ほとんどホラーな京都コメディ『ぶぶ漬けどうどす』レビュー
この映画は煽り文句にシニカルコメディとありますが、実際に鑑賞すると(いい意味で)「ほとんどホラー」という印象を強く受けました。「京都怖い」というだけでなく、「京都に対する思い込み」そのものがもたらす怖さも描かれており、登場人物たちはどこか憎めない反面、底知れない不気味さを秘めています。「分からない」「本音を見せない」京都の人の奥ゆかしさが、観客と主人公を疑心暗鬼の淵へと誘っていく……その行き過ぎた状況と認識のズレに、深く考えさせられるストーリーです。
物語のあらすじは、至ってシンプル。京都の老舗扇子店の長男と結婚した東京のフリーライターが主人公です。彼女が、その日常をコミックエッセーにしようと京都に足を踏み入れるものの、京都人の本音と建前に翻弄されていく、という筋立てです。
しかし、この物語。「主人公が大変な目に遭うのね、ふむふむ」と軽く見ていると、予想を遥かに超える展開が待ち受けているので、油断は禁物です。ネタバレは避けますが、人情劇を期待している方はご注意ください。美しい風景や佇まい、魅力的な人々といったビジュアルから、ジャンルを誤解する方もいるかもしれませんが、本作はむしろ「ヒトコワ」に分類されるホラーに近いと言えるでしょう。逆に、そうした要素が好きな方にはたまらない作品になっているはずです。
タイトルの「ぶぶ漬けどうどす」は、もはや半分京都のミームと化していると言っても過言ではない台詞ですが、この物語の核となるのは、「京都」そのものではなく、冒頭でも述べた通り「外から見た京都への眼差し」……偏見など微塵もないと思い込んでいる、その偏りそのものなのではないでしょうか。一体、どの視点からこの物語を捉えれば良いのか、と考え込んでしまいました。京都への強い思い入れを持つ人、そうでない人、そして、もはやそれが日常の一部となっている人……。登場人物の曖昧さこそが、この先の読めない展開を生み出しているとも言えるでしょう。
そしてキャスト陣の演技は見事です。自然でありながら、その自然さの中にこそ、確かな「技」が光っています。特に、主演の深川麻衣さんの掴みどころのない雰囲気は、もはや一種の怪演と言えるほどで、周りのベテラン勢よりもよっぽどゾッとさせられます。義母であるおかみさんを演じる片岡礼子さんの、まさに「いそう」な存在感は、京都の人の奥ゆかしさをさらに際立たせています。
興味深いことに、この物語の主要キャストに京都出身の方はいらっしゃらないかもしれません。個人的には、京都出身の方がこの作品をどう感じるのか、ぜひ聞いてみたいと思いました。
分かりやすいと言えば、分かりやすい種類の怖さで、「ハッピーエンドなの?」「もしかして壊れてしまったの?」と、続く人生を考えると決して安堵できないような空気が漂っています。一筋縄ではいかない作品でありながら、きちんと「落としどころ」があるため、最後まで目が離せません。それもまた、この作品の恐ろしさと言えるでしょう。
そして、その恐ろしさを増幅させるのが「音楽」の力です。驚くべきことに、この映画の音響設計は本当に素晴らしい。音楽を担当されたのは、高良久美子さんと芳垣安洋さん。高良さんは、吹奏楽、ミュージカル、スタジオワークなど多岐にわたる音楽活動に加え、国内外のフェスティバルにも出演、さらには映画、無声映画の生演奏、NHKドラマ、文学座など、舞台や映像音楽にも携わっておられるとのこと。その幅広い経験が、この作品に独特の「生音」と「演劇」的な深みを与えているのでしょう。芳垣安洋さんは、ジャズの世界で著名な方で、私の中では「渋さ知らズ」の印象が強かったのですが、今回は、民族音楽的な要素と打楽器の凄さをまざまざと見せつけられました。映像や演劇の音楽では、「あまちゃん」や「いだてん」のテーマ曲、劇中の演奏などを担当されており、常に作品の根底に流れる空気感を捉えるNHKのドラマや演劇的な感覚が、本作にも活かされていると感じました。
それにしても、打楽器の使い方が特筆ものです。サウンドに意識を向けて初めて気づいたのですが、この物語は最初から打楽器をベースにした音楽で始まります。そして、どこか不安定なズレや不協和音のような響きが、京都という舞台設定でありながら「和」とは異なる、独特で不気味なリズムを刻んでいるのです。物語が徐々に不穏な兆候を見せ始める前から、既に「怖い」と感じさせるのは、この音響演出の力でしょう。
ちょっとしたコメディのつもりで観始めた観客が、冒頭から「これはかなりホラーかもしれない」と感じさせられるのは、まさにこの音による演出の賜物だと思います。
さらに詳しい情報を得るために資料を見てみたところ、監督との綿密なセッションを通して音楽が作り上げられていること、そしてオープニングシーンの象徴的な音についても言及されていました。やはり、音響がこの作品において非常に重要な役割を担っていることは間違いありません。劇場で、その音がどのように響くのかという計算が随所に感じられるので、興味を持たれた方はぜひスクリーンで体験してほしいと思いました。
木魚のようにも聞こえながら、どこか異民族風の響きも感じられる音が、作品全体と見事に調和し、強烈なアクセントになっています。
裏に何か隠されているのではないかと感じさせる部分も多く、何度か見返したくなる衝動に駆られます。それもこれも、本当に端役に至るまで、役者さんたちが一筋縄ではいかない曲者ばかりだからでしょう。色調や建物も、「京都」ではあるのですが、古風な美しさよりも「怖さ」と現代的な要素のコントラストが際立つように計算されているのか、抑えられた色味が堪らなく不気味さを煽ります。ホラーよりも怖いホラー……でも、ほんの少し「分かるかも」「こういう人いるよな」と思わせるリアリティも混ざっていて、決してステレオタイプな描写ばかりではありません。タイトルが指し示す多角的な切り口を、ぜひ楽しんでほしい作品でした。
映像としては、丁寧に撮れば絶対に美しいであろう風景が多いにも関わらず、安っぽく見せず、過剰な演出を避けて「物語」を軸に据えた映像表現には、どこか朝ドラやNHKのドラマのような落ち着いた雰囲気を感じました。やはり、音響が重要な作品であるからこそ、画面作りはあえて華美にしすぎなかったのかもしれません。もう一度劇場で、その意図を確かめてみたいと思います。
『ぶぶ漬けどうどす』
6 月 6 日(金)テアトル新宿他全国ロードショー

監督:冨永昌敬
出演:
深川麻衣
小野寺ずる 片岡礼子 大友律 / 若葉竜也
山下知子 森レイ子 幸野紘子 守屋えみ 尾本貴史 遠藤隆太
松尾貴史 豊原功補
室井滋
企画・脚本:アサダアツシ
音楽:高良久美子/芳垣安洋
製作:清水伸司/太田和宏/勝股英夫/小林栄太朗/佐藤央
企画・プロデュース:福嶋更一郎
エグゼクティブ・プロデューサ
ー:松岡雄浩/西澤彰弘 プロデューサー:石川真吾/横山蘭平 アソシエイト・プロデューサー:三好保洋
製作幹事:メ~テレ/東京テアトル
制作・配給:東京テアトル
制作プロダクション:さざなみ
「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会:メ~テレ/東京テアトル/エイベックス・ピクチャーズ/テンカラット/ワンダーストラック
©2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
公式サイト:bubuduke.jp 公式 X:@bubuduke_movie
