『千と千尋の神隠し』『キングダム』衣装デザイナー・中原幸子 「やっぱり舞台はやめられない」その情熱の源とは
舞台『千と千尋の神隠し』『キングダム』など、数々の作品で衣装を手掛けてきたスタイリスト、衣装デザイナーの中原幸子さん。国内のみならず海外公演にも携わり、舞台『千と千尋の神隠し』では、イギリスのローレンス・オリヴィエ賞最優秀衣装デザイン賞にノミネートされました。
舞台作品を中心に活躍する中原さんですが、衣装デザイナーを志すきっかけとなったのは、18歳でケガをして陸上競技の道を諦めた後に出会った、ある舞台だったそうです。
衣装の知識も経験もない状態から単身ニューヨークへ渡り、修行期間を経て独立するまでの歩み、舞台ならではの衣装を生み出すうえで大切にしていること、そして今も舞台に惹かれ続ける理由についてお聞きしました。
経験ゼロでいきなりニューヨークへ

まず、中原さんが衣装デザイナーを目指したきっかけから教えてください。
もともと物心がついた頃からスポーツ一筋で、学生時代には陸上競技でオリンピックに出ることを目標にしていました。でも、18歳の時にケガをしてしまって。プレイヤーとしての道を諦めたんです。
体育の先生など、教える側になることも考えましたが、競技をしていたときほど心がワクワクしなかったんです。それで目標がなくなって、どうしたらいいのか分からなくなってしまって。2年くらい家に引きこもっていました。
そこから、どのように舞台の世界と出会ったのでしょうか?
たまたま俳優の大沢たかおさんが出演されているドラマを見ていたら、大沢さんが出演される朗読劇のCMが流れたんです。それで「大沢さんの演技を生で見てみたい」という気持ちで、2年ぶりに家を出て、1人で観に行ったんです。それが『朗読劇 大沢たかお一期一会「マクベス」』でした。
その舞台を観た時に、生身の人間が目の前で演じるエネルギーがダイレクトに伝わってきて、ものすごく衝撃を受けたんです。カーテンコールでも立てないくらい圧倒されて、「こんな世界があるんだ。私もこういう仕事をやりたい」と思いました。
その時点で、衣装の仕事をしようと決めたのですか?
その場で衣装をやろうと思ったわけではなくて、家に帰ってから演劇に関わる仕事を調べました。その中で、自分にもできるかもしれないと思ったのが衣装だったんです。
洋服は生きていく上で絶対に必要なものですし、自分にとって身近なものでした。洋服だったら、自分の想像力で何かできるかもしれない。それで衣装をやってみようと思いました。
そこから、いきなりアメリカで修行をされたとか。
引きこもっていた期間もあったので、「人よりスタートが遅れている」という気持ちがあったんです。だから、とにかく早く技術を身につけたかった。日本の専門学校の体験授業にも参加したのですが、学校で勉強するより、現場に入って体を動かしながら覚える方が自分には合っていると思いました。そういうところは、スポーツと同じ感覚だったのかもしれません。
でも、学校にも行っていない、知識もない、ミシンに触ったこともない人間を受け入れてくれるようなところが日本では見つからなくて。周りに相談したら、「だったら実力社会のアメリカに行ってしまえばいいんじゃない?」と言われたんです。それで、「行ったらどうにかなるだろう」とニューヨークへ行きました。
すごい行動力です。ニューヨークでは、すぐに衣装の仕事に就けたのですか?
全然です。最初はショップで働いていました。英語もそんなに話せなかったので、バックヤードの仕事をしていて。でも、「私は何をしにニューヨークに来たんだろう」と思うようになって、大沢さんの朗読劇を見たときのことを思い出したんです。私はやっぱり、表舞台に立つ人を支える仕事がしたいんだと。
それを店長に話したら、コレクションに出ているブランドのアトリエを紹介してくれました。ただ、私は何もできないから当然雇ってもらえなくて。「お金はいらないです。勉強したいので働かせてください」と何度もお願いしました。何回も断られたんですけど、ずっと言い続けて、最終的に入れてもらえたんです。
スタイリスト・伊賀大介さんから学んだこと

