映像2025.06.13

映画『フロントライン』 コロナ最前線となった「ダイヤモンド・プリンセス号」の舞台裏を、関根光才監督が描く

Vol.76
映画『フロントライン』監督
Kousai Sekine
関根 光才
拡大

拡大

拡大

2020年2月、日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」。その舞台裏で奮闘した災害派遣医療チーム(DMAT)、行政関係者、クルーズ船のクルーたちの証言を基に、未曾有の事態を多角的に描き出したのが、映画『フロントライン』だ。

本作の監督を務めたのは、『生きてるだけで、愛。』(18)『かくしごと』(24)、さらに『太陽の塔』(18)『燃えるドレスを紡いで』(24)などのドキュメンタリーでも知られる関根光才監督。

実在の出来事を基にした本作に、関根監督はどう向き合い、どのような思いを込めたのか。作品の背景から創作の原点に至るまで、じっくりと語ってもらった。

「多くの人に知ってほしい」と感じた事実

 

日本中の誰もが知る実際の出来事を基にした物語ということで、興味深く拝見したのですが、とても引き込まれました。まずは関根監督が本作に参加された経緯を教えてください。

プロデューサーの増本淳さんから声をかけていただいたのが最初のきっかけです。彼が手掛けたNetflixのドラマ『THE DAYS』を観ていて、福島第一原発事故という非常に重いテーマに真正面から向き合う姿勢に、リスペクトを抱いていました。そんな中で企画のお話をいただいて、「この方と一緒に作品をつくってみたい」と思ったんです。

僕自身も震災以降、日本の社会問題に関心を持つようになっていて、それまではCMやMVを中心に活動していたんですけど、もっと社会と接続する表現をやっていきたいという気持ちが高まっていました。だからこそ、すごく心を動かされて、「ぜひ関わらせていただきたい」と思ったんです。

当時の「ダイヤモンド・プリンセス号」の出来事については、どのように受け止めていましたか?

2020年のはじめ、コロナのことが報じられて、みんなが不安に包まれていましたよね。僕自身もテレビやネットの情報を鵜呑みにして、「政府の対応が悪い」とか「船の中は大変なことになっている」と、どこか一方的な視点で見ていたと思います。

でも、脚本を読んだときに、その裏側で必死に動いていた人たちの姿が初めて見えてきて。例えば、医療チームやクルーの人たちが、あの状況の中でどれだけ判断に迫られていたか。そういうことを知って、「自分は何も知らずにいたんだな」と気づかされました。僕もあの当時は、完全に傍観者の一人だったんだと改めて思わされたんです。

そんな中でも、脚本を読んで最も印象的だったのは、どんな点でしたか?

DMAT、つまり災害派遣医療チームの方々が、感染症の専門家ではないにもかかわらず、整備も不十分な状況で最前線に立たざるを得なかったという点です。「あなたたちしかいない」という状態で現場に入って、何が正解か分からない中、自分たちの判断で命に関わる対応をしていた。その重さに、読んでいて強く打たれました。

遠くの安全な場所から見ていた自分たちとは全く違う景色が、あの現場にはあったんだなと。そのことを知ったときに、「これはちゃんと多くの人に知ってほしい」と思ったんです。

脚本づくりで意識した3つのポイント

監督が参加されてからの増本プロデューサーとの脚本づくりでは、「作り手の主張は最小限に」「脚色も最小限に」「エンターテインメント性も確保する」という3点に注力したそうですが、「主張は最小限に」という方針には、どんな思いがありましたか?

コロナって、みんなが経験していることじゃないですか。それだけに、立場や状況によって、見えていた景色は全く違うと思うんです。だから、作り手が何か1つの結論を提示したり、「こう思ってください」と誘導するのは、ちょっと違うなと感じていました。

それよりも、「あなたはどう受け止めますか?」という問いだけを投げかけるような作品にしたくて。観た人が、自分自身の記憶や経験と重ねながら考えられるように、門戸が開かれている作品を目指しました。

事実を基にしているだけに、配慮された点も多いと思います。「脚色は最小限に」という中で、特に悩んだ部分はありましたか?

やっぱりマスクですね。実際の現場では、船内では皆さんマスクをしていたのですが、映画の中ではマスクをしていないシーンが多くあります。そこは、正直最も大きな“脚色”かもしれません。撮影前には、「マスクをしていると、一度も素顔が見えないまま終わる俳優が出てくるかもしれない」と思って、かなり悩みました。

もちろん、目の芝居だけで十分に伝えられる方もたくさんいます。でも、観る側にとっては、表情が見えないことでもったいない結果になるかもしれないとも思ったんです。だから最終的には、マスクを外して演じてもらうことにして、その代わりに「実際の現場ではマスクが着用されていました」とテロップでしっかり明記することにしました。

「エンターテインメント性も確保する」についてはいかがでしょう。エンタメ性とリアリティのバランスには、どう向き合いましたか?

いわゆる“映画的な演出”で盛り上げようという意識は、あまりなかったんです。そもそも、現場で本当に起きていたことの密度がものすごく高くて、「これはもう、それだけで十分に伝わる」と感じていました。

例えば、重要なシーンの多くは、電話だったりオンライン会議だったりと静かなやりとりなんです。でも、僕たち自身があのときを肌で経験してきたからこそ、そこにある緊張感や切実さをリアルに感じ取れるんじゃないかと思っていて。だから、そこを無理に盛らずに、そのまま描くことを大事にしました。音楽や過剰な演出も抑えて、引き算の演出を意識しています。

真摯に役に向き合ってくれた俳優陣

小栗旬さんらが演じるDMATのメンバーや、松坂桃李さんが演じる厚生労働省側の人物、森七菜さんが扮したクルーズ船のクルーなど登場人物たちの誠実さも印象的でした。人物像を描くうえで意識されたことはありますか?

取材でお話を伺った方々が本当に誠実で、真面目に現場に向き合っていたんです。誰もが「自分にできることを精いっぱいやろう」としていました。

だから、脚本や演出でもその思いを壊さないよう、丁寧に描くことを意識しました。小栗旬さんをはじめとする俳優たちも本当に真摯に役と向き合ってくれて、現場で同じ方向を向いてくれていることが伝わってきましたね。

2025年現在、コロナに関する話題を耳にする機会もかなり少なくなりました。そうした中で、今この映画を届けることに、どんな意味があると考えていますか?

公開のタイミングについては、遅すぎず早すぎず、今だからこそ出せたような感覚があります。人によっては「まだ早い」と感じる方もいると思うんですけど、少し時間が経った今だからこそ、当時を落ち着いて見つめ直せる。そのきっかけとして、この映画が意味を持てたらうれしいですね。

内容としては社会的なテーマを扱っているので、真面目な印象を持たれるかもしれませんが、映画としてはエンターテインメントとして楽しめるものになっています。気負わずに観に来ていただいて、もし観終わったあとに、ご家族や身近な人への感謝の気持ちがふと湧いたりしたら、それが一番うれしいことかもしれません。

“生きている実感”を伴ったものづくりを

ここからは関根監督のキャリアについてお聞かせください。これまでに劇映画では『生きてるだけで、愛。』、『かくしごと』、ドキュメンタリー映画では、『太陽の塔』、『燃えるドレスを紡いで』などを手がけられたほか、CMやMVなど、ジャンルを問わず精力的に取り組まれていますが、活動の原動力は何なのでしょうか?

