竹中直人×関川ゆか主演『DAUGHTER』で監督デビュー。あらためて見つめる、音楽と映画の関係性

Vol.217
作曲家/『DAUGHTER』 監督
Yugo Kanno
菅野 祐悟
拡大

拡大

拡大

NHKの大河ドラマや民放の連続ドラマ、「名探偵コナン」の劇場版や『容疑者Xの献身』など数多くの話題作の劇伴、マクドナルドや森永製菓など誰もが一度は聞いたことがあるであろうCMのサウンドロゴなどを手掛ける、作曲家の菅野祐悟さん。

すでに作曲家としてのキャリアを大成している菅野さんが、(2023年)12月15日に公開される映画『DAUGHTER(ドーター)』で初めて、メガホンを取り、クリエイターとして新たな道を歩み出しました。音楽制作と映画制作の共通点や、監督としてこだわりを持って取り組んだ点など、さまざまなお話をうかがいます。

親子の関係性、老い、死。誰もが経験することを描いた映画『DAUGHTER

作曲家である菅野さんが映画監督にトライする。非常に興味深い展開です。なぜ映画を撮ることになったのでしょうか?

プロデューサーの酒井伸泰さんとの会話がきっかけです。私自身、以前から映画を撮ってみたいと考えていたのです。酒井さんと「一緒に映画を作りたいね」という話になって、たまたま今年の5月に横浜国際映画祭が開催されるとのことで、そこを目標にして作ってみようということになりました。

僕の中で本作の制作過程は、大人になって久しぶりに学生時代の学園祭を企画しているような印象でしたね。僕と酒井さんの「作りたい」という想いが起点となって、多くの人が賛同してくれ、みんなで一致団結して作り上げていきました。ある原作があってそれを映画化するなど、商業的な目的で制作するのが日本映画の一般的なパターンですが、この作品はそうではありません。まったくのゼロから企画も脚本も制作する、通常とは異なるパターンで出来上がったものです。

DAUGHTER』は、竹中直人さん演じる父親と、関川ゆかさん演じる娘の関係性を独自の視点で描いた作品です。どのようにテーマやストーリーを組み立てていったのでしょうか?

僕らの世代は、ちょうど親が70代、80代くらい。認知症になることも含めて、親の老いを身近に感じ始めています。それに、どのような人でも親との関係性をどう構築していくかに悩んだ経験があるでしょう。そうした誰もが経験することに、一つの光のようなものを提示できたらいいなと思いました。

それが、今回テーマとして据えた「愛は物理を超えるか」です。僕は幼い頃、毎週日曜に教会へ通っていました。そこで出会ったキリスト教の考え方に、作品の原点があります。人間は死んでも魂は消えることなく、神様の元へ行く。そこで先に死んだ人と再会できるという思想です。

実はこの考え方に近いものが、量子物理学の世界にもあることを知りました。死というものは存在せず、肉体がなくなっても魂が宇宙の「ゼロ・ポイント・フィールド」へと導かれるとする理論です。非科学的だと思っていた宗教の思想と、科学的な量子物理学の理論が似通っている。これが非常におもしろいと思いました。亡くなった人とも「ゼロ・ポイント・フィールド」に行けば会える、あなたは1人ではない。そういった死生観を描きたいと考えたのです。

細部までこだわり抜き、ファンタジーを感じさせる映像に

作品全体を通して、どこを切り取っても美しい、アートを感じる映像だと思いました。菅野さんは画家としても活躍していますが、画作りにおいてこだわった点はどこですか?

左右対称のシンメトリーの世界観にこだわりました。一つひとつのシーンを一つの絵画だと捉えてシーンごとにキラーカットを決め、画作りをしています。例えば、父親と娘がレストランで食事をするシーンでは、画面の真ん中に1ミリのずれもなくテーブルを置き、左右全く同じ距離感、同じ大きさで役者を配置。背景にあるカーテンや卓上の食器なども、引きで見たときに完璧に左右対称となるように配しました。

全編通して、カラーグレーディング(色彩補正)にもこだわっています。赤い扉のエレベーター前で会話をするシーンは、エレベーターに貼り付けてある防災シールや日の光の映り込みなど、余計なものはすべて消し、実際の色よりも鮮やかな赤で補正しているのです。演者以外にエキストラが1人も出てこないのも特徴です。生活感をとことんそぎ落として、ファンタジーのような世界観を作っています。

こうして細部にまでこだわりを詰め込むのは、監督の立場だからこそできることだと思います。初めて映画の監督を務めてみて、いかがでしたか?