そこからようやく本格的な修行が始まったわけですね。
とはいっても、最初の1年は掃除だけです。服には触らせてもらえませんでした。2年目にフィッティングモデルをやらせてもらって、3年目くらいにようやくミシンを使ったり、パターン(設計図となる型紙)を基に仮の服を作ったりできるようになりました。アメリカには3年半から4年弱くらいいましたね。
その後、日本へ戻られて。
私の原点は日本の演劇だったので、最終的には日本の演劇で仕事がしたかったんです。ただ、アメリカで働いたからといって、日本に帰ってすぐ仕事ができるわけではありません。それで、今度はスタイリストの伊賀大介さんのところに弟子入りしたんです。
伊賀さんのもとでは、どのようなきっかけで働くことになったのですか?
もともと映画が好きで、日本映画を見ていて「この衣装が好きだな」と思って調べると、伊賀さんが担当されていることが多かったんです。ちょうど伊賀さんの所属事務所がアシスタントを募集していたので応募しました。ちゃんとした面接みたいなものもなく、突然「明日ここに来て」と言われて、そのままアシスタントとしての仕事が始まりました(笑)。

それはすごいですね(笑)。伊賀さんのもとでは、どんなことを学びましたか?
一番大きかったのは、衣装はその人に似合っていればいいわけではないということです。映画や舞台では、作品の世界を作るために衣装がある。「なぜこの人はこの服を着ているのか」という裏付けや説得力が必要なんです。それと伊賀さんには、「自分が正しいと思うなら、それを突き進め」と言われていました。その精神は今も大事にしています。
そこから独立を考えるようになったのは?
伊賀さんの仕事は大好きだったのですが、自分の作品を、自分の責任で表現してみたいという気持ちが強くなっていきました。
その頃、小林賢太郎さん(劇作家・演出家)とお仕事をさせていただいていて、小林さんから「中原さんは、自分が何をやりたいのか明確に分かっているよね」というようなことを言っていただいたんです。それで、「もう自分でやってもいいのかもしれない」と思えました。伊賀さんに独立したいと伝えてから、実際に卒業するまでは1年くらいかかりましたけど(笑)。結局、アメリカと日本を合わせると、修行期間は8年くらいになりますね。
衣装デザイナーは“伝える人”

独立後、現在のように舞台を中心に手掛けるようになったのは、どのような経緯があったのでしょう?
独立した頃は、雑誌や広告などのスタイリストとしての仕事もしていました。でも、私は映画や舞台で、その役のためだけの衣装を作りたかったので、「舞台の衣装をやりたい」といろいろなところで言い続けていたんです。そうして少しずつ舞台の仕事が増えていって、今は8割くらいが舞台になっています。
舞台衣装をデザインするときは、まず何から考えるのでしょうか?
原作がある作品なら、最初に考えるのは「なぜこの作品を舞台化するのか」ということです。原作をそのまま再現するだけだったら、舞台にする意味がありません。原作のどこを残して、どこから舞台ならではの表現にするのか。その線引きを考えます。
まず台本を読んで、演出家さんやプロデューサーさんと話をして、どういう方向にするのかを決めていきます。原作ものなら原作者さんや出版社の方にも、自分がなぜこのデザインにしたいのかを説明します。実際にデザイン作業に入るまでに3ヵ月くらいかかることもありますし、長い場合だと1年以上かかることもあります。
デザインしている時間より、その前段階が長いんですね。
私はそこが一番大事だと思っています。デザインが決まったら、作るのは意外と早いんです。実際に作っていただく方にも、「なぜこのキャラクターがこの衣装なのか」「なぜこの素材なのか」「なぜあなたに作ってほしいのか」といったことを全て説明します。
私がどれだけ意味を込めてデザインしても、最終的に形にするのは技術者の方たちです。私は作る人というより、伝える人なんですよね。だから、作ってくださる方が作品をどれだけ理解しているかは、大事にしています。
具体的にどの俳優さんが着るかによって、デザインも変わるのでしょうか?
私は俳優さんが決まるまでは、デザインを考えられないんです。原作のキャラクターがあったとしても、実際に着る俳優さんの体型や、その人に似合う色があります。その俳優さんが着て、舞台の上で、そのキャラクターに見えることが大切だと思っています。
舞台『千と千尋の神隠し』では、イギリスのローレンス・オリヴィエ賞最優秀衣装デザイン賞にノミネートされるなど、海外でも活躍されています。海外公演の衣装を手掛ける際には、日本とは違った意識も必要になりますか?
そうですね。『千と千尋の神隠し』をロンドンで上演したときは、衣装の色も調整しました。観る人の瞳の色が違えば、入ってくる色情報も違いますし、国によって同じ色から連想するものも違います。なので、イギリスのスタッフにも「この色を見てどう感じる?」と聞きながら調整していきました。同じ作品でも、どこで、誰に見せるのかによって、色の見え方まで考える必要があると思っています。
熱量がぶつかる瞬間「やっぱり舞台はやめられない」

