子育てを経たからこそ描けた映画『ふつうの子ども』働きやすい現場から生まれた“子どもファースト”の物語
2025年9月5日に劇場公開を迎える、映画『ふつうの子ども』。タイトルとは裏腹に、「ありきたりな、ぬるい作品にはなっていません」と語るのは、企画とプロデュースを手掛けた菅野和佳奈さんです。メガホンを取ったのは、昨年公開の『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が国内外で高い評価を得た、呉美保監督。
10歳の“今”を精いっぱい生きる子どもたちをリアルに切り取った本作が生まれたきっかけ、ストーリー構築の裏側、そして菅野さんと共に呉監督が向き合った、映画づくりと子育ての両立についてもうかがいました。
かわいいだけにしたくない。濃い人間関係を生きる子どもを描く

企画プロデューサー 菅野 和佳奈氏
『ふつうの子ども』の製作は、菅野さんが「子どもが主役の映画を作りたい」と思ったのがきっかけだそうですね。
菅野和佳奈さん(以下、菅野さん):そうですね。世界には子どもを描いた作品がたくさんありますが、日本には少ないと感じていました。今年、『ANORA アノーラ』でアカデミー賞を受賞したショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(18年)を見た時に、子どもをキラキラと描きつつ、その奥に社会的なメッセージがあることに、とても感銘を受けたんです。これを日本でも撮りたい…。そう思って、呉監督に声をかけました。
呉 美保さん(以下、呉さん):私は今、10歳と5歳の子どもがいて、まさに子育て真っ最中。10年前に『きみはいい子』という社会問題にフィーチャーした子どもの映画を撮りましたが、その時は出産前で子どもがいませんでした。その後に子どもが生まれて生身の子どもと接する中で、目の前のことだけをひたすら追いかける、いい意味での短絡的さが子どもの魅力だと思うようになりました。そういうありのままの子どもの姿を映す作品を撮るチャンスだと思って、お引き受けしました。
映画監督 呉 美保氏
オリジナルストーリーとのことですが、どのように物語を作っていったのですか?
菅野さん:環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんをご存知ですか?彼女が2019年に国連でしたスピーチは、子どもが大人に向けてメッセージを発した、とてもインパクトのある出来事でした。これをモチーフにできないかと考えて、グレタさんに恋をした男の子を主人公にすることを思いついたのが最初です。その後、呉監督や脚本家の高田亮さんを交えて、キャラクター像やストーリー展開などを一緒に詰めていきました。呉監督と高田さんはお子さんがいらっしゃるので、日々のリアルな子どもの姿を、エッセンスとしてどんどん入れていただいて、仕上げました。
呉さん:高田さんが大まかな構成を考えてくれ、重箱の隅をつつくみたいに、私があれこれディテールを掘り起こして、修正を重ねていきました。作り手の共通認識として、「大人が想像する子どもらしさ」にとらわれずに、子ども同士の生々しい人間関係を描こうと決めていて。子どもはいつも何も考えずにキャッキャしているわけではなく、大人と同じような人と人との関係性の中で生きている。メインキャラクターである3人は、最初こそ「ズッコケ三人組(那須正幹原作の児童文学シリーズ。)」のようにコミカルに表現されているけれど、いろんな思いのやり取りがあり、距離が生まれたり、三角関係が出来上がったり。
菅野さん:呉監督と高田さんが、子どもたちのキラキラした部分と、その裏にある本質の部分をリアルに描いてくれています。
キャストの子どもたちは皆、オーディションで選んだそうですね。
呉さん:ワークショップをして、選んでいきました。あえてセリフを与えず、例えば「4人で喧嘩をすることになりました」とか「休み時間を過ごしてください」とか、ふんわりとした設定だけを伝えて、自由に演じてもらう。その中で、どこまで具体的に表現できるかを見ていきました。メンバーを引っ張っていく子や静観している子など、演技とはいえ性格が出るんですよ。多様なキャラクターがいるクラスにしたかったので、中心になるタイプの子ばかりを選ぶのではなく、いろんなタイプの子を選んで29人のクラスができました。
主演の嶋田鉄太くんは、同じセリフを言っても豊かな表現ができる。セリフの間のちょっとした息遣いにも味があって、目で追ってしまう魅力があります。
菅野さん:実は、主人公の唯士はもっと真面目っぽいキャラクターを考えていたんです。でも嶋田くんが演じることになり、おおらかな雰囲気のキャラクターになりました。
終わらないパズルのような編集作業。妥協しないのがポリシー

