稲作が織りなす巨大な芸術「田んぼアート」に注目!今年の図案はNHK Eテレ『おかあさんといっしょ』の人形劇キャラクター『ガラピコぷ~』

Vol.168
NHK Eテレ『おかあさんといっしょ』の人形劇『ガラピコぷ~』キャラクターデザイナー
Hiyama Tatsumi
檜山 巽

広大な田んぼに浮かび上がる様々な絵。稲の品種による色違いを利用して絵を描く田んぼアートが注目されています。田園風景がキャンバスへと変わる田んぼアートは各地で取り組まれていますが、中でも草分け的な存在なのが、青森県田舎館村の田んぼアート。2019年の図案にはNHK Eテレ『おかあさんといっしょ』人形劇『ガラピコぷ~』が登場しています。図案デザインを担当した檜山 巽(ひやま たつみ)氏に、田んぼアートとのかかわりやこれまでのお仕事についてお話を伺いました。

2019年度の田んぼアートにNHK Eテレ『おかあさんといっしょ』人形劇『ガラピコぷ~』

田植え直後の様子

田舎館村で田んぼアートを作成することになったきっかけを教えてください。

田舎館村様の田んぼアートは、広大な田んぼに浮かび上がる絵の精度が高く、また、立派な観賞用展望台も備える非常に本格的なものです。以前から尊敬の念を持って拝見しておりました。番組『おかあさんといっしょ』で『ガラピコぷ~』にかかわらせていただくことになり、「いつか田んぼアートモチーフに登場してくれたらなぁ」と思っていました。

田んぼアートにかかわった感想はいかがでしょうか。

『育つ絵』なので、村役場HPのライブカメラでの成長を見守ることを楽しみにしています。このあたりではもともと、食べるための稲作だけではなく、古代から栽培されている紫稲を用いた「祝い亀」など、飾りに使う色付きの多くの品種が栽培されているそうで、最初はそういった稲の色の違いを活かし、ご当地富士である「岩木山」をシンプルに田んぼに描いたのが始まりと聞きました。これが平成5年で、それから四半世紀の時を重ね、じっくりと着実に現在のように進化してきたこともすばらしいと思います。

田園風景がアートに。積み重ねられた歴史と技術

今回、どのように田んぼアートを制作されたのでしょうか。

図案を決めるため、いくつかの案を考え、展望台からこう見えてほしいという絵を作って、『おかあさんといっしょ』の番組制作チームとでデザイン案を絞り込み、その最終候補から稲での再現性などを考慮して村役場で決定したものが、新年度に記者発表されました。そうして決まった案をCADに移し変えて、ちょうど道路標示のような遠近法を用いた設計画が制作されました。これを元に苗を植えてゆく段取りです。 図案決めの段階で、番組制作チームと私の間では3歳くらいのお子さんが広大な田んぼを見て『ガラピコぷ~』に登場するキャラクターたちであると認識できるよう、絵の構成を複雑化しないように気をつけました。

設計はCADを使うんですね。自然物のアートという印象が強いので意外です。

よく道路に書かれた「止まれ」などの標示は車からの視点を想定して、長く伸びた字などで地面に書いてありますよね。同じように遠近法を使い、田んぼに描かれた伸びた絵柄を展望台から見ると丁度よく見えるようにした、だまし絵の設計ですね。田植えはすべて人の手で行うのだそうですよ。

生きている自然と人が関わって誕生したアート

稲の色は現在7色とのことですが、自然相手なので思い通りにならないこともあると思います。稲の育成中、想定外の色になることもありますか。

その年の気象変化による成長の差やアクシデントはあると思われます。育成する上でのメンテナンスは役場運営側で行ってくださっています。会場以外の周辺の田んぼでもここで使用するものと同品種を育てていらっしゃるとのことで、病気の稲や枯れてしまった稲が出たときは、その部分を、ひとつひとつ人の手で植え替えて修復していると伺っています。人力による細やかなメンテナンスが、田舎館村の田んぼアートのクオリティを支えているのだと思います。

