熊本の熱量をONに!元タウン誌編集長が立ち上げた「地域活性総合商社」の哲学
2019年設立の株式会社ON-do(オンド)の代表取締役である岡村 政志(おかむら まさし)さんは、かつて熊本の街歩きに欠かせない情報誌とされた「タウン情報クマモト(タンクマ)」(現在は休刊中)の編集長を長年務めていました。
現在、「地域の温度を上げ、音頭をとる」という思いのもと、行政の枠を超えた観光プロモーションから、カップリング率約5割を誇る婚活支援まで幅広く手掛けています。編集者時代の原体験から導き出した、地域に「志」を灯すための哲学を伺いました。
「1/6サイズの広告」が教えた媒体の力。行政や紙の枠を超えて「伴走」する覚悟

まずは、岡村さんがこの世界に入ったきっかけから教えてください。
もともとは「人を笑わせる仕事」がしたかったのですが、自分には芸人さんのようなアドリブの才能がないと早々に気づいてしまいました(笑)。どうすれば人を笑顔にできるかを考えたとき、頭に浮かんだのが、学生時代のバイブルだった「タウン情報クマモト(タンクマ)」でした。誌面をきっかけに友達と遊びに出かけ、誰かが笑顔になる。そんな光景を自分も作りたいと思ったことが始まりです。
それを象徴する忘れられない出来事があります。高校時代、当時の「タンクマ」の誌面の隅に載っていた「1/6サイズ」の小さなモノクロ広告を見つけました。「オリジナルのジグソーパズルが作れる」という内容だったのですが、当時付き合っていた方の誕生日にそれを作って贈ると、泣いて喜んでくれました。そのとき、「たった7センチ四方の小さな広告で人を感動させる媒体の力はすごいな」と衝撃を受けました。情報の先にある「人の感情」を動かしたい。1999年に発行元のウルトラハウスに入社し、そこから17年間、編集長などの立場で熊本の街を見つめ続けることになります。
17年という長いキャリアの中で、なぜ「独立」という選択肢が生まれたのでしょうか?
熊本には素晴らしい食や自然、お店があふれています。でも、取材を重ねるほどに「伝え方やつなぎ方次第でもっと輝けるのに」ともどかしさを感じる場面が増えていきました。
特に行政の仕事に関わると、どうしても自治体ごとの「枠」に縛られがちです。しかし、ユーザーの視点に立てば、隣町であるかは関係ありません。「A町でランチを食べ、B村で温泉に入る」といった具合に、行政の境界を超えて「点と点」をつないで初めて、車で1時間かけてそのエリアへ行く価値が生まれます。こうした客観的な視点での編集を、もっとフレキシブルに行いたいという思いが強くなっていきました。
また、2014年頃からの「地方創生」の流れも決定打でした。巨額の予算が動いても、結局は都会の大手代理店がダイナミックな施策を打ち、契約が終われば去っていく。地元には優秀なクリエイターがたくさんいて、誰よりも地域に寄り添い、伴走し続けられるはずなのに、なぜその仕組みが作れないのかと感じていました。
クライアントの悩みも「イベントをしたい」「Webで発信したい」と多角化していました。だったら自分自身が独立して、熊本の仲間たちと協力しながら、地域課題を根本から解決する「伴走者」になろうと決めたんです。2016年、退職直前に熊本地震が起き、娘も生まれたばかりで不安もありましたが、「今こそ動くべき時だ」と地震に背中を押されるようにして独立しました。
にぎわいも、震災の記憶も。「地域活性総合商社」としてあらゆる課題を編集する

独立後、単なる「制作会社」ではなく「地域活性総合商社」という看板を掲げられた理由を教えてください。
私たちの仕事は、単にきれいなパンフレットを作ることではありません。地域の魅力を再定義し、外から人を呼び込み、そこに住む人が誇りを持てるようにする。そのためには、Webも動画も、時にはイベントの運営も、必要であれば全てやる。そうした多角的なアプローチを象徴するのが「地域活性総合商社」という言葉です。
活動は、にぎわいづくりから震災の記憶の継承まで多岐にわたります。独立後最初の仕事は、南阿蘇村の地震記録集の制作でした。それまでの私は観光PRが中心でしたが、この仕事は被災状況という現実を淡々と残すことが目的でした。長く保管されるものなので、その時の感情に流されすぎると、10年後、20年後に事実と違う温度感で受け取られる恐れがあります。客観性を保ちながら、未来の防災につなげていく。「地域に必要なもの」を形にするという、新しい使命感が芽生えた瞬間でした。
先日も、南阿蘇村の熊本地震震災ミュージアム「KIOKU」の展示リニューアルを担当させていただきました。震災遺構「旧東海大学阿蘇キャンパス」内に設置されているONE PIECEのロビンの像を目当てに来られた若い方々に、どうすれば足を止めて震災の教訓を感じてもらえるか、また難しいパネルを読みやすくリデザインし、直感的に伝わる工夫を施しました。震災遺構を改めて回り、直後と現状を比較するパネルも作りました。あの時の怖かった感情を呼び起こし、防災意識を常に持ってもらうための使命をいただけているのは、非常に責任の重い「志事(しごと)」です。

