勉強にならなかったものは忘れている。その30本を、もう一度観てみたい。

Vol.55
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

1972年、この年は見たくてうずうずする映画が、次から次に封切られて、ほんとに映画の勉強になって良かった。でも、もう親から小遣いはもらえないし、仕方ないからバイトをした。性に合わないしんどい労働はしたくなかったが、ひとえに映画代のためだった。ジーン・ハックマンという男優の主演作、『フレンチ・コネクション』(72年)は待ちきれなかった。彼は、数年前に観た『俺たちに明日はない』(68年)で、恐慌時代に大暴れした悪名高き銀行強盗クライドの実兄役で出ていたのだが、実は印象がなく、この新作の刺激的な予告篇を見た時は、もっとちゃんと見ておけば良かったなと後悔したほどだった。

このニューヨークを舞台にした麻薬捜査係の腕白刑事の話は、実話を元にしていたから、観る前から血が騒いでいた。(今、こういう映画がまるで無いのはなぜだろう。不思議でならないが)何より、ポークパイハットを小粋に被ったハックマン扮する刑事“ポパイ”に惹きつけられた。タイトルからしてスリリングだ。フランスの麻薬密売組織の首魁がニューヨークマフィアに売りつけに自ら乗り込んで来る。ポパイがそいつを追跡する。新しい画像、新しいリアリズム演技、これこそニューシネマだった。成り金の首魁“髭のシャルニエ”がレストランで食らう物と、外で張り込みをするポパイが食うものが違っていた。人が何を食ってるかを見せる映画だった。ウィリアム・フリードキン監督の名を覚えた。ニューヨークの街に行ってみたかった。

4月には、キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(72年)を観た。『2001年宇宙の旅』(68年)の意味不明な宇宙ものとは違って、これは暴力的な未来社会を皮肉っていて、考えさせられた。主演の俳優の顏立ちが気味悪くて、感情移入はできなかったが。

夏の封切りまで毎日が落ち着かなかったのは世界中で噂になっていた、『ゴッドファーザー』(72年)だ。ここまで踏み込んだマフィアの映画は初めてだった。若造のアラン・ドロンとマフィアの組長ジャン・ギャバンの『シシリアン』(70年)という奇想天外な宝石強盗団のフランス映画は高校の時に見たが、眺めていただけだ。あれは只の娯楽モノだった。

このフランシス・フォード・コッポラ監督のことは何も知らなかった。1944年のパリ解放戦を描いた『パリは燃えているか』(66年)も、米軍の猛将の半生を追った『パットン大戦車軍団』(70年)も観ていたのに、それらの脚本を書いた30歳過ぎの若手とは知らなかった。まさに、これは監督の力業だった。画像の明暗も色合いも初めて見るもので、見ているものが映画だというのを忘れた。俳優たちが俳優に見えなかった。作り方のすべてが新しかった。雑誌のインタビューでコッポラは、これは「マフィア一家の愛と野望」といわれるが、実はアメリカの資本主義の話なんだと語っていた。ハリウッドの映画プロデューサーがマフィアの要求を呑まず、切断された飼い馬の頭首をベッドの中に放り込まれて絶叫する場面では大勢の観客と一緒にボクも声を上げた。そんな脅迫ビジネスも資本主義の一つというわけか。一度では心の整理がつかないので、何日か後にもう一度観た。これからの映画のスタイルが変わる予感がした。

他には、古き良き戦後のアメリカ西部の、映画館が一軒しかない田舎の高校生の性愛を描いて話題の『ラストショー』(72年)と、イタリア映画で、大戦中にファシズムに傾倒した大学講師がテロリストになる『暗殺の森』(72年)を、同じ日に映画館をハシゴをして観て、全く毛色が違うので頭が混乱していながら、おまけに、東映の『女囚701号/さそり』(72年)まで観ている(と、映画ノートのメモにもある)。東映館に入ったのは主演の梶芽衣子に気がいったからだ。男に裏切られて刑務所に入った女が虐められながらも復讐する流行りの劇画が原作だが、『ゴッドファーザー』に打ちのめされた者は、もうこの手の邦画は卒業だなと思った。

確かに、アメリカ映画は変貌し始めていた。キャメラがスタジオセットを離れて、街でロケしたものが増えていた。山中の激流でカヌー下りをしに来た男仲間たちが陰険な地元民と死闘する、バート・レイノルズとジョン・ボイトが主演した『脱出』(72年)や、我らのヒーロー、スティーブ・マックィーン扮するロデオ大会の賞金稼ぎが故郷で親孝行する、ペキンパ―監督にしては珍しく暴力場面がなく心が温まる『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』(72年)、ロシアの革命家トロツキーが亡命先のメキシコの村で殺された実話の『暗殺者のメロディ』(72年)と、この年は見事に映画三昧だった。映画ノートには洋画邦画合わせて30本余り、記録にある。ボクにはあまりピンとこないヒッチコック作品の、『フレンジー』(72年)もあるが、見たのか見ず終いだったのか、記憶にない。勉強にならなかったものは忘れている。

玉石混合の30本だが、もう一度観て勉強したいと思う。

≪監督注目の作品詳細≫

『フレンチ・コネクション』(72年)
監督:ウィリアム・フリードキン
製作:フィリップ・ダントニ
製作総指揮:G・デビッド・シン
出演:ジーン・ハックマン、フェルナンド・レイ、ロイ・シャイダー 他

『時計じかけのオレンジ』(72年)
監督:スタンリー・キューブリック
製作:スタンリー・キューブリック
製作総指揮:マックス・L・ラーブ、サイ・リトビノフ
出演:マルコム・マクダウェル、パトリック・マギー、エイドリアン・コリ 他

『ゴッドファーザー』(72年)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
製作:アルバート・S・ラディ
原作:マリオ・プーゾ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン 他

『ラストショー』(72年)
監督:ピーター・ボグダノビッチ
製作:スティーブン・J・フリードマン
製作総指揮:バート・シュナイダー
出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、エレン・バースティン 他

『暗殺の森』(72年)
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
製作:マウリツィオ・ロディ=フェ、ジョバンニ・ベルトルッチ
原作:アルベルト・モラビア
出演:ドミニク・サンダ、ジャン=ルイ・トランティニャン、ピエール・クレマンティ 他

『脱出』(72年)
監督:ジョン・ブアマン
脚本:ジェームズ・ディッキー
原作:ジェームズ・ディッキー
出演:ジョン・ボイト、、バート・レイノルズ、ネッド・ビーティ 他

『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』(72年製作)
監督:サム・ペキンパー
脚本:ジェブ・ローズブルック
製作:ジョー・ワイザン
出演:スティーブ・マックィーン、ロバート・プレストン、アイダ・ルピノ 他

『暗殺者のメロディ』(72年製作)
監督:ジョセフ・ロージー
脚本:ニコラス・モスレー
原作:ニコラス・モスレー
出演:アラン・ドロン、リチャード・バートン、ロミー・シュナイダー 他

出典:映画.comより引用

※()内は日本での映画公開年。
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●映画『無頼』

『無頼』はNetflixでも配信中、セルレンタルDVD も発売中。

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

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