤独でした。正直、諦められないという思いだけでやっていた部分もあります。

そしてそうしたときに力になったのが仲間でした。「一緒に撮ろう」という言葉や評価してくれる言葉がモチベーションになりなんとか気持ちをつなぎ止めていたというか。正直、40歳を過ぎていたらこの作品は生まれていなかったかもしれません。

これまでさまざまなCMや話題の短編映画など撮影されてきている監督でも、映画を撮るというのは難しいんですね。

こればかりは人によって違うと思いますが、僕には難しかったです。もちろん、中島哲也さんや千原徹也さんのように、CMや広告で突き抜けた才能を発揮された方が長編映画を撮ることも多いですが、やはりそのためには今自分がいる広告や映像の業界でトップを取ることが大事なんだと思います。

プロジェクションマッピングなど、本作はこれまでの経験を活かしてつくられたと思います。会社員としてのこれまでの経験については、どのようにお考えですか?

就職することで映画から離れてしまった時期はありますが、その分、スキルが蓄積されて、武器になっていったように思います。そしてその武器をここぞというときに出せるように準備していたことがよかったと思います。チャンスは急に巡って来ましたが、そのときに最大のパフォーマンスで打ち返すことができました。

人脈を広げられたという点でも良かったと思います。CM制作の現場には、映画に携わっているスタッフが結構いるので、気になっている映画のスタッフとコネクションを作ることもできました。今回の映画でも、これまでCMの仕事でご一緒した方の中で、自分が「この人だ!」と思った方にもお願いできていますから。本当にベストなパフォーマンスができたと思います。

観たこと感じたことは文字化すると、いずれ自分の武器になる

今後はどのような作品をつくっていきたいですか?

これまで「1本目を撮るのは大変だぞ」と言われてきたのですが、今度は「2本目を撮るのが大変だぞ」と言われていて(笑)。きっと大変なのは永遠に続く気がします。その中で、今回はオリジナル脚本で撮れたので、次は原作ものなども撮れたらいいなと思っています。オリジナルとはまた違った世界が広がっていきそうで面白そうですし。ぜひ挑戦したいです。

監督が映画をつくる上で大事にしていることを教えてください。

今回、やはり脚本が大事だったなと感じて、自分の書きたいものを書ける力、表現する力が必要だと思いました。脚本が映画を撮るための促進力になっていくので、脚本のスキルは今後も磨くしかないと思います。

具体的に脚本のスキルを伸ばすためにしていることはありますか?

脚本の勉強会に行って批評をもらったり、映画を観て技術を吸収したりしています。客観的に評価してもらうことと、自分が面白いと感じるものを知ることの2つが大事だと思います。かつ映画監督として考えると、いい脚本を演出する力も必要になってくるんですよ。そこに関しては、短編映画を1年に1本撮っていたことが役に立ったと思いました。

クリエイターにとって大事にした方がいいと思うことを教えてください。

20代の頃は感性が豊かなので全てをストックしてすぐにアウトプットできますが、30歳を超えると鈍ってくるところがあります。対策として、すぐれた作品を鑑賞した経験は文字化することをおすすめします。つまり映画や美術作品、舞台など、要点をログラインで残しておくというか。文字にすることで記憶できますし、作品の構造や感動した感情を深く追求するクセがつくはずです。そういうものがいつか自分の武器になると思います。

取材日:2023年6月12日 ライター:玉置 晴子 ムービー 撮影:指田 泰地

「TOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」第一回作品
『神回』

「神回」©2023東映ビデオ

2023年7月21日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開

出演:青木柚、坂ノ上茜
新納慎也、桜まゆみ、岩永洋昭、平山繁史、渡辺綾子、横江泰宣
井上想良、日下玉巳、三浦健人、平山由梨、藤堂日向、岡部ひろき
森一、南一恵

監督・脚本:中村貴一朗
音楽:稲見喜彦 木幡太郎 製作:奥田尚志
プロデューサー:佐藤現 岡田真 久保和明
撮影:松井宏樹 照明:陸浦康公 録音:飴田秀彦
美術:吉際健 編集:瀧田隆一
製作:東映ビデオ
制作プロダクション:レオーネ
特別協力:ソニーPCL
配給:東映ビデオ

©2023東映ビデオ
2023年/日本/88分/5.1ch/シネマスコープ/カラー/デジタル
公式サイト:https://www.toei-video.co.jp/kamikai/
公式Twitter:@TV_NCF

ストーリー

逃げることも死ぬことも叶わない タイムループの果てに待つ切ない真実

17歳の夏休み。文化祭の実行委員となった樹と恵那は、教室で待ち合わせていた。
13時になり打合せを始めることに。しかし、しばらくすると、13時に戻ってしまうことに樹だけが気付く。
タイムループに陥った樹はなんとかその状況から抜け出そうともがくが、なかなか脱出することができない。
数えきれないほど同じ時間を繰り返していくうちに樹の精神は混乱を極め、物語はあらぬ方向へ加速していく。
果たして樹は無事に”時の監獄”から抜け出すことができるのだろうか。

プロフィール
『神回』 監督
中村 貴一朗
1985年生まれ、埼玉県朝霞市出身。19歳のとき、16mmフィルムで短編映画を制作。22歳でソニーPCL株式会社に入社し、ソニーのBRAVIA向けプロモーション映像「Sound of Light」など数多くの企画演出を務める。2015年、第39回ユネスコ世界遺産委員会にて長崎県にある端島(通称:軍艦島)の登録を検討する際の日本側プレゼンテーション短編『GUNKANJIMA -Traveler in Time-』の企画演出を担当。国内外のアワードを多数受賞。ドーム型短編映画『避雷針』(2019年)、短編映画『命乞い』(2021年)、短編映画『Overlong』(2022年)など多数監督。2021年にはYOASOBIの楽曲「夜に駆ける」の原作小説をベースにしたオーディオドラマの音響演出を手がけるなど多方面で活躍。

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