「地域の魅力を後世に残すために」地域ブランディング研究所代表・吉田氏が語る“持続的に稼げる仕組み”とは
人口減少時代に突入した日本。新型コロナウイルス感染症によるインバウンド消失も重なり、地域経済は大きな転換期を迎えています。こうした状況で「もはや従来のまちづくりの考えは通用せず、後世まで持続的に稼げるまちづくりへの転換が求められている」というのは、株式会社地域ブランディング研究所代表取締役の吉田博詞(よしだ ひろし)さん。
日本各地の魅力を掘り起こしてファン拡大につなげる「地域ブランディング」の手法とはどういうものなのか。そもそもなぜ地域活性を仕事にしようと考えたのかなど、吉田さんの原点やキャリアにフォーカスしながら詳しく伺いました。
モノからコトへ、そしてヒトへ
地域ブランディング研究所の事業内容を教えてください。
当社は“まちの誇りの架け橋”をビジョンに掲げ、地域が抱える課題解決のためのさまざまなソリューションを提供しています。
地域の魅力を発掘してターゲットの選定やマーケティング戦略を策定し、その魅力にストーリー性を持たせ、共感してもらえるものに高めて付加価値を生み出す―。そうしてファン拡大を目指すとともに、地域が持続的に稼げる仕組みづくりのお手伝いをしています。
また、昨今注目されるマイクロツーリズム(地元や近隣への短距離観光)の観点からも、その地域や近隣の皆さんが、地元の魅力を再認識して愛着を持ってもらえるような「滞在プログラム」の造成に注力しています。
吉田さんのお考えになる地域ブランディングとは何ですか?
北海道や沖縄、京都といったエリアは、名前を聞いただけで豊かな自然やグルメ、美しい景観などのイメージを想起できますよね。フランスのシャンパーニュ地方でつくられるシャンパンは、スパークリングワインの中でもわざわざ手に入れたい魅力があります。
そのエリアでしか入手できないものや体験できないことなど、地域の魅力が紡ぎ合わされて、商品や滞在パッケージになり、それを入手したり楽しんだりすることに魅力を感じるわけです。これが、地域がしっかりとブランディングできている状態です。一方、日本の観光のあり方は、オーバーツーリズムなどの課題を抱えるケースが少なくありませんでした。
多くの人が訪れて混雑やゴミ問題などが発生する割に地域産業にはお金が落ちてこなかったり、一度訪れただけで満足してリピーターが根付かないような状況が、起こりがちだったのです。こうした従来の物見遊山型の観光に対して、昨今は「モノからコトへ、そしてヒトへ」と観光の価値観も変容してきました。
地域の方々に会い、その地域の風習を追体験するなどの交流や関係づくりが、新しい旅のスタイルのひとつとして普及しています。日本各地の魅力や誇りが価値として地域内外の人に浸透すれば、よりファンになる人が増えて、その地域の産品を継続的に購入して応援する流れが醸成されます。そうした地域と人との関係値を深めるモデルを構築することが、私たちが考える地域ブランディングのあり方です。
ヒッチハイク旅行や鞄持ちを経て見つけた地域活性の道
大学では都市計画を専攻されたそうですね。
高校卒業後の進路を決めるにあたって、なんとなく建築土木に興味を持ちました。調べるうちに、都市計画という学問領域があることがわかり、とても面白そうだなと感じたのです。単独の建物や道路、橋などをつくる建築土木が“点や線のまちづくり”だとするならば、ゼロから計画を練って都市をつくる都市計画は“面としてのまちづくり”です。
そこに惹かれました。大学では、先生に「学生のうちは旅をして空間のボキャブラリーを増やしなさい」とアドバイスをいただいたこともあり、ヒッチハイクや野宿をして日本各地を巡ったり、バックパッカーとして海外を旅したり、たくさんの地域を見て回りました。
日本各地を旅して何を感じましたか?
