執着を捨てたら新たな道が開いた。『キングダム』監督が乗り越えたキャリアの葛藤と「発想の転換」

Vol.212
映画監督
Shinsuke Sato
佐藤 信介
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最新作が注目される『キングダム』シリーズや『GANTZ』シリーズなど、世界的に支持される邦画アクション大作を数多く手がけるのが佐藤信介監督です。自主制作映画に青春をささげた大学時代、コンペティションのグランプリ獲得を機に脚本家デビュー。以降、商業映画を中心に華々しい実績を築いています。
脚本家として活躍をはじめた20代には、商業映画での監督作品を作れず葛藤した時期もあったと振り返ります。佐藤監督にこれまでのキャリアや、手がけた作品から感じられる「アクションシーン」へのこだわり。さらに、最新監督作『キングダム 運命の炎』の裏側などを聞きました。

発想を変えたら商業映画監督の道が切り開けた

武蔵野美術大学在学中に脚本・監督を手がけた短編映画『寮内厳粛』(1994年)で、自主映画のコンペティション「ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリを獲得されて、その後、20代はプロの脚本家として映画に関わっていらっしゃったそうですね。

はい、大学時代は自分に合った作品のスタイルを発見するため、自分で脚本を作り、監督として自主映画を制作していました。早い段階で自分に合った作風を見つけられて、ファンの方も付いてきて、ぴあフィルムフェスティバルのグランプリ受賞をきっかけに作品を見たプロデューサーや監督からお仕事をいただけるようになったんです。「脚本を書いてみない?」と、最初に声をかけてくださったのは市川準監督でした。他人の作品のために脚本を書き、映画や深夜ドラマなどに関わっていました。

当時、自主映画も作り続ける一方で、商業映画を生み出せない葛藤も抱えていたと伺いました。

たしかに、葛藤はありました。とはいえ、脚本の仕事が嫌だったわけではないんです。のちに映画監督になってからも脚本の仕事は続けていましたし、ほかの監督の思いに共感しながら書くのは楽しかったんです。当時、プロデューサーから「自主制作映画が面白かったから、監督として何か作品を撮ってほしい」と企画を求められることもありました。ただ、そういった作品に限って脚本が進まなかったんですよ。

商業映画として完成させるまでの道筋を見出せず、例えば、ほかの監督から「恋愛映画を」と言われれば、テーマに沿った脚本を書けるのですが、自分の商業監督作一本目となると、自主映画と商業映画のはざまで悩み、仕上げられずにいました。ただ、30代目前の当時にそうした葛藤を抱えた経験が結果として、クリエイターとしての転機になりました。

何があったのでしょうか?

商業映画で初めて、メガホンを取ることができたんです。「尾崎豊さんの楽曲をテーマにした青春映画の企画」の最初は脚本だけを頼まれました。ただ、監督が決まっていないと聞いたので人生で初めて「監督をやらせてください」と直談判したんです。当時は、「商業映画で監督デビューするなら、自分の決めたテーマや題材であるべき」というこだわりがありましたが、執着を捨てて、「ほかの方の企画へ乗る形」でも良いかもしれないと発想を変えたところ、商業映画の監督の道が開けました。壁にぶつかったら発想を変えるのもありだということは、若いクリエイターの方々にも伝えておきたいです。

登場人物がジッとたたずむシーンもアクション

その後、2010年代からは映画『GANTZ』シリーズや、まもなく最新作が公開される『キングダム』シリーズ。Netflix配信のドラマ『今際の国のアリス』など、世界的に支持される作品を数多く手がけていらっしゃいます。今、ご自身としては映画監督のお仕事自体にどのような思いがありますか?

ずっと映画監督と名乗ってきましたが、『今際の国のアリス』を手がけてから考えが変わってきたんです。映画とドラマの違いは何かとは、議論され続けてきたテーマですが、脚本に沿った物語を映像で見せることはいずれも変わりません。メディアも多様化した現代では、自分のことを映画監督と言い切るのは難しくなってきたと思っています。ただ、作品にかける思いは一貫して変わりません。個人的には、『アクション』『行動』にこだわってきました。といっても、いわゆる“アクション”ということではありません。

アクションシーンの撮影では、どのような意識をお持ちでしょうか?

映画やドラマは人間の『行動』を描くものですし、突き詰めるとすべてが動き=アクションだと思っています。戦いのアクションという意味だけではありません。もちろん、例えば、登場人物同士が激しくぶつかり合う戦闘シーンは当然、その名の通り行動、アクションですね。一方、何も起きていないシーンから「はい、ここからアクションが始まります」と急にスタートするのは駄目で、前後のシーンも含めて流れが一体となっていなければいけないんです。

激しい動きがないシーンもアクションです。背中を向けて立っている人物が、ふと振り返るだけでも感動を生む場合もあれば、じっとしていた登場人物が突然立ち上がることで、印象に残る場面にもなります。そうした一つ一つの行動を積み重ねて、作品全体で「見せられるアクション=行動を」と意識しています。

スタッフ同士でイメージを共有させることも必要ですから、最初に手がけたアクション映画『修羅雪姫』(2001年)や『GANTZ』(2011年)の頃から制作陣の顔ぶれもあまり変わっていません。『GANTZ』シリーズや『キングダム』シリーズなど、各シリーズの世界観を統一させるためのテーマを設けて話し合い、一致団結して作品に取り組んでいます。

佐藤監督にとって、映像作品に関わるやりがいとは何でしょうか?

