専門家だから分かる「空間音響業界の課題」静岡・三島を拠点に五輪・万博を“音楽で”支える

Vol.237
音楽プロデューサー
Jun Katakura
片倉 惇
拡大

ドキュメンタリー映画『凪が灯るころ~奥能登、珠洲の記憶~』 テーマ曲、劇中音楽、音響効果を担当

拡大

アート寺子屋~みて、きいて、さわって、つくっちゃおう~よくばりアート編(画像提供:アルテ・プラーサ)

拡大

日本科学未来館 常設展示「老いパーク」(画像提供:日本科学未来館)

空間音響の専門家であり、音楽プロデューサーの片倉惇さん。静岡県三島市にある自身主宰のJUN MUSICを拠点として、2020年東京オリンピック、2025  大阪・関西万博など、誰もが知るイベントの施設へと自然に溶け込み、来場者の心をなごませる音楽をメインに手がけています。

片倉さんいわく、空間音響業界では音楽を手がける側と、空間そのものを作る側との狭間には「分断」という課題も。それを解決するべく、当事者として抱える使命とは。音楽大学での経験、そして、映画音楽やCM音楽の作曲からはじまったキャリアと共に、聞きました。

就活面接で「飲みに行きましょう!」と声をかけたのがプロの原点に

片倉さんは現在「音楽プロデューサー」の肩書きで活動していらっしゃいます。

表向きには、そう名乗っています。ただ、実際の仕事では音楽プロデューサー、作曲家、空間音響のプランナーと、役割は様々です。原点は作曲で、小学校時代に「音を出して曲を作ってみよう」という授業があって、クラスメイト数名に打楽器を叩いてもらい「惑星を表現しました」と言ったら、周りから驚かれて。音を重ねると音楽になるということが楽しくて、そうした経験の積み重ねで今があります。

キャリアとしては、国立(くにたち)音楽大学のご出身なんですよね。

はい。入学は2006年で、当時あった音楽文化デザイン学科でメディアアートやインタラクティブアート、当時最先端のテクノロジーを使った音楽を研究していました。

音楽に関するテクノロジーとは、どういったものだったんですか?

僕が入学した当時は、コンピュータを使った冒険的な音楽づくりをするアーティストが世に出はじめた時期だったんです。例えば、ドイツのエレクトロミュージックグループ「Oval」は典型で、盤面に落書きをしたCDから出るノイズをあえて音源に取り入れたり、革新的なことをやっていました。僕も彼らに感化されて。音に合わせて映像が動くようなインタラクティブミュージックも登場しはじめていたし、空間音響をメインに手がける今でも、当時の影響は多く残っています。

その後、プロとしてのスタートはCM音楽の作曲だったそうですね。

元々、ゲームも好きで就活では大手ゲームメーカーを受けまくっていたんですけど、ことごとく落ちてしまったんです。そんなある日、就活で受けていた一社の面接で、その場にいたプロデューサー志望の学生に「飲みに行きましょう!」と声をかけたら、その人が映画作りや企画作りなど学生ながら様々なチャレンジをしている面白い人で。その人に「アマチュア映画祭に出品する映画のBGMを作ってくれないか?」と誘われたんです。それが映像に音楽をつけることを初めて体験した瞬間で、僕の作曲家としてのキャリアのスタートです。

プロとしての作曲経験はなかったけど、なぜかできちゃったんですよ(笑)。たぶん、その作品の監督と観ている作品が共通していたからで、例えば「『インターステラー』っぽく」と言われたら「ああ、はいはい」とすぐに理解できたし、監督からは「どうしてこんなにリクエストをくみ取れるんですか?」と驚かれるほどでした。その監督からしばらくお仕事をいただいていたら、他の依頼も来るようになって、CM音楽を任されるようになってからは10年ほど、フリーランスの作曲家として活動していました。

CM音楽で起業するも、コロナ禍を経て再スタートを

当初はフリーランスでしたが、組織化されたきっかけは?

