アニメ2020.04.22

「会社は作品であり、子供」アニメ制作会社の女性経営者が目指す“幸せな現場”とは?

東京
株式会社ミルパンセ 代表取締役
Naoko Shiraishi
白石 直子

プロデューサーの白石直子(しらいし なおこ)さんが36歳で設立したアニメーション制作会社「株式会社ミルパンセ」。設立から7年の会社は1話単位で下請けする“グロス請け”から始まり、今ではスタッフ20人で制作業務全般を行う“元請け”に成長した。「会社は私にとって作品であり、自分の子供と同じ」と語る白石さん。株式会社ガイナックスから独立した経緯には、夫婦ともにアニメ制作業界の労働環境の中で、子供を作ることが難しかった背景があるという。アニメ制作会社の中でも珍しい若手女性経営者として、キャリアや現場へかける思いを聞いた。

初めてのアニメ作りは、天文部のプラネタリウム

アニメに携わるようになったきっかけを教えてください。

形がないものを形にするというのが昔から好きでした。小学生の頃には、国語の教科書に載っている小説を漫画化して、友達を楽しませていましたね。

高校2年生のとき、天文部に入っていて、文化祭でプラネタリウムを作りました。暗幕に蛍光塗料を塗っただけの簡単なものでしたが、作り始めたら面白くなって、手を広げました。アニメ雑誌『アニメージュ』のアニメの作り方についての記事を参考に、セルに絵を描いて、写真部や放送部の手を借りて神話のスライドを作りました。さらに、星座のクッキーやマスコットを作って、来場した人にお土産として買ってもらって部費に充てました。

その後、アニメを専門に勉強されたのですか?

いいえ。20代前半は色々なアルバイトをしながら、同人誌を作ってコミケに出展したり、友人の劇団を手伝ったり、洋裁をやったり、やりたいことに何でも手を出していました。料理のアルバイトが面白くなって調理師免許も取りました。

アニメの世界へ入ったのもその延長です。26歳のときに、たまたまアルバイトの求人誌にアニメ制作会社「シャフト」で制作の募集があって、「自分もやれるかもしれない」と思い、応募したら採用されたのです。

アニメ業界に入りたかったというよりも、アルバイトをひとつ増やすくらいの感覚でした。

「女性は30歳前に結婚して辞める」と言われて

アニメ業界に入ってみてどう感じましたか?

それまでは楽しいことの延長線上でいろいろな仕事をやっていたのですが、アニメ業界は厳しい世界だと感じました。例えば、飲食店の料理は、店舗の限られたスタッフがその日作ったものを提供し、その場で結果が見えますが、アニメは1話を作るのに大人数が数カ月をかけて作り、お客様の反応を直接感じる機会も少ないんです。アニメ業界における制作という仕事は、全工程における橋渡し役で、集団の軸となる役割でした。私が何か失敗したら、スタッフのかけた数カ月間がすべて無駄になってしまう。今まで経験したどの仕事よりも、厳しさを突き付けられました。

シャフトに入った時、当時の上司から「30歳前でどうせ結婚して辞めるだろう」と言われました。それを聞いて「絶対辞めるもんか」と思いましたね。ただ、やっぱり体力的に厳しい仕事で、体調を崩して辞めることになってしまいました。

その後、アニメ制作会社「ガイナックス」へ転職されていますが?

辞めるあいさつ回りをしていたところ、一緒に仕事をしていたガイナックスから「制作部を立ち上げるので、体調優先で構わないから来てくれないか」と誘われました。シャフトからも「取引先に移るなら、こちらも仕事がやりやすい」と同意を得て移ることができました。

OVA作品のロボットアニメ『トップをねらえ2!』の制作デスクを経て、テレビのロボットアニメ『天元突破グレンラガン』で制作プロデューサーとなりました。

『グレンラガン』は熱量の高いものづくりの現場で、私自身もこの仕事で評価をいただきました。しかし大きな反省もありました。私は新しいものを作るのがただ好きで、走っていくなかで、「大変だ」という周囲の声に気付かなかった。結果、半分のスタッフは一緒に走りきり、もう半分は「やってられるか」と去っていきました。

そんな状況で、一緒に走り抜けたスタッフのみなさんが打ち上げのとき、作品に登場するグレン団の団旗に寄せ書きをしてくれたんです。「この作品に誘ってくれてありがとう」「次の仕事は何?」などと書かれていまいた。今でも自宅に大切に飾ってあります。

子供は断念。「現場を産んで育てる」決意で独立・起業

ガイナックスから独立するきっかけは何だったのでしょうか?