目にしたのは、地方に行けば行くほどシャッター街が増え、衰退するまちの姿です。その反面、ロードサイドショップや大型ショッピングモールがあちこちに建ち、画一化されたまちばかりになっていく。
地域それぞれのまちらしさがあるはずなのに、なぜ似たようなまちしかないのか、非常にもったいないと感じました。また、地方出身の私には見慣れた田園風景が、一緒に旅をした都会育ちの友人の目にはとても新鮮に映ったと聞き、驚きました。私の日常の中に当たり前にあった田舎の生活が、別の角度から見ると魅力的に感じる人がいたのです。
私は地方出身であることをコンプレックスに感じていましたが、そうではなく、もっと誇りに思っていいんだと考えるようになりました。ならば日本全国の地域の方々が、自分のふるさとを誇りに思い、その魅力を広く理解してもらいたい。それに共感する人がその地域を訪れたり移住定住する流れが加速すれば、日本はもっと面白くなるのではないかと思ったのです。
海外の都市を訪れてみて、日本と違ったことはありましたか?
例えば、イタリアはそれぞれのまちに都市国家としての歴史背景があり、雰囲気がまったく異なります。地域の人が我がまちを誇りに思って地元のサッカーチームを応援し、郷土の食や街並みからもしっかりとしたアイデンティティが感じ取れます。
ひとつの国の中にもさまざまな都市のイメージや要素があるのは、とても魅力的でした。日本もまちの名前を聞いただけで空間や食、自然などのイメージが想起され、行ってみたいと思えるような地域が増えれば、もっと魅力的な国になるかもしれない。
そして地域の誇りやアイデンティティが資源となり、財産になっていくのではないかと思ったのです。それが地域活性に関わる仕事を目指したきっかけになりました。
経験を積むため、著名な地域活性プロデューサーの方々に弟子入りを志願されたと伺いました。
学問としての都市計画は、ハードを中心とした都市のつくり方や、法律などの制度設計が中心でした。しかし、まちは人がいてこそ成り立つという視点でみると、消費者心理を通してまちが元気になっていくという、マーケティングやブランディングの手法を学ぶことが必要だと感じたのです。
そこで地域活性の分野で活躍されている方々の書籍を読みあさりました。ただ、今でこそ地域活性というキーワードは一般的ですが、20年前はまだマニアックな領域というか(笑)。こんな分野に興味があるんだと話をしても「君は風変わりだね」といわれるような、まだそんな時代でした。関連する書籍や情報が少ないため、ひたすらインターネットや書店で調べ、興味を引かれた人に片っ端から「お話を聞かせてください!」と連絡したのです。
そういう学生はめずらしかったようで、たくさんの方々にご縁をいただき、鞄持ちとして行く先々に同行させてもらえました。第一線で活躍されている方々が大事にする価値観などを肌で感じられたのは、非常にありがたい経験ですね。こうして次第に、自分がなりたい地域プロデューサー像が固まっていきました。
恩師に叩き込まれた営業の真髄。震災を経て起業を決意
2004年にリクルートに入社されています。経緯を教えてください。
地域活性をビジネスにしている会社はまだ少ない時代でしたが、リクルートにはすでに地域活性事業部がありました。新卒の説明会でそういう部署があると聞いた瞬間、「地域活性を本当に商売にしている人がいるんだ!」と、鳥肌が立つほど興奮したものです。
なおかつ、リクルートの方々は生き生きとお仕事をされているのが魅力的で。この会社で仕事がしたいと感じたのです。OB訪問などで地域活性事業部に興味があると訴え続けたところ、人づてを繰り返して、ようやくその部署の藤崎愼一氏(現株式会社地域活性プランニング代表取締役)に巡り会うことができ、同じ部署でアルバイトする機会をいただけました。これがリクルート入社のきっかけです。
藤崎氏からはよく「地域の人に教えていただき、勉強させてもらう姿勢が大切だ。泥臭く現場を回って汗をかかないと、地域の人の信頼は得られないぞ」といわれました。地域のために仕事をするという理想論だけを語ってもだめで、地域の方のご商売が儲かって稼げる流れをつくり、お金の流れに沿ってコーディネートできる力を身につけない限り、地域活性は形にできない。そのためにはまず、社会人として営業経験を積めと。
なぜ営業経験が必要なのでしょうか?
私も当時、すぐには理解できませんでした。しかし藤崎氏は、一番大事なことを教えようとしてくれていたのです。それは、営業の仕事は何かを売るのではなく、お客様の課題解決をして、その介在価値に対価をいただくのだということ。そして成果を出し続けて、またお願いしてもらえるサイクルをつくらなければいけないということです。
そういう営業の真髄たるものを叩き込んでくれたのですね。リクルート入社後は、住宅情報誌の営業に配属されました。マンションなど物件に興味を持ってもらうには、駅から徒歩何分、何平米というスペックだけでは足りません。
近くに公園があれば「休日はピクニックをしましょう」とか、川沿いであれば「週末はジョギングができますよ」など、そのエリアに住むからこそ実現するライフスタイルを提案することが必要です。どういう価値観を大事にして日常の暮らしをしたいのか。こうした差別化をしっかり図れれば、地域への移住定住にもつながるのだと学べたのは、とても意味のある経験でしたね。
そこから地域ブランディング研究所の立ち上げまでの経緯を教えてください。
2005年に恩師の藤崎氏が経営する地域活性プランニングへ転職し、映画やドラマのロケを誘致・活用して、自治体のプロモーションやブランディングにつなげる仕組みづくりなどに関わりました。
また、ロケを誘致したい地域と映像製作会社をマッチングさせる『ロケなび!』というWebメディアを立ち上げ、事業を軌道に乗せるまでを担当いたしました。そうした仕事を経験するうち、次第に「自分自身で会社を立ち上げて次のステージにチャレンジしたい」と思い始めたのです。
学生時代に海外を巡った経験から、もっと海外と関わる仕事がしたいと感じていましたし、日本がインバウンドによる観光立国の実現を目指していたタイミングでもあったからです。ただすぐには行動できず、起業についてあれこれと悩んでいたのですね。
そんな折、東日本大震災が起き、各地が大変な思いをされている状況で「自分の人生はこのままでいいのか、もっとやり遂げるべきことがあるのではないか」と痛切に思いました。そして「どうなるかわからないけれどチャレンジして一歩前に踏み出してみよう」と起業を決意したのです。
今こそリピートしたくなる仕組みや仕掛けが求められている
コロナ禍で地域ブランディングのあり方に変化はありましたか?
これまでのように自由に海外旅行ができなくなったことで、海外旅行をしていた人が国内に目を向け始め、日本のローカルの魅力が再認識されつつあります。
あわせて、その地域ならではの体験やストーリー性を求める旅のスタイルが浸透してきました。いわば、コロナで消費のトレンドや価値観が変わり、結果的にこれまで日本のローカルや体験型の旅行に興味がなかった人も巻き込んで、一気に拡大し始めているのが昨今の状況だと感じています。
また、人や消費が動きづらい今、「テイクアウトで飲食店を応援しよう」「大量生産した野菜が売れなくて困っている農家さんをクラウドファンディングで応援しよう」など、身近なSOSやストーリーに共感して応援する経済サイクルも加速していますね。
これまで、当社は主に地域の滞在性を上げるための着地体験型プログラムの造成を手掛けてきました。それに対して今は、歴史や人、モノの魅力などをその地域にお住まいの皆さんにも再認識してもらい、価値を感じてもらう仕組みをいかに構築するかに注力しています。地元の方々でもまた来たくなる、リピートしたくなる仕組みや仕掛けが求められているのです。
例えば、飲食店や宿泊施設であれば毎月違う旬の食材を提供したり、体験プログラムであれば、回を追うごとにより先の工程に関われて参加者の経験値が上がっていくといった、知的好奇心をくすぐる仕掛けをつくるなどです。
参加型のツーリズムへ転換しているのですね。
そうですね。すでにできあがったモノを消費するのではなく、例えば春に田植えに参加して、夏はホタルを見に行き、秋には稲刈りをして餅つきを体験する。そうして地域の人と継続して関わりながら自分の居場所をつくっていく。地域を応援しているからこそ人とつながれているという、いわば人間の本質の欲求につながるツーリズムへの転換ですね。
これは地域内外の人が一緒になって地域経済をつくり上げていくサイクルです。その循環に対して共通の価値観を持つ人が、さらにオンラインでつながる時代になってきました。当社の最大の目的は、地域の持続性を高めることです。
コロナ禍だから場当たり的な対応になるのではなく、ウィズコロナやコロナ後の世界においても、地域の魅力や誇りといった価値を後世に残したい。そのために私たちは、安定的に稼げる持続可能な仕組みを構築してサイクルを回し「地域を応援すること」や「モノが売れる流れ」を創出するお手伝いをしたいのです。
一緒に汗をかきながら地域の魅力を後世につなげたい
お仕事をするうえで大切にしていることはありますか?
