創業百年の総合印刷会社。出版レーベルを立ち上げ、美術印刷の技術を世界へ
富山県富山市に本社を構える株式会社山田写真製版所(以下、山田写真製版所)。創業は1921年、製版業からスタートし、現在は美術印刷に強みをもつ総合印刷会社として、国内外から信頼を集めています。メガバンク勤務を経て家業を継承した代表取締役社長の山田 康智(やまだ やすとも)さんに、新たな取り組みや今後の展望を伺いました。
銀行での理想的なキャリアから転身し、家業を継承
これまでのキャリアについて教えてください。
2006年に東京大学を卒業し、みずほ銀行に入社しました。初めは中堅・中小企業の法人営業を担当していましたが、経済産業省に出向して金融商品に関する法律の整備を担当することになり、2年ほど携わって銀行に戻りました。
その後は、社内公募の留学制度に合格して、アメリカのセントルイスにあるワシントン大学オーリンビジネススクールに2年間留学しました。MBAを取得し、その後インドのムンバイに赴任、帰国後は人事部に配属されました。
そうした中で、家業である山田写真製版所の経営基盤を強化する必要があり、会社を継ぐかどうかの決断を迫られました。悩んだ末に継ぐという決断をし、今に至るという経緯です。
最初に金融業界を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。
広く世の中を知りたいという知的好奇心があり、一つの業種や業態に縛られずに幅広く触れられる銀行を選択しました。実際、銀行員でありながら役所にも所属し、市場関連の部署も経験し、海外でも勤務するという、幅広いキャリアを積むことができました。
家業を継ごうというお気持ちは、元々あったのでしょうか。
小さい頃は祖父から「継ぐんだぞ」と言われたこともありましたが、成長するにつれて、継ぐか継がないかは一旦置いて、一度社会に出ようと考えるようになりました。ただ、中小企業の法人担当という「経営者と向き合う仕事」に就いたのは、潜在的に家業を継ぐ意識が影響したのかもしれません。
「会社をなくしてはいけない」家業を継ごうと決めた
家業を継ぐ決断を後押ししたきっかけはありましたか?
会社に長年携わってくださっていた熊倉桂三(くまくら かつみ)さんという方の存在です。熊倉さんは業界では「レジェンド」のような方で、有名作家やクリエイターから指名される*プリンティングディレクターでした。 熊倉さんからは「会社を継ぐのならもう5年、自分も頑張る」とも言ってくださいました。当時、75歳を超えていたと思います。
ところが、私が継ぐか継がないかを迷っていたタイミングで、熊倉さんが亡くなられました。2023年4月のことです。
熊倉さんの葬儀に全国から多くのデザイナーの方々が参列されている光景を見て、熊倉さんが携わってくれたこの会社をなくしてはいけないと強く感じ、継ぐと決断しました。
*プリンティングディレクター:デザイナーや写真家などのクリエイターが思い描くイメージ、コンセプトを、印刷技術を駆使して「印刷作品」として形にする専門職。
熊倉桂三さん:https://www.creators-station.jp/interview/seehim/27304
ベテランから若手まで。100年の技術が支える、美術印刷という強み

現在の事業内容について教えてください。
企画から印刷・製本までを手がける総合印刷会社となっています。
社名のとおり、「祖業」は製版です。この業務自体は完全になくなったわけではありませんが、DTPの普及でデジタル化が進んだため、祖父の代に印刷業へと転じ、2000年前後から印刷ビジネスが主力となりました。
貴社の強みはどのようなところにありますか?
