近年、著しく発展する日本のボードゲーム業界。果たしてボードゲーム制作は、仕事になり得るのか?

Vol.159
ボードゲームデザイナー カナイセイジ 氏
昨今、さまざまなメディアで扱われている「ボードゲーム」制作の現場に迫りたい。そこで、“専業”ボードゲームデザイナーとして活動するカナイセイジさんにお話を伺った。彼は、ボードゲームの本場・ドイツのファンによって選ばれる「ドイツゲーム賞2014」において、個人で制作したカードゲーム『ラブレター』で4位に入賞。日本人として初めて賞を獲得した、日本ボードゲーム界の第一人者である。

なぜ、ボードゲームの制作だったのか?

ずばり、「ボードゲームの魅力」とはなんでしょうか?

まずは、シンプルに面白いこと。それとよく言われている、「人と人とが顔を合わせてコミュニケーションできる」というのが模範解答なのかなという気はします。けれども、実際のところ「ゲーム」っていうのは、人が生存するためにはあまり必要のないアクションなんですね。要するに、脳をムダに使うっていうんですか。ただ僕は、そういうところが醍醐味なんじゃないかなと思っています。

ボードゲーム制作を始めたキッカケを教えてください。

もともと僕は、「何かを作りたい」っていう思いがずっとあったんですよ。中学生のころに僕がはじめて触れたアナログゲームは「TRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)」でした。そのあと、「マジック・ザ・ギャザリング」のような「TCG(トレーディングカードゲーム)」にハマりました。だから最初はTRPGや、TCGを作ろうとしたんです。根本的に、何かしらのゲームを作りたいって思っていたんでしょうね。
けれど個人の力には限界があって、そういうデータ量が多いものを一人で作るのはかなり大変だと気づいた。そこからボードゲームくらいのサイズならば1人でも作れるんじゃないかと思いついて、ボードゲーム制作をはじめました。

その頃のTRPGやTCGを作ろうとした経験は、ボードゲームの制作に活かされましたか?

活かされたのは経験値くらいかな・・・・・・。その頃って、スーパーファミコンやプレイステーションで名作がたくさんあった時期なんです。例えば当時合併前のスクウェアやエニックスの名作RPGであるとか、そういうデジタルゲームに影響を受けていると感じますね。

では、なぜデジタルゲームではなく、アナログゲームを作ろうと思ったのでしょうか?

正直、デジタルゲームを作ろうと思ったことがないわけではないんですよ。
アナログゲームというのは、ほとんど個人で完結できるんですね。自分の手の届く範囲でなんでもコントロールできるところが魅力だと思っています。

では、制作の参考にしたボードゲームはありますか?

むしろ、先ほどお話したデジタルのゲームとかを主に参考にしていたように思います。あと、当時流行っていた『カタン』※1とかでしょうか。
※1 『カタンの開拓者たち』は、1995年に販売されたドイツのボードゲーム。無人島を開拓し、もっとも繁栄したプレイヤーが勝利するというテーマで、世界20カ国語以上で発売される人気のゲーム。

なるほど、『カタン』は舞台となる無人島と見立てられた「タイル」や、「道」のコマ、「家」のコマ、資源カードなどコンポーネント(内容物)の多いゲームですね。カナイさんの制作されているトランプ程度のサイズのゲームとは大きく異なりますね。制作は、今もお一人でされているのでしょうか?

テストプレイは一人ではできないので知り合いを頼りますけれども、物を作る段階においては基本的に一人でやっています。ただ、最近はチームを作ることもありますよ。 北海道のkuroさんというデザイナーと仲良くしていまして、その方にイラスト部分を手配してもらったり、こちらで出したシステム案にコメントをいただいたりして、共作という形で販売したゲームが2つほどあります。

けれども、チームで進めるとテンポも変わってきますよね。僕は手が遅いほうで、迷惑が掛かっちゃうと思うんです。なので、ひとりで作るのが性に合っているのかなと感じています。そのぶんマンパワーは小さいので、いずれ大手に押されちゃうかもしれないですけど。

年間4本以上を制作、企業とのコラボレーションも増えてきた

ひとつのボードゲームを作るのに、どれくらいの期間が必要なのでしょうか?

こればかりはアイデアの固まり次第というところでしょうか。要するに、いきなりスパッと出来るケースもあれば、長々と引っ張ってずるずる作るケースもあるので、一概には言えないんです。目標では年間4本以上発売したいと考えているので、3カ月~4カ月に1本作れるようなペースでやっていますね。ときには2本~3本の同時進行もあります。

同時進行もされるんですか。

同時進行せざるを得ないというか、〆切があるんですよ。最近は企業とのコラボレーション等も多くなってきたので、第三者が絡むと〆切がありますよね。

企業とのコラボレーションは、企業さん側からお声が掛かるものなんでしょうか?

