愛する広島を拠点に日本各地、そして世界を撮る。旅を愛し、旅に学んだ軌跡
世界中に愉しみを創造したい。広島の映像制作会社・株式会社ライフマーケットは、そんな思いを胸に広島からクリエイティブを発信しています。東京、福岡、さらには世界へも目を向けながら、軸足はしっかり地元に置いて。まだ知られていない広島、瀬戸内の魅力を伝え、地域の課題解決にもつなげようと専心して取り組んでいます。 学生当時のバックパッカーの経験が今の仕事につながっているという代表・元 圭一(もと けいいち)さんにお話を伺いました。
「旅をしたい」から始まった写真家としてのキャリア。やがて独立、起業へ
なぜ、写真家を目指されたのですか?
大学生の頃、バックパッカーでアジアを中心に旅するほどの旅好きだった私は、「写真家なら旅をしながら仕事ができるのではないか」と思い付き、たまたま見つけた求人に応募し、写真館への就職を決めました。大学卒業後の2年間は、その写真館で結婚式や卒業アルバムなどの撮影に携わっていたのですが、もっとクリエイティブな写真を撮りたい、という気持ちが強くなり、上京を決意しました。
東京では、写真家の操上和美氏に師事したいと思っていたところ、ちょうど新規採用の募集があったので応募しました。当時、既に操上氏は巨匠として知られている存在で、今から思うと無謀な挑戦でしたが、何故か面白がってもらい採用が決まりました。小学生が東大に入るような感覚の飛び級採用だったので、仕事が始まってみるとそれは大変でしたが、3年間必死で頑張りました。
その後、広島へ戻り、2006年に写真事務所CACTUSを設立。本格的に写真家としてのキャリアをスタートしました。
ライフマーケット設立のきっかけ、社名への思いを教えてください。
独立以降、広告の仕事を月に数十本と、寝る間もないくらい撮影に追われていました。ちょうど子どもが産まれた頃だったのですが、家族とのコミュニケーションもまともに取れない日々を過ごしていました。やがて2011年、東日本大震災が起こり、現実とは思えないような光景を目の当たりにして、私自身の意識に変化が起こり始めました。
「何でもない日常を大切にしたい」「家族との時間も大切にしたい」「写真以外のこともやりたい」。そういった思いが芽生えたことを機に、13年株式会社ライフマーケットを設立しました。
“棚に商品がズラリと並ぶマーケットのように、自分たちのやりたいことに価値を付け、人生を豊かにしてくれる商品を提案する”といった意味を込め、「ライフマーケット」と名付けました。
事業運営していくうえで、写真はもとより「ファインダーの周りの世界も伝えたい」という思いがあります。イベントや店舗運営など実験的な活動を通じて、一枚の写真に留まらずその本質を知ってもらう体験、立体的な提案を含め、事業を展開しています。
地方発クリエイティブのチカラを信じて。より熱い思いを伝えるために、人一倍汗をかく
写真が使われた優れた広告作品などを表彰するAPAアワード(公益社団法人日本広告写真家協会主催)など、多くの受賞に寄せる思いをお聞かせください。
APAアワードに応募したきっかけは、クリエイティブとしてのレベル確認、といった目的が一つの理由です。また、1年間携わってきた仕事の振り返りでもあり、アーカイブ的な意味合いもあります。
そして何より、賞に応募できるレベルの仕事を形にするためには、それなりに汗をかいて、クライアントをはじめとした周囲に理解をもらい、クリエイティブとしての思いを伝えなければ実現しません。汗をかいて作り上げてきた仕事を作品として応募すること、もちろん受賞という結果は、作り手としてのモチベーションアップにもつながっていると思います。
ですが、実際には受賞についてあまり執着はありません。一つの仕事が終われば、もう次の仕事へ気持ちは向いていますから。ただ、受賞したことで、自身の方向性を顧客にアピールすることにつながっていると感じています。
数多く手がけられてきた中で、特に思い出深い仕事の一つを教えてください。
少し前になりますが、広島を拠点とする建築会社・山根木材のテレビCMを制作したことがあります。世界各国の素材を生かした家と、広島の木材で建てられた山根木材の家を映像で表現し、“地元の素材で建てる家をPRする”というコンセプトとなっていました。
トルコ、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、ハワイ、計5カ国で撮影をしたのですが、一カ所につき5日から7日ほどの滞在期間の中で、ロケ場所、地元の出演者などを決め、撮影をするといった流れの仕事でした。わずか数名のチームで撮影は私1人、行き当たりばったりで臨機応変な対応が求められる現場を、発想力と度胸で乗り切ったように思います。
