映像2025.06.27

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第48回『「桐島です」』

vol.48
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『「桐島です」』

▶日本という国の時代の空気感にふれたい人におすすめ

映画が提示する問いかけ自体を味わう映画度100

その人の名前は桐島聡。
でも、そう聞いてもすぐに顔が浮かぶ人は少ないかもしれません。
たぶん、多くの人が“顔だけは”見たことがあるでしょう。
交番の前や銭湯の脱衣所に貼られていた、あの指名手配犯のポスター。
ロン毛に太い黒ぶち眼鏡、そして爽やかに微笑む若い男。

指名手配の顔写真といえば、たいていは険しい表情や威圧的な面構えばかりだが、桐島聡は笑顔だった。私もその顔を忘れることができなかった。
その写真が撮られたのは、今から50年も前のことである。
ある意味で、彼は時代の片隅で静かに「有名人」となり続けてきたのかもしれない。

もし人生の半分以上を「逃げること」に費やしたら、人はどんな表情になるのだろう。
映画『「桐島です」』の中の桐島聡は、そんな想像を静かに受け止めてくれる存在だった。
弱き立場の人々に寄り添いながら、後悔を抱えつつも生き続ける桐島の姿に、私たちはどこか「こうあってほしい」という願いを重ねる時間となるだろう。

あらすじ
1970年代、高度経済成長の裏で社会不安が渦巻く日本。大学生の桐島聡は反日武装戦線の活動に共鳴し、組織と行動を共にする。しかし、一連の連続企業爆破事件で犠牲者を出したことで、深い葛藤に苛まれる。組織は警察当局の捜査によって、壊滅状態に。指名手配された桐島は偽名を使い逃亡、やがて工務店での住み込みの職を得る。ようやく手にした静かな生活の中で、ライブハウスで知り合った歌手キーナの歌「時代おくれ」に心を動かされ、相思相愛となるが…。

50年以上も偽りの名前で暮らし続ける。その理由は、たぶん、もう本人にも分からなくなっていたのかもしれない。ただ、逃げ続けるうちに、逃げることそのものが「人生」になっていったのだろう。

毎熊克哉さんが演じる桐島は、穏やかに人に寄り添いながらも、時折ふと深い闇の底をのぞかせる。その瞬間にハッと胸が詰まる。弱き者の側にいようとする優しさと、赦されぬ過去への静かな後悔が同時に存在しているようだった。
笑顔の奥に、絶望にも似た怒りが見え隠れする。圧巻の佇まいだった。
言葉数の決して多すぎない演技の中に、桐島が背負う罪と葛藤が滲み出ており、20代から老年期まで、その人の人生をまるごと生きてきたかのような自然さで、人生の重みを感じさせてくれる。

この映画は「なぜ連続企業爆破を行ったのか?」「なぜ事件を起こしたのか?」という問いには深入りしない。正当性や是非を断罪するのではなく、「その後の50年をどう生きたのか」という、事件の“その後”を生きた一人の男の歩みに焦点を当てている。

正しかったのか、間違っていたのかは誰にもわからない。監督自身も「理由はクエスチョンのままでいい」と語るように、観客それぞれがこの50年の青春をどう受け取るかが問われているのだろう。

奥野瑛太さん演じる宇賀神寿一との約束もまた、切なさを募らせる。携帯電話のなかった時代に、再会を信じて交わした約束。もしあの時、再会できていたら何かが変わっていたのだろうか。そんな映画的なIFの要素を内包しつつ、静かでありながらエモーショナルに心を揺さぶる。

私はこの時代を直接知らない。
できる限り勉強しようとはしているが、当時の体感や空気感までは掴みきれない。
それでも、親愛なる友や家族と永遠のサヨナラを覚悟してまで彼らを突き動かしていたものは何だったのか。

繰り返される爆発音と、目覚める桐島。
その反復は、まるで心の奥底に眠る罪悪感の波紋が広がっていくようにも感じられた。
逃げ続けるとは、逃亡生活とは、罪を忘れることではなく、むしろ何度も思い出しながら生きることなのかもしれない。

そんな”問いかけ”そのものを味わう映画となっている。静かなラストに、ふとそんなことを思わされた。

桐島聡という存在が孕んでいた時代性と人間の業。そこに静かに光を当てた本作と今この時代に出会えたことには、大きな意味があったと感じる。

 

『「桐島です」』
2025年7月4日(金)より新宿武蔵野館ほかにて公開

出演:毎熊克哉
奥野瑛太 北香那
高橋惠子

監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴、高橋伴明 音楽:内田勘太郎 撮影監督:根岸憲一
配給:渋谷プロダクション
2025年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/日本語/105分
©北の丸プロダクション

公式サイト:https://kirishimadesu.com/

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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