社章からお土産まで幅広く。失敗を恐れず切り拓いた金属加工技術の可能性
1948年創業以来、桂記章株式会社は、確かな金属加工技術で社章や記念バッジ、メダルなどの金属製品を製造してきました。
時代の変化とともに求められる製品が変わるなか、新たな市場を切り拓いた代表取締役・澤田 幸宏(さわだ ゆきひろ)さん。その原動力となっているのは、「まず挑戦する」という信念です。入社までの葛藤から営業時代の奮闘、そして社員に託す未来への思いまで、その歩みをお聞きしました。
社章からノベルティまで──時代の変化を捉えてきたものづくり

桂記章の事業内容と得意分野を教えてください。
創業者である祖父が役所のバッジなどを作ったのが始まりです。こういうバッジを金型製作から仕上げまで社内で一貫製造する会社は、日本にはそれほど多くありません。現在は、社章・校章・ピンバッジ・タイピン・メダル・キーホルダーなど、さまざまな金属製品を製造しています。
昭和30年代後半には登山ブームに合わせて山バッジの製作を開始、次は旅行ブームに合わせて全国の観光土産品としてキーホルダーを手がけました。北海道の形や金閣寺の形をしたものなど、今でも観光地で目にするキーホルダーが主な製品でした。時代によって求められるものは変わりますが、その変化を捉えながら商品をつくってきました。
お客さまの要望に合わせた多品種少量の製品づくりを得意としており、企業の周年記念、販促キャンペーン、スポーツ大会、博覧会、地域イベントなどで使用される記念品やバッジ、メダルなど、それぞれの用途に合わせて月産約13万個規模で製造しています。
御社の強みはどのようなところでしょうか?
自社工場をもち、デザイン制作から粘土彫刻、金属金型の製作、生産までを一貫して行う体制があることです。特に、粘土による原型製作から金属への立体彫刻を職人の手作業で行っているため、深みのある立体感や美しい陰影をもつ製品をつくることができます。デザインの細かな調整やお客さまの要望にも柔軟に対応でき、オリジナルグッズや記念品、ノベルティ商品まで幅広く対応することが可能です。
「自由に生きたい」──家を飛び出し学んだ仕事の原点
幼少期はどのように過ごされていましたか。
桂記章は祖父が創業し、父が二代目として会社を継ぎました。そのため、子どもの頃から家業はとても身近な存在でした。自宅と工場が隣接していたので、夏休みになると毎朝工場へ行き、手伝いをするのが当たり前。遊びたい盛りに遊べないことが、子ども心には大きな不満でした。
一方で、「もっと学びたい」という思いがあり、大学進学を希望していたんです。しかし父は「高校を卒業したら家業を手伝う」ことを、当然のこととして考えていました。社員の皆さんからも「後継ぎ」として接してもらうのが当たり前だったんです。自分の将来を自由に選べない状況に、もどかしさを感じていました。
高校卒業後、進路をどう選択されたのですか。
すぐに入社して働きましたが、家を飛び出し、お客さまの会社に出向しました。約2年間働いた後、連れ戻されました(笑)。
肩書きではなく、一人の人間として自分の力を試したいという思いが募った結果です。
営業の厳しさや社会の現実に直面し、自分の未熟さを痛感する毎日でしたが、「ここで頑張れば成長できる」という手応えも感じていました。今振り返ると、あの2年間があったからこそ、現在の自分があります。「商売とは何か」「営業とは何か」「お客さまに喜んでいただくにはどうすればいいのか」といった基本を徹底的に教え込まれたので、家業へ戻ったときも、以前とは違う視点で会社を見ることができたと思います。
営業で切り拓いた新たな可能性

その後、時を経て家業に戻られた際、会社にはどのような課題がありましたか。
まず感じたのは、「良いものをつくるだけでは会社は成長しない」ということでした。制作や製造には自信がありましたが、十分な利益を確保できていない製品も多かったため、適正な利益を確保できるよう、価格の見直しにも取り組みました。
