東ベルリンから来た女

ミニ・シネマ・パラダイスVol.7
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂

前日には、新宿バルト9にて、「レ・ミゼラブル」を観ていました。 大作であり、ミュージカルであり、ハリウッド人気俳優を起用した贅沢な作り。 常にクライマックスのようで、かなり泣けました。こういう映画も、もちろん好きです。

さて、コラムのためになにを観ようかと、ぼんやりスマホで探していたところ、 Bunkamuraル・シネマで、「ファースト・ポジション 夢に向かって踊れ!」という、バレエダンサーの卵たちのドキュメンタリーがやっており、まもなく公開終了日が迫っている模様。ちょうどその朝に「名バレエ劇団内で、ダンサー同士の嫉妬心からの殺人未遂事件が起こった」というニュースをきいていたこともあり、華やかな業界の裏舞台が気になっていたところ。 これだこれだと思って、映画館にいきました。が、「15:20の回は満席でして、19:00からしか空いてません」といわれ、このタイプの映画がまさか満席なんて・・・と失礼なことを思いつつ、19:00まで待てないので、たまたま16:20からやっている「東ベルリンから来た女」を観ることにしました。

とはいえ、チラシをもらうと「2012年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞」と書いてあり、正直バレエより興味をそそられ、結果オーライです。 1時間ほど時間をつぶし、16:20に映画館に入ります。客足はまばらで、隣の席にはフランス人(おそらく)の女性二人。大柄な身体を狭いミニシアターの座席に押し込み、私側の肘掛を奪われ、予告編で大笑いしていたので、このまま真隣にいてはたして映画に集中できるのかとヤキモキ、ヒヤヒヤしましたが、席を移る勇気もなくそのまま上映がスタートしました。

ベルリンの壁がドイツを東西に分けていた時代。西側への移住申請を撥ね退けられ、田舎に左遷された美しい女医がやって来ます。同僚の男性医師はそんな彼女が気になる様子。しかし彼女には西側に恋人がおり、西側への脱出を計画していました。 青いアイシャドウと強気な目が印象的で、彼女はとてもは美しい。けれども表情は固く冷たく、ポーカーフェイスでなかなか人に心を開かないが、恋人との逢瀬では別人のように心を躍らせ、医師としては患者にとても献身的。患者も信頼を寄せます。

息がつまるような静けさが漂い、サスペンスのような緊張感があります。 極力無駄な音を消したそれは、私が普段病院の中にいるときに感じる静けさに似ていて、小さな物音から人の気配をほのかに感じ、大きな音に時折ハッとさせられます。 彼女は自転車で海近くの田舎道を走ります。何度もこの道を走りますが、曇天の中、常に防風林は激しい風を受けてうねり、空気の動かない日常を、掻き乱して躍動させます。 次第に男性医師に惹かれ、また医師としての仕事に使命感を感じはじめた彼女は、西側へ行くことに迷いが生まれはじめます。偶然も重なり合いながら、最後に決断をします。 ラストで映画が暗転したのち、余韻のように彼女の呼吸音が数秒聞こえます。心拍数が上がり、気持ちの高揚を感じさせる呼吸音が印象的です。 緊張感がとかれ、かすかなあたたかい気持ちが心の中に残りました。

上映後、前日に観た「レ・ミゼラブル」のことはすっかり記憶から消え去り、彼女の美しい横顔が記憶を塗り替えてしまいました。こういう瞬間がとても良い気持ちです。

気になっていたお隣のフランス人女性たちも満足気な雰囲気。 が!やっぱり上映中は2回ほど席を立ち、もぞもぞガサガサと落ち着かない様子だったのは否めません・・・。 感動が薄れてしまわないよう、次は席を移る勇気が欲しいです。

「東ベルリンから来た女」

「東ベルリンから来た女」
監督クリスティアン・ペッツォルト 105分
製作年 2012年
製作国 ドイツ
キャスト
ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト、ライナー・ボック
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://www.barbara.jp/

Profile of 市川 桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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