衣装、美術、カメラワーク、セリフなどすべてにおいて「監督、どうしますか?」とジャッジを求められますから、そこに対して明確な答えを持ち合わせていないといけないと痛感しました。映画を撮り始めて、広告のデザイン、ウインドウに見える洋服など、街を歩いていてもあらゆるものが気になるようになりましたね。目に入るものすべてが、映画作りの学びになっているように感じます。

作り手として、映画にしかない魅力を体感する機会でもありました。ビジネスだけを考えたら、もっと効率よく稼げるコンテンツはたくさんあるでしょう。でも、映画は現代における最高の総合芸術で、それを作ることの喜び、ある種の麻薬のような言葉にできない魅力をひしひしと感じました。

主演の1人である竹中直人さんの印象はいかがでしたか?

音を専門に扱っている立場として言えるのは、特に竹中さんのマイクを通したときの“声の乗り”が圧倒的に素晴らしいことです。

例えば、実物はそこまでイケメンではないのに、映像で見るとかっこいいとか。その逆で実物はかわいいのに、映像を通すとそうではない人がいますよね。“映像映え”とか、“スクリーン映え”と言われるようなものです。映画スターは、映像で見たときに最も輝かなければいけません。竹中さんはそれがスバ抜けている。もちろん演技は素晴らしく、演技力と存在感に助けていただきました。竹中さんが主演を務めてくれたからこそ、作品のグレードが上がったように思います。

劇伴は、音楽が持つ「記憶の装置」効果を存分に生かして作る

菅野さんは数多くのドラマや映画などの劇伴を手掛けています。音楽作りと映画作りの共通点はどのようなところだと思いますか?

頭の中のものをアウトプットすること、自分の美意識を形にすることは同じだと思いますね。音楽も映画も1人では作り上げることができません。演奏者や演者、現場のスタッフがいて初めて成り立ちます。そういった人たちとコミュニケーションを重ねて、自分が理想とするもの、もしくは想像以上のものを生み出すのです。音楽も映画も、関わる人たちの才能や技術や価値観の掛け算で形成されていると思います。

私はこれまで、ドラマや映画の劇伴を担当してきました。今回は映像も自分で作っていますから、作品をトータル的に見て、このシーンに音楽を付けたらより良くなると考えて音楽を作りました。実際に音楽の大きな効果を目の当たりにして、ドラマや映画における音楽の重要性をあらためて理解できたような気がします。

ドラマや映画における、音楽の役割とはどのようなものだと考えていますか?

そもそも音楽は「記憶の装置」のようなもの。昔、恋人と一緒に聞いた曲や学生時代によく聞いた曲を耳にすると、一瞬にしてその時代、その場所に戻ったような感覚になりますよね。そういう効果を利用するのです。例えば恋愛映画なら、2人が出会った頃のシーンに印象的なメロディーを付けます。そして、エンディングのシーンにも同じメロディーを流す。そうすると、それまでの約2時間分の出来事がよみがえって、そのシーンの切なさが増すのです。

同じ海の映像でも、沖縄民謡が流れていた沖縄の海に見えるし、ハワイアンが流れていたらハワイの海に見える。そのように、音楽は見る人に抱いてほしい印象を与える効果もあります。もしかしたら観客はそこまで気付いていないかもしれませんが、ドラマや映画の音楽が果たす役割は大きいのです。

「驚き」や「違和感」が人を喜ばせ、忘れない思い出となる

菅野さんは、多くの人が口ずさんでしまう、キャッチーなCMのサウンドロゴもたくさん手掛けています。人の記憶に残るメロディーを作る秘訣は何なのでしょうか?

CM音楽に限らず、すべての作品の根底には、「驚かせたい、喜んでもらいたい」というポジティブな想いがあります。そのために心がけているのは、いい意味で予想を裏切ること。例えば、カレー屋さんに行っておいしいカレーを食べても、ずっと記憶に残るかと言ったらそんなことはないでしょう。でも、口から火が出るほど辛いカレーであれば忘れませんよね。辛くて刺激的で、なおかつおいしかったらいい思い出として記憶されます。そういうインパクトを残すアイデアが大切なのです。

予想を裏切るためには、一般の人と同じ感性を自分の中に持っておく必要があります。「普通」から外すためには、「普通」の基準がなくてはいけません。自分のこだわりだけで何かを作って人々を熱狂させるのは、一部の天才だけ。僕はある意味、それを人工的に作り上げている感覚です。一般の人とクリエイターとしての視点の両方を持ち合わせて、違和感を生み出すのです。

なるほど。とても納得感のある考え方ですね。驚きや違和感を生み出すために、菅野さんが心がけているのはどのようなことですか?

自分を驚かせ、喜ばせるものでなければ、自信を持って世に出せません。だから、まずはとことん「自分ならどうするか?」を考えてやってみる。そして、あえてそれと真逆のことにもトライするのです。そうすると、アイデアが倍になりますよね。作業量も倍になりますが、自分の感性を疑って真逆を試してみると、そこからひらめきが生まれることがある。これが、驚きや違和感を生み出すために私がいつも心がけていることです。

読者である、クリエイターの皆さんにメッセージをお願いします。

多くの人が予想していないものを提案するためには、情報収集や自分自身をアップデートしていく作業が欠かせません。映画を作りたいなら、誰よりも多く映画を見たり、誰よりも細かく分析をしたりする。クリエイターは一般の人よりも多くの引き出しを持つべきです。持っていない引き出しは開けられませんから。たくさんインプットして、ぜひ引き出しを増やしていってください。

取材日:2023年10月19日 ライター:佐藤 葉月 撮影:島田 敏次 映像編集:遠藤 究

『DAUGHTER』

©Megu Entertainment

12 月15 日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

出演:
竹中直人 関川ゆか
上地由真 近藤勇磨 若林瑠海 松代大介 奥田圭悟 ゆのん 美莉奈
かとうれいこ

監督・音楽:菅野祐悟
脚本:宇咲海里
企画・プロデュース:酒井伸泰
エグゼクティブプロデューサー:染谷めぐみ
チーフプロデューサー:吉岡純平
ラインプロデューサー:土屋江里奈
監督補:UBUNA
撮影・ドローン撮影:Ussiy
照明:中島浩一
録音:横田彰文
ヘアメイク:安藤メイ
テクニカルディレクター:曽根真弘
カラーグレーディング: Ussiy、仁宮裕
整音・音響効果・MA:中島浩一
サウンドアドバイザー:岩浪美和
編集:Ussiy、仁宮裕、増本竜馬
音楽:菅野祐悟
レコーディング&ミキシングエンジニア:葛島洋一
オープニング曲: KIM SUNGJE
エンディング曲: KANATSU
挿入曲「ACT」チェロ:宮田大、ピアノ: Julien Gernay
「Daughter」クラシックギター:朴葵姫
モーションタイポグラフィー:仁宮裕
Bカメラ:福田陽平
助監督:木下遊貴
配給:SAIGATE
2023 年/日本/DCP/53 分
公式サイト:https://saigate.co.jp/daughter/
©Megu Entertainment

ストーリー

幼くして母親を亡くした娘・美宙と、 死んだ妻の幻影を追い求める父親・晴人。交錯する愛情に翻弄される親子、そして突きつ けられる悲劇…。生きること、死ぬこと、愛すること…そんな人生の問いに晴人は人生を掛け、彷徨い、到達した「答え」とは?

プロフィール
作曲家/『DAUGHTER』 監督
菅野 祐悟
1977年生まれ。オーディオマニアの父親の影響により、幼少の頃からジャズやクラシックを聴いて育つ。4歳よりピアノを、高校に入ってからは作曲のレッスンを始め、1997年、東京音楽大学作曲科に入学。在学中よりアーティストへの楽曲提供を開始し、卒業後は森永(モリナガ♪)や新ビオフェルミンS(シンビオフェルミンエッス♪)、など耳馴染みあるCMサウンドロゴを制作。2004年フジテレビ系月9ドラマ「ラストクリスマス」において27歳でドラマ劇伴デビュー。以後、映画、TVドラマ、アニメ、ドキュメンタリーなど幅広い音楽制作で活躍。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP