『ベクシル―2077日本鎖国―』には 日本人賛歌を込めました

Vol.28
映画監督 曽利文彦(Fumihiko Sori)氏
 
3Dライブアニメ――モーションキャプチャーとトゥーンシェイダー(3DCGに2Dのような陰影をつける技術)を併用し、「見た目は2D、動きは実写」を可能にする技術。なにを隠そう、その3Dライブアニメは曽利さんがアメリカ留学中の研究テーマで、2004年『APPLESEEDアップルシード』では、その見事な映像の出来栄えで多くの関係者を唸らせた。 曽利さんと言えばもうひとつ、忘れてならないのは、あの『ピンポン』で鮮烈デビューを飾った監督であるということ。単館上映からメガヒットへという現代日本映画の成功パターンをつくって見せた人が、第2作ではCGアニメの新手法を披露して話題になる。うまく説明できないけど、日本映画の底力とか、制作現場の包容力とかが確実に大きくなっていることを教えてくれる現象だと思う。 そんな曽利さんの最新作は、『べクシル―2077日本鎖国―』。日本を舞台とした、近未来SFです。もちろん、3Dライブアニメです。あっと驚くストーリー、きっちりかっこいいメカデザインと舞台設定。すでに世界公開もばっちり決まっている、話題作のお話を伺いに行ってまいりました。

アメリカ人が「アメリカ万歳」を表現すると、 それは「アメリカis No.1」になるわけですが 『ベクシル―2077 日本鎖国―』は日本人が 「日本万歳」をつくるとこうなるというものにしたつもりです。

『べクシル―2077 日本鎖国―』には、2年半かかったそうですね。

そうですね。私はTBSのCG部員でもあるので、途中でドラマのCGの仕事などもこなしていますが(笑)、基本的にはこの作品にかかりきりの2年半でした。

c2007「べクシル」製作委員会

c2007「べクシル」製作委員会

初の、オリジナル脚本作品でもありますね。

そういうことになります。

どんなストーリーづくりを心がけましたか?

この作品には、日本人賛歌を込めました。『べクシル―2077日本鎖国―』には、当初から世界公開を意識して取り組んでいます。ハリウッドの世界配給作品には、結局「アメリカ万歳」が盛り込まれているじゃないですか、あれです。で、アメリカ人が「アメリカ万歳」を表現すると、それは「アメリカisNo.1」になるわけですが、日本人が「日本万歳」をつくるとこうなるというものにしたつもりです。

日本人のつくる「日本万歳」とは?

日本人の持ち合わせる奥ゆかしさ、自己犠牲などですね。劇中では、2077年の日本政府が世界的にも稀な強権政治を断行しています。その日本で、日本人がどんな生き方、行動をとっているかということに、そんな思いを込めました。日本人をアピールするために、極端な設定をつくったと言ってもいいかもしれません。

脚本づくりで苦労した点は?

ビジュアル先行方の映画って、脚本の段階でビジュアルを説明するのが大変なんです。そうそう書き込めるものでもないので、脚本はサラっとしてたりしますから(笑)。自分の中にあるビジュアルのイメージをスタッフに伝えることには苦労しました。

この作品は、音楽もかっこいいですね。

映画と音楽は、切っても切り離せない関係だと思います。私も、強い思い入れを持って音楽と取り組んでいる。映画というメディアに関わる時、作品を価値ある作品に仕上げようという気持ちと同様に、サウンドトラックのパッケージの価値を高める気持ちが必要なのだと思います。特に日本映画界には、映画音楽をパッケージとして価値あるものにするという意識が希薄だと感じるので、私はかなり意識しています。

この、サントラのそうそうたるメンバーのラインナップもその意識の現われ?

たぶん、これは現在の日本では不可能なことだと思います。特に権利関係の調整は、『APPLESEEDアップルシード』以来の付き合いで、日本でそれができるのは彼らだけというスタッフにやってもらっている。『APPLESEEDアップルシード』と『べクシル―2077 日本鎖国―』の2作品は、そんな部分にも共通性があるのです。

で、『べクシル―2077 日本鎖国―』の出来栄えには、満足していますか?

スタッフが想像を超えるがんばりをしてくれたおかげで、密度感のある素晴らしい作品に仕上がりました。ぜひ、多くの方に観ていただきたいですね。

神様は、会わなければずっと神様ですが、 実際に会ってみると人間であることに気づきます(笑) 『タイタニック』の制作について苦悩するキャメロンの姿は、 リアルだし、インパクトがありました。

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「3Dライブアニメのメリットのひとつは、限られた予算でハリウッドでも実現できないような世界観を再現できることにある」と曽利さんはおっしゃっています。たしかに、『べクシル―2077日本鎖国―』のラストシーンは、圧巻でした。「あれを実写でやったら、いくらかかるのか!」という映像ですね。

そうですね。私は、この作品は実写のつもりでつくっています。3Dライブアニメなら、実写では規模が大きすぎて作品化が困難なものが映像化できる。そこには大きな意義を感じています。特に、映画にかけられる予算に限りのある日本では、重宝するツールなのだと思っています。

自ら確立した技術だということもあって、伝道師的な意識も強いのでは?

