スペース2023.01.04

西日本初!四国の伝統を後世へつなぐミュージカル施設『坊っちゃん劇場』。8Kを駆使し、ロシアでの「地域拠点型劇場」も実現

愛媛
株式会社ジョイ・アート 代表取締役社長
Yoichi Ochi
越智 陽一

愛媛県東温市でミュージカル施設「坊っちゃん劇場」を運営している株式会社ジョイ・アート。四国や瀬戸内の歴史・伝統文化などを題材にした自主制作舞台を上演しており、日本だけでなく海外にも多くのファンを得ています。「収益目的ではなく、地域のためになる文化的な施設として後世に残そう!」と走り出した、代表取締役社長の越智 陽一(おちよういち)さんに、これまでの歩みや将来への展望をお伺いします。

会社跡地の活用に「じゃあ君がやってくれ!」。日本初のNSC立ち上げに評価

越智さんのこれまでのキャリアを教えてください。

学生時代は化学を学んでおり、卒業後は地元愛媛の製紙会社に入社しました。数年、製紙会社で働いた後、別の会社から「会社の建物跡地で、何かできないだろうか?」と相談を受けたのが転機でしたね。
「アウトレットモールや飲食施設などを集めた大規模小売店舗などは、どうですか?」とお返事したところ、「じゃあ君がやってくれ!」と言われ、自分が立ち上げることになりました。
実は、そのお話が来る前、私は砥部に日本初の近隣型NSC(小商圏をターゲットにしているショッピングセンター)を立ち上げて、その実績が評価されたようです。そして、2000年に、複合レジャー施設「レスパスシティ」を立ち上げました。

収益性を求める シネコンから、地域貢献をする劇場へ転換

坊っちゃん劇場 撮影(c)齋部功

ジョイ・アート、そして坊っちゃん劇場設立の経緯を教えてください。

レスパスシティを立ち上げた2年後、レスパスシティ内に複数のシアターがあるシネマコンプレックスを作る予定だったのですが、残念ながら、最終的な確認段階で頓挫してしまいました。
旧シネマコンプレックス予定地で、代わりに何をしようか?と考えた際に、オーナーから「劇場にしてみてはどうか?」と打診があったのですが…正直なところ、「マーケットではNGだろう」と思いましたね。というのも劇場建設の初期投資は、5~6億円ほど必要です。このケースだと、投資の回収は25年掛けても達成できるか不透明。これではビジネスとしては成立しないのではないか?という懸念が強くありました。
2000年初期は既にバブルも弾けており、「投資回収を3~5年以内に行えない事業は行うべきではない」というのが事業経営の上での指標となっていたので、25年でも回収できない事業は、なかなか周囲に理解されませんでしたね。取締役会でも、私とオーナー以外は劇場の建設に反対でした。

そんな中で、どのように周りの理解を得ていきましたか?

これが結構大変でした。劇場建設のアドバイスを受けようと、文化人である元愛媛県知事の加戸守行さんのもと を訪れました。その際「建物を建てることは可能でしょう。しかし、維持・管理は大変ですよ」と言われその後、有名な指揮者である佐藤陽三先生に、劇場建設のご相談へ伺った際も、「地域に埋もれている宝物を掘り起こすのは、大変に素晴らしい事ですね。しかし…」と、やんわり反対されました。
それでも諦めきれなかった私とオーナーは、「企業として収益を得るための手段として、劇場を運営するのは難しいが、地域社会へ貢献する文化事業として進めようじゃないか!」という方向に舵を切る決意をしました。その後、ふたたび加戸さんのところへ劇場建設の件をお話ししたところ、「全力で応援します」と仰っていただけたのです。
加戸さんのご理解も得たことで、私とオーナーは、会社の決を採らずに劇場の建設へ踏み切り、2005年に坊っちゃん劇場を設立しました。

赤字経営にコロナ禍が追い打ち 応援の声が支え

苦労した点や乗り越えてきた壁などはありますか?