場合によりけりです。例えば、僕の代表作であるゲーム『ラブレター』の版権は日本のボードゲーム業界で大手のアークライト社にお任せしています。アークライト社がコラボ先を探してくれるケースもないわけではないですが、基本的には「このIP(知的財産)とコラボしたいです」という話が私かアークライトさんに持ち込まれて、検討して行けそうだったら行きましょうというケースが多いですね。まあ、あまり断ることはないですが。

ボードゲーム制作の初手は、「メカニクス」か「テーマ」。

ボードゲームを作るには、最初は何から始めればいいのでしょうか?

一般的に「メカニクス」か「テーマ」と言われています。「メカニクス」とは、要するにゲームの仕組み部分のこと。例えばサイコロを振ってどうこうする――だとか。「テーマ」は、「自分たちは勇者となってドラゴンを倒しに行く」のような物語部分。私は文系なので、どちらかというと後者のテーマから始めることが多いです。

新しいゲームを作る際に、一番こだわっていることを教えてください。

あまり意識したことはないですね。いつも、なんとかして面白くしようとすることで必死です。

テストプレイは、ひとつのゲームを作るのに何回くらいするものですか?

これも結構バラつきがありまして・・・・・・。例えば、初めてのテストプレイで全員がとても面白いと言うようなら、それこそ2~3回のテストで済むわけですよ。ところが、1回遊んでみたら全員の表情が曇ってお通夜のようになってしまうようだと、手直しが必要です。直してもダメだったらアイデアをいくつか取っ払ってみて、また違うアイデアを入れてテストして・・・・・・。それを繰り返していると、10回、20回とかかってしまうこともあります。

お蔵入りになってしまうことはあるのでしょうか?

僕はお蔵入りにはしないですね。どちらかというと、走り始める段階で行けそうか否かを判断しているんです。だんだん歳をとってきて「情熱を爆発させて一気に作る」っていうのは難しくなってきた。走るのなら、ちゃんと目処を付けて走りたいんです。今は15%~20%の制作段階で、「前に似たのがあったな」等の問題を感じれば弾いてしまっています。「これだったらちゃんと形になりそう」と思ったものだけを育てる。もちろん、弾いたものも全部切り捨てるのではなく、ストックとして持っておくくらいのことはしますよ。

ゲームを作る以外にボードゲームデザイナーに求められる能力はありますか?

これは『街コロ』※2というゲームを制作された菅沼正夫さんの言葉なんですが、「ゲームを面白くするには、それが面白く遊ばれているシーンを想像することが必要だ」と。こうなった時にこう盛り上がるというのを想像するんです。だから大事なのは想像力かなと思います。
※2 自分の街を開発して、大都市に発展させるボードゲーム。ゲームデザインは菅沼正夫、メーカーはグランディング。日本国外でも展開されており、2015年にはドイツ年間ゲーム大賞の「年間ゲーム大賞」にノミネートされた。

ボードゲームデザイナーを“専業”とする理由

日本において、個人でボードゲームデザイナーを専業としている人は珍しいと思うのですが、いかがでしょうか?

おそらく、専業としているのは10人ほどだと思います。海外の有名デザイナーでも別に仕事を持っていて、依頼を受けて一定期間作るとか、デザイナー同士でチームを組んで作るとか、そうやって兼業している人がほとんどです。もちろん、最近は市場規模が広がるに従ってヒット作の利益も大きくなっていますので、専業の人も増えているとは思います。

なぜ、専業に転身されたのでしょうか?

僕の場合は、あまり向いている仕事がなさそうだったからです。大学を卒業して、大学院を中退するかしないか悩みながらフリーターを続けていましたので、正社員として働いたことはないんです。ひたすら作ることを続けていて、たまたまそれがうまくいったから専業になりました。

専業になって、大変だったことはありますか?

もう常に。言いにくいことだけど、なんの保障もないわけです。だから、そんな簡単に前途が明るいぞっていうものではないですよね。今のところは上手く回っているので、このペースを維持できたらなあと思うところです。

専業のメリットってありますか?

すごく申し訳ないんですけど、もし僕の目の前に、「専業ゲームデザイナーになりたいんです!」っていう人がいても、「いや、ちょっと冷静になろうよ」って言いますね。
ゲームを作るには、出版されるようなケースでなければ、自分で制作費用を用意する必要があるわけです。だから普通に定職に就いていたほうがいいですよね。

別の業界と比較するわけではないんですけれど、イメージとしては小説家に近いかもしれません。ヒット作があれば、利益があるかもしれませんし暮らしていけるでしょうけど、ヒット作に恵まれず下積みが長いと、食べていくのが難しいと思うんですよね。

ゲームマーケットの参加者は10倍に!
拡大する日本のボードゲーム市場

現在、さまざまなメディアでも取り上げられているボードゲームですが、実際に市場の拡大を実感することはありますか?

ありますよ。わかりやすいデータもありまして、毎年春と秋に「ゲームマーケット」というアナログゲームのイベントがあります。これが数年前までは一日開催で参加者2,000人ほどだったのが、現在では二日間開催になり、参加者も二日間で計2万人ほどに伸びたんです。さらに、「ボードゲームカフェ」のような、ボードゲームに基づいた事業もかなり増えています。
僕自身にしても実際に売り上げが伸びていますし、売り場も拡大していますね。以前は専門店でしか購入できなかったボードゲームが、今ではドン・キホーテや、ヨドバシカメラのような量販店でも購入できるようになりましたから。販路が広がったということは、市場が広がっているということだと思います。

ボードゲームの購買層は、どのくらいの年齢の方が多いのでしょうか?

値段次第ですね。よく聞く範囲では、中高生が1000円くらいのカードゲームや、内容物の少ないゲームを仲間内で楽しむ。20代中盤から後半の社会人、もしくは30代以上のベテランゲーマーは6,000円~8,000円の内容物が多い“重たいゲーム”を好んでたくさん買うっていう感じだと思います。

海外のボードゲーム事情に知ると
日本のボードゲーム業界の異色さが見えてきた

ゲームマーケットでは、ちらほら海外からの参加者もお見かけしますが、海外にも同じようなアナログゲーム即売会はあるんでしょうか?

僕の観測範囲でいうと、フランスや台湾、韓国でも小規模な即売会がありますよ。おそらく、ほかの国にもいろいろあるんじゃないかなと思います。ただ、ちゃんとした企業ではなく、個人がこれだけの規模で出展しているイベントはおそらく日本が最大ですね。

ボードゲームは、海外の市場のほうが大きいイメージでした。

市場自体は、もちろん海外のほうが大きいです。それは結局、日本という一国の話か、三十か国の話かという違いです。市場規模が違いますから、僕のゲームにしても海外のほうが売り上げは多いですよ。

ただ、日本のイベントは変わり種なんです。ボードゲームのイベントというと、ドイツの「エッセンシュピール※3」と、アメリカの「ジェンコン※4」が有名です。どちらも基本的に、メインは企業です。出展のほとんどが企業ブースで、あとはショップ。一般的な店舗が出展して、そこに品物を売りに来る。けれども日本の「ゲームマーケット」は、出展者のほとんどが個人や小集団。世界的に見ても変わり種というわけです。
もちろん海外のイベントにも、個人が制作したゲームを出展して、企業に見つけてもらいたい、個人のお客さんに売りたいっていうケースはあるんですけどね。

※3 毎年10月にドイツ・エッセンで開催される世界的なアナログゲームの祭典。世界最大のアナログゲームイベント。
※4 北米最大の卓上ゲームコンベンション。

日本は、個人で制作しやすい環境なのでしょうか?

海外に比べたら圧倒的に制作しやすいです。というのも、印刷会社がそういったノウハウを持って提供しているというのがある。例えば代表的なところですと萬印堂様、タチキタプリント様、ポプルス様といった会社では、「カードはこんな風に刷って、いくら」というサービスをパッケージで提供しているんですよ。
おそらく海外の町工場のような印刷会社では、そういうノウハウはほとんどない。だから海外の同人デザイナーたちは、作るのが難しいんですよね。特に、50個程度の小ロットだといい顔はされないと思うんです。日本はオンデマンドでも小ロットの制作に対応してくれるので、海外に比べたら圧倒的に作りやすいと思います。

カナイさんご自身も海外に行かれることは多いのでしょうか?

最低でもドイツの「エッセンシュピール」には行っています。それからイベントに招待されて、スペインや台湾などにはちょくちょく顔を出させていただいていますね。

海外のボードゲームファンの方と、日本のボードゲームファンとは何か違いを感じますか?

大きな違いは感じません。ただ、日本のファンは20~30代くらいの若い方が多いんですが、海外のイベントには親子連れやご老体の方もいらっしゃいますね。特にヨーロッパは、古くからボードゲームを楽しむ慣習があるので、おじいちゃんおばあちゃんも多くいらっしゃいますよ。

海外への販路は?版権を任せるエージェントに依頼

カナイさんは海外でもゲームを販売していらっしゃいますが、これはどのように販売しているんでしょうか?

まず、私は版権の管理代行を一般社団法人ヤポンブランド様にお願いしています。そちらで海外の取り引き先を探していただき、海外のパブリッシャーが欲しいと言ってきたら交渉をしてもらって版権を売り、その会社が与えられた言語圏の商品を作って販売する、という流れです。全世界版権のように版権を一括で卸してしまう場合もありますし、フランス語はこの会社。英語はこの会社というように分けるケースもあります。

日本ではゲームマーケットに出展することが大きな宣伝になると思うのですが、海外に向けては、何か決まった宣伝方法があるのでしょうか?

昔は、海外の人の目に留めるためにはドイツの展示会に持っていって、版権交渉をしてもらったり、実際に実物を見てもらったりするのが良いと思っていたし、それがほぼオンリーワンの手段でした。しかし最近は日本のゲームマーケットに海外のバイヤーが来るケースもかなり増えてきました。そこでうまく目に留まれば、直接交渉を持ち込まれることもあると思います。

日本のボードゲーム業界は供給過剰気味?

カナイさんのゲームは、中高生が手に取りやすいコンポーネント(内容物)の少ない軽いゲームが多いですが、それはコンセプトとしてあるのでしょうか?

もともと、僕がそのくらいのものをハンドリングするのが得意なんでしょうね。“重たいゲーム”って、作るのに金銭以外のコストがかかる。そういう意味でも、スピーディーに出していくなら小さいゲームが良いのかなと思います。ただ、小さいゲームも最近はゲームマーケットの出展側が増えることによって数もかなり増えてしまったので、オリジナリティーの面でどうしていくかは検討課題だと思います。

具体的な夢や、目標はありますか?

私のゲームは小さいです。小さいということは手に取りやすいし、費用的にも負担が少ないと思うので、世界のさまざまな国に届いていったらいいなと思います。実際に結構届いている気はするんですけどね。

ボードゲーム市場に対して、今後どういう風に発展して欲しい等、そういった展望はありますか?

今は供給過剰気味な部分もあると思うので、需要と供給のバランスが上手くとれていくといいですね。おそらく、今後は海外からもどんどんゲームが入ってくると思うので、それに負けないように上手く続けていけたらと思っています。

それはつまり、海外の面白い作品がまだまだ日本に届いていないと感じているのでしょうか?

いや、逆に届きすぎていますよ。和訳されて、日本で提供されるゲームはどんどん増えています。海外は大資本が投入されて作られたゲームも多いので、やはり面白さが桁違いだったりするんですよ。そういう大資本と上手く差別化しつつ、ちゃんと生き延びていきたいというところですね。

最近、海外では制作の資金をクラウドファンディングで集めることも一般的で、かなり豪華な内容もできちゃうんですよ。クラウドファンディングは日本では成功しても数百万円だと思うんですが、海外では億に届きますからね。それで精巧なミニチュアが100体入って、マップもたくさん入って・・・・・・・。という豪華なゲームが15,000円くらいで購入できるようになるんですよ。僕とは少し業態が違うといえば違うのかなあと思います。

「継続は力なり」――歩みを止めてはいけないと、強く思う。

カナイさん自身が、ボードゲーム業界の活性化を目指して、何かしていることはありますか?

とにかくいろんなゲームを提供することが、活性化につながると信じています。特殊なアクティビティはしていないかもしれません。ボードゲームデザイナーとして、普通に働いています。ただ、イベントなどで何か喋ってほしいというような依頼があれば、なるべく露出するようにはしています。

同じように物作りを頑張っている、読者のクリエイターの皆さんに何かメッセージはありますか?

お互いいい感じで走り続けましょうっていうくらいしか言えないですかね。やはり「継続は力なり」で、辞めてしまったらそれまで。歩みを止めてはいけないと強く思います。

取材日:2018年10月18日 ライター:渡辺りえ

カナイセイジ/ボードゲームデザイナー

アナログゲーム製作サークル「カナイ製作所」代表。2002年よりアナログゲームの制作をはじめ、2012年に制作したゲーム『ラブレター』が2012年度 日本ボードゲーム大賞にて大賞を受賞。さらに、2014年度 ドイツゲーム賞において日本人として初めて4位に入賞する。国内外から高い評価を受ける、日本を代表するボードゲームデザイナーである。
カナイ製作所:http://kanaifactory.web.fc2.com/
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