最近では、舞台『キングダムII -継承-』の衣装も手掛けられました。舞台を拝見しましたが、特に河了貂や王騎の衣装が印象に残りました。
河了貂はフクロウがモチーフなので、まずフクロウについて、細かく調べました。体の質感だけではなく、巣や生態まで。そうして、毛糸などいろいろな素材を使って、どうしたら羽のように見えるかを考えました。離れて見ると羽のように見えるのですが、実はほとんど毛糸でできているんです。糸を染色したりしてフクロウらしく見せています。
舞台では離れたところから見ることがほとんどなので、2階席など遠くから観ても、輪郭がぼやけてしまわないようにするなど何度も調整しました。
王騎の衣装もかなり作り込まれていました。
王騎は、とにかく大きく見せたかったんです。肩の甲冑は、普通は1枚のものを3枚に重ねたり、マントが風を受けたときに大きく広がるようにしたり。布のバランスで、人を大きく見せることができるんです。
王騎役の山口祐一郎さんとも、衣装を着て動けるかどうかを確認しながら何度も調整しました。王騎を大きく見せるために、ほかの人たちの甲冑を少し小さくするといった工夫もしています。
中原さんが、舞台衣装に惹かれ続ける一番の理由は何なのでしょうか?
ステージに立つキャストの熱量と、お客さんの熱量がぶつかる瞬間が好きなんです。キャストがお客さんから受け取ったものを、また歌やお芝居で返していく。そのときに生まれるパワーって、映像とはまた違うものだと思います。
その瞬間を見ると、「やっぱり舞台はやめられない」と思うし、大沢さんの朗読劇を見たときの初心に戻るんです。「あの時、観に行ってよかったな」と思いますね。

最後に、これから衣装デザイナーやクリエイティブの仕事を目指す人に向けて、ぜひメッセージをお願いします。
自分を信じてほしいです。「どうしたら衣装デザイナーになれますか?」と聞かれることもありますが、私自身、正しいなり方は分からないんですよね。ただ、私が今まで仕事を続けてこられたのは、人に何を言われても、自分が感じたことや表現したいことに対して、なるべくぶれないようにやってきたからだと思っています。
自分が信じるものがあるなら、人の言葉に惑わされずに突き詰めてほしい。人の意見を聞いて、自分は本当は違うと思っているのにそっちを選んでしまうと、後悔が残るんです。私自身もそういう経験を何度もしてきました。その迷いや後悔って、作品に出てしまうし、お客さんにも伝わります。だから、自分が感じたことを信じて、最後まで表現してほしいですね。
取材日:2026年9月3日
ライター:堀 タツヤ スチール:natsUki 動画撮影:指田 泰地 動画編集:鈴木 夏美