田んぼアートの難しさや悩みどころはどんな点ですか。

今年度初めて関わらせていただいたので、詳しい面は私もわからないのですが、やはり非常に大きな面積の田んぼに絵を描き出す遠近法を想定して設計された、「固定された視点」を必要とする点だと考えています。
あたりまえですが、田んぼアートは通常の絵のように正面から見ることはできません。見る場所によって絵もいろいろな形に歪んで見えることになりますし、一体なにが描かれているのかわからないでしょう。そのため、展望台という基準の視点からの遠近法を図柄に施すことは重要です。田舎館村には各会場ごとの専用展望台と、アクセス拠点である「田んぼアート駅」があります。田んぼアートのために駅を作ってしまったんです。そんな村役場様の本気度を感じ取れるのもまた、別な視点から見る田んぼアートの魅力のひとつかもしれません。

田んぼアートの見頃はいつ頃でしょうか。

『ガラピコぷ~』キャラクターの描かれた第二田んぼアート会場は2019年6月15日(土)から一般公開が始まっており、稲が成長して十分に色づき、絵がはっきりと見えてくる7月中旬頃から8月中旬頃までが見ごろとされています。 バラエティに富んだ稲の美しい色彩や多様さには、誰もが驚くのではないでしょうか。徐々に色の変化していくのもよいです。植物の成長とともにあるアートなので、見る方がそれぞれにときどきのよさを感じ取って、自由な鑑賞をしていただけたらよいなと思っています。

自然をダイレクトに感じることがどんな作品作りにも生きていく

檜山さんがこれまで制作してきた中にはデジタル作品が多いと感じます。デジタルと自然の芸術である田んぼアートは性質が違うように感じますが、実際に制作して何か変化を感じられましたか?

私はこれまでデジタル環境上での、制作過程のシミュレーション力を主に活用してきました。手描き手順なら丸ごとやり直すようなところも、デジタル作業では一部を移動変更してみるといったフレキシブルなやり方で早く多くトライできます。また、そうすることで思いがけない新たな気づきを得たりしつつイメージの試行錯誤や取捨選択を繰り返せることは、デジタル制作環境の有用性の高い特徴です。とはいえ、意外に思われるかもしれませんが、それら制作のために普段から一番観察をしているのはやはりいつも自然なんです。
実は先日、田んぼアートの撮影に行ってきました。雲間から太陽の光の射すとき、急に陽の陰る瞬間、雲や空の色とのコントラスト、風、きつねの嫁入り雨、のんびり田園を行き来する在来線や鳥、視線の奥の岩木山、刻々と変化し五感に訴えかけてくる田んぼの表情には飽きることがありません。 地面に近づけば、絵を構成する稲ひとつひとつのディテールがあり、絵の中には何種類もの大小のカエルたちの姿があり、その声が聴こえ、蝶やトンボも飛んでいます。カメラを手に畦に近寄ったら、モグラかネズミか、茶色い生物が素早く足元の小穴に飛び込んでゆきました。田んぼアートの絵の中にはたくさんの生き物たちの暮らしがあるのです。どんなに拡大し、pixel単位まで覗け、触れても、デジタルデータに生き物が住みつくことはありません。ですからこの体験はミクロにもマクロにも本当にワクワクさせられました。

自主制作などグラフィックの作品を作る時と同じ感覚だったのですか?

いえ、いつもとは違うことをたくさんしています。そもそも個人の作品ではなく、番組『おかあさんといっしょ』のスタッフとしてのかかわりです。 『おかあさんといっしょ』は今年、60周年という記念イヤーです。 近年の田舎館村の田んぼアートは手塚治虫さんやスターウォーズなど、知名度の高いテーマが登場していますが、幅広い世代の方々の日々の子育てやその周辺に寄り添い続けてきた、尊い歴史のある番組だからこそ、今回のような企画にも繋がったということへの敬意を新たにしています。
『おかあさんといっしょ』は人生に3回出逢う。という、すてきな話があります。

  1. 自身が小さい子どもの時。
  2. 小さい子の親になった時。
  3. 自分の子にまた子どもが生まれ、祖父母として孫に出会う時。

このように、人生のステージで立場が変わっても、また世代をつなぎながら出会っていくのが『おかあさんといっしょ』なのだそうです。 このたび展望台で3世代のご家族と並んで一緒に田んぼを眺めて見ることができて、そんな懐の広い稀有な番組に関わることができた幸せをしみじみと感じさせられました。 2019年の田んぼアートは、ご家族はじめての夏休み旅行や、ピクニックの目的地になることもあるかもしれません。「小さなお子さんが多く楽しんでくださり、そのご家族の思い出づくりのきっかけになってもらえるようになると嬉しいですね」と担当プロデューサーとも話しています。

田んぼアートそのものだけでなく、人と人がつながっていく温かさがありますね。ご自身の作品も今後影響を受けて変化していくと考えられますか?

すでに、お子さん連れの方々も多数訪れ、楽しんでくださっていて、だっこされた小さなお子さんが指をさして田んぼを眺めていたり、人形劇のキャラクターの名前をよくご存知のお父さんの声や姿を真近かにしてきて、「場」の実感や、微力ながらも人を笑顔にできる幸せを、東京に戻ってから時間差でジワッーと感じはじめているところです。

思えば、自分が「かわいらしいモチーフ」にもチャレンジできるようになったのは、『おかあさんといっしょ』に参加させて頂く以前の、東日本大震災がきっかけでした。 それまでは誰も見たこともないような図像を作って、どうですか!?って世の中を驚かせられるような、尖った作品作りばかりを目指していたようにも思います。勿論そのような閃きへの想いをなくしたわけではないのですが、あの災害の後、日本中が元気をなくしてしまって、「そんなとき自分のできることは一体なにか」ということを真剣に考え直す機会となり、人の心に効く力、優しくわかりやすい、ノンバーバル・コミュニケーションについても考える中、「かわいい」ものを描く練習のようなことをポツポツと始めたことが、まさかこのような仕事に繋がると思いもしませんでしたが、「素直でかわいい」ものたちへの尊敬と憧れの気持ちはますます深まっています。

子どもたちに対してもリスペクトされていらっしゃるように思います。

リスペクトというより、子ども向けといって制作方法を分けたりはしてないかも知れません。3歳くらいの子どもたちは、感じていることを言語化しきれない段階にはありますが、感じる力そのものはあまり大人と変わらないとも思いますし、頭の中を占める経験的情報が少ない分、ひとつひとつの経験はむしろ、よりビビッドであるはず。彼らの感受性を絶対に侮ったり、先入観で見過してしまったりしないようでありたいとはいつも思います。難しいことですが。

譲れなさと突き詰めること。「受験勉強」と、割り切れなかった自分

檜山巽さんがアートの世界に入ったきっかけはなんでしょうか。

きっかけというのは特にありませんが、子どもの頃から絵や図工は好きでした。ただ誰よりも上手いというわけではありませんでした。児童絵画コンクールのようなもので、絵の具をもらったりする程度には得意でしたが、クラスで漫画描いてと言われるような人は他にいましたね。 当初は美術教育など、何か美術周りに携われればいいなと考えており、最初から美大狙いというわけではありませんでした。試験にはデッサンもあるので、美術予備校に通ったのですが、やっているうちにもっとちゃんとできるようになりたいと考えて、興味をもって取り組むようになりました。そこで美大への進学の道が開けることになりました。

美術系予備校に入ってから美大進学を決めるのはめずらしいケースですね。

そうですね。例えば色彩構成課題などで、美術予備校では、やはり試験に受かる訓練のために制限された色使いもありますが、自分にはそれがしっくりこなくて、図書館で復刻浮世絵版画などを見ては、自分で混色した絵の具をたくさんケースに用意したりしていました。受験対策としてはやりすぎだったかも知れませんが、受験と割り切れと言われても割り切れなかった。振り返れば、そういうことが後の自身の作品の個性につながったように思います。

ジャンルもバリエーションも広い作品の数々を生み出していらっしゃいますが、どんな作品にも共通している譲れないポリシーのようなものはありますか。

デザインやアートディレクションの立場では、その仕事ごとの目標や目的がありますので、どの仕事も自分に求められているのは何かという点を意識したこだわりの見極め方には気をつけています。
仕事でも自主制作作品でも、客観的な視点と自分の主観とで繰り返し見直してみて、最終型として納得するところにたどりつくためには、いつもギリギリまであがいてしまいます。

こだわりたいことのために、心の安全基地を持つ

ご自身の体験を元に創作活動を続けていく上でプラスになったことを教えてください。

  1. 自分ではどうにもならないことについては考えすぎないこと。
  2. なるべく温かい食事をして、質の良い睡眠時間をしっかり取ること。

こういう仕事は昼夜逆転したり睡眠時間を削ることも少なくありませんが、それをしても長くは続けられないし、創作活動にこだわるあまり、心身を壊してしまったら本末転倒。体はひとつです。

若いクリエイターやアーティストを目指す人に伝えたいことはありますか。

『クリエイターやアーティストの世界を目指す人』に限らずですが、メアリー・エインズワースという心理学者の提説によれば、仕事にしても人生にしても挑戦するには『Secure Base:心の安全基地』※1 を持つことが重要なのだそうです。自分もその必要性を実感として切実に感じてきました。もうすでに持っている人も、それを大切に維持していってほしいと思います。

※1 <参考>母と子のアタッチメント:心の安全基地 John Boulby 原著 二木 武 翻訳

クリエイターになりたいという想いを持つ人にどんな言葉をかけたいですか。

「まあ、お茶でもどうぞ」※2

※2 <参考>喫茶去(きっさこ)新版一行物 禅語の茶掛. 芳賀幸四郎 著

取材日:2019年7月1日 ライター:久世 薫

■田舎館村田んぼアート

田んぼをキャンバスに見立て、色の異なる稲を絵の具代わりに巨大な絵を描く『田んぼアート』、田舎館村では平成5年に3色の稲でスタートし、年々技術が向上し今では7色の稲を使いこなし繊細で緻密なアートを作り上げています。

<お問い合わせ>
田舎館村 企画観光課 商工観光係
電話:0172-58-2111(内線242、243) ファクシミリ:0172-58-4751

おかあさんといっしょ「60年スペシャル」でも田んぼアートを紹介!

放送予定日時:8月17日(土)・8月31日(土) 朝 8時~8時24分/夕方 17時00分~17時24分 (4回すべて同じ内容) 

※ 災害・大きな事件が起きた場合、また高校野球の試合運びなどによっては、いずれかが休止になる可能性があります。

 

「おかあさんといっしょ」放送スケジュール

下記番組HPをご覧ください。

 

■「おかあさんといっしょ スペシャルステージ」

  • さいたまスーパーアリーナ(さいたま市中央区新都心8)

   【日  時】 2019年 8月17日(土)、8月18日(日)

  • 大坂城ホール(大阪市中央区大阪城3−1)

   【日  時】 2019年8月31日(土)、9月1日(日)

 
プロフィール
NHK Eテレ『おかあさんといっしょ』の人形劇『ガラピコぷ~』キャラクターデザイナー
檜山 巽
グラフィックデザイナー、アートディレクター、アーティスト。 多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン専攻科卒業。グラフィックデザイナー、アーティストとして活動。国内外で様々な賞を受賞歴の他、美術館所蔵作品もあり、各方面から高い評価を受けている。現在NHK Eテレ『おかあさんといっしょ』で放送中の人形劇『ガラピコぷ〜』のキャラクターデザインを担当。

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