映画監督・石川慶:下積み10年から海外評価まで──作品づくりの哲学を聞く

Vol.244
映画監督
Kei Ishikawa
石川 慶

長編映画デビュー作である『愚行録』(2017年)が、第73回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されるなど高い評価を受け、その後も話題作を次々と手掛け、映画監督、石川慶さん。昨年公開された映画『遠い山なみの光』で芸術の各分野で業績を上げた人を顕彰する第76回芸術選奨文部科学大臣新人賞に選ばれました。

順風満帆な監督人生を歩んでいるように見えますが、ポーランドの映画学校で5年間学び、帰国後に10年もの下積み時代を経ている苦労人であることはあまり知られていません。今回は、石川監督のキャリアに迫るとともに、映画づくりのこだわりについて、また経験を踏まえて感じる日本と海外の映画の違いなど、幅広くお話をうかがいました。

仲間と切磋琢磨した、10年に渡る下積み時代

東北大学で物理を学んだ後、ポーランドの映画学校に留学されています。このようなユニークなキャリアを歩んだ理由をお聞かせください。

幼い頃から映画が好きで、漠然と「映画に関する仕事に就けたら」と考えていました。最初は、配給や映画の記事を書く仕事をイメージしていて。でも、大学で自主映画を撮り始めたら、「映画をつくるほうがおもしろいぞ」と思い始めたのです。とはいえ、日本では映画づくりを学べる場所はほとんどありませんでしたし、映画業界にいるのも特別に映画について勉強した人ばかりではなかったので、当時興味を抱いていた物理を学ぼうと思いました。

物理は、すぐに仕事に結びつかなさそうなところも良かった。僕は流されやすいタイプなので、工学部や法学部に入ったらそのままその分野の仕事に就いてしまうだろうと思ったのです。映画づくりをしたい気持ちがあったからこそ、物理を学んだということですね。大学卒業の時期は、就職氷河期。それで「やはり映画づくりをしっかり学ぼう」と思って見つけたのが、ポーランドの国立大学「ウッチ映画大学」でした。アメリカの映画学校はものすごく学費が高かった。それがポーランドを選んだ理由の1つでもあります。

2006年に帰国して、そこから2017年に『愚行録』で長編映画デビューをするまで、およそ10年の期間があります。その間は、どういった下積みをしていたのでしょうか。

当初は、ポーランドに残って長編映画を撮ろうとしたのですが、パスポートの関係などいろいろな障壁があって帰国しました。でも、日本には映画関係の知り合いもいませんでしたし、「ポーランドで学んでいました」と言っても、誰もピンと来ない。そんな状況だったので、とても苦労しましたね。日本ですぐに成功したと思われがちなのですが、10年ほどは企業VPを撮ったり、専門学校で映像編集を教えたり、子ども用の英語教材の映像を撮ったりするのがメインの仕事でした。その合間に、脚本を携えて映画祭でプレゼンをしたり、短編映画を撮ってプロデューサーに見せたりしながら、名前や企画を売り込んでいたのです。

当時、長編デビューには高いハードルがあって、僕と同年代くらいの監督は皆、同じような下積みを経ています。映画祭で顔を合わせては「企画、どうなっている?」なんて近況を尋ね合っていました。「大変なのは自分だけじゃない」と思えたことは、頑張る原動力になっていた気がします。当時の仲間たちには、今も特別な思いがありますね。

原作者に脚本を見せるのは、ラブレターを届けるような気持ち

海外で学んだからこそわかる、日本と海外の映画づくりの違いは何ですか?

基本的にやることは変わらないし、携わる人の志も同じだと思います。その上で、働き方や仕組みはやはり違うなと思いますね。それに、社会においての映画の位置付けも違うと感じています。たとえばポーランドでは、映画に関する記事が新聞に載る場合、「文化欄」なんですよね。日本は他国に比べても特殊で、「芸能欄」に載っています。

どちらがいいというのではなく、海外のように映画を「芸術」で括るのと、日本のように「エンタメ」で括るのとでは、それを受け取る層が違ってくるでしょう。日本は広くマスに向けて映画づくりをしている国なのだと思います。

僕は、どんな映画だろうと2,000円のチケットで見られるのが映画のいいところだと思っているんです。原材料の価格が全く違うのに、フランス料理もラーメンも同じ値段で食べるというような。だから、大衆性に重きを置くことにはいい点があるかもしれませんね。

石川監督の作品は小説を原作としたものが多いですが、だからこそこだわっている点、気を付けている点はありますか?

たとえ同じ作品であっても、文字で書かれているものと映像で表現するものは別ものだと考えています。目指すゴールは同じですが、小説にある通りに映像化すると全く別のゴールにたどり着いてしまう気がしていて。小説を読んだときに心に残ったことや、コアだと感じた部分をどれだけ大切にできるかが重要で、ディテールに捉われると本質的な部分が薄まったり、なくなったりしてしまうと思います。

原作のある作品を撮る上では、作家へのリスペクトと原作への愛情が欠かせません。原作にはファンが大勢いますが、「誰よりも自分が作品のファンだ」と思えなければ、仕事を受けないようにしています。「原作がヒットしているから、映画もウケるだろう」という変な下心だけで引き受けるのは、魂を込めて書いた作家に失礼ですから。

もちろん映画は大きなビジネスではありますが、作品に込められた大切なエッセンスを表現することに対する責任のほうが重いと思っています。作家にプロットや脚本を送るときはラブレターを届けるような気持ちですし、作家がはじめて出来上がった作品を見るときはとても緊張します。

1人では撮れないからこそ、映画づくりはおもしろい

石川監督が思う「映画づくりのおもしろさ」とは、どのようなところでしょうか。

たまに「不思議な仕事だなぁ」と思うときがあるんです。大の大人が寄ってたかって、猫がドアから出てくる映像を撮るために、息をひそめながら待っていることもある。うまくいったら、「やったー!」と歓声を上げて。プロフェッショナルが集まっていますが、なんとなく学園祭的な感じがあるんですよね。みんなが同じ方向を見て、全力でそこに向かって進んでいく。ましてや、監督は「こっちだよ」と言ったらみんなが付いてきてくれる立場ですから、これほど楽しいことはないんじゃないかと思いますね。それがたまに怖くなるときもありますが。

映画は広く大勢の人に見てもらえますから、それもおもしろい点です。でも正直、感想は怖いです。100人中100人の心に響く作品は撮れないし、それを目指したら何も届かない作品になってしまうので、良くない感想も仕方ないですけどね。それでも公開後は見た人の声をSNSでチェックすることもあります。自分の感覚と見る人の感覚にズレがないかを把握する上でも、冷静に感想は知っておきたいと思っています。

ご自身が撮った作品に共通する「石川慶らしさ」とは、どのようなものだと思いますか?

難しい質問です。登場人物に感情移入して共感できる作品もいいですが、僕はそれだけだとあまりおもしろくないと思うところがあって。没入感をえるだけではなく、少し俯瞰した視点から何かを感じるような寓話的な作品が好きなんです。新聞に書かれた3行ほどの記事から、「どういうことなんだろう?」「どういう人なんだろう?」とあれこれ想像を膨らませるような作品が理想です。

人間同士のいろいろなやり取りがあるけれど、そこからグッと引いて宇宙から地球を眺めるみたいな感覚に惹かれます。なんとなく、物理を学んでいた頃の考え方が影響しているのかもしれませんね。

多様な作品を見て、自分の中に「映画の世界地図」をつくる

今後、撮ってみたいジャンル、テーマはありますか?

これまでずっと原作のある作品を撮ってきたので、そろそろオリジナルの企画で撮りたいですね。実は、すでに脚本まで仕上がっているものが少なからずあるんです。原作のある作品のほうが制作のスピードが速くて、どうしても後回しになっていました。この辺りでしっかり「オリジナルを撮るぞ!」と決めて、取り掛かりたいと思っています。

ご自身の経験を踏まえ、海外で評価される作品を生み出すにはどのような要素が必要だと思われますか?

海外の映画祭へ足を運んで感じるのは、ここ10年で日本のコンテンツに対する注目度がかなり高まっているということ。かつては、積極的に海外へ出ていなければいけませんでしたが、最近は向こうから日本の作品を求められる。テクノロジーの発展で、世界が小さくなっていることも影響しているでしょう。

少し前までは「侍」や「忍者」、「わびさび」といったような、いかにも日本らしいものを見たいという声が大きかったですが、アニメを通して日本文化が海外に広まったことで、「今の日本」を理解する人が増えました。無理をして外国人に迎合する作品をつくる必要がなくなっている気がします。だから、世界に出ることに労力を使うより、作品づくりに集中するほうがいいと思いますよ。

海外で活躍したいと考えているクリエイターに、アドバイスをお願いします。

もっと多様な映画を見てもいいのではないか。最近の若手を見ていて、そう感じます。バラエティ豊かに多くの作品を見ると、「映画の世界地図」のようなものが自分の中に確立されて、その中で自分はどの位置にいるのかがよくわかるようになるはずです。

僕自身、海外の映画祭へ数多く参加する中で、「今の日本映画はこんなふうに見られているんだ」と理解でき、自分の立ち位置やこれから向かうべき先が見えてくることがあります。せっかく世界中でいろいろな映画がつくられているのですから、たくさん見て、視野を広げてほしいですね。

取材日:2026年2月20日 ライター:佐藤 葉月 スチール:島田 敏次 動画撮影:浦田 優衣 動画編集:鈴木 夏美

プロフィール
映画監督
石川 慶
1977年生まれ。ポーランド国立映画大学で演出を学び、2017年に『愚行録』で長編映画デビュー。同作で新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭、日本映画プロフェッショナル大賞の新人監督賞などを受賞。『ある男』(2022年)では、第46回日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む8つの最優秀賞を受賞。その他、『蜜蜂と遠雷』(2019年)、『Arc アーク』(2021年)、『遠い山なみの光』(2025年)など。

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