今あるJUN MUSICの前身には、大学時代の友人と起業した株式会社adNoteがありました。僕が関わっていたのは、2019年から2021年です。最初はフリーランスで仕事を受けていたんですが、仕事の量とクオリティが高まりつつあって限界を迎えた頃に、ちょうど、海外で音楽の研究をしていた友人が、日本に戻ってきたんですよ。僕の状況を見て彼が「一緒にやらない?」と誘ってくれて、アカデミックな知見と僕の現場経験を組み合わせれば上手くいくと思って、会社を作りました。でも、コロナ禍で立ち行かなくなってしまったんです。

コロナ禍で、何があったんでしょう?

地上波のテレビでCMが流れなくなってしまったのが、決定打でした。当時はコロナ不況で企業が広告費を一気に削減しはじめて、たとえ広告を出稿するとしても、巨額な制作費が必要なテレビCMよりも「安価なWeb CMに切り替えよう」という風潮が加速していったんです。

ただ、それだけではなく、ライセンスフリー音源の躍進もありました。コロナ禍ではちょうど映像編集の技術も加速して、自在に映像を伸び縮みさせてライセンスフリー音源にぴったり映像を合わせることが可能になった。映像に合った音を提供する専門家としての作曲家の需要が減ってしまったんです。相対的に、人が手がける「音楽の価値」が下がってしまって、adNoteは友人に託し、僕は横浜から静岡県三島市に引っ越して、JUN MUSICとして再スタートを図りました。

なぜ、三島に移り住んだのでしょうか?

正直にいえば、占い師に選んでもらったんです(笑)。ただ、家賃が月1万5000円と安くて、カーテンを開けたら富士山が見えるロケーションも決め手でした。じつは、今のメインとなっている空間音響の仕事が広がったのも、三島だったんです。引っ越し当日、新居へ向かう前にたまたま寄った地元のギャラリーで、地域のアートプロジェクトを推進している静岡県立美術館の元館長と会って、会話していたら「うちでも何かやってよ?」という話になったんです。偶然の出会いでしたが、美術館の繋がりから公共空間の関係者など、人脈が広がっていきました。

空間音響業界にある課題「現場での分断」に目を向けて

日本科学未来館 常設展示「ジオ・スコープ」(画像提供:日本科学未来館)

アート寺子屋~みて、きいて、さわって、つくっちゃおう~よくばりアート編(画像提供:アルテ・プラーサ)

メインとなる空間音響の仕事に関わるようになったきっかけは?

はっきりと、いつからたずさわっているのかは覚えていないんです。ただ、最初に関わったのは製薬メーカーのエントランスホールで流れるBGMでした。ひとつ、手ごたえを感じたのは住宅展示場で流す音を作った案件です。じつは、住宅展示場はただモデルハウスが並んでいるだけではなく、商談のための場所ですから「邪魔にならない音をデザインしてほしい」と依頼を受けたんですよ。

そこから2〜3年で、ありがたいことに声をかけていただく機会が増えて、近年では、2020年東京オリンピックの施設音響デザイン、日本科学未来館「老いパーク」「ジオ・スコープ」音響デザインなども手がけました。原点は作曲ですが、いつのまにか空間音響の専門家となってしまいましたね。作曲家みずから現場に入り込んで空間音響をデザインする専門家としてやっているのは、僕だけだと自負しています。

専門家としての並々ならぬ自信を感じます。

ありがとうございます。ただ、僕は空間音響の業界にある課題を感じて、空間の音楽を手がける側と、空間そのものを作る側との分断をなくしたいと思っているんです。例えば、2つの部屋にまたがる展示会があると想像してほしいんですが、それぞれの部屋から異なる音楽が聞こえてくると、来場者は内容に集中できませんよね。シミュレーションの時点で分かりそうなものですが、実際の現場ではそうしたケースも往々にしてあって、いざ展示会がはじまってから「いずれかの音量を下げる」程度の対処しかしないんです。

僕はこうなってしまう原因を先の「分断」だと思っていて、音楽を手がける側は曲を作るだけで満足してしまって、現場でどう鳴るかを気にしていない。空間そのものを作る側は音楽が鳴っていさえすればよく、たがいのズレが生じていると考えているんです。空間音響の専門家として、僕はこのズレを解消したくて、案件を任されると準備段階から現場に足を運び、ときにはうとまれながらも音響設計会社の方とやりとりして、完成させていきます。

例えば直近の実績として、2025年 大阪・関西万博の石黒浩・シグネチャーパビリオン「いのちの未来」の音響デザインでも、現地におもむいたのでしょうか?

はい。空間を手がける現地スタッフの方々と事前に話し合いました。仮の音源を数パターン準備して、オーディオプレイヤーからミキサーに流すシステムを持ち込んだんです。いざ、足を運んでみるとスタジオで想定していたよりも音の響き方が違って「電車の音は上から聞こえてくると変だから、下から流せるようにしよう」と考えたり、現場に立体感が生まれるように微調整しました。


2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)石黒浩・シグネチャーパビリオン「いのちの未来」

誰かと違うことが、最大の武器になる

片倉さんが提唱する「イマーシブサウンドデザイン」も、空間音響に関わるものなのでしょうか?

まさしく、クリエイターと音響設計を「統合しよう」という概念を表しています。近ごろ、音楽業界では「イマーシブ」という言葉が流行っていますが、それは「香りや振動を取り入れて、五感を使った没入体験」のことだったりします。僕のいう「イマーシブサウンドデザイン」では、空間音響に関わる人間すべてが当事者となって「クリエイティブな現場を作る」ことを目指しています。

ある種、業界への反骨心のようなものが、片倉さんの原動力になっている印象を受けました。

全然、そんなことはないですね(笑)。今、JUN MUSICでは僕以外にも、第一線で活躍するインタラクティブメディアアートの研究者、サウンドデザイナーとしての成功をめざす若手の子がいます。チームで一丸となってプロジェクトに取り組み、次の仕事をまたいただけて、みんなが最大限の力を発揮できれば十分ですね。

いずれ、片倉さんと力を合わせるかもしれない未来あるクリエイターへのメッセージもいただきたいです。

寝る前は、自分の心に耳を傾けてあげてください。外からの評価だけではなく、自分の思いを素直に受け入れる人の方が結局は強くなれると思うんです。今、広く音楽業界を見ると「バズる」が指標になっていそうですが、過去のエビデンスに頼ったマーケティング重視の時代も、そろそろ終わりに近づいてきていると感じています。これからは「心の時代」に差し掛かってきますし、誰かと違うことが最大の武器になるはずです。

周りに「カピバラが好きで、カピバラを見るためにアフリカへ行った」という友人がいて「ブログにしたら絶対バズるよ」と言ったんですが、彼のように、本人が気づいていない魅力が誰しもたくさんあると思います。自分の声を聞いて、周りの人たちとたくさん話して「面白いじゃん」「君しかいないよ」と言われるものを、大事にしてほしいです。

取材日:2025年8月3日 ライター:カネコシュウヘイ 動画撮影:指田泰地 動画編集:鈴木夏美

『JUN MUSIC展:EXTREME IMMERSIVE DAY』

片倉惇が率いる音楽クリエイターユニット「JUN MUSIC」は、城西国際大学メディア学部映像芸術コースで学ぶ滝口ゼミとの産学連携プロジェクトとして最先端の立体音響を体験できるイベント『JUN MUSIC展:EXTREME IMMERSIVE DAY』を開催します。

【主な内容】
●立体音響を活用したライブパフォーマンス
●オフィス向け音環境改善プロダクトの展示
●立体音響の歴史展
●インタラクティブ・サウンドアート展示 ほか

・日時:2025年10月5日(日)12:00~17:00
・会場:城西国際大学 東京紀尾井町キャンパス3号棟
〒102-0094 東京都千代田区平河町2-3-20
【アクセス】https://www.jiu.ac.jp/access/kioicho/
・所要時間:30分~1時間程度
・参加費:無料

【イベントのお申込み】:応募フォーム

【イベント詳細】:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000073810.html

プロフィール
音楽プロデューサー
片倉 惇
1986年、福島県いわき市生まれ。国立音楽大学 音楽デザイン学科を卒業後、作曲家として活動。数々のCM音楽、映画音楽などを手掛ける。2019-2021 株式会社adNoteにCOOとして就任。2022年より音楽プロデューサーJUN MUSICとして、静岡県三島市を拠点に活動中。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP