本名も顔も明かさなくていい。メタバース空間での「VRワーク」が、クリエイティブの真の価値を伝える

vol.214
株式会社HIKKY CEO
Yasushi Funakoshi
舟越 靖

オープンメタバースを旗印に、多数のクリエイターが自由に活動できるメタバース空間を創造する株式会社HIKKY。世界中から100万人以上が訪れるバーチャルイベント「バーチャルマーケット」や、独自のVRエンジン「Vket Cloud」などを積極的に展開しています。そんな同社の強みは働き方にもありました。2018年の創業以来、社員がアバターとハンドルネームを持ってバーチャル空間で働く「VRワーク」に取り組み、顔や本名を明かさずに働くことを可能としたのです。CEOの舟越靖さんは「時間や場所の制約がある人はもちろん、病気や障がいなどによってリアル空間で働きづらい人もストレスなく仕事ができる」と話します。クリエイターの働き方を大きく変えたVRワーク。その可能性に迫りました。

社名の由来は「引きこもり」。自然と始まったVRワーク

VRワークとは、どのような働き方なのでしょうか。

バーチャルオフィスを活用し、リアル空間に出社しなくても仕事を完結できるようにした働き方です。バーチャル空間では基本的にアバターを介してコミュニケーションし、オンライン会議で画面をオンにするときも、社員はアバターで自分を表現しています。日常の会話はゲーム用のボイスチャットとしてよく活用されている通話アプリの「Discord」を使用し、それこそボイスチャットのように、いつでも気軽に話しかけられるようにしました。
当社はリアルオフィスを設けており、個人の希望によってリアル空間メインで働くこともできますが、現実のオフィスに出社する人はほとんどいません。

なぜVRワークという働き方を導入したのですか?

私が経営者として働き方を設計したわけではありません。HIKKYという会社が立ち上がったときから、自分たちに合うルールとして自然にVRワークが運用されています。
HIKKYの社名の由来は「引きこもり」。アバターデザインなどのクリエイターとしてバーチャル空間で活動していたメンバーが集まって生まれた会社です。家からなるべく出たくないと考えている人でも、あるいは病気や障がいによってリアル空間で働くことが難しい人でも、クリエイターとしての成長意欲があれば高いスキルを身につけられる。そんな思いで成果を共有し合い、チームとして発展してきました。そこからロゴマークは家の形を元にしているんですよ。

バーチャルなら、リアルな自分の立場を捨ててクリエイティブに打ち込める

VRワークの様子

御社では仕事中であっても社員に本名や顔の実写を要求しないとうかがいました。社員同士でも、ほどんどハンドルネームとアバターしか知らないのでしょうか。

はい。本名を出して働いているのは対外的な関わりの多い営業やPR、管理職など、全体の4分の1くらいです。制作・開発系の人はアバターで仕事をしている人がほとんどで、互いの本名や顔を知らないことも珍しくありません。役員でも、本名で呼ばれることはほとんどないですね。

本名や顔が分からなくても、仕事に支障は出ないものですか?

管理上、給料の振り込みなどは本名宛てに行わなければいけません。管理部門の仕事が複雑になる面はあるのですが、大変なのはそれくらいでしょうか。むしろ顔や本名を知らないことのメリットが大きいんですよ。
たとえば、HIKKYでは10代と70代のスタッフが違和感なくコミュニケーションしています。見た目がアバターなので、互いに年齢という大きな属性から離れられるんです。「若いのに意見を言って大丈夫かな」「自分は歳をとっているから遠慮しておこう」などと、不要な壁を作ることがありません。VRワークによって普通ならなかなか絡まない人同士が情報を共有できるし、人の成長にもつながります。年齢だけでなく性別や住んでいる場所も一切関係ありません。リアルな自分の立場を捨て、クリエイティブに打ち込めます。

VRワークで活躍する人にはどのような特徴があるのでしょうか。リアル勤務とは違う成果の出し方や行動の秘訣があれば教えてください。

活躍する人は、リアルとネットを切り離すことなく行動していると感じます。普通のリモートワークとは違うんですよね。アバターを自分の分身としてバーチャル空間に置き、「こんな作品ができました!」とか、「今日はちょっと具合が悪くて……」といった日常会話を気軽に繰り広げています。もちろん業務に関するコミュニケーションだけでも仕事は成り立つのですが、それはリアル空間で言えば、会社に来て誰とも話さずに個人ワークだけをやっている人に近い。こういうコミュニケーションだとバーチャル空間上での存在感が薄くなってしまうんです。

最初はバーチャル空間での動き方になじめず、戸惑う人もいそうですね。

実は私自身も最初はつまずいたんですよ。もともとはリアルコミュニケーションが得意なタイプなので、バーチャル空間で多くのメンションが集まってくるのを体感した際には、どうやって対応していけばいいのか戸惑いました。
でも、慣れていくのは難しくありません。まずはあまり深く考えずに、新しいゲームをプレイするときのように気軽に触ってみればいいんです。子どもたちはこうしたコミュニケーションができるからデジタルネイティブやバーチャルネイティブと呼ばれるわけですよね。実際に40代や50代のクリエイターさんたちも楽しみながらなじんでいます。こうした動き方はこれからの時代のマナーになると思っています。

