オーディション

Vol.013
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

CMの仕事の中で、結構苦手な部類の仕事に「オーディション」というものがあります。

人が出演するCMの種類にもいくつかタイプがあって、
● 有名タレントが出るタイプ
● そんなに有名ではないが芸能事務所に所属するタレントや役者さんが出るタイプ
● モデル事務所に所属するモデルさんが出るタイプ
● スポーツ選手や文化人が出演するタイプ
● 最近多いのは広告主の企業の社員や社長が出るタイプ
● ネットでインフルエンサーとして有名になった人を起用するタイプ
● 全くの素人さんを企画の内容に沿って探してきて出てもらうというタイプ
などがあります。

有名タレントやスターミュージシャンが出るようなタイプは最初からその人ありきで企画が進行していきます。
スポーツ選手や文化人も商品の特性によった企画で選ばれているので決まっています。
企業の社長や社員、ネットのインフルエンサーもそうで、とにかくこの人でやるための企画、という「この人」が決まっている場合はその人がタレントなので、オーディションの必要はありません。

オーディションで出演者を選ぶタイプは、
商品のことを説明するのに特別な人が出てくると、その存在に引っ張られて説明しにくい場合、
タレントに頼らないほうがやりやすい、ストーリー性や自己投影できる共感性の高いもの。
またファッションCMなどで、人物の存在よりも映像美や服などの商品を際立たせたいもの、
というところでしょうか。

素人さんをキャスティングする場合は、色々な意味で危険度が高いです。
病気になったり、問題を起こしたり、事故に巻き込まれたりした場合は、事務所などの後ろ盾がないのでオンエアできなくなったときの金銭的な保証ができないからです。
コンプライアンスが厳しく言われる中、リスクが高くなっていると言えます。

CMのキャスティングってこういうところから話はスタートするのですが、このキャスティングという業務が
なかなか大変な仕事なのです。

まず最初にキャスティング会社に、企画やコンテを説明して、人物の選択をお願いします。

キャスティング会社のキャスティングディレクターという人が、その内容に沿って条件を精査します。
性別、年齢、体型、風貌、演技力、人となり、身体能力、撮影日の予定、オーディションの日の予定。
競合他社のCMに出ていないか?出ていたことはないか?出る予定はないか?
問題を起こしていないか?悪い噂はないか?などなど。そして金額。

条件を精査したら、各芸能事務所の担当者に連絡をします。
複数の事務所にお声がけをして、上がってくる出演者候補の資料をまとめて、キャスティングディレクターが精査して、どの人をオーディションに呼ぶかを決めます。

そして、プロダクションから指定されているオーディションの日にちと時間に合わせて呼ぶ人の順番や時間を決めて予定表を作成します。
CM一本の出演者、一つの役につき30人から50人くらいの人を見るので、その調整だけで大変です。
こんな感じでオーディションに辿り着くまでがとても大変なのです。

オーディションという行事は、僕は撮影本番日の次に疲れるイベントだと思うのです。

出演者は作品にとって命のようなものなので、それだけプロデューサーも真剣にみているものです。
その真剣さを、来てくれる50人と立て続けに相対するのにも体力が必要ですし、来てくれる側も一人一人が真剣にやってきますので圧も強いです。

柔道の特訓とかで50人乱取り、みたいな事をやったりしてるのをみますが、あんな感じ。
終わるとクタクタです。

演出家においては、机の上で書いたCMのプランを初めて他者に演じてもらって、客観的に面白いのか面白くないのか?どうやったらもっと面白くできるのか?などを試している実験場でもあります。

想像通りかそれ以上の手応えを得られる時もあれば、50人見てもしっくりこない時もあります。
見てくれ以外の、プロデューサーにはわからないニュアンスで演出家が決めない時もよくあります。
その時は、方向性を少し変えた人選で「おかわり」させてもらいます。
もう一回やってもいいですか?えーまだやるの?

演出家もいろいろいて、真剣に全員を見る人から、制作部に演技の方法を指示して全部やってもらった後にビデオで判定する人もいます。
演出家のオーディションにおけるストレスも大変なんだと思うのです。
割り切らないとやってられないのもわかります。

そんなこんなでたくさんの人と真剣に向き合い、その中から誰かを選ぶという行為は必ずやらなければいけないんだけど、できればやりたくないことのひとつではあります。
ものすごいストレスだからです。
オーディションって、選ばれる側も、「行くたびに落とされて自信がなくなります」みたいな
ことをよく聞きますが、選ぶ側もせっかく来てくれて一生懸命やってくれる人たちに優劣をつけなければいけない、という感じが、俺、何様やねん?というふうに気が引けて申し訳ない気持ちでいっぱいになるんです。
本当にそう思ってるんですよ。
へへへ選んでやるぜ、と肩にセーターをかけて、パイプ椅子にふんぞり帰って足組んで、という事をやってみたいけどできません。

それはさておき、ところ変わればオーディションのやり方も大きく変わるものです。

アメリカで撮影する日本のCMのオーディションをアメリカでした時、オーディションに来た女優さんの年齢が微妙に企画に合ってないと思ったので、プロフィールシートを確認したら、そこにも年齢は書いてありませんでした。
気になるので「おいくつですか?」と聞いた途端、その女優さんが烈火の如く怒って帰ってしまう、ということがありました。

呆気にとられていたら、コーディネーターの方が、
「櫻木さん、アメリカでのオーディションでは年齢は聞いてはいけないことになっています。選ぶ側がその人の風貌が年齢的に企画に合わないと判断するならば、その人を黙って落とせばいいだけで、実年齢は関係ないんですよ」
と言いました。
「日本みたいに、言う必要のない事を言ったり、聞く必要のない事を聞いたりすると、確実に怒られます」

確かになー。言われてみればそうかもね。
ちょこっと釈然としないこともあるけど、悪いことしちゃったな。
日本でもやっちゃダメよね、と思いました。
20年くらい前の出来事ですが、昨今の日本でのエイジハラスメントやセクハラ云々の話に近いですね。

また、別のケース。
アメリカ人のアートディレクター、演出家を起用して彼らをわざわざアメリカから呼んで日本の企業のCMを制作した時。

僕たちのオーディションの習慣として、オーディションにくるモデルさんたちには「素の状態を確認したい」と言う理由でスッピンで来てもらうことになっています。
そのスッピンのモデルさんたちを見て、アメリカ人のアートディレクターが怒り出しました。
「おい、なんでこの子達はメイクしてないんだ?これじゃあ、いいか悪いか判断つかん」
「変にメイクしてる方が判断できないからですよ」
「だったら、この企画や役柄を説明して彼女らが思うメイクをしてもらっとけばいいじゃねえか」

確かになー。言われてみればそうかもね。
オーディションはスッピンという自分の中の常識は常識じゃあないんだなあ。
考え方はいろいろあるんだなあ、と思いました。

そんなこんなで、オーディションひとつするにも経験が必要です。
そしてオーディションという作業はとても難しい作業です。
簡単にやっているように見えて、楽しそうに見えて、結構な苦行なのです。
お分かりいただけたでしょうか?

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
自分の関わった仕事の案件で、矢面に立つのは当たり前と、体と気持ちを突っ張って仕事をしていたら、ついたあだ名は「番長」。 52歳で初めて子どもを授かったのでいまや「子連れ番長」。子連れは、今までとは質の違う、考えた事も無かった様な出来事が連発するような日々になったけれど、守りに入らず、世の中の不条理に対する怒りを忘れず、諦めず、悪者だけど卑怯者にはならない様に生きていたいと思っております。

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