映像2026.10.01

涙に震える実話を、川口春奈主演で映画化。山戸結希監督が作品に込めた、悲劇に終わらない主人公の強さとは?

Vol.92
映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』監督
Yuki Yamato
山戸 結希氏
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21歳の若さで、ステージⅣの大腸がんを宣告された遠藤和(のどか)さん。夫の将一さんと共に、過酷な運命に抗いながら強く生き抜いた和さんが、25歳で亡くなる10日前まで記していた日記は、後に「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」として書籍化され、多くの人の心を震わせました。この原作を映画化するに当たり、監督を務めたのが山戸結希監督です。
どのような思いで原作と向き合い、俳優たちやスタッフとともに作品をつくり上げていったのか。撮影の裏側や、山戸監督自身が感じる映画づくりのやりがい、喜びなどについてお話を伺いました。

愛する人へ「贈りもの」を届けたい。そんな主人公の強さを描きたかった

まず、本作の監督を務めることになった経緯を教えてください。

配給元である東映のプロデューサー・髙橋直也さんにお声がけいただいたのがきっかけです。そのとき、髙橋さんが原作である遠藤和さんの著書「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」を手渡してくださったのですが、「あれ、これ私もうすでに家に置いてあります」と気づき、以前、本屋さんでこの本を見つけていたんです。「なんて美しいタイトルなんだろう」と思って手に取り、本棚に置いていました。現実を生きる主人公である和さんが、正解のない問いの中で、ご自身の人生を賭して決断され、お子さんをこの世界に遺されたところに、意思決定の力をとても感じるところがありました。その力に惹かれ、映画化へ強い希望を持っていました。

山戸監督は脚本にも参加しています。主人公が重い病気を抱えながら、やがて亡くなってしまう物語ですが、脚本を手掛けるうえでどのような工夫をされましたか?

原作を読み、一方的にケアされる存在として、一面的な役割へとラベリングされるのではなく、自ら主体的に、他者に贈りものを届け続けようとした和さんの意志を、心の底から尊敬していました。自分自身も、人間の本質は、「贈与」に宿ると思っています。だからこそ、「命を失ってでも愛する人に贈りものを残したい」というのは人間としての根源的な願いであり、「最後まで他者と対等な人間として、人間でありたい」と願った和さんの美しい願望に焦点を当て、物語を構成していきました。
和さんの夫である将一さん、そして和さんの二人の妹さんからも、脚本の段階でご丁寧なご意見をくださり、献身的なお支えの中で撮らせていただき、感謝の想いでいっぱいです。

主演の川口春奈さん、そして夫役を務めた高杉真宙さんのキャスティング理由を教えていただけますか。

日本中の方にメッセージを届ける上で、主演俳優というのは本当にパワーが必要な立場でもあります。川口さんがこれまで積み重ねてこられた時間のさきに、川口さんこそが、この作品を多くの人に届ける翼になってくださるのではないかという期待と願いを抱いていました。川口さんは、そうした思いを、全身全霊で受け止めてくださる方でした。 
キャスティングの当初、プロデューサーさんとの間で、「川口春奈さんがいいと思います」「私もそう思います」と、すんなりと意見が一致していました。和を演じるのは川口さんしかいないという想いをチームのみなさんに受け入れていただけ、徹頭徹尾、それ以外はなかったのだという思いです。
高杉真宙さんは、そのお芝居を観る人に、「この人は、いったいどれほど真っすぐな人なんだろう」という思いを抱かせるような、清らかな頑迷さのある方だと感じていました。真っすぐに和さんを支え続けた将一さんに、高杉さんのまなざしが、そのものとして重なりました。

実際、お二人の表現はいかがでしたか?

俳優同士の友愛のようなものを、強く感じるお二人でした。撮影期間中、カットがかかってもお互いを慈しみ、まなざし合うということを、二人ともが心のお守りのようにして支え合って現場にいてくださって。近くで見つめながら、触れられない特別な信頼関係が二人の中にあることを感じていました。
カメラが川口さんのほうに向いていても、高杉さんは全身全霊で将一を演じ、将一として和を見つめていた。カメラには映らないけれども、高杉さんにしか見えていない川口さんがおり、川口さんの目線からも同じことが起きていたのだと思うと、そういう信頼関係を、お互いに認め合えていたのだと思います。そんなお二人の姿勢に刺激を受け、導かれた部分は大きかったと思います。

