社会の課題を希望へ 〜ソーシャルビジネスにこそ必要なクリエイティブの力とは〜

Vol.226
株式会社ボーダレス・ジャパン コピーライター/クリエイティブディレクター
Takanori Kamiya
神谷 崇範

2007年3月の設立以来「ソーシャルビジネスしかやらない会社」として、幅広い社会問題の解決に挑んできた株式会社ボーダレス・ジャパン。今や世界13カ国で50以上のソーシャルビジネスを展開する、社会起業家のためのプラットフォームカンパニーです。
ソーシャルビジネスとは、貧困や人種差別、環境問題や資源ロスといったさまざまな社会課題を、ビジネスという手段を通じて解決する取り組みのこと。同社でコピーライター兼クリエイティブディレクターを務める神谷崇範さんは、「ソーシャルビジネスにこそクリエーターの想像力と表現スキルが必要だ」といいます。
社会課題を解決するクリエイティブの力とは何か。インタビューを進めるうちに、クリエイターのスキルの生かし方や、ビジネス立ち上げのヒントまでもが浮き彫りになりました。

起業家の想いにクリエイティブスキルで応えたい

はじめにボーダレス・ジャパンの取り組みについて教えてください。

現在、それぞれの分野で、社会課題の解決を目指す起業家たちが、ボーダレス・ジャパンの提供するプラットフォームを活用して新しいビジネスを立ち上げています。例えば、事業プランづくりのサポートから実際の立ち上げまで、ボーダレス・ジャパンが起業家に伴走しながらサポートしています。
そこで立ち上がったソーシャルベンチャーが独立経営しながらも共に集う仕組みをつくり、その企業を私たちは「カンパニオ」と呼んでいます。カンパニオとは企業(カンパニー)の語源となったラテン語で、「パンを分かち合う仲間」を意味します。各分野の社会課題に挑戦する起業家同士がつながり、より大きな社会的インパクトを生み出すためにノウハウを共有し合い助け合う仕組みでもあるんです。
カンパニオの仕組みには、例えば、売上の1%を各社が拠出しあい、新たな起業家の創業資金を提供する「恩送り資金」という機能をはじめ、ソーシャルベンチャーがどんどん生まれ、成長していくためのさまざまな機能があります。

神谷さんがクリエイターとしてボーダレス・ジャパンに参画したきっかけは何だったのですか?

私はコピーライターとして、広告会社や事業会社で約20年の経験を重ねてきました。あるときから、自分のスキルをどのように活かしていくのが人生にとって最良か、深く考えるようになったんです。新型コロナウイルス流行のタイミングが重なったことも、大きかったですね。
そのときに、複業の一環でボーダレス・ジャパンの仕事に関わる機会がありました。最初に関わったプロジェクトは、100%自然エネルギーを提供する「ハチドリ電力」という電力会社の本質価値が伝わるキーコピーの開発でした。この仕事が、キャリアを変える大きなきっかけになりました。
もちろん、それまでの仕事もチャレンジングで楽しいものでしたが、社会を本気で変えようと思っている起業家を自分のスキルを使って応援できることに「ここに人生を使いたい」と思えるやりがいを感じました。そこからボーダレス・ジャパンのさまざまな事業をお手伝いすることになり、やがては本業にしたいと感じるようになりました。そして2023年に入社したという経緯です。

ご自身のスキルを生かして社会問題の解決が目に見える形で進んだことに、やりがいや喜びを感じたというわけですね。

実際に、問題が解決する瞬間を目にすることは少ないです。しかし、目の前に「社会を前進させるために、事業を広く知ってもらいたい」と本気で悩んでいる起業家がいて、その思いに自分のスキルを提供することで応えられたときは、とても喜んでもらえます。
起業家に「これで届けたい人に事業を届けられる」と感じてもらえたり、サービスが少しずつ成長していく過程を目の当たりにしたりすると、非常に大きな充実感がありますね。そして私自身もまた、新たな起業家をサポートしたいという想いが湧いてくるんです。

ソーシャルビジネスは、課題を希望に変える転換装置

現在、神谷さんはどういったプロジェクトに取り組まれているのかお聞かせください。

構想段階の新規事業に関して、事業コンセプトづくりの支援やサービスのネーミングを考えたり、既に立ち上がっているソーシャルビジネスのコミュニケーション企画を立てたり、さまざまです。
カンパニオのコミュニティーには、様々なステージにある起業家たちが集まっているため、彼らが抱えるマーケティングやブランディング、コミュニケーションといった課題に対して、個別の相談に乗ることもあります。ほかにも、ボーダレス・ジャパンが主催する大きなイベントの企画に携わるなど、関わるプロジェクトは多岐にわたります。
一つ例をあげると、私たちは2023年に「SWITCH to HOPE 社会の課題を、みんなの希望へ変えていく。」という新しいパーパスを策定し、それを踏まえて新たなアクションを積極的に展開していく方針を立てました。この新しいパーパスを明確に伝えるために、コーポレートサイトの全面リニューアルを行ったのが、最近の大きな仕事ですね。

パーパスの策定においては、まさにゼロからのスタートで、アイデアの練り上げや方向性の決定に携わられたのですか?

