グリム童話「ブレーメンの音楽隊」は日本昔話たり得るか?

神奈川
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

ブレーメンで音楽隊にならなかった
ロバと犬と猫と鶏

ブレーメンのおんがくたい  (いもとようこ世界の名作絵本)   金の星社 ※画像はamazonより

「ブレーメンの音楽隊」
昭和戦後以降に生まれた世代なら、だれもが幼少期に出会った童話だろう。

 ロバに犬に猫に鷄。彼らは歳を取るごとに「役立たず」と見なされ、非情な飼い主から捨てられてしまった。似た者同士の彼らは「ブレーメンに行って音楽隊になろう」とのポリシーの元、街を目指して旅を続ける(そもそも彼らに音楽的センスがあったものやら…)

道中の森の中に一軒家があった。そこは盗人宿で、折しも盗賊団の宴会の真っ最中。旨そうなご馳走に目がくらんだ彼らはロバの上に犬が、犬の上には猫、猫の上には鶏とそれぞれ馬乗りになり陣を組むや、それぞれの鳴き声で喚きちらす。

深夜の森の中。突然の絶叫。さすがに豪胆な盗賊団も恐れて逃げ出し、動物らはそのまま家でご馳走を食べて幸せに暮らしましたとさ。

 「社会的弱者が団結して巨悪に立ち向かう」という戦後的な教育配慮。そして「都会に出てミュージシャンになるんだ!」といきり立つ若者が初心を忘れ、それでも人生に満足する…これまた戦後的な処世術?も相まって人気の童話である。

 さて、「ブレーメンの音楽隊」。
もともとは18世紀末にドイツのグリム兄弟が収集したドイツの昔話集「グリム童話」の一節。いうまでもなく西洋の昔話である。

 「まんが日本昔ばなし」として放映された
ブレーメンの音楽隊

だが団塊ジュニアの心のアニメ
まんが日本ばなし」において、全く同じ内容のエピソードが存在したことを覚えている方も居られるのではないだろうか。

 「まんが日本昔話」
昭和58年1月15日放送の回
あてのない旅

まんが日本昔ばなし データベース あてのない旅

 老いた馬が飼い主に殺されそうになり、逃げ出した。道中で老いた犬に猫、鷄と出会う。彼らも老いて飼い主に処分されそうになり、逃げだしたのだった。似た者同士の一同が旅を続けるうちに、泥棒が千両箱の金を分け合う場面に出くわす。3匹と1羽はそれぞれ馬乗りの姿で鳴き喚いて泥棒を追い払い、金を手にしましたとさ。

 視聴者の大半は「ブレーメンの音楽隊」を外国の童話として知る世代。放送当時はネットなど夢にも思わない時代だが、やはり「パクリだろ」との声も出たことだろう。

 だが番組のホームページでは
出典:動物の世界(日本の民話01),瀬川拓男,角川書店,1973年5年20日,
原題:あてのない旅
伝承地:中部地方

 と明確に説明されている。しかも、この「和式ブレーメンの音楽隊」の伝承は上記、中部地方だけではないのだ。宮城県本吉郡には「シーン、ニャン、ワン、コケコッコー」との題名で以下の物語が伝えられている。

 昔々、怠け者のマッコ(馬)が飼い主に追い出された。道中で同様に「怠け者だから追い出された」エヌコ(犬)、ネゴ(猫)、ヌワドリ(鷄)に出合い、一同になって「働かなくても飼ってくれる」家を探したが見当たらない。やがて犬と猫と鶏は歩き疲れ、馬の背に乗せてもらった。馬の上に犬が乗り、犬の上に猫が乗り、猫の上に鶏が乗る。馬が「シーン」といななけば猫がニャン、犬がワン、鶏がコケコッコーとそれぞれつられて鳴く。通りかかった男がそれを面白がり、一同は見世物の興行師に売られてしまいましたとさ。そんなわけで、一同は「音楽隊?」となってお客の前で鳴き声を披露しましたとさ。

めでたしめでたし?

 一方で岡山県岡山市にも同様の説話が。

 馬と犬と猫と鶏が貧乏な飼い主に追い出され、旅に出る。日が暮れて一軒家に泊まるが、そこは盗人宿で盗賊が金を分配していた。一同は鳴き声で盗賊を追い出して金を手に入れ、それからも旅を続けましたとさ。

「グリム童話」が日本に伝わったのは明治20年代以降。初期は日本的に翻案された物語ながら、大正期には原文に忠実な全訳本も登場した。それら全訳本を手にできて読めるインテリ層が学校教育の場などで大衆に語り、聞き覚えた大衆が家で子どもたちに語る。

学校教育が浸透し識字率が上がりつつも、まだ文字に頼らず口承で語り継いでいく「昔話」の伝統が生きていた明治大正時代。海外の昔話を自分なりに消化し、日本ではなじみのない「ロバ」を馬に代えて、何者か理解しかねる「ぶれーめん」は排除して「日本昔話」として完成させていく。

 三国志の物語もイソップ寓話も
回り巡って日本昔話になる

 

