本のある場所と、隠れ家。
毎日、地味に生活をしていたら、もう2月も下旬ということに驚く。
この調子で今年もあと10回過ぎていくのだろうか。
さて、雑誌などで「人の本棚」とか「読書生活」の特集を見かけると、だいたい買ってしまう。
本の紹介そのものよりも、その人がどんな本に囲まれて暮らしているのかを見るのが好きだ。
きっちり分類された本棚もいいし、あちこちに積み上がった本の山もいい。
こういう部屋に住みたいなと勝手に憧れたりしている。
自分の家に、本棚だけの部屋があるのが理想だ。
壁一面に本が並び、真ん中には座り心地のいいソファがあって。
本を読みたいというより、本に囲まれてぼんやりする時間を持ちたい。
図書館が未だに好きなのは、本に囲まれる場所だからだ。
思えば、子どもの頃からそうだった。
学校の図書室は、私にとってちょっとした隠れ家だった。
教室が騒がしく感じる日でも、図書室の扉を開けると空気が少し静かになる。
本棚がずらりと並び、誰も大きな声を出さない。
その空間にいるだけで、ほっとした。
読んでも読まなくてもどちらでも、という感じで本はそこにいてくれた感じで、いつもの空気を作っておいてくれた。
あの時の学校司書さん、ありがとうございます。
そんなわけで、未だに学校司書への憧れもある。
なれる機会というか、希望は少し持っておきたい。
昔と変わらず、今も歴史やノンフィクション、エッセイ、人物伝が多い本棚に惹かれる。
誰かの人生や、ある時代の出来事がぎゅっと詰まった本が並んでいると、なぜかわくわくする。
世界は、自分が生まれる前に生きていた人たちによって作られていて、その道筋に自分も参加していると思うと、じんわり楽しいのだ。
図書室に逃げ込んでいた子どもは、大人になってもやっぱり本のある場所を探している。
疲れてくると、本を読みたいというより、本に囲まれたい。
本棚は、知識の飾りではなく、呼吸を整えるための背景なのかもしれない。







