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映像2020.09.02

草彅剛がトランスジェンダーの女性に扮した内田英治監督作『ミッドナイトスワン』“脚本を超えた芝居が生まれるときはすごく悔しいです”

Vol.018
映画『ミッドナイトスワン』監督
Eiji Uchida
内田 英治
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女性として生きるトランスジェンダーの凪沙(なぎさ)と親から虐待されてきた女子中学生の一果(いちか)。孤独な2人が親子のように寄り添う姿を描いた『ミッドナイトスワン』。

監督は、海外の主要映画祭でも高く評価されているインディーズ作品『グレイトフルデッド』や『下衆の愛』を生み出す一方で、ネットフリックスのオリジナルドラマ『全裸監督』という話題作も手掛ける内田英治(うちだ えいじ)さん。美しく生きようと必死に泳ぐ、白鳥のような凪沙を演じた草彅剛さんの魅力、映画に対する思いや撮り方、クリエイターとして大事にしていることを語っていただきました。

キャストと脚本で映画はほぼ決まるので、キャストは納得いくまで探したいです

 

本作を撮ろうと思ったきっかけは何だったのですか?

以前からバレエの映画を作りたいと思っていました。バレエはいわゆる楽しいダンスと違って苦痛と努力に裏付けされた非情な踊りで、美しい姿の裏側にあることを考えると、じわーと涙があふれてしまいます。そんな、全てが自分との戦いであるバレエにスポットを当てた作品をいつかは描きたいと。そして同じときにトランスジェンダーを題材にした企画もあって……。こちらは海外で暮らす日本人のトランスジェンダーと子供の話だったのですが、それをいろいろミックスして1本の作品に仕上げました。

ずいぶん前から準備されていたようですが。

脚本が完成したのは5年くらい前ですね。それ以降は実現に向けていろいろ動き回りましたが、オリジナルストーリーで、このような作風なのですんなりいかず、時間が経ったという感じです。日本映画の流行から逸脱している作品だと思いますが、世界の潮流には乗っていけると思います。それを後押しするように素晴らしいキャストに、恵まれたことはすごく大きなことだと思います。

凪沙を演じた草彅剛さんの存在がすごく大きかったと思いますが、やはりキャストは作品を形にするためにすごく大事なファクターでしょうか?

『12人の怒れる男』(57年)などを監督した映画監督のシドニー・ルメットが「演出の8割はキャスティングと脚本で終わっている」と語っていましたが、本当にその通りで。映画には良い脚本と良いキャストがすごく大事。ただ、どんなにいい脚本でもキャスティングに失敗したらダメだし、脚本がボロボロでもハマる役者が演じると面白くなることもあります。キャストはすごく重要なんです。ただ今回キャスティングには本当に恵まれました。

どのようなきっかけで草彅さんが出演することになったのですか?

ご本人が脚本を読んでやりたいと言ってくれました。オリジナルの脚本を書く人間としてはとてもうれしいです。実は役者本人が脚本を読んで作品を選ぶことはそう多くないんですよ。でも、映画を作る側としては、出るにしても出ないにしてもご本人と話したい。だって演じるのは役者さんですから。ちなみに草彅さんとは完成した作品を一緒に見ましたが、「やってよかった」と言ってくださった。その言葉は本当にうれしかったです。

物語で大事な役割を果たす一果を演じた服部樹咲(はっとり みさき)さんは、監督がオーディションで選んだ新人ですよね。

1000人くらい集まったのですが、彼女は1組目にいたんです。でも見た瞬間「この子だ!」と思いました。たたずまいに全て出ていて、オーラがあり、ものおじせずドーンとしていましたね。中学1年生だったのですが、すごく魅力的でした。

ただ普通で考えると、このような重要な役は名前のある女優さんにお願いして、踊りは吹き替えというのが(今の)日本映画の主流。でもそれではダメだという私の考えに、プロデューサー陣も理解を示してくれたのはすごくありがたかったです。キャストという枠を見るのではなく、作品そのものを見てくれて。だからこそ、この作品をヒットさせなければという思いが強くなりました。

草彅剛さんの本心から出た言葉は脚本を超えていきました

俳優・草彅さんの演技はいかがでしたか?