はい。経営メンバーと社内のクリエイティブメンバー数名のほか、外部のクリエイターを含めたチームを結成して、ボーダレス・ジャパンが目指すべき方向や、社会課題解決のアプローチについて、外部の視点も取り入れながら議論を重ねました。
パーパスを定めた目的の一つは、社会課題解決に関わるプレイヤーを増やすことでした。社会課題解決と聞くと「意識が高くて近寄りがたい」「いいことだけど自分にはできない」と距離を感じてしまう方も少なくないと思います。しかし実際はさまざまな関わり方があり、誰でも自分に合った形で参加できるんです。
振り返ってみれば「課題」という言葉を多用しすぎたことが、どこか近寄りがたさを感じる一因だったかもしれません。しかし実際には、現場で活動する起業家やメンバーは、ネガティブな課題に取り組んでいるというよりも、その先にある「希望」をめざして前向きにチャレンジしています。 この希望を前面に打ち出すことで、私たちの使命を「課題解決」から「希望の創造」へと再定義しました。ソーシャルビジネスは、課題を希望に変える転換装置だというわけです。
これを私たち自身も改めて認識することで、進むべき方向性やメンタリティー、仲間づくりの進め方など、新たなベースを築けたと感じています。私がボーダレス・ジャパンに入社して最初に手がけた仕事だったこともあり、特に印象深いプロジェクトになりました。

まだまだクリエイターが足りない現状を変えていく

サイトリニューアルにあたり、どういった点を工夫しましたか?

クリエイティブを考えるうえでは、コーポレートサイトを訪れる人々に「自分も社会課題解決に関わりたい」「自分にもできるかもしれない」と思ってもらえるようにすることが、大きな課題でした。
そのためには、ソーシャルビジネスに携わる人々のリアルな声や活動が、訪問者にしっかりと伝わる必要があると考えました。ソーシャルビジネスはどういう仕事なのか、どういった人がどういうふうに働いてるのか、具体的なイメージが湧きにくい点が大きなハードルだったからです。
そこで私たちは、現場でのドキュメンタリーをクリエイティブの中核に据えました。具体的には、各事業の現場で実際に働く方々の様子を映像として切り取り、ホームページのトップでそのまま流すことにしたんです。
単に「希望をつくっていますよ」というのではなく、働く人のリアルなドキュメントとして体温を持って伝えるようにしたのが、クリエイティブディレクションにおける一番のポイントですね。これにより、私たちの活動に対する具体的で生き生きとしたイメージを訪問者に伝えることができると考えました。さらに、サイトのコピーに関しても、希望を感じてもらえるようなポジティブなメッセージを心がけました。

全面リニューアルされたコーポレートサイトのトップページ(サイトより抜粋) https://www.borderless-japan.com

結果として、クリエイティブやマーケティング、事業開発など、さまざまなバックグラウンドや経験を持つ方々が、私たちの活動に「参加したい」と感じてもらえるようなサイトづくりができたと思っています。

ブランドリニューアルについてわかりやすく伝えると同時に、各分野のプロフェッショナルに向けて参加をうながす目的もあったと。

その通りです。クリエイターに目を向ければ、ソーシャルビジネスや社会課題解決に関わるクリエイターは、まだまだ少ないと感じています。しかし、ボーダレス・ジャパンの活動に関わってみて強く感じるのは、この分野こそ、より多くのクリエイターの才能と情熱が必要とされる場だということです。
ソーシャルビジネスは、生活者に新しい選択肢を提供することでもあります。例えば「ハチドリ電力」のプロジェクトでは、電力会社の選択が地球環境にプラスの影響を与えるような新しい選択肢をユーザーに提案しました。その選択肢をどうしたら暮らしに取り入れたいと思ってもらえるか、生活者の想いに迫るクリエイターの想像力と表現スキルが欠かせないんです。
今後さらに、ソーシャルビジネスという分野が、クリエイターのネクストチャレンジの場になっていってほしいと思っています。

ボーダレス・ジャパンでは、クリエイターがどのようにソーシャルビジネスに関わっているのでしょうか?

