「当たり前」を支える「当たり前じゃない」技術と情熱。ご近所さんの一言で発想した和紙工芸キット
東京の浅草橋にある「さくらほりきり」は誰でも簡単に高品質な和紙工芸作品やアート作品が作れるキットを提供するお店です。なぜ誰でも「当たり前に」作品を作ることができるのでしょうか。その背景には、製品開発を行うクリエイターの「当たり前ではない」高い技術と情熱がありました。株式会社さくらほりきりの代表取締役社長の堀切 俊雄(ほりきり としお)さんに創業背景や「当たり前ではない」を「当たり前」にする秘けつをお聞きしました。
「やりがいってなんだろう」。職人気質の父が起業した会社が、その答えだった
さくらほりきりさんの事業内容を教えてください。
私たちは京友禅和紙とクラフトキット専門店「さくらほりきり」で販売している商品の企画製造および通信販売と、浅草橋にある店舗運営を行っている会社です。商品のすべてが自社制作となっており、企画からデザイン、キットで使う生地の選定までを商品企画職のデザイナーが担当しています。
創業背景について教えてください。
「さくらほりきり」は父である堀切 彌太郎が1977年に創業した会社で、私は4代目社長になります。元々父の実家は家業で商品を包む贈答用の箱を作っていました。父は箱職人として働いていましたが、オイルショックが起き、全国のスーパーからはトイレットペーパーがなくなる社会現象が起きました。石油を使った紙製品を廃止しようとするノーパック運動が広がり、突然、箱の受注が途絶えました。
仕事がなくなった父は、あるできごとをきっかけに私が5歳の時に起業を決心したそうです。
現在のサービスはどのようにして生まれたのでしょうか?
ある日、外国の方のお土産用に友禅和紙を貼った箱を作ってほしいという見積依頼が入りました。父はこの仕事を取りたいと思って一生懸命サンプルを作っていたのですが、近所に住んでいたおばさんが急に作業場に入ってきて、「あら、可愛いわね。私にも頂戴よ」と声をかけてきたそうです。しかし、そのサンプル品はクライアントに提出するために作ったもの。そこで、余っていた予備の部材をおばさんに渡し、自分自身で作ってみるように促しました。父としては、あまりに多忙だったので追い返す意味もあったといいますが、これが大きな転機になりました。
なんと数日後、おばさんが「できたわよ」と自分で作って持ってきたんです。父は自分が職人だからこそ作れるのであって、素人が作れるわけがないだろうと思っていたのですが、おばさんの喜んでいる姿を見て「これだ!」と思ったそうです。
「一般の誰もがまるで職人が作ったかのように完成度の高いものを作れるキットを販売するのはどうだろう。“自分で作る喜び”の付加価値を商売にしよう」と。
今のさくらほりきりにつながる新しいビジネスモデルが生まれた瞬間でした。
堀切さんは4代目とのことですが、元々継ごうと考えていたのですか?
実は幼少期から「お前は継がなくていい」と父からいわれていたので、元々継ぐことはまったく考えていませんでした。職人気質の父とは異なる性格だったので社長業は合わないと思ったのでしょう。
ですので、私は一般企業に就職し、OA機器メーカーの営業職として働いていました。営業の仕事自体はとても楽しく、与えられた数字目標に向けて仕組みを考えながら取り組んでいましたが、仕事をしていくなかで、多様な会社や人との間で価値観の違いが生まれ、やりがいを見失うことも出てきました。そして「自分にとってのやりがいってなんだろう」「何のために働くのだろうか」「世の中にとって意味がある仕事ってなんだろう」と考えるようになりました。
そうやって考えた先に浮かんだのが、さくらほりきりだったんです。さくらほりきりの価値である“自分で作る喜び”は、お客さまのためを思っているからこそ生まれる仕事です。それって純粋にすごいことだなと思い、「さくらほりきりに入社したいです」と父に伝えることに決めました。
新卒クリエイターが育つ土壌。合言葉は「お客さまが魅力的に感じる作品にしよう」
さくらほりきりさんのこだわりは何でしょうか?
私たちがこだわっているのは、「高クオリティーなのに誰でも当たり前に作れる」というところなのかなとは思います。最近同じようなキットを販売するメーカーさんはいらっしゃるのですが、やはり完成度であったり、誰もが簡単に商品を作れるようにするための工夫は弊社独自のものが多く、やろうと思ってもなかなか真似できないと思います。一見見た目は同じような作品に見えても、作りやすさがまったく違うと思います。
日本人って自分は不器用だって思い込んでいる方がすごく多いんですが、一度作ってみたらその楽しさや手軽さがわかるんじゃないかなと思います。体験をした記憶というのはとても重要です。子どもの頃に家族旅行で来店し和紙工芸品を作ったことがあるという海外の方が、大人になって友人を連れてまた来店してくれたということがありました。「日本での旅行のなかで、最も楽しかった思い出として残っていた」といっていただきました。
「高クオリティーなのに誰でも当たり前に簡単に作れる」って、実はとてもすごいことだと思うのですが、そのための仕掛けってあるのでしょうか?
そうですね。いろいろな商品があるんですけど、基本的には一番大変なところを弊社が担当することで、誰でも簡単に作れるようになっているのがポイントだと思います。
つまり、工程を分けているんです。プロだからできる工程と誰でもできる工程を切り分けることで、一般の方でも簡単に作ることができ、楽しいと思える体験を生み出すことができます。例えば、採寸や切り出しといった技術が必要だったり、面倒な部分はあらかじめ加工してキットにしているため、お客さまは作って楽しいと思える部分のみ体験でき、満足できる完成度に仕上がります。
これらはお客さまのほとんどはあまり気に留めない部分だと思うのですが、初代社長の父が職人だからこそ、生まれた発想だと思います。
商品企画職の方の発想や技術があってこそですね。会社のどんなところに共感して、お仕事をされているのでしょうか?
美大から新卒で入社する方がほとんどですが、最近は出戻りも多いんです。他社で働いて広く市販される商品を作ったけれど、一般的に代理店や小売店を通して販売するため、お客さまの反応がまったくわからず、「この仕事は自分じゃなくてもいいのではないか」と思ってしまうそうです。一方、「さくらほりきり」は直販なので、お客さまのリアルな声を聞くことができます。
昔は組織としてトップダウン的な性質も強い面があり、上司の指示どおりにデザインを直すことが多かったですが、今は皆で考えて作りあげることを大切にしています。
合言葉は「お客さまが魅力的に感じる作品にしよう」。お客さまの声に耳を傾け、皆で協力して商品化するプロセスを大切にすることで、それを次の製品開発に生かすことができる体制になっています。結果的に、年々クオリティーが上がり、バリエーションも広がってきています。
作って楽しいだけでは終わらない。誰かにとって「生きがい」になる体験を生み出すサービス
これからについてもお聞きします。展望はありますか?
デジタルの時代となり、いろいろなものが効率化され、世の中はどんどん変化していっています。その一方で、アナログな体験が逆に見直されて来るのではないかと思っています。デジタルになればなるほど、アナログな体験価値が上がってくる。手作りをするのが苦手な人ほど、自分で作れた時の感動は大きいはずです。
日本は超高齢社会。歳をとると足腰が痛くて遠出がしづらくなってしまうなど、できないことが年々増えていくので、やりたくても諦めるしかないという考えになっていきがちです。そんななかでうちの商品だったら「これからでもまだまだ楽しめる」といっていただけるような価値を提供したいです。ぜひ新たな趣味として、一度体験してほしいと思っています。
実際、90代以上の方から「もっと大きいサイズの商品を出してほしい」「さくらほりきりのキットをやるのが唯一の楽しみで生きがいなんだ」というお手紙やお電話をたくさんいただいております。
歳をとるほど、生きがいを見つけるのって本当に難しくなってきますが、さくらほりきりの商品が誰かの生きる希望になれたらとてもうれしいです。「もっと手作りを楽しみたいから、もっと生きるのを頑張ろう」と思ってもらえたら。
最後に読者であるクリエイターにメッセージをお願いします
さくらほりきりの始まりは職人が箱を作って卸す会社でしたが、時代が箱を求めなくなり、お客さまに手作りをしてもらう楽しさを提供する方にシフトしました。今も何か問題が起きた時は、父の言葉である「困った時には発想の転換」を念頭に置き、事業を続けています。
何かアート作品を作りたいとか部屋に置きたいと思っても、クリエイターなら自分で作ることができるけれど、一般の方にはハードルが高い。でも、うちのキットであれば簡単に作ることができます。
周りの人に喜んでもらうためには何ができるか、どういう表現方法があるかを考えると、できることが広がっていきますよね。
それを考えていくのがクリエイターなのかもしれません。クリエイター自身が視野を広げることで、可能性を広げていくことができると信じています。
取材日:2024年7月9日 ライター:吉田 めぐみ
株式会社さくらほりきり
- 代表者名:堀切 俊雄
- 設立年月:1977年2月
- 資本金:1600万円
- 事業内容:オリジナル手芸キットの企画制作、販売事業
- 所在地:〒111-0052 東京都台東区柳橋 1-25-3
- URL:https://www.sakurahorikiri.co.jp/corp/
- お問い合わせ先:上記コーポレートサイト「お問い合わせフォーム」より