妻への家路

ミニ・シネマ・パラダイスVol.33
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂

なぜ私が映画館で映画を観るのかというと…。 いくつか理由はあるのですが、大前提として、それが体験になるから。 あの映画を、あの時、あの場所で、あの人と観たね。といった思い出が残る。 時間と場所を共有して、映画の内容と思い出がリンクする感じが好きなのです。 ひとりで行ってもそれは同じで、改めて同じ映画をみたり、映画館に行ったりすると、 ふつふつとその時を呼び起こす映画は良い映画だと感じています。

なので、「初恋のきた道」・・・というタイトルを見ると、高校生を思い出します。 社会科の先生が、授業で珍しく映画を観せてくれて、 観終わった後に、多感な女子高生同士、同年代であるチャン・ツィイー演じる主人公を通して、中国の文化大革命について熱~い意見を取り交わしたのを覚えています。 その女子高生も今やアラサーになっている訳ですが…。

そんな「初恋のきた道」の監督、中国の巨匠・張芸謀(チャン・イーモウ)の新作、「妻への家路」を観ることに。 場所は日比谷のTOHOシネマズシャンテ。 お客さんは年配の方が多く、こういった歴史背景をもった作品は人気なのでしょうか。 日本語版のタイトルは、「初恋」と「妻」、「道」と「家路」と、なんとなく「初恋のきた道」を意識した作りですね。

本作は、文革(文化大革命1966年-1977年)で引き裂かれた夫婦と、その一人娘を描いています。 夫婦が離れ離れになっている間に、妻には異変が起こっています。 20年振りに夫が解放されて妻のところに戻ると、妻はよそよそしく、ついには自分を知らない人の名前で呼び出す始末。 実は、心労がたたって記憶障害になってしまった妻。 そのことを知らされた夫は、記憶がいつか戻ることを信じて、妻の住むマンションが見える別の家に住みつき、あの手この手で記憶を取り戻そうとしますが…。

妻役はコン・リー。とても美しい女優さんですが、今回は地味な女性を演じています。 薄暗い部屋の中で、外からの自然光を浴びるコン・リーの肌には、飾らないそのままの皺が浮かんでいて、彼女自身の時の流れを感じさせます。 夫を待ちわび、質素に耐え忍び、記憶障害になることで、なおさら夫を慕う気持ちが出ている姿は、まるで子供のように素直で純粋な思いとして、描かれています。

「初恋のきた道」のチャン・ツィイーの一途な初恋の純粋さとリンクして、 観ている私の頭の中には、不思議と、初恋の少女が頭をよぎります。 そしてそれを観ていた女子高生の自分と、時が経った今の自分、そして妻がぐるぐると重なるような感覚になりました。 映画館を出ても、しばらくそんな気持ちが後をひきましたが、 まさしくこれこそ映画を見て「幸福だなー」と思う体験だと改めて思ったわけです。

今回で本コラム、ミニシネマパラダイスは終了となります。 沢山の映画を観ましたので、また時間が経っても、その映画や映画館をみかけると、 ふつふつとコラムを書いていたその時々の思い出が蘇ってくることになると思います。 ぜひ本コラムをお読みの皆様も、映画館に足を運んでいただき、“体験”をしていただければ嬉しいです。 ありがとうございました。また会う日まで!

妻への家路 原題 帰来 Coming Home 製作年 2014年 製作国 中国 監督 チャン・イーモウ キャスト コン・リー チェン・ダオミン 配給 ギャガ 上映時間 110分

『妻への家路』
原題:帰来 Coming Home
製作年:2014年
製作国:中国
監督:チャン・イーモウ
キャスト:コン・リー
   チェン・ダオミン
配給:ギャガ
上映時間:110分
http://cominghome.gaga.ne.jp

Profile of 市川 桂

市川桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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