たくさんの方々から、よく「坊っちゃん劇場は、県の施設ですか?市の施設ですか?」と聞かれるのですが、「うちの借金ですよ」と答えています。
今も16年連続の赤字で、損益分岐点まで到達していません。元々、25年かかっても回収できるかどうか難しいという見通しでしたし、ここ数年のコロナ禍で、劇場は大打撃を受け、かなり厳しい状況にあります。密を避けることが叫ばれ、公演そのものが出来ないため、収益はコロナ禍前の70%ダウンで、更にその翌年は50%ダウンといった具合です。
そんな赤字続きの施設ですが、坊っちゃん劇場に足を運んでくださった方々の多くが「これは、地域の宝だ。応援していこう」と、感動してくださいます。後援会へ参加してくださる法人・個人の会員さまも、大幅に増えました。そういった応援してくださる方々のためにも、何とか踏ん張っていきたいと思っています。

初の海外公演、大成功を収めた「ロシア公演」

2005年の会社設立から約17年、劇場を運営する中で達成したことについて、具体的なエピソードを交えて教えてください。

坊っちゃん劇場は、過去と未来をつなぐため、四国・瀬戸内圏の歴史・伝統文化や偉人を題材にしたオリジナルの舞台作品を上演することにこだわっています。そして題材に関連する土地で出張公演することも、こだわりのひとつです。
2012年に「誓いのコイン」というミュージカルを上演しました。日露戦争時の松山捕虜収容所を舞台に、ロシア人捕虜と日本赤十字社の看護婦との、国境を越えた愛を描いた作品です。
題材関連の土地ということで、坊っちゃん劇場初の海外公演となる「ロシア公演」が実現したのですが、我々の想像以上の大反響でした。全公演満席で、終演後はオールスタンディングオベーションに沸き、「ストーリーが美しい!」「作曲家は誰なのか?」「コサックダンスのキレが本場ロシアよりも良い!」と大絶賛を受けたのです。

「ぜひ、来年も来てくれないか!」とお声がけいただいたのですが、国を越えての公演は何千万という額の資金が必要で、毎年となると現実的ではありません。

演劇舞台を8K映像に?映像化への抵抗感の払拭で光明

資金問題を解決して、舞台を届ける施策が何かあったのですか?

はい。「映像だったら、ロシアへ連れていけるのではないか?」とひらめきました。舞台は生が原則ですが、舞台の素晴らしさを知ってもらわなかったら、無いのと一緒です。
昭和33年にNHKが相撲のテレビ中継を始めた際、一部から大反対が起こったものの、上映したことで津々浦々に相撲ファンができたという事例もあります。さっそくスタッフたちに、舞台の映像化について説明してみたものの 、3人の役者が手を挙げ、「協力しません!私たちが行う生の演技を、お客さまと同じ空間で提供するからこそ価値があるのに」と機嫌が悪く、演出家も「自分の作品ではなくなってしまう」と機嫌が悪くなってしまいました。
「演劇の映像化は難しいのか…」と諦めかけていたところ、NHKの技術者との会話で「8Kだったら定点の一点撮りができるかもしれない。全体を撮影することで、舞台上の演出を丸ごと楽しみつつ、役者個人個人の表情も楽しめるのでは?」との助言をもらい、舞台の8K映像化に取り組むことにしました。
8Kで撮影したものを舞台の大型スクリーンに投影すると、役者たちも舞台と同じく等身大で再現されるうえに、奥行きもあります。臨場感のある音声や効果音も合わされば、さながら生の演劇を見ているかのような気分になれます。

結果はいかがでしたか?

