「感性を心地よく刺激する」デザイン。手に取りたくなる、理由のあるものづくり

Vol.214
デザイナー/クリエイティブディレクター
Satoshi Umeno
梅野 聡

デザイナーの梅野聡さんが運営するUMENODESIGNのオフィスへ足を踏み入れると、グラスや皿などの食器、手袋や靴下などのアパレル製品、アクセサリーやモビール、盆栽など。梅野さんの手掛けたさまざまなプロダクトが、ところ狭しと並んでいます。
そのどれもが既存の枠を飛び越えた、目新しく、ついつい手に取りたくなるデザイン。歴史ある伝統工芸品にも新たな視点を加えて、これまでになかった製品を生み出しています。ジャンルレスに活躍する梅野さんのアイデアの紡ぎ方や、梅野さんが考えるデザインの価値に迫ります。

知らなかった仕事を垣間見て、「デザイナーで独立したい」と思った

梅野さんは、いつからデザイナーを志したのですか?原点を教えてください。

実はデザイナーになりたいと思ったのは、社会人になってからです。ただ、ものづくりへの興味は幼少期が原点だったと思います。父が大工だったので、たまに現場へ連れていってもらいました。まだ基礎と柱しかない状態の建設現場で、端材を拾って積み木のように重ねてみるなど、自分なりに楽しんで遊んでいましたね。小さい頃から工作が好きだったのは、その経験があったからだと思います。
父の影響もあり、建築関係の学校へ進んで設計を学びました。卒業後は設計事務所へ入社しましたが、次第に家具に興味を持ち始めて、家具メーカーへ転職しました。

その当時はまだデザイナーを目指していたわけではなかったのですよね?何かきっかけがあったのでしょうか?

家具メーカーでは、デザイナーに発注する立場でした。メーカーには社内にデザイナーがいるものだと思っていたのですが、意外と外部のデザイナーに依頼することも多くて。デザイナーがメーカーにプレゼンしている様子を見ながら、「こういう仕事があるのだな」と初めて知ったのです。

その会社では、家具だけでなく食器や照明などインテリア全般を扱っていました。だから、デザイナーが手掛けるデザインの幅も広かった。いろいろなジャンルのものをデザインできるのは、おもしろそうだと惹かれていきました。一方で、学生時代にインターンでお世話になった都市開発関係の会社も、前職の設計事務所も、設計士が組織の歯車の一つであるような働き方をしていました。それを見て、漠然と「独立して自分の力でものづくりをしたい」という想いを抱いて。それで、デザイナーとして独立したいと考えるようになったのです。

それまで、デザインを学んだ経験はなかったと思いますが、どのように学んだのですか?

家具メーカーでは、商品開発や卸し、販売、接客、営業などさまざまなことを経験しました。その仕事の中で、バイヤーの声を聞いたり、直接お客様から意見を聞いたりしながら、求められるプロダクトとはどのようなものなのかを学びました。建築の設計をやっていましたから、図面を描くことはできたので、こんなプロダクトがあったらいいと、アイデアを練って社内でデザインの提案をすることからスタートしたのです。

掛け率を考慮した価格の決定や、流通などプロダクトが消費者の手に渡るまでの一連の流れを経験できたことも、地に足のついた提案ができるという点で、今とても役立っています。

美しさだけではなく、素材の生かし方、機能性も大切なデザイン要素

お仕事は、デザイナーとしてプロダクトのデザインを手掛けるほかに、クリエイティブディレクターとして、ディレクション全般に関わることもあるのですよね?

そうですね。例えば、ガラスメーカーからガラスを使った新製品のアイデアを依頼されることもありますし、新たに立ち上げるブランドのトータルブランディングを任されることもあります。その場合は、どこで売るか、誰をターゲットにするかといったところからクライアントと話し合います。さらに製品のデザイン、カタログの撮影立ち合い、ショップの空間デザインなど、幅広く携わります。

行政が地元のメーカーや伝統工芸品を手掛ける会社などを取りまとめて、そこへ商品開発のアドバイザーとして招かれることもありますね。「かんどこ(神床)」という製品も、そうした事業から生まれたものです。長く掛け軸を作ってきた歴史ある会社が、技術を生かした新しい製品が作れないかと考えたのです。それで私が提案したのが、簡単に画鋲で壁に取り付けられる「お札立て」でした。神社などでもらうお札は、神棚がないと置き場に困りますよね。私自身の経験から生まれたアイデアです。

掛け軸の生地は高価なものなので、なるべく多くの人に手に取ってもらうには、小さくして価格を抑える必要がある。小さければ、流通コストも安く済みます。そうしたことも考慮して提案しました。

インテリアや空間、パッケージから、お札立てのようにユニークなプロダクトまで、さまざまなジャンルでデザインを手掛けています。これらに共通するこだわりや、デザインコンセプトはあるのでしょうか?

「感性を心地よく刺激する」というのが、共通するテーマでしょうか。自然に手に取りたくなって、共感を生むもの。加えて、男女問わずに使えるユニセックスなデザイン。そしてやはり、他の人とは違うオリジナルな視点でデザインすることが大切だと思っています。多くの製品が並ぶ中で目に留めてもらうには、既存のものにはないちょっとした刺激や、少し変わった個性が必要ですよね。

また、共感してもらえる理由があることも重要です。錫(すず)の曲がる特性を生かして作った、「HOOP」という花器は、花の長さによって自由に高さを変えられるのがポイント。置くだけでなく、吊るして使えるのも便利です。さらには、錫には抗菌性があるので、水をきれいに保つこともできるのです。デザインとして美しいだけではなく、素材の特性が最大限生かされる機能を持たせています。そうした部分に共感を覚えて、消費者は手に取ってくれるのです。

そのようなアイデアは、どんな風に生まれるのでしょうか?考え方のプロセスを教えていただけますか?

手を動かしながら考えていくことが多いですね。例えば、花器と同じく錫製の「スモウレスラー」という力士の形の箸置きを例にお話しましょう。これは、カード立てとしても使えるし、二つを向かい合わせに立てて、土俵上で戦わせて遊ぶこともできるんですよ。

鋳物メーカーから、錫を使った商品開発の依頼を受けた当時、京都のプロジェクトによく参加していました。それで、なんとなく着物や芸妓というイメージが頭の中に残っていたのです。芸妓が正座して三つ指を立てている背中に箸を置く、そんな箸置きはどうだろうとアイデアが浮かびました。

紙を切って試作してみたら、力士っぽい形に見えて。日本のお土産と言えば富士山の形のものが定番ですが、力士の形があったらおもしろいなと思いました。寝かせたら箸置きになるけれど、力士だから立たせてみよう、立たせるならば遊べるようにしよう……と、どんどん発展していきました。パッケージの桐の箱は、遊ぶ時の揺らしやすさを重視してセレクトして、ふたに土俵を描きました。一つでは遊べないですから、二つセットにすることも必然でした。こうなると、もはや箸置きのカテゴリーからは外れますよね。そう考えて、値段設定も考えていきました。このようにアイデアは、いろいろと試していく中で生まれやすいですね。

これまでにないアイデアを求めて、デザイナーの需要は高まっている

デザイン性がなくても成り立つプロダクトは世の中にたくさんあると思います。あえてそこにデザインを加える意義、デザインがプロダクトにもたらす価値とは何だと思いますか?

わかりやすく言うと、差別化ができることでしょう。似たようなものばかりが並んでいると、選ぶのが大変ですよね。でも、デザインの力を加えれば、比較対象からちょっと視点を外すことができて、見つけてもらいやすくなると思います。「こういうのは、他にはないよね」と思ってもらえる付加価値が付くのです。

以前、手袋をデザインした際には、あえてインテリアの展示会に出展しました。家具の展示会で食器を出したこともあります。他には1社も同業他社がありませんから、そこでは特別に目立つわけです。私は、敵が多いところにあえて勝負をしにいかなくてもいいと考えています。実際、異業種の製品ではありながら、意外と購入してくれる人が多かったんですよ。今まで触れ合わなかった人に見てもらえるチャンスを作ることは、大切だと思いますね。

当社は、「hint」という名称で、素材や産地の枠を超えて、私が手掛けた商品をジャンルレスで出展して、販路拡大を展開しています。展示会では「1人のデザイナー×1メーカー」で製品を並べるのが一般的ですが、hintでは「1人のデザイナー×複数メーカー」の製品が並ぶのです。

梅野さん独自の視点が加わった、多ジャンルの製品が一度に見られるということですよね。それだけ数多くのメーカーや伝統工芸を手掛ける企業とコラボレーションしているとも言えますが、やはりメーカーや職人側が、強くデザイナーの力を必要としているのでしょうか。

ひと昔前は、その分野を経験したことがある人に依頼をすることがほとんどだったと思います。でもここ10~20年くらいの間で、メーカーや職人の意識が大きく変わったのではないでしょうか。以前は、伝統技術は社内だけで共有して、門外不出でした。今は「どうぞ見学に来てください」というところがほとんどです。事業承継で世代交代をして、そのタイミングでブランディングをし直すケースも増えています。徐々に年下の社長さんが増えてきたように思います。最近では「東京オリンピックに合わせて新しい製品を」と考えたメーカーも多いですね。

私たちの世代よりも上の先輩たちが、多くの成功事例を作ってくれたことも大きかった。最近は外部のデザイナーを使うのが、特別なことではなくなっていますから。それに私自身、伝統工芸だからハードルが高いなどという意識はありません。同じものづくりの仲間という感覚ですね。

思いついたアイデアはすぐさま形にして、臆せずチャンスを広げてほしい

梅野さんは、国内外でさまざまな賞を受賞していますが、デザイナーにとって賞をとることは、どんな意味を持ちますか?

当然、光栄で喜ばしいことですが、私自身のことよりも一緒に取り組んだメーカーさんが喜んでいるのが、うれしいです。賞をとったことで、社員の皆さんのモチベーションがあがったとか、徹夜して頑張って良かったとか、そういう声を聞くとありがたいなと思います。

例えば、グッドデザイン賞は歴史があり、国内でよく知られた賞なので、受賞によって自信がつき、より積極的に次のステップに進みやすくもなります。「次は海外の賞をとりたい!」と意気込むメーカーも多いですよ。私自身、「次も頑張ろう」という気持ちが生まれます。まわりからの見られ方も変わって、メディアの取材を受けたり、バイヤーから問い合わせが来たり。1つステージをあがるきっかけになりますよね。

20年に渡って、デザイナーとしての経験を積んできた梅野さんから、読者であるクリエイターたちにメッセージをいただけますか?

家具メーカーにいたとき、「デザイナーになりたい」と言ったら、上司から「君は見る力がないから、ものを見る力を鍛えなさい」と言われました。どういうことか意味がわからなくて尋ねると、「なぜこの形になったのか。なぜ他の製品よりも重いのか。どうしてこういう角度なのか。どうして底が厚いのか。すべて理由があるのだから、疑問を持ってものを見なさい」と話してくれました。答えなどなくてもいいから、自分なりに考えて見ていくと、それが蓄積されてデザインに生かされるのです。

今は、クラウドファンディングや3Dプリンターなど、便利な仕組みやツールがたくさんありますよね。非常にうらやましい時代だと思います。だから、見る力を養った先に生まれたアイデアを、どんどん形にしていってほしい。チャンスはそこかしこに転がっていますから、ぜひ挑戦してください。

取材日:2023年7月31日 ライター:佐藤 葉月 スチール:幸田 森 ムービー 撮影:村上 光廣 編集:遠藤 究

プロフィール
デザイナー/クリエイティブディレクター
梅野 聡
建築学科専攻後、都市開発事業に従事。その後、建築設計事務所、家具メーカーに勤務し2003年UMENODESIGN設立。プロダクトデザインを中心にさまざまな商品のプロデュース、ブランディングを手がけながらインテリア、ファッション、ウェブ、グラフィック、パッケージなど多岐にわたる分野で活動。IFデザイン賞、グッドデザイン賞など受賞多数。hint(品人)として販路開拓のマネージメントや自社ブランドの販売など現在も東京を拠点に国内外にデザインと商品を提供しています。

UMENODESIGN https://www.umenodesign.com/index.html

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