自然環境を分かりやすく伝える「よそみっこ」で荻本央氏から学ぶ持続可能なクリエイティブ

Vol.179
よそみっこ 自然環境コミュニケーションデザイナー
Oo Ogimoto
荻本 央

自然を守ることは大切だと分かっていても「なぜ大切なのか?」とじっくり考えたことのある人は、意外と少ないかもしれません。その理由を「自分とのつながりをイメージしにくいものだから」というのは、自然環境コミュニケーションデザイナーの荻本央(おぎもと おお)さんです。彼が主宰する「よそみっこ」では、生きものを身近に感じるための教材作りや、生きものの工作ワークショップなどを通じ、子どもから大人まで楽しみながら学べるコンテンツを作っています。

「よそみっこ」は自然観察、環境教育活動、生物多様性の保全などという難解なテーマを「デザインの力」で変換してレクチャー。これは難しくいうと「課題解決型デザイン」といわれるもの。それが一体どういうものなのか、クリエイティブへのこだわり、これからの時代に求められるデザイナーの役割など、たっぷりと語っていただきました。

伝えるためには自分の方法で表現することが大切

「よそみっこ」の活動内容を教えてください。

「よそみっこ」では、自然環境に関心のない人や興味を持ち始めた人に親しみを感じてもらい、自然環境について楽しみながら学べる教材作りやワークショップを開いています。NGOやNPO、研究者が行っている環境保全の取り組みを分かりやすく伝えるための冊子やロゴなどをデザインすることも。あまり難しいことを考えず、日常から「ちょっと、よそ見」をするくらいの感覚で、気軽に自然環境について触れられる機会を提供しているのです。ちなみに、活動はすべて僕1人で行っています(笑)。

よそみっこHP

ワークショップではどんなことをするのでしょう?

テーマによってさまざまですが、野鳥などの生きものをシンプルに表現した「とどめがみ」というペーパークラフトを作ることが多いですね。商業施設や公園、文化教育施設などで行う15分程度のいつでも参加・退出できる形では、会場内や周辺で見られる生きものを作りながら知ってもらいます。事前に参加募集するイベントでは、屋内でクラフトを作って生きものの特徴を学んだら、野外に少しだけ自然観察に出かけて、実際に自分が作ったクラフトと同じ生きものを探します。

小さなお子さまからご年配の方まで楽しみ方はそれぞれですが、ベビーカーを押しながらでも、杖をつきながらでも参加できる時間と距離、運動量のプログラムを心がけています。活発な活動にしないことで、誰でも気軽に参加できる自然体験にしたいと思っています。今日は、都心でも見られる野鳥のペーパークラフトを持ってきました。 

こころにとどめるクラフトという意味の「とどめがみ」

東京でもこんなにたくさんの野鳥が見られるんですね!

皆さん(同じように)驚かれます(笑)。スズメやカラスの他にも、東京の都市部にはシジュウカラ、メジロ、ハクセキレイなど数多くの野鳥がいます。コゲラというキツツキの仲間もいるんですよ。都会に住む人間にとって一番身近なキツツキだと思います。

都会でキツツキが見られるとは驚きました。どんなことに気を付けてペーパークラフトを作っていますか?

作る人がどこまで精巧な表現を求めているかを考え、生きものの特徴を取捨選択してデザインに落とし込む工夫をし、生きものの大きさをイメージしやすいように「実物大」仕様にしています。例えば、スズメは背中に細かい模様があり、それが特徴にもなっているのですが、細かく表現しようとしてパーツが増えると、小さなお子さまは作れなくなってしまいます。そこで、子ども用のクラフトキットでは背中の模様を省き、難易度を低くしました

向かって左が子ども用ペーパークラフトの「かんたん」スズメ

ペーパークラフトの目的は「きれいに作り上げること」ではなく、「その生きものについて知る機会」になることです。例えば鳥の場合は、よく食べる物とクチバシが対応しているので顔に特徴が出ます。クラフトは作りやすいようにできるだけ削ぎ落としたデザインをしていますが、顔のパーツについては数が増えたり、作り方が少々難しくなったりしても構わないと思っています。クラフトキットに必ず予備の顔のパーツが入っているのは、「どうぞ間違えてください」という、私からの隠れたメッセージでもあるんです(笑)。

「よそみっこ」の教材はすべてオリジナルなのですか?

パッケージ、説明書、冊子などすべて荻本さんがこだわって作っている

はい。ワークショップでは基本的に、自分で作った教材しか使いません。「説明するために図鑑があったらいいな」というときは、自分で解説の冊子を作ります。その日の話の流れをまとめて配布すれば、参加者は内容が把握しやすくなりますよね。僕もそれに沿って伝えられるので、情報を与えすぎることがありません。うんちくって、どうしても人に語りたくなってしまうんですけど、僕があまり多くを語りすぎると参加者自身で発見することがなくなってしまいますから。

それにやはり、自分で気付いたことを自分の方法で表現したほうが、人に伝わりやすいと思うんです。だからペーパークラフトをデザインするときは、必ずと言っていいほど生息地まで出かけて観察(するように)しています。でも、中には実物を見られないケースも……。

「ウスイロヒョウモンモドキ」のクラフト。

「スミナガシ」のクラフト。こちらは実際に観察できず、
取材時も非常に残念そうだった。
以前、「ウスイロヒョウモンモドキ」というチョウチョのクラフトを作る機会があったのですが、中国地方のごく限られた草地にしか生息していないため、どうしても見に行けませんでした。「スミナガシ」というチョウチョも、締め切りまでに出会えず、結局資料としていただいた写真を見て作りました。ちゃんと作れているか不安で夜も眠れませんでしたね(笑)。 
 

さまざまな立場の人が共通認識を持てるツールを作りたかった

執念を感じます(笑)。いずれにしてもすごい完成度の高さですね。このクリエイティブのベースを知りたいです。

僕が生まれ育ったところは池や川のある公園があって、都会にしては自然が残っている地域で、外で遊べる環境が整っていましたので幼少期から自然に親しめました。また親が「遊びは自分で作りなさい」という教育方針(?)だったので、小学校のときにもらった誕生日プレゼントは、なんとセロハンテープのテープディスペンサー(笑)。でも僕自身も市販の玩具を与えられるより、材料から工作して遊ぶほうが好きでした。「ないものは自分で作ればいい」という姿勢や自然に対する接し方は、その頃に養われたんだと思います。

また、習い事で親しんだ能の影響も大きいですね。子どもながら「よく分からないけどすごい世界だ。感じられるようになったら楽しいだろうな」と思っていました。これは、あとで話す制作物のデザインにかかわってくるのですが、能では余計なものを削ぎ落とし、型にはめた表現をします(荻本個人の解釈です)。そうすることで受け止め方の幅があり、奥深さが出てくる。自分もそういうことができたら、と思っています。

自然環境に興味を持ったのはなぜですか?

進学した大学は分野を問わずどんなことでも学べる校風で、自由な反面、きちんと課題を見つけないと中途半端に終えてしまいがちです。転機が訪れたのは、大学2年生を迎える前、自宅の机に向かってあれこれ思案していたとき、です。ふと、窓の外の柿の木に止まっているスズメが目に入りました。

まさか、そのスズメとの出会いが「よそみっこ」のきっかけに?

そうです(笑)。「そういえば、スズメは何を食べているんだろう?」と思い立ち、外に出てじっくりと観察することにしました。すると、「電線だけでなくあちこちに止まっているぞ」「こんなものを食べているんだ!」などと、見れば見るほどスズメのことが分かっていく。

さらに観察を続けると、「あの鳥は色が違うな」と次々に他の鳥のことも見えてくるんです。「これだ!」と思いましたね。「身の回りをちゃんと見ると面白いじゃないか」と。そこで、景観生態学(※)について学べるゼミに所属して、学びはじめました。

※「景観生態学」は,「景観」という空間の諸特性を,様々なスケール,様々な視点から階層的に解明していこうとする学際的な学問です.それは,生態系機能を発揮させ続けていくために必要な地域計画や土地利用施策,すなわちエコロジカル・プランニングに,科学的・論理的基盤を提供します。(日本景観生態学会HPより引用

 

「自然環境×デザイン」という発想はどのように生まれたのですか?

自然環境について学ぶうちに、その重要性を「伝えたい」と思うようになりました。でも、難しい専門用語やデータを並べるだけだったり、感情だけで「森を守りましょう」と言っても、相手が共通した感覚や認識を持っていないとうまく伝わらない。自然環境の問題は、さまざまな立場の人たちの共通の理解がなければ議論が前に進みません。素敵な保護保全プロジェクトや研究があっても、良さが伝わりづらい。「これは何とかしなければいけないな」と感じました。

でも伝えるためには、難しいことを分かりやすく説明するツールが必要です。そこでまずは自分で作れるものを作ってみようと「よそみっこ」の活動を始めたのです。当時、僕は絵なんて描いていなかったし、デザインといえば、たまにパソコンのグラフィックソフトで遊ぶくらいでしたが、下手なりに生きもののことを伝えるツールを作って学校や公園に設置させてもらいました。

大学卒業後も、コンサルティング会社で業務サポートをしたり、Web制作会社でイラストを描いたり、アルバイトのようなことをしながら続けていました。すると、次第に企業の方が集まる環境系のイベントなどに連れて行ってもらえることが増え、その場で自分のやりたいことを話すうちにご縁をいただき、「よそみっこ」が仕事として広がっていったのです。

さまざまなコンテンツや教材をデザインをするうえで、大切にしていることはありますか?