子どもがたくさん出る作品ということで、苦労された点はありますか?
呉さん:クラスのシーンは単純に人数が多いので、1人がいい動きをしていても、別のところで「ちょっと違う」と思うことが度々あって、常にモニターとにらめっこしていましたね。撮影自体に慣れていない子もいて、興奮して騒いでしまうのをなだめることも。演じている後ろから指示を出したり、盛り上げたりすることも多くて、演出部のスタッフは声がつぶれました。学校の先生って、毎日大変だなと感じましたね。
それに加えて、編集が過酷でした。子どもの演技は、表情とセリフがどちらもパーフェクトなことはごくたまにしかない。指示を出す大人の声も入ってしまうので、撮ったそのままの映像を使えることはまずないんです。だから、現場では素材を撮ることに徹して、映像とセリフの音声を確認しながら、パズルのように組み合わせていきました。本当に気が遠くなる作業で、撮影よりも編集に時間がかかりました。
菅野さん:ここまで細かな作業をする監督に出会ったのは、初めてです。
呉さん:壮大なアクションやCGだったら「すごい!」と思うでしょうけど、きっと、見ている人はこの努力はわからないはず。それでも私は「神は細部に宿る」と信じているし、見る人に違和感なく、気持ちよく見てほしくて、大変ながらもやっています。そうしないと、眠れなくなってしまうんですよね。自分でも病的だと思いますが、ポリシーとして妥協する選択肢はありません。
蒼井優さんや瀧内公美さんらが演じている母親と、子どもたちとの親子関係のリアルさも印象的です。
呉さん:主に3人の母親が出てきますが、それぞれの振る舞いや発言が全て自分に当てはまるんです。出産前は、外で声を荒らげているお母さんを見ると「怖い怖い、ヒステリーな人だ」と思っていたのに、出産後にそういうお母さんに遭遇すると、「頑張ってるね」と抱きしめたくなるんですよ。子どもを育ててみて初めてわかる、感情の乱れのようなものがリアルに脚本に落とし込まれていて、共感するお母さんは多いのではないでしょうか。
個人的な話ですが、1年ほど前に家でもめごとが起きて、1人で家を飛び出したことがあったんです。朝方に空いていたマクドナルドに入ったら、たまたま実家の母から電話が来て、思いっきり愚痴をこぼしていて。そのうち、隣にお母さんと子ども2人が座ったんですが、お母さんは私の話を聞いていたんでしょうね。帰り際に私のテーブルにそっと紙を置いていったんです。見ると、「あなたはとても頑張っていると思います。お疲れ様です」と書かれていて、号泣してしまいました。

頑張っている者同士だからこそ、エールを送りたくなったんですね。
呉さん:それ以来、私も疲れているお母さんを見かけたら、何かしてあげられる人になりたいと思っています。一方で、子どもがいないと子どものことがわからない社会は、悲しいなとも感じていて。子育てしている・していないにかかわらず、子どもが持つ目先のものへの情熱、短絡的だけど魅力的な行動、そういったものを受け入れる余白のある社会になるといいなと思っています。この作品は、大人にも当てはまる子どもの人間関係を描いているので、子どもがいる・いないに関係なく見ていただきたいですね。
誰にだって事情がある。遠慮なく話し合えば、無理せず映画は作れる

前作は、ご主人と実母に育児をお願いし、お子さんと3週間ほど離れて撮影したそうですね。今作では撮影と子育ての両立をどのようにしたのですか?
呉さん:前作は地方でのロケ撮影でしたが、今回は都内近郊での撮影だったので、基本的には毎日子どもたちと会うことができました。キャストも子どもばかりで、夜遅くまでは撮影ができませんでしたし。とは言え、やはりスケジュール調整の面での工夫は必要でした。
菅野さん:子育てをしながら映画を撮ることの大変さは聞いていましたから、両立できる環境づくりを心掛けました。打ち合わせはお子さんが学校に行っている時間に済ませるとか、なるべく週末には予定を入れないとか。前もって決めごとを作った上でスケジュールを組んでいったので、無理なく進められたと思っています。
「働くお母さん」だからといって、特別なことはしたくなくて。あらゆる人に事情があって、子育てはそのうちの1つだと思うんです。私自身、介護で1年ほど休職をしていた時期がありました。全てを希望通りにかなえられるかはわからないけれど、やりやすい方法を一緒に考えていけばいいと思っています。
スタッフについても、このやり方に賛成してくれる人を選びました。どの業界にも、時短勤務やプライベートを優先することを良く思わない人はいると思います。そういう人は、「今回は無理ですね」と判断して。現場を仕切っていた佐藤プロデューサーは、男性ですが小さなお子さんがいて、「僕は保育園に子どもを送ってから行きますね」という日もありました。そうしたことが自然と言える現場づくりができたと思います。
前もって話し合って、スタッフ間でも意識の統一をはかれば、事情のある人にとって無理のない現場にできるのですね。
呉さん:これまで業界では常識とされてきたことに関しても、「それって絶対なんだっけ?」と疑問を持って、やりやすく変えていきました。例えば、衣装合わせは3~4日間、朝から夜遅くまでやるのが慣例ですが、1週間確保して9時~17時でやってもいいだろうとか。ロケハンも続けて数日間行くのが当たり前と思っていたけれど、連続した日程でなくてもいいだろうとか。対面ではなく、Zoomを使って打ち合わせをすることもそう。やり方を工夫すればできるんです。
菅野さん:もし、希望通りにできなくても、事前に話し合っておけばお互いに調整ができます。プロデューサーだからとか、監督だからとか、立場を超えて遠慮なく言い合えたのは良かったと思いますね。
最後に、クリエイティブな現場で奮闘している読者へメッセージをお願いします。
呉さん:人生を振り返ってみると、無理のない範囲であまり冒険せずに生きてきた気がしています。本作に出てくる子どものように、目の前のことに集中してやってきたら、行き着くところにたどり着いた。「保守的な中で攻めてきた」という感じでしょうか。
菅野さん:呉監督を含め、良い映画を撮る監督や良い作品を作るクリエイターは皆さん、とてつもない欲を持っていると私は感じています。「もっともっと」と前に進んでいく人ほど、成功している気がしますね。執念がないと映画づくりはできません。それにしても、呉監督が保守的?(笑)
呉さん:保守的は言い過ぎかな(笑)?とは言え、50歳を目前にして、これまでの自分とはまた違う人生を見つけたい気持ちも沸いてきていて。きっとどこに到達しても、人はずっと迷い続けるんじゃないでしょうか。迷い道の中で、目の前にあることを大切に味わっていく。それが大切なんだろうと思います。
取材日:2025年7月14日 ライター:佐藤葉月
『ふつうの子ども』
2025年9月3日公開

監督:呉美保
出演:
嶋田鉄太 瑠璃 味元耀大
瀧内公美 少路勇介 大熊大貴 長峰くみ 林田茶愛美
風間俊介 蒼井優
脚本:高田亮
プロデュース:中村優子
企画・プロデューサー:菅野和佳
プロデューサー:佐藤幹也
文化庁文化芸術振興費補助金(映画想像活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
【映画公式サイト】kodomo-film.com
【公式SNS(X、Instagram)】:X、Instagram
©︎2025「ふつうの子ども」製作委員会
スクリプターとして映画界入りし、初長編脚本『酒井家のしあわせ』で、サンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞。2006年に同作で映画監督デビュー。『オカンの嫁入り』(10年)、『そこのみにて光輝く』(14年)、『きみはいい子』(15年)で、複数の映画賞を受賞。2児の出産を経て、23年に映画復帰。吉沢亮主演の『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(24年)が上海国際映画祭コンペティション部門に選出され、国内外で高評価を得る。
菅野和佳奈
WOWOWを経て、エイベックス・エンタテインメントで映画やテレビドラマの製作、出資に携わる。2013年よりキノフィルムズで企画製作を担当。22年よりフリー。プロデュース作品に『女の子ものがたり』(09年)、『黄金を抱いて翔べ』(12年)、『団地』(16年)、『猫は抱くもの』(18年)、『人数の町』(20年)、『AWAKE』(20年)、『プロミスト・ランド』(24年)など。