色の再現性や品質の高さを求められる印刷を得意としています。例えば美術館の図録や写真家・アーティストの方の写真集、アートブックといった美術印刷の領域に強みがあります。
プリンティングディレクターという、お客さまと伴走しながら製版から印刷オペレーターへの指示までを担う役割を、社内に6人置いています。
製版時代からのスキャナー業務で色を扱ってきたベテラン世代に加え、印刷オペレーターの経験を積んだ若手世代もいます。職人でありながらお客さまの意図をくみ取り、説明やディレクションもできる人材を厳選しています。
ニューヨークの世界的ギャラリーから届いた、直々のオファー
印象に残っている事例を教えてください。
印象に残っているのは、ニューヨークを拠点とするPaceギャラリー本部から直接ご依頼をいただいた案件です。2024年、同ギャラリーが日本進出にあたり麻布台ヒルズに開設した東京拠点で、最初の展覧会図録の印刷を担当しました。
この案件につながるきっかけとなったのが、アーティストの田名網敬一(たなあみ けいいち)先生の作品集の印刷を担当したことです。その作品集の印刷や製本がニューヨークで高く評価され、Paceギャラリーのニューヨーク本部から展覧会図録の印刷を直接ご依頼いただきました。日本らしさを表現するため、和紙を思わせる風合いの紙をご提案したことも評価いただけたんです。この案件を機に、日本だけでなく、Paceギャラリーが海外で開催する展覧会図録の印刷もご依頼いただくようになりました。
出版事業で目指す、「世界から選ばれる」印刷会社への道
今後どのような会社を目指しますか。
代表に就任した直後、業界団体の研修旅行でニューヨークを訪れた際のことです。写真集の専門店に世界中から人が集まり、本に直接触れながら印刷について語り合う様子を目にしました。当社の印刷技術は国内で高く評価されているものの、こうした場では無名に等しいという現実を実感し、もっと直接、印刷の先にいる方々とつながる必要があると考えました。
これがきっかけで、2025年から「YAMADA Book Publishing」というレーベルでアートブックに特化した出版事業を開始し、自分たちの技術を詰め込んだ作品づくりを進めています。1作目では、堀米春寧(ほりごめ はるね)さんの画集『I vvonder』を出版しました。堀米さんは、ドローイングやペインティング、刺繍などを用いて光や影、祈りを主題に制作活動を行う絵描きです。第67回全国カタログ展(図録部門)最高賞「経済産業大臣賞」をいただくことができました。
レーベルのロゴマーク「P」には、プリンティングとパブリッシングの意味を込めると同時に、熊の手跡のように見えるデザインにしてもらいました。生前「出版をやりたい」と語っていた熊倉さんへの敬愛も込めています。
YAMADA Book Publishing 刊行の第一弾タイトル 画集『I vvonder』
YAMADA Book Publishing 刊行の第二弾タイトル 写真集『虹』
ニューヨークでイベントも実施されましたね。
YAMADA Book Publishingの3作目は、写真家の鷹野隆大(たかの りゅうだい)さんの写真集『IN MY ROOM REVISITED』です。第31回木村伊兵衛写真賞を受賞した鷹野さんの写真集『IN MY ROOM』を再編集・復刊したものです。この本のローンチは、ニューヨークにある、国際写真センター(International Center of Photography、ICP)で、鷹野さん自身が登壇するトークイベントに合わせて実施しました。
出版というビジネスを立ち上げるきっかけとなったのがニューヨークでした。その地でローンチイベントを行うことができたのは感慨深かったですね。
YAMADA Book Publishing 刊行の写真集『IN MY ROOM REVISITED』
著名なアーティストとお仕事することも多いようですが、どのように仕事の幅を広げているのでしょうか?
出版事業を開始したことで、印刷を受注するという従来の「待ち」の姿勢ではなく、企画をつくって自分たちからアーティストの方に提案できるようになりました。出版事業を通じて、これまで接点のなかったアーティストやデザイナーの方々との新たなつながりが生まれました。一冊の本づくりをきっかけに信頼関係を築くことができ、その後、新たな印刷の仕事をご依頼いただく事例も生まれています。
出版事業を通じて自分たちの印刷技術の価値を高め、日本だけでなく世界からも選ばれる印刷会社を目指し、海外展開にも取り組んでいます。
こだわりに、同じ熱量で向き合える人を求めて
教育体制や採用について教えてください。
実案件に即して先輩社員が指導するOJTが基本です。専門学校とのつながりから印刷オペレーターを継続的に採用できており、若手のうちから現場に立たせて技術を学んでもらう体制を大切にしています。最近、ホームページに採用ページを設けたところ、多くの応募をいただくようになりました。挑戦している姿勢に魅力を感じて応募してくれる方が多いようですので、今後もさまざまな挑戦を続けたいと思います。
入社を検討しているクリエイターに、どのようなことを求めますか?
お客さまであるアーティストやデザイナーの方々のこだわりに、同じ熱量で向き合うことです。一見、無茶に思える要望があったとしても、できない理由を探すのではなく、どうすれば実現できるかを考えてほしいと思います。大切なのは、ものづくりに対するこだわりへの熱量であり、お客さまが目指す方向性を理解した上で、それを実現する方法を提供することに徹する姿勢だと思っています。
取材日:2026年6月19日 ライター:川村 忠寛
株式会社山田写真製版所
- 代表者名:山田 康智
- 設立年月:1951年12月(創業1921年5月)
- 資本金:4,500万円
- 事業内容:美術印刷、商業印刷、小ロット印刷、デジタルアートプリント、企画、デザイン・制作、製版、デジタルアーカイブ、製本・各種加工、出版、展示会サポート
- 所在地:〒930-0063 富山県富山市太田口通り2-1-22
- URL:https://www.yppnet.co.jp/
- お問い合わせ先:TEL 076-421-1136