分かりやすく伝わりやすいデザインにして、誰もが自然環境に親しみを持てるように心がけ、伝えたいことの本質がずれないように、気を付けています。例えば今、絶滅が危惧されているニホンウナギについての教材を研究者の方やNGOと集まって作っているのですが(7月14日にリリースしたそうです)、専門的なことを平易な表現に言い換えようとすると、科学的には違うことになってしまったり、誤解を招いてしまうこともあります。制作チームで色んな表現を探っています。またニホンウナギの保護だけにフォーカスするのではなく、人の暮らし、経済活動とどうバランスを取るのかを考え、議論できるように設計しています。

ウナギいきのこりすごろくHP

荻本さんがデザインした教材「ウナギいきのこりすごろく」はすごろくを通して共通の体験をウナギの回遊という、目では追うことの難しい事象を、参加者が25匹のウナギとなって、すごろくを通して共通の体験をすることができます。一度共通の体験をしているからこそ、ウナギの保護と人の経済活動をどのように調節していくのか議論することができます。
https://www.nacsj.or.jp/unagi_game/index.html

もう少し深くデザインについてお聞きします。デザインの理想像を教えてください。

僕はいわば、自然に詳しい人とそうでない人の間を取り持つ存在。僕にとってデザインは、一貫性を持たせた表現で、物事を整理された状態にする仕事です。

今後はもっと、自然環境に関心がない人たちにも届きやすいコンテンツを作っていきたい。そのためにアピール性の強いデザインも必要なのかもしれませんが、生きものの本質を伝えることから外れてしまっては意味がない。確かに周囲からは「君のデザインはおとなしいね。インパクトを持たせたら?」と言われることもあります。でもそれで過度な表現をして、伝えたいことや事実とかけ離れてしまっては意味がないのです。

人を引き付け、本質を見誤らないデザインとはどういうものか、日々試行錯誤を重ねています。子どもの頃から親しみのある能には「秘すれば花なり」という言葉があります。僕のデザインもあれこれ盛り込まずに、むしろ要素を削ってシンプルにするくらいがちょうどいいのかなと考えたりもします。クラフトもイベントも、参加者が楽しめる体験が、新しい発見のきっかけになればと思っています。皆さんが自分の言葉で表現できる余白を残したデザインでありたいですね。

デザインで自然と人をつなぐ課題を解決しているんですね。

自分の作品を変化させていける「フットワークの軽さ」が必要

自然観察や環境教育を取り巻く現状について、どのような課題があるとお考えですか?

近年、環境保全に取り組むことは社会的責任だと考える企業が増えてきました。とはいえ、自然を守る取り組みはボランティアの力に頼ることが、まだまだ多いです。ご年配の方々が「守りたい、残したい」とボランティアで保全に取り組んでくださっているケースが多いのではないでしょうか。後継者不足が課題だと思います。

しかし、お金にならなければ若手は集まりません。食べていけませんから。だからこそ、環境教育を受けて育った(世代の)僕らが「自然環境に関する仕事に就けば楽しいし、ちゃんと生活もできるよ」ということを示して、次の世代にポストを用意しておくことが必要だと感じています。

SDGs(エスディージーズ、持続可能な開発目標)に取り組む企業や団体も増えています。今後、クリエイティブのあり方はどう変わり、クリエイターには何が求められますか?

学校でもSDGsの授業が行われるようですね。それはとてもいいことですが、大人が決めて教えてくることに反発する子もいるのではないでしょうか。「大人がこういう世界にしたのに、なぜ子どもにやらせるの?」と思っているかもしれません。知り合いの学校の先生から「生徒の中にアンチSDGsが生まれている」と聞いたことがあります。

「エコ」という言葉があっという間に消費されて飽きられてしまったように、SDGsを押し付けるのではなく、SDGsに馴染めない人たちが「これなら取り組める」と思えるコンテンツ作りが必要だと思います。クリエイターが手を替え品を替え、どんどんコンテンツを更新していかなければ、「良いこと」もいつの間にか「悪いこと」になってしまうかもしれません。

これから社会にアプローチするものを作りたいと思っているクリエイターは、自分の作品を変化させていける「フットワークの軽さ」が必要になると思います。一度世に出したら変えられないものより、時代や相手に合わせて更新できるもの。土台となるコンテンツがあって、それをアレンジしていければいいのかな、という気がしています。言葉では簡単でも、それを実行するのは非常にエネルギーのいる大変な作業ですけどね。

取材日:6月11日 ライター:小泉 真治

プロフィール
よそみっこ 自然環境コミュニケーションデザイナー
荻本 央
自然環境コミュニケーションデザイナー。慶應義塾大学環境情報学部一ノ瀬友博「ランドスケープ研究会」卒業。「よそ見」をテーマに、日本国内の生きものを紹介する教材作りや、企業・団体の自然環境保全の取り組みに関するデザインワークを行う活動「よそこみっこ」を主宰。また、各地の施設でペーパークラフト制作、自然観察を行うワークショップを実施するなど、自然環境に関して幅広く活動をしている。
URL: https://www.yosomikko.com
Facebook: https://www.facebook.com/yosomikko/
Twitter: https://twitter.com/yosomikko

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