ひとつのジャンルに育ってくれればいいなとは思っています。ただ、映画は技術博覧会ではないですから、3Dライブアニメということが前面に出る必要はありません。あくまで勝負は中身ですからね。CGでリアルな人間を描くくらいなら実写でやればいいという意見があるのも理解できますし、私自身CGにこだわるつもりはありません。ちなみに、次回作はほぼ実写のみで撮っています。

『APPLESEED アップルシード』はプロデューサーとしての参加でしたから、3Dライブアニメの監督としては、今回が初作品ということになりますね。

実は、モーションキャプチャーの演出などはほとんど自分でやっていたので、かなり演出には参加していました。でも、やはり他の監督との共同作業だった『APPLESEED アップルシード』に比べると、今回の作業量は倍にはなっています。

曽利さんは会社の留学制度を利用してアメリカでCGを学んでいた。その時に3Dライブアニメのアイデアを持ったわけですが、向こうではジェームス・キャメロンのスタジオで働いていたそうですね。実は、『ピンポン』という人間臭い映画は、キャメロンとの出会いがあって生まれたとのこと。

神様は、会わなければずっと神様ですが、実際に会ってみると人間であることに気づきます(笑)。『タイタニック』の制作について苦悩するキャメロンの姿は、リアルだし、インパクトがありました。その時の体験がテーマになって、『ピンポン』が生まれたのは本当のことです。

技術を操れるのは、いいことです。ソダーバーグだってそうだし、 ベッソンだって自分でカメラをまわす。 そういうことと、意味は同じです。

曽利さんは、CGやVFXが高じて映画づくりをするようになった方なんですか?

それは、ちょっと誤解がありますね。私はもともと映画好きだし、中学生くらいで映画監督を志望するようになった。映画監督への道筋として、特撮監督から入るのもいいなと考えていたタイプです。学生時代にはPC上でCGのプログラムを組んだりしてましたが、あくまで映画の道に進む手段のひとつとして取り組んでいた。樋口真嗣さんや山崎貴さんなど、同年代には私と同じような考え方をした監督が多いと感じています。

それで、TBSに入社した。

私は理系の学生でしたから、友達の多くはメーカーで研究職というコースに乗っています。そんな私にとって、より映像制作に近い場所と考えた時に放送局への就職という結論に達したわけです。

すぐに映像制作をやらせてもらえた?

最初の5年は設備関係の部署で電波設備の設計をしたり、山にこもってアンテナ設置したりしてました(笑)。入社時に演出の希望は出しましたが、TBSみたいな大きな会社は、いきなりやりたいことをやらせてはくれないと覚悟はできてました。下積みの覚悟ですね。5年経って、会社にCG部ができ、そこに異動になったところから映像制作への道が開けました。

演出家がCGなどの映像テクノロジーに精通していることは、演出上のメリットになる?

技術を操れるのは、いいことです。使えないより、使えた方がいい。映像制作に技術は必須ですから。ソダーバーグも、ベッソンも自分でカメラをまわせますし、カメラマン出身の監督は多いです。そういう方はレンズを使いこなし、カメラワークを知り尽くして演出しています。そういうことと、意味は同じです。CG、ビジュアルイフェクトの技術をより深く知り映画づくりに臨むことは、他ではできないものを作る可能性を秘めていると思います。

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では最後に、若手クリエイターたちへのエールをお願いします。

ここまでの、自分の映画監督としての歩みを振り返ると、まず浮かぶのはいろんな幸運に恵まれたなということです。でもそれは、常に、自分で手を上げていたからだとも思っています。大切なのは、チャンスが目の前にきた時に自分から掴みにいくかどうかなんです。私の場合は、諦めずに常に手を上げ続けたことが、今につながっていると思う。決して押しの強い人間ではありませんが、恥ずかしくてもいいからまず手を上げて、逆に自分を追い込むくらいがいいと考えてやってきました。自分は怠け者で怠惰な人間ですが、そういう自分を知っているからこそ、自分で退路を断って、やらざるをえない方向に追い込んでいくのが前進の秘訣になったと思っています。

取材日:2007年7月5日

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c2007「べクシル」製作委員会制作:OXYBOT 配給:松竹 8月18日(土)全国ロードショー 上映時間:109分 公式HP:www.vexille.jp

Profile of 曽利文彦

profile

1964年生まれ。大阪府出身。1986年、TBS入社。1996年に、社費留学制度でジェームズ・キャメロン創設のデジタルドメイン社に参加。CGアニメーターとして『タイタニック』のスタッフに加わる。邦画では『アンドロメディア』(98)、『秘密』(99)、『ケイゾク/映画』(00)などのVFXスーパーバイザーを務め、「百年の物語」(00/TBS系)、「ビューティフルライフ」(00/TBS系)、「池袋ウェストゲートパーク」(00/TBS系)など、数多くのTVドラマでタイトルバック、VFXシーンを担当。02年、斬新な映像が話題を呼んで大ヒットとなった『ピンポン』で監督デビュー。04年、『APPLESEEDアップルシード』をプロデュース。デジタル映像に関して、世界でもトップクラスの知識と能力を持つ映像クリエイターである。 【主な作品】 2002年 『ピンポン』 2004年 『APPLESEEDアップルシード』(プロデュース) 2007年 『べクシル―2077 日本鎖国―』

 
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