映像2025.05.16

撮影まで11年を費やした脚本『金子差入店』で長編映画監督デビュー「丸山隆平さんのイメージがガラッと変わりました」

Vol.75
映画『金子差入店』監督
Go Furukawa
古川 豪

刑務所や拘置所に収容された人への差入れを代行する差入店を営む家族の絆を描いた、映画『金子差入店』。20年以上の助監督経験のある古川豪監督の長編映画初監督作品となる。

厳しい審査や検閲がある差入れのルールを熟知した金子真司(丸山隆平)の毎日は、罪を犯した人々やその家族と対峙する。ある日、真司の息子の幼なじみが、何も関係もない男に殺害される。

本作が誕生した経緯、丸山を初めとしたキャストの演技について感じたこと、映画監督として大事にしていることなどを古川監督に語ってもらった。

自分に家族ができて次の世代につなぐ物語を描きたくなった

 

構想11年とのことですが、どのようにして作品は生まれたのですか?

初めて差入れ代行業者を見たのが、撮影を始める11年前です。たまたまある作品の実景を撮りに拘置所に行ったら、その向いに差入代行業者があって。こんなシステムがあるんだとそのとき知りました。撮影から公開まで2年近く経ってしまったので、実質、13年くらい前の出来事です。

どういう点が気になったのですか?

普段から脚本を書くネタ探しはしていたので、最初はその一つという感覚でした。犯罪がドラマになりやすいことは分かっていたので、映画にできるかも…と淡い感じで記憶に留めていたんです。

その後、色んな作品に助監督として付いたり深夜ドラマを撮るようになり、さまざまな人間模様が描けたらドラマに向いていると考えたのですが、差入れ代行業者を主題で何か物語を書こうとするとなかなかナーバスなテーマになるのでそんなに簡単にできず。時間を要しました。

最終的には犯罪を描くより、ファミリーの物語になっていました。

自分に家族ができたことが大きかったです。普段から世の中の色んな不条理に対してそれなりに憤りを感じていますが、子どもが生まれたときに、次の世代には少しでも優しい時間が1分1秒でも流れたらと思うようになり、この心の変化を物語に使おうと考えました。そして生きるということは、家族だけでなく誰かしらの影響を受けるものなので、人と人が触れ合っていく中でどう生きるのかをメインテーマに置くことにしました。

天才演出家であっても絶対につけられない芝居をする丸山隆平に驚き

息子のために生き直そうとする主人公・金子真司を演じた丸山隆平さんは、どのように決定したのですか?

お店で偶然、丸山さんとお会いしたのですが、僕の職業を伝えたら「芝居を見てください」と言われて。一般のお客さんがいる中、無理矢理みんなを巻き込んでエチュード(即興劇)を始めたんですよ。それも30分以上、僕が席を立っても続けていて。そのときに丸山さんのイメージがガラッと変わりました。それまではグループの中の最後の大オチをする、一番おちゃらけた人というイメージでした。もちろんお芝居をやってることも知っていたのですが、どうしてもそのイメージで。だからかなり驚いたと同時に、この人は本当にお芝居が好きなんだと感じました。

それからしばらく経つのですが、本作が動き出し主役を誰にするかとなったときに丸山さんの名前が挙がってきました。僕としてはウェルカムですが、新人監督のデビュー作でオリジナル作品…本当に出てくれるのかと不安だったのですが、お声がけをしてひと月も経たない間に、「今、丸山隆平が求めていたのはこういう本なのでぜひ」と返事が来て。そこからトントン拍子でした。

実際に丸山さんの演技をご覧になっていかがでしたか?