2018年10月に、世界初の「アジア8K映像演劇祭」を開催しました。翌年の2019年6月には、ロシアで8K「誓いのコイン」の上映を行ったところ、スクリーンに向かい、オールスタンディングで拍手をいただけました。
移動費用などの問題で、実現することができなかった海外公演は、世界中の人の願いであり、課題のひとつです。それが8Kで叶うことが分かりました。それから坊っちゃん劇場では、生の公演だけでなく、8Kでの撮影もセットで行っています。

これからの坊っちゃん劇場のあり方と8Kの可能性

今後の展望をお聞かせください。

もう、コロナ禍前には戻らないでしょうから、いっその事、全てを一回リセットして進めようと考えています。その試みのひとつが「8Kの有効活用」です。
8Kは一度きちんと撮ることができれば、シアターで何度でも再生することが可能です。その特性を活かし、坊っちゃん劇場としては夢でもある「海外進出」のためのツールとして活用するつもりです。
我々の舞台を8Kで撮り、それを海外の各都市で上映して反応をみます。もし、過去のロシア公演のように、大きな反響をいただけたら、翌年以降で生の舞台を持っていくことも視野に入れるか、現地で役者を募るか…。今後の戦略も立てやすくなるでしょう。そのため、現在は8Kの制作にも力を入れているところです。

地域文化の伝道師、役者にとっての桃源郷「坊っちゃん劇場」

2023年1月現在、公演中の演目「ジョンマイラブ」

どうして坊っちゃんは1年を通して、ひとつの演目を公演しているのでしょうか?

演劇に関わるスタッフが将来を安定して暮らせないと、坊っちゃん劇場の設立の理念である「地域に密着し、伝統的文化を舞台芸術で伝えていく」ことが継続できないからです。
劇場は役者や舞台作家がいなくては公演できません。それなのに、一般的に「役者や舞台作家は貧乏だ」と言われています。実際、都心に居て演劇一本で生活ができている方は、50人いるかどうかではないでしょうか。
例えば、役者であればオーディションを受け、受かれば数日~10日程度の公演に向けて数カ月前から舞台の練習を行い、本番に臨みます。公演が終われば、バイトをしながら次の公演のオーディションに向けて自主練を行います。そういった風に演劇に関わっている方が多く、30歳くらいになると将来を考えて、役者の夢を諦めてしまうのです。
劇場で給与を得られれば、演劇に没頭することができるので、役者の心にも余裕ができ、演技の質も上がり、観客も喜び、劇場に足を運んでくださる方も増えていくでしょう。自主制作の作品を一年間上演できる、日本唯一の地域拠点型劇場ならではのシステムで、役者たちからは「桃源郷」と評されており、求人応募も年々増加の傾向にあります。舞台芸術の最高峰といわれているロシアでの公演実績と、その反響から、2012年以降は求人応募が殺到しましたね。

もはや仕事は場所にとらわれない。愛媛でクリエイティブな活動を!

地元で働きたいと考えるクリエイティブ業界に関わる方へ向けて、愛媛・四国で働くことの魅力を踏まえてメッセージをお願いします。

この17年間で、劇場に関わってくれたスタッフさんや役者さんが、続々と東温に移住されています。外から来た人の目から見ても、この東温市は過ごしやすく、素晴らしい場所だそうです。
この2年半の間で、リモートワークという働き方がスタンダードになってきて、「その場に行かないと仕事ができない」ということは、少なくなってきたように思います。この地域に居ながら、脚本や演出、作曲といったクリエイティブなお仕事をすることだって可能です。この素晴らしい環境を活かし、自分の持ち味を生かしながら、新しい手法も取り入れつつ、クリエイティブな活動を楽しんでいってほしいですね。

取材日:2022年11月10日 ライター:山口 夏織

株式会社ジョイ・アート

  • 代表者名:越智 陽一
  • 設立年月:2005年5月
  • 資本金:2,800万円
  • 事業内容:レジャー・アミューズメント
  • 所在地:〒791-0211 愛媛県東温市見奈良1125番地
  • URL:https://www.botchan.co.jp/index.php
  • お問い合わせ先:089-955-1174

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