私は30歳過ぎて子供が欲しくなりました。

夫はフリーランスのアニメ監督・板垣伸(いたがき しん)です。『まほろまてぃっく』の現場で出会い、付き合い始めました。夫が他の会社で監督することになり、現場が違うと会えないほどお互い忙しかったので、「家が一緒ならば帰ったら会える」と結婚しました。

ただし、夫は子供を作ることをためらっていました。フリーランスの監督は、ヒット作を作らないと、次の仕事があるかも分からない。そんな状態で、私が仕事を離れたら、養育費は足りるのか。それでも、私は子供が欲しかったので、私がプロデューサーをしていたテレビアニメ『はなまる幼稚園』を夫に見せては、「子供って可愛いでしょ?」と園児の可愛さアピールをしていました。

しかし、その時期に夫が監督の仕事を降板になりました。作品作りが生きがいの夫と、別れるということは考えられない。正直、「子供を作るのは無理になったな」と思いました。「じゃあ、私が一生をかけて育てられるものってなんだろう?」。その延長線上に「会社」が思い浮かんだんです。

『はなまる幼稚園』が終わるタイミングで上司に告げました。「私、アニメに一生をかけることにしました。つきましては、ガイナックスを辞めて独立したいです」と。びっくりする上司に「私を育ててくれたような現場を、今度は私が産んで育てたい」と伝えると、「はぁ、そう来たか」と言われました。後輩を育てることを条件に、辞める了承を取り付け、2012年末に退社。2013年にミルパンセを設立しました。

ブラック労働でいいのか? スタッフが幸せになれる現場作りを

独立してから順調でしたか?

自分の我儘(わがまま)で独立するのだから、一人で出来る事から始めようと思いました。それで、まずは私をフリーの制作プロデューサーとして雇って下さる会社へ入り、自社でできる部分だけの仕事をもらって、それ以外は、先方の会社の現場の人と一緒に作品制作をすることから始めました。

最初の仕事では、元請けの会社で溢れる部分を、制作グロスを受けて下さる会社を探して座組みし、管理だけを行う形。その中で、新人の制作1名と動画マン2名を雇い、作画グロスを受けて下さる会社さんをメインに座組を作り、新人の制作進行に進行を持たせたり、出来る動画仕事を社内用に貰ったり…。そんな“やどかり”のような形を3年ぐらい続けました。

最初のオフィスは阿佐谷の8畳1間。そこから田無の私の3LDKの自宅、荻窪の制作会社さんの中、現在の武蔵関へと移動しました。移転の度にスタッフを増やし、夫が原画マンや演出家を育ててくれた結果、スタッフも増え、グロス受けから元請けへと徐々に移行していけました。

現在のアニメ業界について、どのように感じていますか?

アニメ業界は現在、人手不足で人材の取り合いになっています。このまま日本の人口が減っていく中で、人の取り合いをしていたら、日本で作品自体が作れなくなってしまうのではないでしょうか。外から人を呼んで作るという今のアニメ業界の作り方をこのまま続けていくのは、ちょっと無理があるのかなと思っています。

今、アニメ業界はブラック労働の代名詞みたいになっています。それを肯定していいのかも疑問に感じます。アニメ業界に入った人は、私たち夫婦のように子供を作ることが難しいのか? 凄く大好きな仕事なので、尚更、この問題点を放置せずに改善していきたい。

漫画部とCGアニメ制作会社を設立

会社では新人の育成に力を入れていると聞きました。一緒に働くスタッフにはどのような思いがありますか?

今のアニメ業界の作り方ではなく、一緒に新しい作り方を模索していく仲間を集めたい。だから、固定概念の強い人たちよりも、新人を集めて最低限のスキルを教えていった方がいいと思いました。

監督やスタッフにとっての作品は「フィルム」ですが、私にとっての作品は「会社」です。現場が良くならないと、私の作品は良くなりません。ここにいる人たちが幸せにならない現場なら、作っても意味がないんです。

私自身は、自分がやりたいことを必死にやっていたら人や運に恵まれて幸せにやっていますので、私と同じように、みんなにやりたいことをやらせてあげられる現場を作りたいという思いがあります。

ただ『仕事』という分野で、やりたいことと、やれることが合致する人はまれです。やりたいことをやらせてあげたいけれど、「仕事である以上、まずはやれることで現場に貢献をしてもらう。その貢献値が将来やりたいことをやるときの信用の下支えになる」という話をしています。周囲が「これをやりたいと言っていたよね。手伝ってあげよう」と言ってくれる。それをうちの会社では一番大事にしていますね。

今後の会社のビジョンを教えてください。

設立から7年。それぞれのスタッフが責任ある仕事に向き合ってくれています。新しい取り組みも始まっています。今年から漫画部を立ち上げました。さらに、ウルトラスーパーピクチャーズのアニメ制作会社「サンジゲン」と一緒に、CGのアニメ制作会社「lXlXl」(エル・エル・エル)を立ち上げました。

今後も会社を大きくしていくというよりは、世の中に貢献する形で、スタッフがやりたいことを、どうやらせてあげられるかを中心に動ける場でありたいと思います。そしてスタッフが私のように「誰かに何かをやらせてあげたい」と、会社単位で独立出来るところまで後押し出来るようになりたいですね。

取材日:2020年2月25日 ライター:すずき くみ

株式会社ミルパンセ

  • 代表者名:代表取締役 白石 直子
  • 設立年月:2013年1月
  • 資本金:300万円
  • 事業内容:アニメーション制作
  • 所在地:〒177-0052 東京都練馬区関町東2-15-8-2F
  • URL:http://millepensee.com/
  • お問い合わせ先:TELL:03-5903-9744 FAX:03-5903-9745

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