30年のキャリアはネット業界の発展と変化とともに。AIとも自身の経験を照らし合わせて向き合う
インターネット黎明期にその可能性に魅了されスキルを磨き、30代で起業した株式会社KIDOLIN(キドーリン)の松野 義幸(まつの よしゆき)さん。現在はWeb開発の分野でシステムとユーザーをつなぐ、フロントエンドエンジニアリングのほか、ホームページ制作、グラフィックデザインなど、幅広い事業を展開しています。長きにわたりネットの世界が常に変化するのを目の当たりにしてきた松野さんは、業界を席巻するAIという新たな波にどう向き合っているのか。これまでの経験を踏まえて、自身の考えを語っていただきました。
あえて厳しい状況を選び、ネットの知識を吸収
これまでのキャリアを教えてください。
大学卒業後の1996年に大手通信機メーカーに入社し、約3年勤めました。その後、ホームページを作る会社に転職し、そこでも3年ほど業務をこなしたのち、いまの会社を立ち上げて、現在にいたります。
なぜ転職をされたのですか?
最初の会社に就職した前年、1995年が日本のいわゆる“インターネット元年”といわれています。当時、一般的には「インターネットって何?」という状況でしたが、僕は業界的にも「これからインターネットがすごいことになる」と知ることができました。
そのため、勤めていた会社も今後のことを見据えてネット系業務に注力するのだろうと思っていたのですが、まったくそうではありませんでした。有能な先輩たちがインターネットの可能性を真剣に話しているのを聞く中で、自分もその世界で技術を磨いて進む将来を真剣に考えるようになり、転職することにしました。

2社目で、いまの業務に役立つスキルを身につけたのですね。
転職するなら、できる限りインターネットに関する実践スキルを得たくて、小規模な会社でしたが、直接現場で鍛えられる環境を選びました。
2社目は、覚悟はしていたものの、今でいう“ブラック企業”のような状況でした。インターネットについて誰もが手探り状態で、右も左も分からなくても、「とにかくやれ」という感じでしたから。ただ、会社の雰囲気は悪くはなかったですし、目の前の仕事を無事終わらせなくてはいけない、と僕もがむしゃらでした。3年ほど鍛えに鍛えられましたが、会社が倒産してしまったんです。新卒で働き始めてから6年ほど経ち、自分なりの仕事の仕方というものを身につけていたので会社を立ち上げることに決めたんです。
アメリカで培った“自分で開拓”するスピリットが今に

“いつかは起業したい”という思いはあったのでしょうか?
はい。僕はアメリカの大学を卒業しているのですが、文化や人々の精神を直接感じて過ごせたことで、1人でなんとか対応して乗り越えていく“自分で開拓する”精神みたいなものが身についた気がします。はじめはまったく英語が話せなかったのが日々奮闘するなかでだんだん話せるようになるなど、道を切り拓いていく経験を積むことができました。それに“アメリカン・ドリーム”が誰にでも起こりえる事を理解できたこともあり、「自分がどこまで出来るのか試したい」という思いは、当時から芽生えていたと思います。
現在、会社ではどのような業務を行っていますか?
ホームページ制作およびフロントエンド開発です。フロントエンド開発は、わかりやすくいうとユーザー(利用者)と、コンピューターやアプリケーション、ウェブサイトなどのシステムとの間で、情報をやり取りしたり、操作を行ったりするための画面づくりです。この開発部分がシステム全体の目的にふさわしい作りになると、使いやすいサービスとして利用されることになります。そのために、画面レイアウトや操作などの使いやすさを考え、システムエンジニアの方々と連携してコーディングに落とし込む業務がメインになっています。
またホームページ制作、パンフレット制作、名刺のデザインなども請け負っています。街の活性化につながる活動にも参加していて、相談に乗ることもあります。そういう場で思いがけない出会いがあるので、人とのつながりは大切にしています。
同社の強みを教えてください。
小回りが利くことが僕たちの武器であり、強みです。大企業の開発業務に関わったとき、僕たちのような小さい集団だからこそ能力を発揮できる瞬間が何度もありました。僕たちの会社の規模は決して大きくありませんが、その分大企業クライアントからの相談も直接聞くことができ、信頼できる仲間とフレキシブルに動けることで、彼らの要望にダイレクトに応えてきました。感謝の言葉を直接いただく機会が多く、このスタイルが合っているみたいです。
使う側と作り手をつなぐ“ハブ”としての責任感
メイン業務であるフロントエンドの仕事での面白みや醍醐味とは?
“ハブ”としてクライアントとシステム設計・開発者の声を取り入れながら、ユーザー目線で最適な提案ができることです。よく聞く話として、クライアント側は「こうしたい」とリクエストしても、開発側に「それは難しいです」と言われて実現しないケースがあるようです。しかし、フロントエンドの開発者としてしっかり技術がついてからは「こうすればできます」と提案できるようになり、さらにいまはAIの助けを借り、活用することで対応可能な範囲がどんどん広がっているんです。利用者と開発者の間に立つ“ハブ”としてとても重要な役割を担っているとの思いはありますね。