また、営業を強化し、新しい販路を開拓していこうと東京へ何度も足を運びました。業界や地域にこだわらず、「可能性がある」と思ったところには積極的に営業をかけました。自分で新しい市場を切り拓き、顧客を獲得することが大切だと思っていたので、過去の営業経験を生かしながら、工夫して販路を広げていきました。
営業で大切にしていたことは何ですか。
私は商品を売る前に、まず自分という人間を知ってもらうことを大切にしていました。一度お会いしただけでは信頼は生まれません。何度も足を運び、顔を覚えていただき、「何かあれば澤田に相談しよう」と思っていただける関係づくりを心掛けていました。
営業は、商品を売り込むことだけが仕事ではありません。お客さまがどんなことに困っていて、どんなものを求めているのかをしっかり聞くことが何より大切です。その声に耳を傾け、一つひとつの要望に丁寧に応えていくことで、少しずつ信頼が積み重なっていきます。
すぐに結果が出る仕事ではありませんが、焦らず、行動し続けたことで新しい仕事につながり、これまで取引のなかった分野への挑戦にもつながっていったのだと思います。振り返れば、そうした一つひとつの出会いと小さな信頼を積み重ねてきたことが、今の会社の大きな財産になっています。
「失敗を責めない」ことが会社を強くする──変化を恐れず挑み続ける組織へ
社員の皆さんと接する上で、大切にしていることを教えてください。
社員には、挑戦した結果の失敗を責めないようにしています。もちろん同じ失敗を何度も繰り返してはいけませんが、現状維持を続けることのほうが会社にとっては大きな損失です。失敗から学び、次につなげることで成長できると考えています。
私は松下幸之助さんの著書で、「体が弱かったからこそ人に任せることを覚えた」というエピソードに感銘を受けました。その考えをヒントに、社員にはよく「ダメ社長なんです」と話しています。社員一人ひとりが「自分がしっかりしなければ」という責任感をもち、自ら考えて行動する組織を目指しています。
父が社長として会社を引っ張る姿を見て育ったからこそ、自分の代では違う組織の形をつくりたいと考えていました。これからの時代は、全部を社長が決める会社ではなく、社員一人ひとりが自分で考え、挑戦できる会社のほうが強いと思っています。もちろん責任は伴いますが、自分で考えて動いた経験は必ずその人の成長につながります。
時代が大きく変化する中で、今後どのような会社を目指していきたいですか。
時代に合わせて会社も変わり続けなければなりません。社章・校章の製造で培った金属加工技術を基盤に、企画・デザイン力の向上に取り組んでいます。
その一方で、変えてはいけないものもあります。それが、国産にこだわったものづくりです。国内で製造していることに安心感を持ち、当社を選んでくださるお客さまも少なくありません。その期待に応えられる品質を追求し、「メイド・イン・ジャパン」と胸を張ってお届けできる製品づくりを続けていきたいと考えています。
最後に、仕事に挑戦する人や次の世代へ伝えたいことを教えてください。
まずは一歩踏み出すこと。その積み重ねが自分を成長させ、会社の未来をつくっていくのだと思います。私自身、家を飛び出したり、新しい市場へ挑戦したりと、当時は周囲に理解されない行動がたくさんありました。それでも一歩踏み出したからこそ、今があります。だからこそ若い人には、自分の可能性を信じ、失敗を恐れず一歩を踏み出してほしいですね。
取材日:2026年7月24日 ライター:高井 寧香
桂記章株式会社
- 代表者名:澤田 幸宏
- 設立年月:1966年3月
- 資本金:4,200万円
- 事業内容:社章・校章・記章・メダル・バッジ・キーホルダー・観光土産・オリジナルグッズなどの企画・製造
- 所在地:〒920-0354 石川県金沢市二ツ寺町ハ30-14
- URL:https://katsurakisyo.com/
- お問い合わせ:https://katsurakisyo.com/contact
- 電話番号:076-268-1611