バックパッカーで旅していた学生時代、トラブルさえもポジティブに受け止め、面白がって前に進んでいた、そんな経験が生かされた仕事でもありました。大変な思いで作り上げた分、今となっては記憶に残る仕事となっています。
広島、東京、福岡の3拠点で写真事務所や編集スタジオなどを運営されていることについてお聞かせください。
広島をベースに仕事に携わっている若手社員たちが、「東京の仕事にも挑戦してみたい」と思った時、会社を辞めて東京で仕事を探す、となると一大決心が必要になりますが、東京にも拠点があれば気負わず挑戦することができます。広島でも東京でも、そして福岡でも、それぞれの場所で仕事に挑戦できるよう、それぞれに拠点を設けています。
拠点を分けていれば、東京でいただいた案件を広島で形にする、といったことも可能です。場所を選ばず、チャンスさえあればいろいろな仕事に挑戦できる環境を整えたい、との思いからです。
今後は、海外にも拠点を広げたいと考えています。軸足は広島に置きながら、日本各地や世界へ出向き、いろいろな仕事に挑戦できる、一カ所に留まらず広い世界を見る、そんな働き方ができれば良いなと思っています。
経営者から写真家へバランスをシフト。この先の10年をかけて、愛する広島に貢献したい

地元広島、瀬戸内に対する思いやこれからの展望について教えてください。
47都道府県、各地の離島、そして世界各国と旅してきましたが、そんな中でも広島や瀬戸内という地域はかなり魅力的な場所だと感じています。瀬戸内ならではの多島美は、年齢を重ねるほどに沁みてくるものがあります。デルタでできている広島の街は、川べりに雁木(がんぎ)があり、独特の景観を見せてくれていますし、川を生活の道具や場として利用してきた川文化の長い歴史があります。また、北前船の寄港地として栄えた地域もあり、海や川で文化の交流が生まれた場所がたくさんあります。
素晴らしいロケーションはもちろんですが、そこにある文化や気候風土など魅力的なポテンシャルが満載なのです。東京で忙しく仕事をして疲れていても、広島に帰ると良い気がもらえ、元気になれます。広島を起点にしながら東京、福岡、日本各地や世界各地を飛び回る、私にとって地元広島はとても大切な場所なのです。
そんな愛する広島、瀬戸内地域に貢献したいという思いがあり、もうすぐ50歳を迎えるのを機に、60歳までの10年間でこの地域の課題解決に取り組みたいと思っています。魅力的でポテンシャルの高い地域ではありますが、若者世代の人口流出日本一が続いています。若い人たちが働く場がない、と思っていることが理由の一つでもあります。広島に帰りたいと思っているUターン、またIターン予備軍、そんな人たちにこの地域の魅力を伝え、働く場所、住む場所としての価値を、あらためて見つけてもらえるような仕組みづくりを考えたい。今はまだ準備段階ですが、これまで培ってきた人とのつながりを生かしながら、多くの人の共感を得られるようなアウトプットを考え、地域課題の解決を実現していきたいと思います。
若手クリエイターや、クリエイターを目指している方へメッセージをいただけますか?
まずは、自分自身がワクワクすること、気持ち良いと思えることを追求してもらいたいと思います。矛盾するようですが、自分らしさを突き通すために、自分らしくないことも引き受ける、そんな覚悟を持てると良いのではないでしょうか。自分らしくないこと、やりたくないことを乗り越えるためには、ただがむしゃらに頑張るというより、しっかり考えて効率的に頭を使う、思考することが大切だと思います。
個人として、これからの目標や夢など、教えてください。
50歳を機に私自身は社長職から引退するつもりです。今いる若手社員たちをそれぞれの拠点の会社の社長に据え、私は社長のマネージメントをする立場で現場からは一歩引くことを予定しています。
ライフマーケットを組織して以来、社長としての業務に多くの時間を費やしてきました。できれば実現したいと思っているのは、後進に道を譲り、私はいち写真家として撮影しながら世界中を旅して周る、という計画です。
取材日:2025年3月13日 ライター:村上 雅水
株式会社 ライフマーケット
- 代表者名:元 圭一
- 設立年月:2013年10月
- 資本金:100万円
- 事業内容:
□撮影業/写真・映像・ドローン(広島/福岡/東京)
□撮影スタジオ運営(広島)
□映像制作業(広島/東京)
□映像編集スタジオ運営(広島/東京) - 所在地:〒734-0007 広島県広島市南区皆実町1丁目11-7-2(本社)
- URL:https://lifemarket.co.jp/
- お問い合わせ先:082-207-1885(本社)
- Mail:info@lifemarket.co.jp