吸収率がすごく高い役者さんでした。技術はもちろんあるのですが、役そのものになる度合いが深い。ああいうタイプの役者さんは少ないと思いますね。最初、私も気合が入っていてリハーサルをたくさんして役作りをしてもらおうと思っていたのですが、衣装合わせで女性の服を着た瞬間に一気に凪沙になって……。それを見て、口をはさんだり余計なことをせずにお任せしようと決めました。

ちなみに草彅さんは自分のシーンが終わっても常に現場にいる方で、最初は驚きました。スタッフたちは照明を組んだり美術を運んだりするので、戸惑っていましたが(笑)。現場にはいい緊張感が漂っていたのは確かですね。常にカメラ横にいて。きっとそこで何かを感じていたんだと思います。現場だから感じることがあるんでしょうね。途中からはもうスタッフも「当たり前」と受け取り、気にならなくなりましたが、草彅さんならではの術(すべ)だったのだと思います。

男性の格好になっても凪沙のままだったのはさすがでしたね。

あのシーンはすごいですよね。どんな姿でもカメラの前では凪沙そのもので。これはカメラマンさんが言っていたのですが、草彅さんはアップを撮りたくなる人物だと。彼は目の奥で演技をしているんですよ。そういう役者さんって日本ではかなり少ないです。となるとセリフがいらないという、困ったことになってしまいますが(笑)。稀有(けう)な存在の草彅さんに凪沙を演じてもらえたのは、本当にありがたかったですね。

監督は「脚本は設計図」とおっしゃっていますが、現場はアドリブが多いのですか?

役者さんが覚えてきたことを話している、と感じると現場でセリフを変えます。覚えていない言葉にすると、本人の言葉のようになって伝わるんですよ。今回の凪沙もアドリブが多いです。特に印象的なのは、凪沙が一果の踊りを見て「きれいだわ」と言うのですが、これは完全にアドリブ。あそこで草彅さんが感じたことが出た。そういう言葉の真実味は半端ないですね。だって本当に思っていることなので。私は、セリフは作るものではなく生まれてくるものだと思っています。その場で出てくるアドリブの言葉ほど強いものはないと。

一見、悲しい場面に見えるかもしれませんが、どんな荒波でも立ち向かう力強さが希望に見える。一果の強さが表現できたすごく好きなシーンです。

一果の母親・早織(さおり)を演じた水川あさみさんの演技も素晴らしかったです。

早織をただの悪いお母さんにしたくなかったんですよ。もちろんネグレクトする、良くない母親なのですが、子供を愛する気持ちはきちんとあって……。だからこそ凪沙と対面したときの怒りは激しいものがありました。

ちなみに凪沙を罵倒する言葉はアドリブなんですよ。すごくひどい言葉ですが、嫉妬をすると人間はあそこまで残酷なことを言えるんだと思います。それを瞬時に表現した水川さん。素晴らしい女優さんです。

アドリブで素晴らしい言葉が出たときに脚本家として嫉妬することはありますか?

ありますよ。こっちが思う以上のセリフが出てきたときは、本当に悔しくて……。そして気付かされることも多いです。役者さんが役に入り込んでいくとすごく面白いです。僕が考えた以上のものが出てくるので(笑)。

制作費の最低と最高を経験しましたがやることは同じ。いい芝居を撮ることが大事です

近年はインディーズ作品も多く撮られていますが、インティーズとメジャーの違いを感じることはありますか?

作り手側の気持ちとしては全く変わらないです。インディーズとメジャーの違いの多くは製作費で、インディーズ作品の『下衆の愛』とネットフリックスの『全裸監督』1話分の製作費は、ここで言えないくらい違うんですよ(笑)。でも結局、役者がいて脚本があって良い芝居を撮ることが大事で、監督としては、どちらも同じ。もちろん豪華なセットなど違いはありますが、できたものに大差はないですよ。

内田監督自身のことも伺います。そもそも監督を目指した理由は何ですか?