もし僕が天才演出家であっても、絶対につけられないお芝居に驚きました。役を演じるというより完全に台本の中に入り込んでいて、24時間、金子真司でいるに近いというか。芝居関係なくずっと役でいるのは、演じ手にとっての理想郷なんですが、できないことでもあるんですよ。それを丸山さんは体現していて。上手い・下手ではない部分で自分を落とし込んでいる。私たちは、彼をどのタイミングで一番生き生きと撮れるのかだけを考えました。次元が違ったという感覚でした。

真司の心を見透かしているような容疑者・小島高史を演じた北村匠海さんも今まで見たことがないようなお芝居をしていて印象的でした。

以前、映画『東京リベンジャーズ』(21年)でご一緒したとき、異質な役をやりたいと言っていたので、この役は北村匠海にオファーしようとあて書きしました。それこそ丸山さん演じる真司との接見室でのシーンは圧巻でした。こちらは何も言うことはなく、彼らが作りあげた世界観をただ邪魔しないように撮ることに徹していました。

右目に障害があったりボサボサの長髪だったりビジュアルからも異質感を漂わせていましたね。

ビジュアルって意外と気持ちのスイッチになると思っていて、何か特殊メイク的なものを作れないかと考えていました。そこで、音楽と出会わなかったレディオヘッドのトム・ヨーク(※)をイメージしてもらいました。小島の右目は、幼少期から手術を繰り返したというトム・ヨークのエピソードからもらって。「あのとんでもない音楽を作れるのにもかかわらず、音楽と出会えず逃げ道がどこにもなかった人物が小島高史」、と北村さんには話をしたのですが、それを見事に汲み取って演じてくれました。ちなみに長くてボサボサの髪は北村さんのアイディアです。

※:トム・ヨーク: 「レディオヘッド」のほか「アトムス・フォー・ピース」「ザ・スマイル」などのロックバンドでもボーカルを務めるミュージシャン

寺尾聰の電話口でのセリフを聞いて作品がスタートしたと実感

家族の物語で大きな存在感を出していたのが寺尾聰さん。真司ら家族と一緒に住む叔父役を演じていたのが印象的でした。

寺尾さんに出ていただけたのは本当にうれしかったです。最初、一緒にお仕事をしたいという思いから、この作品にとって一番大事なセリフを言ってもらうために脚本を書いていきました。ただ5回は断られましたね(笑)。日本映画界を支えてこられた重鎮を動かすというのはどういうことかは重々承知でしたが、めげずにオファーをしたら6回目で快諾していただいて。そこからは本当に真摯に作品に向き合っていただきました。

寺尾さんとの出来事で印象に残っていることを教えてください。

ちょうど家族とご飯を食べようと思っていたときに電話がかかってきて「今からセリフを読むから聞いてくれて」と言われて。僕が渡してあるセリフを電話の向こうで真剣に読むんですよ。そして「どう思う?」と聞かれて。それを聞いた瞬間、僕は涙しました。寺尾さんが出てくれるという実感が湧いて、ありがたいという気持ちとこの作品がついにスタートするという複雑な気持ちになりました。またセリフに関して、ここは削ったらどうだ?みたいなご意見をいただいたり、僕も意見を出したりしていったのですが、寺尾さんのすごいのは最終的には僕の意見をすべて飲んでくれるんですよ。納得してくれる。自分の年齢やキャリアなんて関係ない真摯な姿勢に感動しました。そして寺尾さんにお願いしてよかったと思いました。

セリフはもちろん監督のこだわりが詰まっているんですね。

全部こだわっています。特に真木よう子さんが演じる美和子が出す料理にもこだわっていて。美和子は息子の和真(三浦綺羅)のために全身全霊を懸けて生きている人物で、そうなったのは自分の親の記憶がないんですよ。そんな彼女が作ったご飯は、鍋料理なのに食卓が寂しくなるからと春巻きが置かれています。食卓に隙間を作りたくない一心で副菜もたくさん作っているんですよ。親の食卓を知らないがゆえの歪さのようなものがそこにはあります。そういった思いを真木さんやフードさんにも伝えて形にしてもらいました。

何も語られていないシーン、ひとつひとつにも意味があるんですね。

気付かなくてもいいのですが、観客は2000円を払って映画を見に来てくださっているので、生半可なことはできないです。映画を観るということは、その時間を奪うだけではなく、この映画を知ったときから映画を鑑賞するまでのスケジューリングの時間も奪うものなんです。そのうえ、一生忘れられない、人生を変える作品になる可能性も持っています。そういうことを先輩方から教わってきたので、自分自身が撮影するときも、中途半端なことはできないと思っています。

努力はしたうえで、人との縁を大切に感謝していくことが大事

子どもの頃から映画が好きだったのですか?

