船の中で見た錬金術?! Alchemy!

Vol.120
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき
The Steamship Project Space

「駅からすぐのはずなんだけど?」南ロンドン、ドックランズ・ライト・レイルウェイ(DLR)ブラックウォール駅を降りて北へ。やがて「The Steamship」と書かれたパブが見えてきます。中に入るとパブのカウンターは残るもの、いたるところ作品が並んでいて人気はなし。実はここ、元パブを利用したThe Steamship Project Spaceというアートギャラリー。その名から、この辺りがかつて蒸気船など停泊した波止場であったことが伺われます。建物の形も大きく湾曲していて船のよう。今回はこのThe Steamship PSよりグループ展「Alchemy!」をお伝えします。


「Alchemical Transformation: Projection (2022)」©Hazel Florez

怪しげな調合を行なっているのはメデューサとグリーンマン。太陽の光が涙のように降り注ぎ、フェニックスから放たれた光が二人とるつぼを繋ぎます。やがて床や壁からオリーブの木が生い茂ってきます。神話の一節のような絵画は、Hazel Florezの「Alchemical Transformation: Projection (2022)」。


「MADLAB1/why I am scared of trouble water, dusty attics and other forbidden places? (2022)」©Sarah-Lou Sasha Maarek

蛍光色の水槽の中で藻に絡まって髪の毛が生えた人肌を思わせる白い有機体が見えます。ルネサンス期の錬金術師パラケルススは、その著書、De Natura Rerum の中で、蒸留器を使ってフラスコ内で作る、ミニチュアの人造人間ホムンクルスの作り方を提唱しています。ホムンクルスはゲーテのファウストの第二部でもお馴染み。そう聞くとパラケルススってかなり怪しい感じがします。しかし、医学に化学を初めて導入、梅毒の治療に酸化鉄や水銀を使用、金属の化合物を医薬品に採用した当時最新の医化学者だったようです。そんなパラケルススの錬金術から着想を得た作品はSarah-Lou Sasha MaarekのMADLAB1/why I am scared of trouble water, dusty attics and other forbidden places? (2022)。


Touch Stone (2021〜) シリーズ  ©Liane Lang

2メートルほどの紙のように波打つ鉛の局面に印刷された写真。森の中の秘密の工房のような建物、森、そして洞窟が映し出されています。写真技術もまた錬金術なしでは語れません。8世紀後半から9世紀初頭にかけて活躍したアラブ人の錬金術師で医師のジャービル・ハイヤーンは、硝酸銀が太陽光に当たると黒くなることを記述していたそう。硝酸銀は現在写真感光剤として広く用いられています。作品は Liane Lang のTouch Stone (2021〜) シリーズの一つ。


©Khaled Hafez

金槌、取手、ハサミ、ナイフ、コップ、鏡、義歯、ラケットまでみんなミイラのように包帯が巻かれている!錬金術の発祥の地はアラブやエジプトなどと諸説がありますが、今回の展示ではエジプト人が多く参加していることもあり、もちろん、エジプト説を推す声が有力。実際、古代エジプトでは科学技術が発達していて、これは、炭酸ナトリウム、ナトロン等の数種類の薬品がミイラを製造する過程で不可欠であったからだとか。当時青銅などの金属調合もかなり発達しており、人工宝石の製作方法まで当時の文献に残っているそう。作品はカイロ生まれ Khaled Hafezのインスタレーション。


©Catharyne Ward

波打つのは水?満ちては引いていく届かない水のような?携帯電話やパソコンなどの電解コンデンサとして使われるタンタルという金属があります。その名は、ギリシア神話のタンタロスが由来で、発見者のアンデシュ・エーケベリがその優れた耐食性からつけたもの。神話において、タンタロスは、頭上に果物が実る顎まで浸かる水の中に立たされ、水を飲もうとすると、水は引いてしまい、果物を取ろうとすると、枝が手から遠ざかるという、永遠にどちらも手にはいらないという罰を受けます。作品はCatharyne Wardの黒地に白インクで描かれた天井から床下まで届くドローイング。


「St Peter and Mary Magdalene」©Natasha Redina

ステンドグラスのマリアの向こうに見えるのはオリオン座でしょうか。作品はNatasha Redinaの 「St Peter and Mary Magdalene」で、 ウィンブルドンのサウスサイド・チャペルからの委託作品。ルネッサンス期において占星術もまた錬金術と深いつながりがありました。パラケルススをはじめとする多くの医師や錬金術師が人体は小宇宙であり、天体から直接的に影響を受けていて、占星術は天空と人体を結び付ける科学であると考えていたのです。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
笠原 みゆき氏 2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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