グラフィック2020.12.16

仕事を通して、伝統ある文化芸能を守り、後世につないでいきたい

福岡
シップス株式会社 代表取締役
Yoshihiro Kitamura
北村 義弘

「博多どんたく」やアジアフォーカス・福岡国際映画祭」といった福岡の文化芸能イベントのプロデュースをメインに、さまざまなプロモーション活動を手掛けるシップス株式会社。代表取締役の北村義弘(きたむら よしひろ)さんは、学生時代にイベントの面白さに魅了されたことがきっかけで、およそ30年にわたり広告業界でイベント制作に関わってきました。起業のきっかけや仕事をするうえで大切にしていること、今後の展望などを伺いました。

イベントを企画したくて広告代理店に入り、会社を設立

北村さんが広告業界に入られたきっかけを教えてください。

私は佐賀出身で、大学を卒業してアパレルに3年半勤めた後、広告業界に入りました。大学のときに学園祭の実行委員長を務めて、ものすごく大変だったんですが、最終日の夜に上げた花火を見ていたら、思わず涙がボロボロとこぼれてきたんです。自分はこういうのが好きだと自覚して、新卒で広告代理店に就職しようとしたものの、どこにも受からなくて。

しかし、アパレルで働いていても思いを断ち切れず、1991年に福岡の広告代理店に転職しました。

その広告代理店では、どのようなお仕事をされたのでしょうか?

希望通りイベントを中心に任せてもらい、恵まれたことに「博多どんたく」の担当になりました。5月3~4日に行われる市民の祭りで、200万もの人が集まるんです。私は、パレードに参加するいろいろな企業の山車や音楽、踊りなどをプロデュースする役割を担い、多いときは十数団体の準備から当日までサポートしました。

その後、県下のマーチングバンドを集めてパレードをするという企画が持ち上がり、幼稚園から小・中・高校・大学、自衛隊など約40団体をまとめる事務局もやらせてもらい、8年間随分勉強させていただきました。

それから、なぜ独立されたのでしょう?

きっかけは、大きく2つあります。まず、人にすすめられて1997年に読んだ「2020年からの警鐘」という本です。その本には、このままだと日本は2020年に沈没すると書かれていて、自立した人間にならなければと意識しながら日々仕事に向かっていました。

そして、前の会社が1つの事業に集中するという方針を打ち出したことです。私が目指す方向とは違っていたので、考えた末に独立しました。その際、私が担当していたイベントと、いまでもお付き合いのあるLPガス業界の事業は、その会社ではやらないということで、新しく立ち上げた「有限会社ブレネット」で引き継がせてもらうことになりました。1999年のことです。

祭りや映画、伝統芸能など、文化芸能事業全般を手掛ける

現在のシップス株式会社を立ち上げられた経緯を教えてください。

「オフィスわく」という会社と合併して、2016年にシップスを設立したのです。「オフィスわく」は前職の上司が作った会社で、業務内容やクライアントが私の会社と似通っていて、元上司の年齢的なことが関係していたことも合併した理由です。

現在の業務内容について教えてください。

新型コロナが広がる昨年までは、約4割がイベント関連でした。特に毎年10月から翌年1月前半くらいまでは、正月を除いてほぼ休みがなく、土日はどこかでイベントをやっているような状況でした。ですが、2020年はイベントがほとんどなくなり、厳しい状況ですね。

しかし、弊社は印刷物の制作や総合広告サービスなど、幅広く手掛けています。先ほどお話したLPガス業界にも長く関わっていて、展示会のお世話や販促物、啓発用ツールをはじめ、最近はウェブ制作も少しずつ増えてきました。

さらにもう一つ、当社の特徴として、文化芸能事業に力を入れています。毎年、福岡で行われている「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」の関連企画として、当社が主催している映画祭があります。また、日本舞踊や三味線といった伝統芸能の公演をお手伝いしたり、書家の企画なども毎年行っています。

30年近く広告業界で働かれて、特に印象に残っているお仕事は?