そもそも「日本昔話」とされる物語は、多くが海外の物語の翻案作品である。
やはり「まんが日本ばなし」で放送された物語の一つ

 まんが日本昔ばなし データベース 娘の寿命延ばし

18歳の娘が旅の僧から『お前には死相が現れている。今年のうちに死ぬだろう』と宣告される。娘は僧に『寿命を延ばす方法』を尋ねる。僧は『目隠しをしたまま三日三晩歩いて行きあたったところに3人の坊様がいるので、懇願すればいい』と、秘策を授ける。娘は言いつけ通りに一心に歩くと話にたがわず坊様の一団がいたので、寿命を懇願した。坊様は帳面にあった「十八」の文字の上に「八」を書き足し、「八十八」にした。こうして、娘は88歳まで長生きしましたとさ。

めでたしめでたし。

三国志演義』を読んだ人なら、ほぼ同一の話を知っているだろう。魏の曹操に仕えた占い師・管輅(かんろ)のエピソード。

 趙顔(ちょうがん)という19歳の青年が管輅から「お前の命はあと数日だ。かわいそうなことだ」と告げられる。驚いた趙顔が「何とか運命を変えてほしい」と懇願すると、管輅は答える「明日、上等の酒と肉を持って山に登るように。山頂には桑の大木があり、その下で青年と老人が碁を打っている。その2人にそっと酒と肉を差し出すように。2人が肉と酒を口にした頃おいを見はからい、改めて『寿命を延ばしていただきたい』と訴えるように」趙顔が言いつけ通りに山に登れば、確かに山頂で老人と青年が碁を打っていた。趙顔が肉と酒を勧めると2人は勧められるままに飲み食いする。そして「管輅には『軽々しく天命を変えてはならぬ』と伝えよ」と叱った上で、帳面の「十九」の文字の上に「九」を書き足し、寿命99歳としてくれた。碁を打っていた2人のうち、老人は死を司る北斗であり、青年は生を司る南斗であった…

寿命を操る存在に懇願し、漢数字一文字を書き足すことで寿命を延ばすことができる。
漢字文化圏ならではの知恵が生きた翻案といえよう。

 

あるいは、東北の岩手県や青森県で信仰される養蚕の神「おしら様」。
桑の木の棒を一対として、一方の先端に馬、もう一方に娘を彫り込みそれぞれ布地で幾重にも覆った姿をしている。

 柳田国男の「遠野物語」に記された、おしら様の起源。

遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫) 画像はamazonより

 昔、ある里で馬と娘が夫婦になった。娘の父が怒って馬の首を斬ると、首は娘と共に天に上った。また別の説話によれば、後日、父の夢枕に娘が立ち、臼に涌いた白い虫を桑の葉を食べさせて飼えば繭を作るので、その繭から糸を取ればよいと教える。これが養蚕の起源であり、桑の枝に娘と馬を彫り込んだおしら様は養蚕の神である、と。

 馬と娘が情を交わす民俗学的には「馬娘婚姻譚」という。
これとても、やはり遠野物語のオリジナルではない。

前記「三国志」の時代
曹操が興した魏の国はやがて蜀を併呑するも「晋」に簒奪される。そして晋は南東に残る「呉」を滅ぼし、三国はようやく統一された。
だがこれでめでたしめでたしとはいかない。晋の国の北部は騎馬民族の侵入で乱れ、戦乱を逃れて南東、かつての呉の領域に逃れた漢民族が晋の国を再興した。以降の晋を「東晋」と呼ぶ。

その東晋王朝の文人・干宝が書いた怪奇小説集『捜神記』より

 ある家で父が出征し、娘が一人で家を守っていた。娘は寂しさのあまり飼っている牡馬に「父上を連れ帰ったら、お前と結婚してもいい」と言う。すると馬は家から逃げ出し、数日後に本当に父親を載せて帰ってきた。その後、馬は餌を食べず、娘の姿を見れば明らかに感情が高ぶっている。父に尋ねられた娘は、先日の「冗談」を打ち明けた。父は怒り、その馬を殺して皮を剥いだ。後日、娘は馬の皮を踏み付けつつ「畜生の分際で人間を嫁にしようとするから、こんなザマだ!」と罵った。すると皮はサッと巻き上がって娘を巻き込み、天へと飛び上がった。そのまま両者は融合して蚕となってしまった。だが、その蚕の産する糸は通常の物より量が多く質が良く、周囲の村人はこぞって桑を植え、養蚕に勤しんだ…

伝来した先、日本の馬娘婚姻譚は「悲哀」として味付けされている。さすがに「皮が娘を巻き込んで虫になる」という変身譚は日本人の感性に合わなかったものか。

「海外の文化を、自分向きにアレンジする」のは日本人の特性だ。

 戦国時代ころに南蛮の宣教師が持ち込んだ『イソップ寓話』は『伊曾保物語』の名で広まり、親しみ深い教訓話集として定着した。「兎と亀」「金の斧」は「日本昔話」として、各地で口承文芸化された。

まんが日本昔話で放映された「こがねの斧」を、日本昔話として信じて誰も疑わない・

 もしもグリム童話、ブレーメンの音楽隊が伝来したのが明治の文明開化以前だったら…日本昔話「ぶれえめん社中」として、何の疑問もなく親しまれたのだろうか。

 

※参考文献
『日本昔話大成1 動物昔話』 関敬吾 角川書店 1979年

メイン画像は ジョージ・クルックシャンクによる挿絵「ブレーメンの音楽隊」1823年
ウィキペディアより

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。  

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