事業で今後、強化したいことは?
技術的な面では、AIは無視できませんね。ついこの間までは手間暇かけて作っていたものの多くが、AIを使えば短時間で済ませることが出来ますから。もともと進化の激しい業界ですから、AIを使いこなせることがこれからの価値創造にも大きく影響すると思っています。
ただし、AIに頼って作ったものの、クオリティーは詳細や品の質の面ではまだ“黎明期”なんです。AIで生成されたものを自分たちでしっかりと精査して、納品レベルにまで落とし込む作業はまだしばらくの間必要だと思いますが、この作業もなくなるほどAIが進化するのはそう先のことではないと感じています。
AIを使ううえで気をつけていることはありますか?
AIを使えば何でも簡単に早くできる。そう思っている方もいるんじゃないでしょうか。ホームページやシステム開発においてはAIをフル活用して納期を短縮したとしてもすべてがAI頼りだったら、後々苦労すると思います。たとえば、後日アップデートや改修が必要になった際にそこまで考えられた設計であったか、他に影響のないよう全体を把握して変更や修正が楽に行えるか、といった点では疑問が残ります。ただ、AIを使ったために手間のかかる改修作業になったとしても、その時点のAIを活用しながらの作業にはなることが思い浮かびます(笑)
長い期間、お客さまが安心して使っていただけるものを納品するためにも、主導権は常にAIではなく人が持つべき。そして、しっかりとしたものを作るからこそ、AIに頼るべき業務があるという認識ですね。
若者へ伝えたい「何をやっても大丈夫」

今後の展望があれば教えてください。
インターネットに合わせて、社会はシステムやスタイルなどを構築してきていましたが、AIが急激に進化し始めてからというもの、ちょっと混乱状態に陥っている気がします。そんなインターネットとAIが融合していくちょっとしたカオスないまのタイミングだからこそ、知見を共有する場が必要だと思います。それもあえてオンラインでなく、実際に集まる場所を作れたらそんなのも面白いのではないかと思っています。
同業者に話すと、「いまさら対面でなんて」と言われますが、AIを最大限活用したいからこそ、この使い方に慣れていない人達とコミュニケーションを高めて、何か出来たらと考えています。
若手時代から現在まで、さまざまな経験をされてきたと思います。若い世代の皆さんに伝えたいメッセージはありますか?
「何をやっても大丈夫だよ」ということは伝えたいです。若いときって、悩むことばかりだし、気持ちがへこむこともあると思います。僕もそうでしたが、振り返ると大丈夫だと励ましてくれる人がいて、それだけで救われたんです。だから、試してみたいことがあれば臆することなくトライしてほしいです。だって、若いときぐらいですよ。寝る暇を惜しんで何かに取り組めるのって。なにも真面目な話ばかりじゃないですよ、少しぐらいバカなことをして失敗してもいいんです。若いからこそ全力でいろんなことを試せることもあります。あとで「あのとき、すべてをやりきった」と思えて、自信にもなりますし、後々自分のことを支えてくれると思います。
取材日:2025年11月6日 ライター:田中 あおい
株式会社KIDOLIN
- 代表者名:松野 義幸
- 設立年月:2004年6月
- 資本金:1,000万円
- 事業内容:インターネットコンテンツデザイン及び制作/イラスト制作/グラフィックデザイン/企業ツール制作/映像関連
- 所在地:〒108-0073 東京都港区三田3–1-23 メザキビル5F
- URL:https://www.kidolin.jp/
- お問い合わせ先:03-5419-7788