クリエイティブの役割は、Webデザインやコピーライティングといった表現領域に留まらず、事業の価値を明確にしたり、本質を見極めて新たなコンセプトを生み出したり、事業領域においても非常に重要です。そのため、ボーダレス・ジャパンでは、起業家と一緒になってクリエイターも事業づくりの段階から深く関わります。さらに、自分のスキルを軸足に置いて、領域をどんどん超えて生かすことで、さまざまな形で社会課題解決に貢献することができます。
例えば、当初はWebデザインやグラフィックデザインを担当していたデザイナーが、今ではポッドキャスト制作のクリエイティブ面を手がけたり、店舗の空間デザインに挑戦したりしています。デザインという領域は非常に幅広いので、多様なプロジェクトや局面でスキルを活かせる機会があるんです。
ボーダレス・ジャパンは、クリエイターが自ら新しいチャンスを創り出せる会社です。クリエイティブの力で社会の課題を希望に変えるために、多くのクリエイターが、ソーシャルビジネスの領域に挑戦してくれるとうれしいですね。

大切なのは、一人ひとりの“想い”を高い解像度で考え抜く想像力

社会課題解決のプロジェクトにおいて、クリエイティブの観点から特に重視している点や、心がけていることはありますか?

ソーシャルビジネスは多様な人々が関わるもので、課題を抱える当事者やその周囲の人々、問題解決を目指す起業家、サービスを利用するユーザーなど、関係者は幅広く存在します。その気持ちを一つにつなぐのは簡単ではありませんが、一番大事なのは、その一人ひとりの立場や想いをどこまで解像度高く想像できるかということです。
それを踏まえて、どういうコンセプトであればみんながつながるか、どのようなビジュアルやクリエイティブが心を動かし行動を変えるのか、考え抜くことを心がけています。

ソーシャルビジネスに限らず、あらゆるビジネスの立ち上げにおいても重要な視点だと感じました。今後、ご自身としてチャレンジしたいこと、取り組みたい社会課題などがあればお聞かせください。

私自身は特定の社会課題にこだわりはありません。本気で課題に挑むたくさんの起業家の力になっていきたいと考えています。私たちの作る新しい選択肢が、より多くの人々に受け入れられ、社会の新しい常識になっていくことを望んでいます。
今後もクリエイティブ面で貢献できることを模索しながら、もっと多くのクリエイターが関われる土壌づくりにも力を注いでいきたいですね。

最後に、ソーシャルビジネスでの活躍を考えるクリエイターに向けて、メッセージをお願いします。

「ちょっとやってみようかな」という、カジュアルな気持ちでスタートするのがいいと思います。私も実際、最初は業務委託という形から、軽い気持ちではじめました。今では、プロボノ(※)のような選択肢も豊富にありますし、まずはどこかでお手伝いをしてもいいでしょう。もちろん、違うと思ったらやめてもいい。いずれにせよ、自分のクリエイティブスキルが社会でどういう役割を果たせるか、再発見する機会をつくってみるのは、面白いと思います。
何かをはじめてみることは、クリエイターとして自身の枠を飛び出すきっかけになりますし、一歩踏み出すことで「自分にはこれが合っている」「これが楽しい」という新しい発見があるかもしれません。ぜひ気軽に挑戦してみてください。

※自らの専門的なスキルや知識を提供し、社会的な利益や公共の福祉に貢献する活動のこと。

取材日:2024年2月29日 ライター・スチール:小泉 真治

株式会社ボーダレス・ジャパン

  • 代表者名:田口 一成
  • 設立年月:2007年3月
  • 資本金:1,000万円
  • 事業内容:
    社会問題の解決を目的とした事業展開(ハーブティ事業、革製品事業、クラウドファンディング事業、ソーシャルビジネススクール事業)
  • 所在地:
    福岡本社 〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神3-1-1 天神フタタビル4F ソーシャルベンチャーPARK福岡
    東京オフィス 〒162-0843 東京都新宿区市谷田町2-17 八重洲市谷ビル10F 
    福岡 多の津オフィス 〒813-0034 福岡県福岡市東区多の津4-14-1
  • URL:https://www.borderless-japan.com
プロフィール
株式会社ボーダレス・ジャパン コピーライター/クリエイティブディレクター
神谷 崇範
早稲田大学卒業後、広告会社コピーライター、花王(株)コピーライター/ディレクターを経て、2023年、ボーダレス・ジャパン入社。ブランドスタジオを立ち上げ、リブランディングプロジェクトを推進。「クリエイティブの力で、良い社会を共創する仲間を日本中に増やす」をミッションに、今の自分という枠をはみだしながら挑む。

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