メタバースの可能性に注目し、クリエイターとしての真の価値を発揮してほしい

バーチャルマーケットの様子

バーチャルマーケットに参加する外部クリエイターは、どのように関わっているのでしょうか。

さまざまな関わり方があります。フリーランスや副業の立場で、趣味の領域としてアバター制作や背景制作などに取り組んでいる人も多いですね。「本業はパン屋さん」という人がバーチャルマーケットのトップクリエイターになった例もあります。最近では学生さんの参加も増えていて、学校の卒業制作などの縛りなく自由に作品を発表しています。

本名や顔を出さずに作品を発表できる気軽さも大きいのでしょうか。

そうですね。SNSで本名と顔を出して発信するのはハードルが高いと感じる人も多いようです。大人になると、何を発表するにしても一定のクオリティが求められてしまう側面もありますよね。でもアバターとしてなら、自分の「作りたい」という欲求にしたがって素直に発信できるし、いろいろな人に自分の可能性を知ってもらうことにもつながります。

バーチャルマーケットで作品を発表し、自信を身につけたことによって、「次はバーチャルマーケットの運営そのものに関わりたい」と言ってHIKKYへ転職してくれる人も増えていますよ。活躍できる環境は人それぞれ。働き方の可能性を広げることでクリエイターのチャンスを拡大していきたいと考えています。

数多くのクリエイターと接してきた立場として、舟越さんは現状のクリエイターの働き方にどのような課題感を持っていますか?

クリエイターは、自らの根源的な価値に気づくべきだと思います。
一昔前、漫画家を目指す人がWeb漫画に投稿するのを避けていた時代がありましたよね。 「有名な漫画誌に作品を載せたい」という夢をもつのはいいのですが、その夢があるからこそWeb漫画というフィールドを軽視し、世界的なヒットにつながるかもしれない可能性を潰していた面があったのではないでしょうか。同じような現象は形を変えて今も起きています。メタバース空間は、いわばかつてのWeb漫画なのです。

CGやゲームの世界で戦っているクリエイターには、ぜひメタバースの可能性に目を向けてほしいと思っています。挑戦してみないことには、せっかくの価値を発揮できません。クリエイターとしての経験をメタバースで生かせば、ほかのクリエイターと比較しても無双の存在になれるかもしれません。そうやってクリエイターが自身の価値を高めていけば、市場も変わっていくはずです。

市場にも問題があると?

はい。クリエイティブにおいては、価値を低く見られすぎな問題があると思います。たとえばイラストレーターの場合、以前は「好きなことをやっているならタダで描いてよ」といったオーダーがまかり通っていました。

ゲーム制作に関わる日本のイラストレーターは、特に指示がない状態でも、主人公だけでなく武器や背景まで作り込めるスキルをもつ人が多くいます。ここまで来ればもはや「キャラ原作」と言えるほどのスキルです。それにもかかわらず、正しく価値をアピールできなければ安い値段で買い叩かれてしまう。今でこそスマホゲームが流行ったことによって価値が高まり、しっかりとお金が支払われるようになりましたが、それでも問題は残っていると考えます。

きちんと適正値にすることで、クリエイターが儲かるだけでなく、発注側も原価を上げて売価を高くできるはずです。だから私はバーチャルマーケットでの適正価格の取引にこだわっています。

メタバースを、クリエイティブの文化と価値が生かされるインフラへ

今後、バーチャルマーケットはどのように成長していくのでしょうか。ぜひ展望や計画をお聞かせください。

バーチャルマーケットを主幹サービスとして、クリエイターや企業がバーチャル空間に集まり、働き、対価をやり取りする世界が実現できました。次はバーチャルマーケットの価値をリアルに浸食させていくことを考えています。

その計画の一つとして、2023年7月15日から同30日までの計16日間にわたって「バーチャルマーケット2023 Summer」を開催します。ラスベガス、福岡、秋葉原の3都市をパラリアル(HIKKYの提唱する造語で「パラレルワールド(並行世界)」+「リアル(現実世界)」を合わせて、リアルとメタバースに並行して存在することを指す)化した会場を企業出展スペースとして展開します。さらに今回はバーチャルマーケット初の試みとして、7月29日と30日の2日間、秋葉原でのリアル会場イベントも実施予定です。

これまではバーチャル空間に素晴らしい作品があることをアピールし、バーチャル空間に人を呼び込んできましたが、まだまだこの世界を知らない人も多いでしょう。リアルイベントを大々的に開催することでさらに魅力を伝えていきたいと考えています。街全体を巻き込んで、スマホ一つあればバーチャルマーケットが体験できるような機会を作ります。

SFの話ではなく、実際に現実世界とバーチャル空間の融合が進んでいくのですね。

はい。「そのうち実現する」ではなく「誰が最初にやるか」です。私たちが先駆者になりたいと思っています。目標はメタバースをインターネットのように、誰もが自由に活用できる空間にすること。クリエイティブの文化と価値が生かされるインフラとして、今後も成長させていきたいと考えています。

取材日:2023年2月22日 ライター:多田 慎介

株式会社HIKKY

  • 代表者名:舟越 靖
  • 設立年月:2018年5月
  • 資本金:1億円(資本準備金除く)
  • 事業内容:メタバース参入コンサルティング、「バーチャルマーケット(Vket)」等各種メタバースイベントの企画・運営、メタバース開発エンジン「Vket Cloud」の開発
  • 所在地:〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1丁目20-22 三富ビル4階
  • URL:https://www.hikky.co.jp/

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