話し合い、聞き合うことで前に進む。それ以外に意思疎通の道はない

時間をかけて話し合い、一つ一つのシーンを丁寧につくり上げていったとうかがっています。どのようなディスカッションをしたのでしょうか。

撮っている時は気づいていなかったのですが、今思えば特別だったこととして、時間が許せばずっと、1シーン1カットごとに話すような関わり合いとなっていました。何でも話し合えるという基本的な了解があり、いつでもお互いの扉を叩けるという関係性を、お互いが胸を開けるところを目指して、話したいという意思表示があった場合には、どんなことがあっても必ず時間を作っていました。
もしかしたら、俳優が監督に伝えるのをためらわれるようなところ、あるいは逆に監督から俳優に伝えるのがためらわれる可能性のある話題もそこにはあったのではないかと思います。その対話は、他でもない俳優さんお一人おひとりの誠実さによって可能にしていただいたことであり、奇跡のようなことだったと、感謝の念に堪えません。

そのような演出手法は、山戸監督のこだわりなのでしょうか。

脚本づくりや撮影時を通して、全部署との対話によって映画づくりが支えられているところがありますので、第一に、話し合うことが前提になります。それが特に議論としてはまとまらなかったとしても、対話を諦めないようにいたいです。これからより年齢を重ねたら、仕事において「あえて触らない領域」が必要だと感じる季節が到来するかもしれません。ただ、現時点では、聞き合うことでしか物事は前進しないのだなということを、日々感じています。

どのサブキャラクターも生き生きと作品を彩っていました。山戸監督のお気に入りのキャラクターは誰ですか?

どのサブキャラクターも本当に大好きなので、難しいですね……。強いて選ぶのであれば、和さんが愛した、娘の凛ちゃんでしょうか。生と死が交錯するストーリーにおいて、新しく到来する命を主題として扱っている作品として、赤ちゃん時代の凛ちゃんも現場に来てくれていました。そこでは、普段赤ちゃんと接しないスタッフさんももちろん沢山いらっしゃると思うのですが、こんなに尊い存在なんだなって感じ合いながら、みんなで愛情を分け合いながら撮らせていただけたことは、代え難い時間でした。撮影現場に来てくれた子役の子どもたちみんなの存在も、信頼してくださったお母様方のことも、かけがえなく思っています。子どもたちには、いつか成長した時に、笑って、作品に幼い自分の姿を見つけてもらいたいなと願っています。

技術を超えて、俳優の心を映す

がんの宣告を受けた後、和と将一が病院の階段で抱き合うシーンや、商店街を歩きながら卵子凍結について話すシーンなど、視覚的にも引き込まれる素敵なシーンがたくさんありました。画づくりについてのこだわりをお聞かせください。

撮影を手掛けてくださった田島誠さんが、誰よりも俳優を信じて撮ることができる方で、そうした心が撮影に宿る方で、そのお力によるものであると考えています。今挙げてくださったシーンも含め、技術的に入り組んだ仕掛けのあるところであっても、それをある種の目的化させず、あくまでも人の心に届けるための工夫、手段として捉えてくださる方でした。技術的領域を本職とされながらも、真に重要なのは俳優の心を映すことだということを、田島さんは自分が出会う前から、ずっとそのように生きてこられた方なのだと感じています。技術的には同じカメラワークで同じレンズで撮られたとしても、そこに心が映し出される。そうしたシンパシーの力があり、かつ工夫によるワンダーも残るという、ワンダーとシンパシーが共存する撮影をしてくださいました。技巧的側面について、特に撮影や照明を志す方には、映像を観た際に、ピンと来ていただけるのかなと思います。

長回し(カットを頻繁に挟まず、一つのショットを長時間続けて撮影する技法)については、長く弛緩せずに集中力を求められる身体的な負荷がありつつも、心の持続はずっと保てるため、精神的にはそちらの方が役に投じられるものが大きいところがあるだろうと、役と出会い直し、結び付く契機にもなり得ると考え、俳優の心を映すための手段として選択されていました。

技巧的な撮影シーンの際、非常に抽象的な演出を川口さんに伝えた際も、川口さんは難なくスッとやり遂げてくださいました。その瞬間に、猛烈な感動を覚えました。そのように具体化させる技術と、そこに心を、その所作にぐっと同期させてくださったことに──そうした訴求力のもと、忘れ難い表情をシーンに残し、映画へと刻みつけてくださいました。

映画は世界のメタファー。言葉よりも鮮明に世界を映し出す

山戸監督が、映画監督を志したきっかけは何でしょうか。

大学3年生のときに、映画研究会に入って1本目の自主映画を撮ったことがきっかけです。撮影の前日まで、映画監督になるとは全く思っていなかったのですが、撮りながら、「こんな面白いことがあるのなら、叶うかどうかわからないけれど、撮り続けてみたい」という思いが芽生えました。その作品が賞をいただき、4年生の時にお仕事が始まりました。そうした偶然の連なりの中で、映画を撮り続けることになりました。もしも、学生さんがこの記事を読まれていたら、お金をかけずに撮る方法はたくさんあると思いますので、ぜひ、映画を撮ってみていただきたいです。予期せぬ、面白い出合いになるかもしれません。