ブラジルのリオデジャネイロで育ったのですが、そこでの週末の楽しみは父親と行く映画館でした。で、11歳になって日本に帰ってきたら、すぐに友達が作れずちょっと孤立してしまい、近所の映画館に閉じこもっていました。映画館にいれば嫌なことを忘れられるし、その世界に浸ることができる……。すごく楽しい世界で、気付いたら立派な映画少年になっていて(笑)。高校生になると次第に映画を撮りたいと思うようになりました。実際に脚本を書きたくなったのはだいぶ後です。10年くらい「週刊プレイボーイ」の記者をしていたのですが、その頃に書く楽しみを知って。ただ、ドラマの脚本を書いて気付いたのは、脚本のみは向いていないなと。

監督としての自信はいつ頃から出てきたのですか?

今も自信なんてないですよ(笑)。ただありがたいことに巡り合わせが良かったこともあると思います。昔は“商業監督”として、たくさんの映画を撮ったのですが、あるとき、好き勝手したほうが面白いんじゃないかと考え、映画祭向けのインディーズ映画を撮り始めました。きっかけは、キャストの不祥事で公開直前の作品自体がポシャってしまったこと。一生懸命やってもどうしようもないこともあるのなら、低予算でも自分が楽しめる作品を作ろうと。

やはり我慢することはよくないですよ。それが長く続ける秘訣(ひけつ)だと思っています。

やはり映画というジャンルにこだわっていますか?

「映画好き」と「映像好き」の2つがあると思うのですが、私は映像には興味がないんです。CMやPVといったおしゃれ映像はどうでもよくて(笑)。ストーリーが好きなので、物語を書いてそれを映画にするということが一番かなと。なので、映画が撮れなくなるなら違う仕事をやろうと思っています。

子供の頃から、映画館で見る映画に対する思いが強いですから。今は「配信の時代」といわれて、実際に配信作品もたくさん撮らせていただいていますが、やはり映画監督でありたいなと。主軸はいつまでも映画に置きたいです。

最後に、クリエイターに向けてのメッセージをお願いいたします。

俳優さんでも20年売れていなかったのに何かのきっかけで売れ始めることがありますが、「長く続けていくこと」はすごく大事だと思います。どこかで見てくれる人がいるかもしれない。

それと同じく大事なのは「原点に戻ること」。作品そのものやストーリー、演技力といった原点にこだわることが大事です。なぜこの作品を作りたいと思ったのか、この脚本で何を感じたのかといった本質を見ていかないと、その作品の良さは伝わらないです。

そのようにして作られた作品は世界共通なんですよ。売れるものをきちんと作っていけば、また昔の日本映画のように面白い作品がたくさん生まれてくると思います。そのためにはもちろん勉強も必要。いい作品をたくさん見て、知識を身につけて、妥協せずにいい作品を作る。それができると最高ですね。

取材日:2020年8月3日 ライター:玉置 晴子 ムービー撮影・編集:加門貫太

『ミッドナイトスワン』

2020年9月25日(金) 全国ロードショー

監督・脚本:内田英治
音楽:渋谷慶一郎
出演:草彅剛、服部樹咲(新人)、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
配給:キノフィルムズ

ストーリー
トランスジェンダーとして身体と心の葛藤を抱える女性・凪沙は、育児放棄にあっていた少女・一果を預かることに。母に捨てられた少女と出会った凪沙は、常に片隅に追いやられ てきた境遇と重ね合わせ、かつてなかった母性に目覚めていく。

©2020 Midnight Swan Film Partners

プロフィール
映画『ミッドナイトスワン』監督
内田 英治
ブラジルのリオデジャネイロ生まれ。映画監督・脚本家・小説家。「週刊プレイボーイ」(集英社)記者を経て、ドラマ『教習所物語』(99年)で脚本家デビュー。映画『ガチャポン』(04年)で、初の監督を務めた。『グレイトフルデッド』(14年)は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で高く評価され、続く『下衆の愛』(16年)は「東京国際映画祭」、オランダの「ロッテルダム国際映画祭」など世界30以上の映画祭で上映された。また、ネットフリックス『全裸監督』(19年)の脚本・監督を手掛け、大きな注目を集めた。

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