好きでしたが、主にテレビで放送されている作品を観たり、レンタルビデオで借りてきて観ることが多かったです。劇場はデートで行く場所くらいの感覚でした。映画監督といえば足繁く劇場に通う映画オタクな感じの方もいらっしゃいますが、僕はそういうタイプではなかったです。

いつから監督になろうと思ったのですか?

なれるとは思っていなかったのですが、この業界に入り、一縷の望みで続けてきた感じで。現実味を持った夢ではなかったです。ただ師匠の三池崇史監督から「この業界に入ったときは何も勉強してこなかったから、恥ずかしくて寝る間を惜しんで勉強した」という話を聞いたり、「黒澤監督は助監督時代に撮影が終わった後、脚本を書いていた」と聞くと、監督になりたいのならマネをしないと!と思い、ひたすらやってきた延長線上に今があるという感じです。皆さんの言葉がなかったらなれなかったと思います。

助監督やテレビドラマに長年携われていましたが、“監督”という職種にはこだわったのですか?

深夜の連ドラの現場に入ったり、短編を撮らせてもらえるようになると、周りが「目指すべきは監督」と言い出すんですよ。生まれたところに帰るという感覚に近いんですかね。そしてずっと「君は撮れるようになるから」と言われ続けてきたことを思い出し、まずは1本撮ろうと思うようになりました。そして今回撮れたので、本当に感謝しかありません。

今後どのような作品を撮っていきたいですか?

自分の脳内に渦巻くのが、本作のような社会の不条理みたいなことなので、今後もそのような作風がメインになっていくと思います。でも、驚くぐらいおちゃらけた作品も撮ってみたいですね。お会いしたことはないですが北野武監督のように、周りに何を言われてもやりたいことをやっているのはうらやましいです。そして師匠である三池崇史監督や滝田洋二郎監督のように、彼らしか見えない景色を見られる監督になりたいです。

最後に、クリエイターにとって大事なことを教えてください。

必要なのは、センスではないと思います。よく皆さんが言いますが、センスは枯れる花のようなもの。でも、技術は枯れないと瀧本智行監督に言われて脚本を書き続けました。

それから、努力をするのは当たり前なんですよ。そうなるとやはり人と人との縁が大事になってくるような気がします。欠陥はあれど愛してもらえるような人になることが大事。そして自分に置き換えると、多くの人に愛される土壌を作ってくれた親に感謝ですね。なので、やっぱり一番大事なのは感謝かもしれないです。これからも色んなことに感謝して頑張っていきたいです。

取材日:2025年4月24日 ライター:玉置晴子 動画撮影:浦田優衣 動画編集:指田泰地

『金子差入店』
5月16日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

丸山隆平
真木よう子/三浦綺羅 川口真奈
北村匠海 村川絵梨 甲本雅裕 根岸季衣
岸谷五朗 名取裕子
寺尾聰
監督・脚本:古川豪
主題歌:SUPER BEAVER「まなざし」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作:「金子差入店」製作委員会 
製作幹事:REMOW
製作プロダクション:KADOKAWA
配給:ショウゲート
©2025「金子差入店」製作委員会
公式サイト:https://kanekosashiireten.jp/
公式X:https://x.com/kaneko_movie/
公式Instagram:https://www.instagram.com/kaneko_movie/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@kaneko_movie

プロフィール
映画『金子差入店』監督
古川 豪
1976年生まれ、京都府出身。2003年、名取裕子主演の「早乙女千春の添乗報告書 14奥飛騨・下呂湯けむりツアー殺人事件」に制作進行見習いとして参加。翌年、『釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?』(04年)でフリー助監督に転身。三池崇監督作『ゼブラーマン』シリーズ(03年・10年)や滝田洋二郎監督作『おくりびと』(08年)、英勉監督作『東京リベンジャーズ』シリーズ(21年・23年)など数々の作品に帯同する。2010年、オムニバスショートフィルム『dance?』で監督デビュー。TVドラマやショートフィルム、SUPER BEAVERのMVなどの演出・脚本・監督を経て、本作が劇場用長編映画の監督第1作となる。

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