社名の「ON-do(オンド)」には、どのような想いを込めているのでしょうか?
地域の「温度」を上げること。そして、多様なプロフェッショナルの真ん中に立って「音頭」をとることです。私は、自分一人では何もできない人間だと自覚しています。デザインも動画もシステムも、私より優れた仲間がいます。でも、地域の方が何を欲しているかを深く理解し、適切なプロをつなぎ、一つの形にまとめ上げる「編集力」なら負けません。商社として最適なリソースを組み合わせることが、私の役割です。
その象徴が、これまで県内10以上の自治体等で展開している婚活支援事業です。私たちの手法は単なるマッチングパーティーではありません。たとえその場でカップルになれなくても、「この町に来て本当に楽しかった、また来たい」と思ってもらえるようなコンテンツを設計します。地域の魅力を生かした体験を通じて、町のファンをつくる交流事業として捉えているんです。
もちろん、弊社の40代、50代の男性2人だけでは何もできません(笑)。現場で力を発揮してくれるのは、地域の「おせっかいおばちゃん」たちのような、温かいコーディネーターの方々です。彼女たちの熱量が、参加者の背中を絶妙なタイミングで押してくれる。私は、みんなが輝けるように音頭をとっているだけです。地域全体の熱量を上げ、みんなで汗をかいた結果が、カップリング率約5割という数字につながっているのだと感じます。
「身近な人を笑顔にする」が全ての原点。熊本に「関わり続ける」仕組みをデザインする
岡村さんが仕事に向き合う上で、最も大切にしている哲学は何でしょうか?
編集長時代から一貫して言っているのは、「身近な人を笑顔にできない者に、地域を元気にできない」ということです。「熊本を元気にしたい」と志す若者は多いですが、では自分の親の誕生日に何かしているか?恋人との記念日を大切にしているか?と問いたい。一番近くにいる人を幸せにする人が、不特定多数の県民を幸せにできるのではないかと私自身は考えています。
私は編集長時代、「お母さん(お父さん)の誕生日なら早く帰りなさい」「友達との遊びを全力で楽しみなさい」と言い続けてきました。人を笑顔にする仕事をしている側が、周りから応援されないような働き方をしていては、良いものは作れません。
自分が一番の熱源になり、その熱で地域を照らしていく。私にとって、プライベートと仕事は地続きなんです。自分が遊んでいないのに遊びを教えられるわけがないですよね。自分が楽しんでいない仕事は、必ず相手に見透かされます。
これからの岡村さんのミッションを教えてください。
熊本に暮らす人々が「ずっと熊本に関わり続けたい」と主体的に思える仕組み、郷土愛を行動に変える循環をデザインすることです。
単に「好き」なだけでなく、自分がこの町の一員として何らかのアクションを起こす。シビックプライドを醸成していくきっかけをITやイベント、クリエイティブの力で作り続けていきたいですね。
私は40年来のヤクルトスワローズファンなのですが、村上宗隆選手が熊本市民栄誉賞第一号を受賞した際、神宮球場でのプロモーションビジュアルを担当させていただきました。この上なく幸せなお仕事でした(笑)。

仕事ではなく「志事」として、次の世代に何を遺せるか。私を育ててくれた熊本を嫌いになったことなんて、一度もありません。これからも地域の方々に寄り添い、時には一緒に悩みながら、街の温度を1度ずつ上げていきたい。そのために、最高の「音頭」をとり続けることが、私の生涯のミッションです。
取材日:2026年4月15日 ライター:酒見 夕貴
株式会社ON-do
- 代表者名:岡村 政志
- 設立年月:2019年9月
- 事業内容:地域活性総合商社
- 所在地:〒860-0004 熊本県熊本市中央区新町4-1-18新町コーポニュータウン404号
- URL:https://404-kumamoto.com/on-do/
- お問い合わせ先:https://404-kumamoto.com/contact/






