映像2015.09.24

よく会うのに、よく知らない人

とりとめないわ 第1話
とりとめないわ 門田陽

そこそこ長らく人間をやってますが、日々フシギなことだらけです。3年前。ボクの住んでいる小さなマンションの1階に家族経営のコンビニ的な店ができました。生鮮食品とかお弁当とかは置いてないのですが、お茶やジュースやお菓子などは充実しているのと、お店を仕切る若おかみの下町キャラですぐにお客がつきました。オープンからしばらくした頃に若い学生アルバイトの女子が入りました。小柄(ボクは個人的に小柄な女性に魅かれやすい体質)でおとなしい感じの子です。「こんにちは」と挨拶すると人見知りなのか首を縦にちょこっと動かすだけで特に返事はありません。家の階下の店ですし、ボクのほうは会うたびに「こんにちは」を続けました。でも彼女のほうは相変わらずそっけなくしています。ところが三か月くらいたったある日、ボクの「こんにちは」に「こんにちは!」と応えてくれたのです。しかもかなり元気な声でです。これはとてもうれしかった。同僚や後輩にも継続は力だねと、ずいぶんこのただの挨拶を話したものです。それからは一進一退。挨拶を返してくれる日と返してくれない日が交互にあります。機嫌の波があるのだろうか、それともボクの言い方に下心を感じたりしてるのだろうか。挨拶が返ってこないときは落ち込みました。それからまもなくしてその理由がわかりました。

その日は仕事の都合で早目に家を出たらお店のまえにトラックが止まっていて商品の搬入をやっていました。その作業を彼女が手伝っていました。いや、正確には彼女たちが手伝っていました。お菓子や飲料の入った段ボールをふたりで運んでいたのです。双子でした。一卵性!驚くときって、口が開きますね。「え~」、という声が体のどこからか出ました。そして、「おはようございます」と言うと「おはようございます!」と一人は返し、もう一人は首を縦にちょこっと動かしました。謎は解けました。なんてことない話です。

あれから二年半、気になるふたりの女子はまだそのお店でアルバイトを続けています。ほぼ毎日のようにふたりのどちらか(若おかみが休む日以外はアルバイトはどちらか一人だけが入ります)に会ってるのですが依然として名前も知らない間柄です。よく会うけど何も知らない人。朝決まって一緒の車両で会うオヤジ。月曜のローソンでビッグコミックスピリッツを隣で立ち読みする大学生。木曜のローソンでモーニングを隣で立ち読みする別の大学生。新橋の居酒屋でよく相席するお勤め前の美人(もしかすると男かも)。寄席に行くといつも目が合うおじいさん。みんなよく知っている人のようで、実はなんにも知らない人ばかり。当たり前の日常だけどちょっとフシギで面白いなと思います。

ところで、ボクは心の中では例のふたりをアン(暗)ちゃんとメイ(明)ちゃんと呼んでいることはきっと気持ち悪がられるので言ってません。彼女たちはボクのことを「帽子の人(ボクは外出のときはほぼ100%チューリップハットを被っているので仕方ないですが)」と呼んでるそうです。この情報をどこで得たかの話はまたの機会に。

Profile of 門田 陽(かどた あきら)

門田陽

電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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