地域活性をプロデュースするというと、変に上から目線に感じるかもしれませんが、私たちはあくまでもよそ者でしかなく、むしろ地域のことを勉強させてもらう側です。地域の皆さんが自走していくため、私たちはエンジンのように初動をお手伝いさせていただく立場でしかありません。
行事があれば参加させていただき、祭りがあれば神輿を担がせてもらうなど、地域の皆さんが大事にしているものの良さを私たちも肌で感じて、一緒に汗をかきながら地域のために何ができるかを考えていく。そういうスタンスを何よりも大切にしています。
今後の展望をお聞かせください。
近年、さまざまな企業や団体でSDGsの取り組みが行われています。SDGsは環境配慮だけではなく、地域の“良いもの”をいかにありのまま後世に残していくかという課題も含んでいて。その持続性をどう作り上げるかが、問われていると感じています。
コロナ禍では大変なこともたくさんありますが、今だからこそ日本の地域の魅力を再認識して、付加価値の高い産業モデルを再構築できれば、きっと明るい未来が開けるはずです。
そして、そういう地域が全国にあふれていけば、この国はもっと面白いものに再転換できると信じています。私たちが次世代への架け橋として少しでも貢献できるように、これからも努力していきたいですね。
地域活性に関わるクリエイターにアドバイスをお願いします。
今、大量生産・大量消費の価値トレンドが転換し「地域の産品を自ら手に取り購買したい」という需要が加速しています。
地域活性の分野でも、クリエイターが必要とされる機会は以前より増えているのです。生産者さんの思いをきちんと編集してターゲットに伝え、「こんなシーンでこんな使い方ができますよ」とストーリー性を提案できるクリエイティブが、これからますます求められるでしょう。実際にそうしたプロセスを経て、トータルパッケージをブラッシュアップした産品が人気を集めています。
クリエイター自身が、地域の魅力を紐解いて社会トレンドをつかんだ提案を行い、地域の方と制作会社の間に入ってコミュニケーションを含めたコーディネートをできれば、今後この分野の仕事はもっと増えていくと思います。
地域とつながるきっかけはどのようにつくればいいのでしょう?
なかなか地域に入り込む機会が見つからないという方は、まず商工会議所や青年会議所など地域のコミュニティーに参加することをおすすめします。
そういう活動に参加していくと、地域の方々が何に困っているかがわかり、解決のために一緒になって汗をかけます。すると自然に信頼関係が生まれ、「今度はあの人を応援してあげよう」とつながっていくものです。
ですから、まずは居心地のいいコミュニティーを探しながら、何らかの活動をしていくと、結果的にもっとお仕事が増えていくと思いますよ。
取材日:2021年9月16日 ライター:小泉 真治 スチール撮影:橋本 直貴
ムービー撮影:村上 光廣 ムービー編集:遠藤 究
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開催レポートはこちら→https://bit.ly/32qbJlA