監督には笑顔で制作を終えてほしい!音で作品を支える音響効果に求められるモノ

Vol.218
音響演出/サウンドデザイナー
Koji Kasamatsu
笠松 広司

テレビ番組からキャリアをスタートし、テレビCM、実写映画、そしてアニメーション映画など幅広いフィールドで活躍する音響演出、サウンドデザイナーの笠松広司さん。スタジオジブリの『風立ちぬ』(2013年)や『君たちはどう生きるか』(23年)、『THE FIRST SLAM DUNK』(22年)など、近年はアニメーション映画だけでも数多くのヒット作を音響の面から支えています。

今日までのキャリアのお話をまじえて、音響とどのように向き合ってきたか。そして、笠松さんが音響演出を担当されたスタジオポノック最新作『屋根裏のラジャー』についてうかがいました。

PAのアルバイトをきっかけに音響効果の道へ

音響の道へ進んだきっかけをお聞かせください。

元々、音に関わる現場に強い興味があったので、高校生の時にPA(※1)の音響会社でアルバイトを始めました。

アルバイトの過程でテレビ番組の音響効果を手がけていた制作プロダクションOCBプロの方を担当する機会があり、「もし音響の道に興味があるなら一度遊びにおいで」と名刺をいただきました。そのお誘いを受けて見学へ行ったのがきっかけで高校卒業後に同社へ入社し、現在に至ります。

(※1) PAはPublic Addressの略称。ライブやコンサートなどのイベントでミキサーやエフェクターを操作して音響を総合的にデザインする。

入社して、アルバイトで学んだことは生かせましたか?

イベントなどのPAとテレビ番組の音響効果は職種が異なります。具体的には、テレビ番組の音響効果は番組に用いるBGMや効果音の選定・準備も担当します。まずは「テレビ番組はどのような仕組みで作られているか」を学ぶところからのスタートでした。

先輩に連れられて初めて行った現場は「夜のヒットスタジオ」(1968年から90年にかけて、フジテレビ系列で毎週放送されていた音楽番組)でした。そこから、プロによる生放送番組の現場で少しずつ仕事を覚えていきました。

「夜のヒットスタジオ」は、全国で親しまれる国民的大ヒット音楽番組でした。その現場で鍛えられていったのですね。

何年かアシスタントとして経験を積ませてもらったある日、収録現場に先輩が連絡もなしに、来ないことがありまして(笑)。衝撃を受けつつも、「自分がやるしかないんだ」と腹をくくりました。

放送を終えて会社に戻ったら何食わぬ顔をした先輩がいましたので、トラブルや遅刻ではなく、自分が同じ現場にいると僕がつい甘えてしまうとわかっていたのだと思っています。

心構えをする余裕もなく突然に音響演出を1人で担当することになって、不安はありませんでしたか?

生放送番組の本番直前は、何度担当しても緊張します(笑)。しかし、本番が始まると不安や緊張はなくなりますね。

先輩が飄々とした人で、どんな時も慌てることなく仕事をする姿を見てきましたので、自分も同じ立ち振る舞いを身につけるべきだと日頃から考えていたこともあると思います。

個人制作の予告映像がアニメーション業界との縁に

笠松さんはその後、テレビCM、実写映画、アニメーション映画と幅広い媒体で活躍されるようになります。とくに実写とアニメーションの隔たりは大きいように感じますが、どのような経緯でアニメーションの現場に携わるようになったのでしょうか。

OCBプロの社長は先見の明がある人で、2000年頃、まだ一般的といえるほど普及していなかったDAW(※2)用のPCソフトを社内に導入していました。

ソフトを触るうちに、自分ひとりでも映画の予告編映像を作れるのではと考えるようになり、レンタルショップで押井守監督が手がけた『機動警察パトレイバー the Movie』(※3)(1989年)のビデオテープを借りてきて、映像を編集し音をつけました。

(※2) DAWはデジタル・オーディオ・ワークステーションの略称。PCなどを用いてデジタル環境で録音や編集、ミキシングなどを行う。

(※3) 「機動警察パトレイバー」は特定の原作媒体を持たないメディアミックス作品で、原案と漫画を手がけるゆうきまさみ氏や押井守監督らによるグループ、ヘッドギアが権利を有する。

制作した予告映像は満足のいくものになりましたか?

人に見せたくて作った映像ではありませんが、「DAWのソフトを活用すれば、1人でもこれだけのものができるんだ」と思えるものにはなりました。

それがソフトメーカーの目にとまったのがきっかけで、メーカーの方たちが正式な使用許諾を取ってくれて、僕の作った予告映像がInter BEE(※4)にデモ出展されることになりました。

Inter BEEの会場には『機動警察パトレイバー the Movie』の音響スタッフの方たちも来ており、僕の作った映像を見てくれました。それがきっかけでアニメーション業界とのご縁ができました。

(※4)  Inter BEEは、音と映像と通信が一堂に会する放送機器の展示会。

そして、2013年にはスタジオジブリの映画『風立ちぬ』で音響演出を担当されました。宮崎駿監督の発案で、飛行機のプロペラ音をはじめとする効果音が人の声をもとに作られていることでも話題を呼びましたが、制作当時を振り返ってどのように感じられますか?

宮崎駿監督は『風立ちぬ』よりも前に、2006年に発表された「やどさがし」(三鷹の森ジブリ美術館で限定公開された短編アニメーション)でも、出演者であるタモリさんと矢野顕子さんの声で作った効果音を使用していましたので、「人の声で効果音を作る」という発想は監督の中で突然出てきたものではないと思います。しかし、僕は音響のプロではあっても発声のプロではありませんし、『風立ちぬ』は120分を越える長編映画です。本当にうまくできるのかなと最初は不安でしたね(笑)。

実際に効果音を制作して、手応えを感じたタイミングはいつでしたか?

映像の冒頭約10分を切り出したパイロット版を制作した時です。宮崎監督が目指す作品に近い音響演出ができていたようで、なんとかいけそうだぞと。

音を聞くのと声で再現する行為には大きな隔たりがあると思いますが、日常生活で耳にするさまざまな音から効果音制作のヒントを得たり、発想したりすることはありますか?

同業の方はみなさん同じだと思いますが、数えきれないくらい頻繁にあります(笑)。最近よい音だと感じたのは、富士山麓で聞く雷鳴ですね。周囲に建造物がないからか、伸びやかで非常に綺麗な音でした。もし機会があるなら、収録して何かの映像作品に使いたいくらいです。

アニメーション映画としては、劇場公開されたばかり(2023年12月15日公開)のスタジオポノック最新作『屋根裏のラジャー』でも音響演出を手がけられました。

タイトルにもなっているラジャーという男の子は、女の子の想像が生み出した“イマジナリ”と呼ばれる存在で、実体がありません。人によって見えたり見えなかったりする存在を音でどのように表現すればよいか、なかなかの悩みどころでした。

とくに制作初期はイマジナリに関する設定が複雑で、トライ&エラーの連続でした。そこから百瀬義行監督や西村義明プロデューサーと綿密な打ち合わせを重ねて、物語を楽しむうえで“適度な引っかかり”として作用する設定や音響演出にできたと思います。

また、百瀬監督は打ち合わせだけでなくちょっとした雑談にも特定のシーンの演出意図などを込めるので、そうした発言をしっかり覚えておいて音響に生かしました(笑)。

僕は仕事として関わった作品ではストーリーに特別な感情を抱かないようにしていますが、関係者に向けた試写では感極まって涙する方もいらっしゃいました。観る方の心に深く刺さる作品になったと思いますので、ぜひ劇場でご覧ください。

映像作品が目指す表現の実現を手伝うのが音響の使命

音響演出をされるうえで悩まれるのはどのような時ですか?

昔から映像や景色を見ると頭の中でさまざまな音が鳴るタイプなので「どのような音がいいだろう」と悩むことはありません。悩みの内容はもっぱら「どうすれば、今、頭の中で鳴っている音を現実に出力することができるか」というものです。

実現するためのアプローチに悩むことはあっても、音に関する“引き出し”に困ることはあまりない……ということでしょうか。

音に関するインプットは意図的にしたことはほとんどありませんが、それで困ったこともありません。しかし、頭の中で音が鳴っているから“音の引き出し”を作るのが楽かというとそうでもなくて、作ろうと意気込んでいるときほど、上手くいかないこともよくありました。

むしろ、意気込んでいないときにすんなりとできるんですよね(笑)。こういうのは音響にかぎらず、どのような仕事にもいえることかもしれませんが。

音響演出に携わるうえで、大切にしていることをお聞かせください。

映画といった映像作品は総合芸術ですので、音だけで観客や視聴者の心をわしづかみにしよう……というような気持ちはありません。
音響演出は、監督など映像を企画・主導する人たちが作品を通して表現したいことを実現させるのが大切だと思っています。

数多くの作品に携わってきたなか、自信作といえるものはありますか?

クヨクヨしがちな性格なので、実は100%納得できたことは一度もありません。ひとつの作品が終わった後も「違うアプローチがあったのではないか」と感じてしまうことが多く、ずっと逡巡し続けるのだろうと思っています。

笠松さんが考える「すぐれた音響演出」像をお聞かせください。

難しい質問ですね……。「音響作業の最終工程であるダビングをいかにつつがなく終えられるか」でしょうか。ダビングを終えた監督やプロデューサーにはやはり笑顔で帰ってもらいたいですし、そのためには、ダビングに至るまでのあらゆる工程が大切になります。

最後に、音響の世界で仕事をする同業の方たちへのメッセージをお願いします。

僕たち音響演出は、実写映像作品においては音で彩るべき映像がなければできることがほとんどありません。その映像がなかなか上がってこず、やきもきさせられることもあるかもしれませんが、そんな時も焦らずにじっと待ちましょう。

常に飄々としていて焦りを見せなかったという、笠松さんの“新人時代の先輩”を思い起こさせるお言葉ですね。

一方、アニメーション業界ではコンテ撮(※5)を見ただけで音響演出をできる方もいらっしゃいます。コンテ撮は、あるシーンが昼なのか夜なのかを把握することすら大変な場合があります。僕はそういう能力がないので、、本当にすごいと思います。

(※5) コンテ撮は、映像の大まかな流れがわかるように絵コンテのコマを尺に合わせてつなぎ合わせたモノクロ映像のこと。

これからアニメーションの音響の道を目指す人がいたら、コンテ撮から音響演出に必要な情報を適切に読み取れるような能力を身につけるのも選択肢のひとつでしょうか?

完成された映像を見ながら音響演出をできれば、それに越したことはありません。けれども、僕としては次の世代の人たちには「よりよい音響演出のために映像を完成させてください」と言える方向に強くなってほしいですね(笑)。

取材日:2023年11月15日 ライター:蚩尤 スチール:幸田 森 ムービー 撮影:指田 泰地 編集:遠藤 究

『屋根裏のラジャー』

ⓒ2023 Ponoc「屋根裏のラジャー」製作委員会

2023年12月15日(金)全国ロードショー

出演
ラジャー:寺田心
アマンダ:鈴木梨央
リジー:安藤サクラ
エミリ:仲里依紗
オーロラ:杉咲花
ジンザン:山田孝之
ダウンビートおばあちゃん:高畑淳子
老犬:寺尾聰
ミスター・バンティング:イッセー尾形
原作:A.F.ハロルド「The Imaginary」(「ぼくが消えないうちに」こだまともこ訳・ポプラ社刊)
監督:百瀬義行
プロデューサー:西村義明
作画監督:小西賢一
美術監督:林 孝輔
動画検査:長命幸佳
キャラクター色彩設計:高下直子
撮影監督:福士亨
映像演出:奥井 敦
音響演出:笠松広司
アニメーション制作:スタジオポノック
製作:「屋根裏のラジャー」製作委員会
©2023 Ponoc
公式HP:https://www.ponoc.jp/Rudger/
X(Twitter):@StudioPonoc

ストーリー

彼の名はラジャー。
世界の誰にも、その姿は見えない。
なぜなら、ラジャーは愛をなくした少女の
想像の友だち―イマジナリ―。

しかし、イマジナリには運命があった。
人間に忘れられると、消えていく。
失意のラジャーがたどり着いたのは、
かつて人間に忘れさられた想像たちが
身を寄せ合って暮らす「イマジナリの町」だった―。

プロフィール
音響演出/サウンドデザイナー
笠松 広司
有限会社デジタルサーカス代表取締役。高校卒業後にフジテレビ系列のテレビ番組の音響演出/音響効果を手がけるOCBプロに入社。「夜のヒットスタジオ」や「オレたちひょうきん族」などの大ヒット番組にアシスタントとして関わって経験を積み、テレビ番組、テレビCM、実写映画などの音響を数多く手がける。近年はアニメーション映画にも携わっており、『風立ちぬ』(13年)、『THE FIRST SLAM DUNK』(22年)、『君たちはどう生きるか』(23年)など、大ヒット作を音響面から支えている。

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