演出主導の小劇団では珍しいプロデューサーに! 演劇プロデューサー・山口ちはるが演劇界に新たな風を送り込む

Vol.238
演劇プロデューサー
Chiharu Yamaguchi
山口 ちはる

プロデューサーがいることがまだ珍しい小劇団で、個人のプロデュース団体「制作『山口ちはる』プロデュース」を2017年に立ち上げてから通算105回以上の公演を行っている山口ちはるさん。精力的に活動を行い、近年はプロデュース業とは別に、自ら演出を行う「ちはる塾」も手掛けています。
山口さんに、演劇のプロデューサーという存在について、活動の原動力などを教えてもらいました。

楽しいことをみんなと一緒にやりたいからスタートした演劇

演劇との出会いを教えてください。

私の小学校は必ず部活動に入らなければならない決まりがあり、小学4年生のとき、とくに得意でもないけど卓球部を選んだんです。卓球部は体育館で練習をするので、そのときに体育館の舞台で練習している演劇部がとても楽しそうで、なんかいいな~と思ったのが始まりです。その後、クラス劇をする際に先生から「山口さんは声が大きく出せるので演劇が向いていると思うわよ」と言われ、向いているならやろうかな、あの楽しそうな集団に入ろうかな……と思い始めて。自分のことを他者に評価してもらえた初めての経験が演劇で、そこから小・中・高と演劇部に入っていました。

高校では上方古典芸能を学び、大学は日本大学芸術学部と進まれていますが、進路には迷わなかったのでしょうか。

迷わず一直線でした。演劇が好き、演劇をするのが楽しいという気持ちも小学生の頃から変わらず。ほかに興味を持つものがなかったというのもあるのですが、演劇をどのように深めていくかしか考えていなかったです。

大学では演出を学んでいましたが、いつごろから俳優ではなく演出に興味を持ち始めたのですか?

高校の演劇部がわりとお芝居に興味がある方が集まっていたため、演劇部の人たちが確実に私より演技が上手かったんですよ。そこで、その人たちが輝けるようサポートする立場の方が面白いのではと思い、演出に興味を持ち始めました。そこには挫折とか嫉妬とかなく純粋にみんなが活躍して欲しいという思いがあり、演じたい欲は一気になくなりました。

脚本家という道は考えなかったのですか?

試したことはあったのですが文才はなく(笑)。これは今もですが、脚本が上がってきたとき役者さんの声を通していないとそれが面白いのか、どのように観客に届くのかが分かっていなくて。きっと本を読む力があるタイプではないんです。ただ、社会を見ていてどうしてだろう?と感じたり、今描くべきテーマは思い浮かぶので、脚本家さんの今興味あることとすり合わせつつ作品を作っています。人と自分のアイデアを掛け合わせるのが面白いんですよ。

作品を一緒に作っていく感じですね。

やはり楽しいことをみんなと一緒にやりたいというところからスタートしていて、その気持ちはずっと変わらないです。演出に興味があったのも、みんながやりたいことを誰かがまとめないと進まないのでやっていたら興味が出てきたという感じなので。自分自身、やりたいことが明確にあるタイプではなく、誰かがやりたいと言ったことをどう実現するかの方に興味があるんだと思います。

大学では劇団を作ったりしたのですか?

最初は先輩の舞台を手伝ったりしていたのですが、「江古田のガールズ」という劇団に出会い、演出補佐として所属していました。少しずついろいろなことを任されていくことが楽しかったです。そしてその中で制作という仕事の大事さを知っていきました。

演出家にダメ出しをするのがプロデューサーの仕事

制作とは予算管理やキャスティング、スケジュール管理、広報、当日の受付…といった公演に関わる商業的な面のさまざまな仕事を請け負いますが、携わることになったきっかけはあったのですか?

若手の劇団だった「江古田のガールズ」が5年目ぐらいに下北沢の本多劇場で公演できることになり、そのときに制作さんを外注したんです。そうしたら客読みなどがきちんとできず、会場を取り囲むように列ができてしまい、開演が10分遅れてしまって。これは劇団から見ると外注先の問題になりますが、お客さんにとっては劇団の責任になってしまうんですよ。そこでやはり劇団の責任者として制作が必要ではないかと思い、私が受け持つことになりました。

演出は作品を作っていく側ですが、制作は作品を俯瞰して金銭面やクオリティーなどを担保していく立場ですよね。葛藤はなかったのですか?

根本は作品を作るのが好きな人間なので、蚊帳の外感を味わって寂しいと感じるときはありました。演出家や俳優たちはやりたいことをやるために盛り上がっているけど、制作は冷静に判断してときには否定する側になってしまう。もちろんやらせてあげられるものならやらせてあげたいけど、決められた時間とお金があって何でもOKではないんですよ。そのジレンマは今もあります。

そして小劇団では珍しいプロデューサーになっていったのですね。

大きな舞台や映画やドラマなど映像では当たり前ですが、いまだに小劇団では何をやっているのか理解してもらいにくいポジションがプロデューサーで、やっていることは制作と変わらないです。ちなみに、演出家にもっとこうした方がいいとダメ出しをするのはプロデューサーの仕事だと思っています。やりながら成長していくのは俳優も演出家も同じなので、やはり誰かが言った方がいい。今、そういった環境を持っている劇団が少ないですが、いずれはプロデューサーがいて当たり前の世界になるといいなと思います。そのためには演劇にお金を出す人が増えないといけないです。

「制作『山口ちはる』プロデュース」として1人でやっていこうと思ったのはなぜですか?

お芝居を生業にして生きていくことを考え、劇団に所属しながら、アイドルや有名な俳優が関わる商業的舞台の演出助手として携わることで、ご飯を食べていけるところまではなんとなくたどり着いていました。ただ、私はやはり根本が演劇部なんですよ。みんなで一緒に楽しみながら作品を作っていくのが好きで、商業的舞台の作品への向き合い方が息苦しく感じてしまいました。もちろん商業的舞台は多くの方に見ていただけるし、お金も掛けているためセットや出演者も豪華で素晴らしさもあるんですが、自分としては楽しさが共有できないと感じて。仕事として割り切るという考え方もありましたが、私にはできなかったです。

具体的に商業的な舞台のどこが自分のやりたいことと違うと感じたのですか?

自分が面白いと感じない舞台に携わることに納得ができなくて。子どもっぽいワガママですが、楽しいと思えないのはやはり違うなと。多くの方には「アルバイトだと思えばいいじゃん」などアドバイスをいただいたのですが、そしたら演劇ではないアルバイトをした方がいいのでは?という気持ちにもなって(笑)。“演劇=仕事”という感覚でスタートしていないこともあり、そのあたりの割り切りはいまだにできていません。だから自分が面白いものを集めて、自分の見える範囲で演劇をやらないと納得しないと再認識しました。

役者と距離感が近い公演作りをしたいため演出業も精力的に

すべて自分で行うのは大変ではないですか?

役者と演出家、演出家とほかのスタッフとの間を取って連携を図っていくプロデュースを含めた制作という仕事を長年やっているので、自分の団体を作ってもあまり変わらなかったです。逆に自分がトップなので気を使わないでいいことも多く、ラクですね。

先ほど、プロデューサーという立場上、演出家や俳優に好きにさせてあげられないジレンマがあるとおっしゃっていましたが…。

私も作品を作るのが好きだし、役者と距離感が近い公演作りをしたいという気持ちは変わらないです。なので、最近は「ちはる塾」という形で演出業もやっています。演出とプロデュースというまったく違う2つのポジションで演劇に関わることでバランスを取っている感じです。作品との距離感が違うので面白いです。

月1、2本並行して作品に関わることになり、大変ではありませんか?

毎日、しんどい、もうしたくない、もう終わろう……と思うんですが、本番中にお客さんの声が聞こえてきたり、俳優の爆発力のある面白さに出合ったりするとまたやってもいいかなと思い、繰り返している感じです。そして演劇を仕事にしてから、作品を作ることが、ご飯を食べるとか寝るみたいなものに近くなってきている気がして、負担はあまり感じないようになってきています。逆に演劇をやっていない方がつらいです。

忙しいとスキルや知識、ネタのストックが尽きてきませんか?

その心配はあります。だから一度どこかでストップしてインプットする時期を作った方がいいと思うのですが、意外と私は映画を観たり美術館に行ったりして何かをえるというより、人と話をしているときにアイデアが広がっていくタイプのような気がしていて。だからこそ人と会う機会を増やしていかないといけないと思っています。そのため仕事以外の人とも会える機会を増やそうと休みを取ることも必要だと感じていて、今は本番期間を除く稽古のときは、週1日は休みを作って、必要最低限の連絡以外は次の日に回すようにしています。そこで人と会い、話をする中で自分は何に興味があり、周りの人はどのようなことに興味を持っているのか、作品のヒントをもらっています。

精力的に活動を続ける原動力を教えてください。

昔は「何くそ!」と思う怒りが原動力だったのですが、最近は「自分のやっていることがどのように人のためになるのか」という考えでやっています。昔に比べ怒りを感じる事柄が減っていることが原動力となる材料を変えた原因でもあるんですが、時代や年代によって変化していくことが大事な気はしています。

人と一緒にやっていくには自分の意見を伝えることが大事だと思います。自分の意見を伝えるために気をつけていることを教えてください。

相手を尊重した上で意見を伝えるようにしています。そして「こうして欲しい」という願望より、客観的に見たときの可能性を伝えることを意識しているような気がします。多くの人はやろうとしていることはあるけど経験が浅くてできなかったりするので、否定をするのはやめようと思っています。あと、よく演出家で「何か違うんだよな」みたいな伝え方をする人がいますが、これほど悪なことはないと思っていて。その“何か”を言語化して伝えるのが仕事なので、そのような演出家がいるとプロデューサーとして違うと伝えています。

クリエイターにとって大事にした方がいいと思うことを教えてください。

ずっと考え続けることです。別のことをしていても、この感情は演劇で利用できるかな?などと常に考えているというか。よく夢を語るとき、このことだけをして生きていたいと言いますが、大事なのは、ほかのことで得たことを自分のやりたいことに活かしていくことで。あのとき何で泣いたのか、何でムカついたのか……作品で必要な要素として出てくるので、経験したことをどれだけ蓄積できるかが大切。とくにお芝居は自分の体と声を使って人に何かを伝えるので、自分の感性や経験が必ず活きると思います。

今後やってみたいことを教えてください。

あとは海外の方に気軽に見に来てもらえるような制度作りです。下北沢にも海外の方は多くいるのですが、劇場に入りやすい環境は整っておらず……。せめてチケットの有無を英語表記で示したり、あらすじを英語で伝えたりなど、入ってみたいと思う感情をウェルカムしてあげられるような環境作りはしていきたいです。

取材日:2025年9月29日 ライター:玉置 晴子 スチール:あらい だいすけ 動画撮影:浦田 優衣 動画編集:鈴木 夏美

プロフィール
演劇プロデューサー
山口 ちはる
1990年、大阪府生まれ。日本大学芸術学部演劇学科演出コースに入学。演出助手として活躍し、25歳で制作の仕事を担当するように。末満健一、流山児祥、中屋敷法仁などの演出家の作品に携わる。2017年に「制作『山口ちはる』プロデュース」という個人のプロデュース団体を旗揚げ。固定のジャンルにこだわらず、さまざまなことに挑戦を続けている。またプロデュース業とは別で自ら演出を行う「ちはる塾」としても活躍。団体設立以来、通算105本以上の公演を行っている。

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