どのようなところが、映画監督のやりがいだと感じていますか。

上智大学の哲学科に通いながら、哲学研究者になれたら良いなと思っていました。一方で、言語による表現の限界と、それによって生じる分断を感じるところもありました。他方、そうした限界や分断を前提とし、さまざまな属性と思想をもつ人が集まり、ネガティブなことも含め予期せぬことが起こるのが、映画づくりであるともいえます。突発的に、予期し得ないことがたくさん起こるのだけれども、それが解釈によって幸運な転機にも変わり得る。カメラには、善悪や功罪の境界線を突破していく可能性があります。やっぱり映画を撮っていると、偶然性がカメラに焼き付くということによって、豊かなことがたくさん起こると思いましたね。それは世界の縮図のようでもあり、世界のメタファーの再解釈として映画がある。そうした発見の営みそのものに、やりがいがあるのだと感じています。

何かピンチに遭遇しても、後に幸運に変わり得ると思えるのは素晴らしいことですね。

遭遇したピンチが、幸運として解釈されることもあれば、やっぱりそれは人間としての限界として、ピンチのままで終わることもあります。映画づくりは、経済的・物理的な制約が常にあり、また社会的な行為としても、集団で制作をしていると有機的に事が運ばない部分も出てきます。それでも、そうした困難があることを、すごく大切に思っています。

それは映画館に足を運んでくださる人たちも皆、どうしようもない制約や理不尽の中で、働いているはずだからです。観てくださる人たちの日々の生活からかけ離れずに、きちんと接続し得る映画をつくりたい。観客は、自分より苦労していない人が撮った作品を見て、涙を流したりしません。そんなに甘いものではないと思うんです。だからこそ、いろいろな苦労を苦労と思ってはいけない。よい作品を撮るために必要なことを与えてもらっているのだと解釈したいです。

読者である、若手クリエイターたちへメッセージをお願いします。

エネルギーというリソースは膨大にあるものの、なかなか指針を見つけられないということが、クリエイターを目指す若い方にとって、悩ましいところではないでしょうか。知識や経験値の面からも、方向性の吟味は最も難しく思われると思います。けれども、どの方向を選び取ったのだとしても、そこに全力で努力を投じた経験自体が、必ず未来を照らす力になります。全力のベクトルでさえあれば、決して遠回りにはならないのです。だから、過度に悩まずに、若者の特権である無限のエネルギーを、惹かれるものへ投じていただきたいですね。

取材日:2026年8月20日

©遠藤和/小学館 ©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会

『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
10月2日(金)全国公開

川口春奈 高杉真宙 
松本穂香 中島瑠菜 
清水くるみ 笠原秀幸 豊本明長 一ノ瀬颯/星野真里 森田望智 デビット伊東/小林聡美
原作:遠藤和「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」(小学館刊)
監督:山戸結希
脚本:樋口幸之助/山戸結希 藤野眞功
音楽:Vampillia 主題歌:Vaundy「しわあわせ」(SDR)
配給:東映
公式HP:https://www.mamaseka-movie.com/
オフィシャルX:https://x.com/mamaseka_movie
オフィシャルインスタグラム:https://www.instagram.com/mamaseka_movie

ストーリー
青森で暮らす遠藤和(川口春奈)と将一(高杉真宙)。時にぶつかり、時に笑い合う日常の中で、和の心には「一分一秒、一緒にいたい」「この人と生きていきたい」という愛おしい未来への願いがふくらんでいた。そんな矢先、和を襲ったステージⅣのがん。残された時間は限られていた。それでも将一は「一生大切にする」と彼女の手を強く握り続ける。
愛する人と過ごす日々が増えるほど、二人で叶えたい未来があった。結婚したい。家族になりたい。そして、私たちの子どもに会いたい――。治療を止めるという命がけの選択の先に、出会えた新しい命。余命は数週間。それでも和は「今が一番、幸せ」だった。

プロフィール
映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』監督
山戸 結希氏
2012年、上智大学哲学科在学中に監督した映画『あの娘が海辺で踊ってる』(2012)でデビュー。同作が、第24回東京学生映画祭 実写部門 審査員特別賞を受賞。2016年、映画『溺れるナイフ』(2016)が60万人以上を動員し、20代の女性監督作品において異例の興行成績を記録する。2021年からは、テレビドラマの構成・監督も務め、活躍の幅を広げる。Mrs.GREEN APPLEやRADWIMPS、乃木坂46などのミュージックビデオの映像監督も務めている。

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