改めて、「原動力は?」と聞かれると、正直あまり意識したことがなくて(笑)。ただ、高校生の頃によく観ていた映画――特に海外作品なんですが、観終わったあとに「これはすごいものを観た」と感じることが何度もあったんです。自分の価値観とか、美意識みたいなものに影響を与えてくれる映画にたくさん出会えました。

その頃はまだ「映画監督になれる」とは思っていませんでしたけど、「いつか自分も、こういう作品づくりに関われたら面白いだろうな」とは感じていました。今もたぶん、当時受け取った感動や面白さを、少しでも作品という形で返せたら、という思いが自分の中でずっと続いているのかもしれません。

ご自身に影響を与えた作品の中でも、特に印象に残っているものはありますか?

高校生のときに観たヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』(1984)ですね。それまで観ていた映画とは全く違っていて、ストーリーも正直あまりよく分からなかったんですけど、「人生の奥行きを教えてくれるものが映画なんだな」と感じたんです。観たときに衝撃を受けたのを今でも覚えています。

今回のような映画に限らず、さまざまなタイプの作品のオファーがあるかと思いますが、作り手として、常に意識されていることはあるのでしょうか?

自然と社会的なテーマに惹かれることが多いんです。両親が芸術家だったこともあり、子どもの頃からいろいろな表現に触れてきた中で、「ただ美しいだけのものには心が動かない」と感じるようになったというか。コンセプトやメッセージが込められていて、それを受け取ったときに何かが変わるような表現に惹かれるんですよね。

だから、どんなジャンルの仕事でも、まずはそこに“自分が共鳴できる視点”があるかどうかを大切にしています。ただ同時に、社会的なテーマだからやる、というだけではなくて。そこは気を付けていますね。「誰が何を伝えようとしているのか」をきちんと見極める。それが、自分の表現の軸になっているように思います。

ここまでいろいろなお話を伺ってきましたが、最後に、これから映像の世界を目指す若い世代に向けて、メッセージをお願いします。

今の時代って、どうしてもアルゴリズムや数字に沿ってものをつくりがちですよね。でも、それって社会から「こうあるべき」と求められるレールにただ乗っかっているようにも思えてしまう。それは表現として面白くないし、危うさもあると思うんです。

だからこそ、自分の足で動いて、リアルに経験することを大事にしてほしい。僕自身も旅をしたり、自然の中に身を置いたりすることが、クリエイティブの源になっています。スマホの中では得られない、生の感覚がそこにはあります。

実際にその場所に行って、自分の肌で風を感じてみる。そこから生まれる表現には、面白さや強さが宿ると思うんです。ぜひ、“生きている実感”が伴ったものづくりを目指してほしいですね。

取材日:2025年5月13日 ライター:堀タツヤ 動画撮影・編集:指田泰地

映画『フロントライン』2025年6月13日(金)公開

監督:関根光才
出演:
小栗旬
松坂桃李 池松壮亮
森七菜 桜井ユキ
美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一
窪塚洋介
企画・脚本・プロデュース:増本淳
制作:「フロントライン」製作委員会
制作プロダクション:リオネス
配給:ワーナーブラザース映画
©2025「フロントライン」製作委員会
オフィシャルサイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/frontline
映画公式X:https://x.com/frontline2025

プロフィール
映画『フロントライン』監督
関根 光才
造形アーティストの両親のもと東京で生まれる。2005年に初監督の短編映画『RIGHT PLACE』を発表、ニューヨーク短編映画祭の最優秀外国映画賞などを受賞。2014年に手掛けたHONDA『Ayrton Senna 1989』はカンヌ広告祭チタニウム部門グランプリを受賞。2013年、社会的アート制作集団「NOddIN(ノディン)」で活動を始め、社会的イシューを扱った作品を発表する。2018年、初の長編劇場映画作品『生きてるだけで、愛。』で、新藤兼人賞・銀賞、フランス、キノタヨ映画祭・審査員賞などを受賞。同年、長編ドキュメンタリー映画『太陽の塔』を公開。2024年、『かくしごと』を公開し、ドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』で、ファッションのゴミと環境問題の関係性を見つめ、米・トライベッカ映画祭にて The Human/Nature Awardを受賞する。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP