お好み焼きは待つのが大事

宮城・仙台
ライター
KIROKU vol.01
佐藤 綾香

その日まで、わたしはお好み焼きを待つなんてしたことはありませんでした。

 

 

仙台の、とあるお好み焼き屋さんでの出来事である。

カウンター席に友人と通してもらい、お好み焼きを注文した。

友人とわたしの目の前には、黒々とした大きな鉄板。

店員さんは注文を受けてから、鉄板にササっと火をつける。

わたしがお好み焼き屋さんを好きな理由の一つには、一緒に食事をする人と同じ何かをつくりながら雑談できること、がある。

こんな感じでいいのかな〜、ああ間違っちゃったかもしれない、でも大丈夫だよ、なんとかなってきたよね、わあ美味しいじゃん、そういえばこの前さ……(お好み焼きとは全く関係のない話に変わる)という、試行錯誤して創意工夫したり、なんてことない話題に花を咲かせたりする流れをなん度も繰り返すことに、おおきな幸せを感じている。

わたしにとってはとても尊くて、大好きな時間なのだ。

 

 

注文したお好み焼きが届く。わたしは、まず油をひいた。

じゃあ焼くのはわたしがやる、と言った友人は、まだドロドロの生地状のもったりとしたお好み焼きを、熱々の鉄板にゆっくりのせた。

友人が続けて、正解の焼き方はわかんないけどとりあえず焼くね、と宣言したあと、思いがけず耳に入ってしまったのか、お店のご主人が様子を伺いながらわたしたちにそっと声をかけた。

 

「お好み焼きは待つのが大事」

おこのみやきは、まつのが、だいじ。

 

ご主人曰く、「ひっくり返すタイミング」までは、焼いている最中のお好み焼きはできるだけ放っておいたほうがいいのだという。

ヘラでお好み焼きをベタベタと触りまくっていた友人は(特に何もしていなかったわたしも)、両手をおとなしく膝のうえにお行儀よくおいた。

しかし、待つのが大事、と言われたところで、いい頃合いのタイミングがわからない。

そんなわたしたちは、ご主人に「まだですか」としつこく聞き、「まだ!」と首を左右に振られては、お好み焼きをただ焼くことへの奥深さを痛感していた。

友人がしびれを切らし「もういいですか!?」とご主人に問いかける。

「よし、いま!」

ご主人からやっとGOサインが出たのはよいが、何もせず待つ時間が友人にお好み焼きをひっくり返すことへのプレッシャーを与えてしまった。

友人は(本来は感じなくてもいい)重苦しい緊張感をはねのけ、お好み焼きをきれいにひっくり返した。

その様子を見届けたご主人とわたし、そして無事に大業を成し遂げた友人は、クシャクシャに笑った顔で歓声を上げながら大きな拍手を贈りあったのだった。

 

友人とご主人と「お好み焼きを待つ」ことで、わたしは異常な連帯感と高揚感と感動を得た。

 

思えば、これほどまでに、意識的に何かを待つことはあっただろうか。

意識的に、何かを待とうとしたことはあっただろうか。

膝に両手をおき、お好み焼きただ一点を見つめ、「いつひっくり返すのか」だけに集中する。

あとから「あれはなんの時間だったんだ」「なんであんなに強い連帯と高揚感と感動が生まれたんだ」と不思議に思う経験が、少なくなったような気がする。

 

小学生の頃、しゃがみながら列を乱さずに巣に出入りする蟻たちを、葉っぱを黙々と食べている小さな芋虫たちを、ただ見守るだけに集中していた時間をふと思い出した。

わたしは、あのとき、何を思い、何を得ていたのだろう。

何かに気づいて立ち止まれる人は、豊かな時間を過ごし、はかりしれない感動と高揚感を得ているにちがいない。

 

いまのわたしは、効率的に暮らしすぎているのかもしれません。

プロフィール
ライター
佐藤 綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

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