映像では、言葉だけではないふくらみのある表現ができると思っているんです。例えば、『キングダム』シリーズでは、中国の春秋戦国時代を背景にした壮大な物語を描いています。映画やドラマによる映像作品だからこそ再現できる当時の空気感もありますし、見ている人たちを没入させる力があると感じています。幼少期にSF映画を見ながら「最高だ!」と感じていた出発点の思い出もありますが、当時の気持ちも忘れずに、この先も映画やドラマと向き合っていきたいです。

漫画『キングダム』原作者の原泰久先生と映画好きとして意気投合

数々の大作を手がけてきた佐藤監督ですが、待望の最新作も公開される『キングダム』シリーズに対する思いはいかがでしょうか?

『キングダム』シリーズは、中国の春秋戦国時代を背景にした壮大な物語を描いています。長期的な計画をもって大きな世界観を描き続けるシリーズ自体、日本ではなかなか珍しいと思っています。最新作『キングダム 運命の炎』でシリーズは3作目ですが、制作側としては、1作ごとに取り組んでいるのではなく、シリーズ全体で構成を常に意識しています。

撮影期間を作品ごとに見れば、数か月単位ですが、1作目の時点で2作目、2作目の時点で3作目と流れを意識してきました。主人公である戦災孤児の信(山崎賢人。崎の正式表記は「たつさき」)や、舞台となる秦国の若き王・嬴政(えいせい・吉沢亮)をはじめ、登場人物の成長物語を描く作品ですし、描き切れていない部分もまだあります。

シリーズでは、原作者の原泰久先生も脚本で参加されています。最新作でキャスティングも注目された闇商人・紫夏(杏)そして、ファンの人気も高い「馬陽の戦い」を描くにあたり、原先生とはどのような相談をされたのでしょうか?

『キングダム』の映画化決定以前から、原先生とはたがいに意気投合していたんです。初対面で映画化にあたる構想を打ち合わせたとき、原先生も映画が大好きだと知りました。例えば、原作にある嬴政や信、数々の武将達の演説シーンは数々の映画の名演説シーンを意識されていたそうで、そのときはたがいに、それぞれが好きな映画の演説シーンを熱く語り合いました。

実際、原先生は九州にいらっしゃいますし、基本的にはプロデューサーを介してのコミュニケーションでした。
漫画と映画ではメディアが異なりますし、原作で描かれたシーンを2時間の映像に収めてカタルシスを表現するには調整も必要です。実写化にあたっては原先生と一緒に話し合ったアイデアを採用しています。例えば、映画1作目では群衆とではなく、一人の人間と戦うというテーマをより強調したいと考えて、秦国にクーデターを起こした王弟派の元将軍・左慈(さじ・坂口拓)を描き、原作では怪力の巨人・ランカイ(阿見201)との対決が最後ですが、映画では流れを変更しました。その際、先生に左慈のバックボーンなどを新たに作っていただいたりしています。最新作でも原先生と映画ならではの流れを意識しながら話し合い、作品に昇華しています。

最新作では、物語の鍵を握る紫夏、「誰が演じるのか」と注目を集めました。今回、杏さんを起用された理由は?

制作陣の総意として、当初から杏さんのイメージがあったんです。紫夏は原作でも深く語られているキャラクターで、強さや母性を併せ持ち、厳しい世界を生き抜くキャラクター像に当てはまっていたのが理由でした。初対面のときは、着飾らず親しみのある杏さんは、パブリックイメージそのままで、いろいろと穏やかに話し合いながら同じ方向を目指せたと思います。衣装合わせで紫夏のイメージにピタッとハマる瞬間があり、キャラクター像が鮮明に浮かんできたのははっきり覚えているんです。撮影中、試行錯誤はありましたが、紫夏の芯の強さや母性、そして、その裏にある弱さも表現しながら演じていただきました。

信の率いる「飛信隊(ひしんたい)」を中心に描く「馬陽の戦い」の実写化に期待する声も多く、制作側として力を込められたかと思います。

全員のイメージを共有させながらの撮影は大変な作業でした。これまでの作品では、信が戦いに巻き込まれて悪戦苦闘しながらもいかに自分の道を見つけ出すかがシリーズの柱でした。最新作では、与えられたミッションに向かって、信がどう動くかが鍵になっているんです。春秋戦国時代の中国を表現するべく、キャストやスタッフが一丸となって撮影に臨んだ「馬陽の戦い」とあわせて、飛信隊が熾烈な戦いをどう乗りこえるかに、注目してほしいです。

取材日:2023年7月4日 ライター:カネコ シュウヘイ スチール:幸田 森 ムービー 撮影:指田 泰地 編集:遠藤 究

『キングダム 運命の炎』

ⓒ原泰久/集英社 ©2023映画「キングダム」製作委員会

2023年 7月28日(金) 全国東宝系にて公開

出演
山﨑賢人/吉沢 亮 橋本環奈 清野菜名/山田裕貴/大沢たかお 他

監督:佐藤信介
脚本:黒岩 勉 原 泰久 
音楽:やまだ豊
原作:「キングダム」原 泰久(集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)

公式サイト:https://kingdom-the-movie.jp/

プロフィール
映画監督
佐藤 信介
1970年9月16日生まれ。広島県出身。武蔵野美術大学造形学部映像学科に在学中、脚本・監督を手がけた短編映画『寮内厳粛』(1994年)で、自主制作映画「ぴあフィルムフェスティバル」グランプリ受賞を機に脚本家デビュー。市川準監督の『東京夜曲』(1997年)や『ざわざわ下北沢』(2000年)、行定勲監督の『ひまわり』(2000年)などで脚本を務める。監督作『LOVE SONG』(2001年)を分岐点に商業映画でメガホンを取りはじめ、『修羅雪姫』(2001年)などを制作。2010年代以降は、『GANTZ』シリーズや『図書館戦争』シリーズなど実写アクション大作を数多く手がけ、『キングダム』(2019年)で「第43回日本アカデミー賞」の優秀監督賞を獲得。

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