言葉の変化の仕方

Vol.020
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

去年の年末の紅白歌合戦に歌手の矢沢永吉さんが出演して、圧巻のステージだったことで僕の周りの若者たちが、「なんじゃこりゃ?」と興味を持ったらしく、矢沢さんについていろんな質問が来るようになりました。
どのCDから聴けばいいですか?とか、チケットはどうやったら取れますか?とかが多いんですが、一つ驚いた意見がありました。

「成りあがり、という本を読んでみたのですが、言葉が特殊すぎてよく意味がわかりませんでした。」というものでした。

え?ああ、そうなんだ。

「成りあがり」という本は、矢沢永吉が30歳の頃、行く先々で語ったそれまでの半生の言葉を、矢沢さんに密着取材していた、コピーライターとして有名になる前の糸井重里さんが時系列でまとめ直し、一人の男の半生のストーリーの形にまとめて一冊の本にしたものです。

それは昭和の後期の不良の口調と音楽業界用語で口語体で赤裸々に語られていて、それに不良たちが熱狂して200万部の大ベストセラーになって、この本を生きる支えにしているおじさんがたくさんいる、という本です。
僕も熱狂した不良の一人だったので、その独特な口調を真似して喜んでいました。
今でも喋り方がえーちゃんみたいですね、と言われることがあります。
わかります?真似してるもん。よろしく。

しかし、ということは矢沢口調で喋る僕のいうことは結構若者たちには意味不明なんじゃないか?という心配が自分の中に湧いて出てきちゃいました。

昭和の最後に若者のピークを迎えて、平成を力一杯駆け抜けて今に至るのですが、言葉の変遷をそんなに意識したことはなく、成りあがりが古文書化してるとは驚きました。

で、コラムのネタとして調べていくと、昭和後半の不良・業界用語と、現代のネットスラング・若者言葉では、言語の生成背景(直接的な威嚇vs共感・効率)が大きく異なり、言葉遣いにも大きな変化が見られるということがわかってきます。

昭和の言葉は、今では「死語」になったものもあれば、完全に定着して「標準語化」したものもあり、へーそうだったんだ、という興味深さがあります 。

面白い変化のポイントとして、
● 「マジ」の出世
昭和の頃は「不良の言葉」として嫌悪感を持つ大人も多かったのですが、今やNHKのニュースでも使われるほど市民権を得ました。最近の言葉では「ガチ。」
● 「マブい・イカす」の消滅
外見をストレートに褒める言葉は、少し照れくさいのか、あるいは特定のコミュニティ用語(推し活用語など)に細分化されました。マブイの今は無理やり翻訳すると「かわいい」が一般的。去年流行った「ビジュいいじゃん」。イカすの今は「エモい」ですかね。
● 「焼きを入れる・シャバい」の衰退
昭和の「ツッパリ文化」が背景にある言葉は、今の若者には「ドラマや漫画の中の言葉」という認識になっています。

あえていうと「詰める」は、今は「説教する。」「ナウい」は死語。「ダサい」は「ビミョー」、「フィーバーする」は「バズる」、「盛り上がる」。「シャバい」は「ヘタレ」、「ハマる」は「沼る」、「むかつく」は「うざい」。「シカト」は「スルー」、「おばん」は「BBA」などなど。「パクる」は著作権的に「オマージュ」だそうです。
笑えます。

昭和の言葉には、どこか「汗の匂いや体温」を感じる力強さがありますが、現代の言葉はより「視覚的・記号的」に変化しているのがわかりますね。ネットのせいですね。

また、このような言葉の変遷には、
● 否定から共感へ
昭和の不良は「いらねぇ」「だりぃ」と否定や拒絶が多かったが、現代は「尊い」「しんどい(ポジティブな意味でも)」「神」など、感情を共有する言葉が多い。
● 略語・抽象化
長い言葉を極端に短くしたり(キャパオーバー→きゃぱい)、状況を「エモい」の一言で片付けたりする傾向がある。

このように、昭和の不良が「強さ」を誇示する言葉を使っていたのに対し、現代の若者は「つながり」や「感情の効率的な共有」を求めて言葉を変化させています。

わかりやすくいうと、時代の違いの感じは「清原和博」と「大谷翔平」の違いです。
要は表だった不良ってのが嫌われるからいないんでしょう。地下にはいるみたいですが。もっと酷いのが。

こうやって見ていくと、もう、言葉が乱れてるとかいう大人もナンセンスな感じがしてきますね。言葉というのは時代によって本当に簡単に変化していくものです。
僕らの頃の「ヤバイ」は警察が来た!とか、タバコ吸ってて見つかった! 停学じゃん!みたいな時に使っていましたが、今は、すごい、美味しい、可愛い、面白い(すべてを指す万能の感動詞)として使われていますね。正反対です。

その辺を意識しておじさんは若者たちと対峙して、矢沢語を多用しないようにしないと変なおじさんとして扱われるんだなあと思いました。よろしく。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
自分の関わった仕事の案件で、矢面に立つのは当たり前と、体と気持ちを突っ張って仕事をしていたら、ついたあだ名は「番長」。 52歳で初めて子どもを授かったのでいまや「子連れ番長」。子連れは、今までとは質の違う、考えた事も無かった様な出来事が連発するような日々になったけれど、守りに入らず、世の中の不条理に対する怒りを忘れず、諦めず、悪者だけど卑怯者にはならない様に生きていたいと思っております。

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