「博多どんたく」で、マイカルさん(現・イオン)のパレードのお手伝いをしたことです。コンペで数社の提案の中から弊社の「昔のどんたくの姿を再現する」という案が選ばれたのです。江戸時代に福岡藩が作成した風土記に、昔のどんたくの凧行列が描かれていて、凧のかぶり物をかぶった人が、三味線の音に合わせてふわふわ飛ぶように歩いていく様子を復元しようと、博多人形師の先生に凧を作ってもらいました。

人形師の先生は山笠を作るのに忙しい時期ですが、「昔のどんたくを再現させたい」という思いに応えてくださって。マスコミの方々もすごく興味を持たれて大きな記事になり、マイカルさんも喜んでくれました。「いい仕事をさせてもらったなあ」と、広告屋冥利に尽きましたね。

イベントの仕事には、たくさんの方が関わっていらっしゃるのですね。

そうなんです。他に「博多どんたく」の昔の歌をラップ調にアレンジしようと企画をしたときは、知り合いのコピーライターさんが面白がってバンドメンバーと音楽を作って収録もしてくれました。いつも周りの人たちに助けてもらって、いろんな企画を実現できて本当に幸せです。

イベントの仕事は大きなやりがいがあって、私は現場にいるときが一番元気で、終わって片付けて会場がさら地になっちゃうと、吉田拓郎さんの歌みたいに「祭りのあと」の寂しさを感じます。

仕事に枠はないから、やりたいことを楽しくやろう

北村さんは、もともと伝統芸能に興味があったのですか?

仕事を通して、素晴らしさに気付きました。リハーサルの現場で、初めて生の三味線の演奏を聴いたとき、ものすごく血が騒いで、「ああ、自分は日本人だな」と実感したんです。

それに、留学生が集まる会合に出たとき、宴たけなわになると各国の若者たちが母国の歌や踊りを披露し始めるのを見て、日本人もこうでなければと痛感しました。それで、私も一つだけ習おうと決めて、1年かけて日本舞踊の先生から黒田節を教えてもらい、正月の舞台に立たせてもらったことがあります。今では伝統文化のお師匠さんたちに、かわいがってもらっています。

今後の事業展開については、どのようにお考えですか?

大きく2つあります。一つは、ウェブやデジタル系に対応できる態勢を作ることです。うちの会社はいろいろな外部のブレーンと一緒にお仕事をしていますが、最近は既存のクライアントからウェブ系の悩みを相談されることが増えてきて、社内できちんと要望に応えられるようにしたいと思い、スタッフを増やしました。

もう一つは、これからも文化全般に携わっていきたくて、特に伝統的な日本文化を盛り上げ、継承していくお手伝いができればと考えています。私たちが担当させてもらっている日本舞踊や三味線などの公演は、昔に比べて減ってきました。日本が誇る素晴らしい文化芸能なのに、一般の人が触れる機会はなかなかないですよね。私たちはもっと多くの人、特に若い人たちが日本の文化に触れる機会を作っていきたいです。

お師匠さんたちともよく話しているのですが、若手の方たちは、違う文化とのコラボレーションを活発にやり始めています。例えば、書道、三味線、さらに華道がコラボすることで、今まで興味がなかった人たちにPRするいい機会となるのはもちろんのこと、文化の担い手たちがお互いに切磋琢磨するようになると思っています。

仕事を通して文化芸能が好きになり、それがまた仕事になるというのは素晴らしいですね。

ありがたいですね。今はお花の先生と何かやろうと企画しているところで、話していると楽しいですよ。私自身、今まであまり知らなかったけど、福岡県は日本有数の花の生産地で、花の力ってすごいと感じましたし、もっと皆に知ってほしいと思います。芸能に携わる人同士や一般の人たちとの接点を作り、博多の文化芸能を守りつないでいくことに少しでも寄与できればと願っています。

一緒に働く人にはどんなことを求めますか?

スタッフにはいつも「やるからには楽しく、楽しいことをやろう」と言っています。うちの仕事には縛りがなくて、イベントはもちろん、物を作ってもいいし売ってもいいし、何でもできます。もちろん日銭を稼ぐための仕事も大切ですが、自分のやりたいことが仕事になれば、やっぱり幸せですよね。私はそう思っているので、共感してくれる人と一緒に働きたいです。

最後に、会社が21年も続いてきた秘訣を教えてください。

普段から利害関係に関係なく、人とのお付き合いはできるだけ大切にしようと心がけていて、周りの人たちにとても助けていただいています。仕事に向かうときは、真面目に正直に、真摯に、お客さんのために一生懸命考える。

当然、足りないこともいっぱいあって、そこは周りからサポートしてもらっています。私自身、文化芸能の奥深い世界や、新しいテクノロジーについてももっともっと勉強して、社会に役に立つ仕事を楽しく続けていきたいです。

取材日:2020年10月26日 ライター:佐々木 恵美

シップス株式会社

  • 代表者名:北村 義弘
  • 設立年月:2016年7月
  • 資本金:300万円
  • 事業内容:総合広告業
  • 所在地:〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神4-7-6 グレース天神2階
  • URL:http://www.ship-s.jp/
  • お問い合わせ先:092-771-8901

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